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82 最終決戦。その十八。

 キレンの放った、触れた者を眠らせるルアーは、硝子(ガラス)を操る女に向かって棚の上の空中を泳いだ。うるえが空気の壁を作っていたが、キレンを気に掛けなくていいと気付いたうるえが棚の前の空気の壁だけを消すと、勢いよく女へと向かった。一番奥の通路の右端――カウンターからすぐ左に居る女へとだ。

「それだけは喰らわねえ!」

 相手がそう言った。やはり知られている。

 女は商品棚の中から硝子の物を、とにかく何でもいいからと操ったようだった、硝子の引き戸が女の元へ飛んだ。それがルアーと押し合いをする。女は似た引き戸をほかに数枚引き寄せ、割り、それを操ってルアーを切り刻んだ。押し合いに使った引き戸はまるでまな板。そこで切り刻まれたルアーは消えた。

 次に、女は硝子の引き戸をうるえの顳顬(こめかみ)()てようとした。当然うるえも防(ぎょ)しようとする。空気の壁を建てた。

 だが女はうるえの腹を急接近して蹴った。棚にぶつかり床に転がり……うるえは目を閉じ動かなくなった。

 女は恐らく『切る』能力まで持っている。キレンがそこまで切られなかったのは、キレン自身が、周囲に対し、能力『鋭利さを無いものとする』を使用していたからだった。

「さあ来いよ、切り刻まれたい? それとも殴られる方がいいか!」

 華子は店の左奥の角から右に移動し、棚の陰というメリットを最大限活かし、カウンターからすぐの棚の裏まで移動した。

 華子は念じた。だが、能力を使えなくなっていた。

 この時、女の右手に刻印が生じていた。天界の――正確には(えい)天界の字で、


 ×爆発するバケツ


 と。実際には、女はこう思っていた。

(封印がうまく行かない。二人分封じてる(はず)なのに)

 代被封印(だいひふういん)の首飾りの御蔭(おかげ)だった。

 華子のすぐ近くに居たキレンは、

「任せて」

 と華子にしか聞こえないほどの小さな声で言った。

(ん? (はい)れる……?)

 ルアンダエラは入れずに居た。空気の壁があったからだ。

 店と通路を隔てる硝子。入口はその右側。カウンター付近は入口から真っ直ぐ行った所。通路から丸見え。

 ルアンダエラは、うるえが気絶していることで、その廃店舗エジュ22にやっと入ることができるものの、やはり、

(左側からだな)

 と考えた。さっき女が奥の通路へ行った、その隙を突いて入口横の壁を背にして壊れた窓から中を(うかが)っていたのだった。

(割れててよかったと言うと変だけど……アレで攻撃されたっぽいし……)

 ルアンダエラがそう思った時、キレンは、

(なら、こうしたらどう?)

 と、頭上に、数十個もの小さなルアーを無から生み出した。

 銀色のそれらが、女の周囲に向かい、様々な角度から狙う。

「な――っ!」

 それら全てが弾丸となる。当たるだけでも痛い。触れれば眠る。

 ルアンダエラは勝ったと思った。

 だが、そのルアーが全て消えた。女の右手の甲にある封じの刻印が、


 ×接触者睡眠ルアー


 という意味の(えい)天界の字に、変わっていた。

 その時、華子が左隣の棚の上にバケツを設置できたのを見て――

「私が」

 と小声で言った。

 そこへルアンダエラが合流。妖( )《ヴルエンカ》を華子に示した。

「これを」

 華子は、受け取りながら、「これ」と無意識に言った。

「《ヴルエンカ》は力を倍増する。私も敵に隙を作る」

 とはルアンダエラが。コクリと(うなず)き合う。理解の合図。

 キレンはカウンターから離れた。華子は前へ。ルアンダエラは倒れたうるえを背にするように、横へ、そして棚の陰から敵に姿を見せた。

「また増えやがったな!」

 女はルアンダエラの胸元目掛け、右の足刀を放った。

「あんた達の方が多かったでしょうが!」

 ルアンダエラは言いながら胸の前で腕を交差させ防ぎ、右足を女の腹へ。爪先を()り込ませると意識して。

 ルアンダエラは身体強化をしている、相手も同じ程度、筋骨を強化している。女は傷を負うと回復。

 女も防ぐ。肘でのガード。

 それから女は足を戻し、軸足をゆったりさせ、その左足で跳ね出て右拳を放った。

 体を強化した高速の世界で、ルアンダエラは飛び跳ねた、そうすることで()け、天井を手で押し、相手の頭に左跳び蹴りを()てに行った。

 女は上を見た。そして横っ飛びで避け、入口から見て右手の角辺りから壁を走った。それから女も右跳び蹴り。

 ルアンダエラは、その足を(つか)んだ。

「なにっ!」

「だ!」

 足を使った一本背負いのようなもの。女は一旦、床に肩と腕を着けた。その部位で衝撃の緩和を図った。

 ルアンダエラは立ち姿勢を整え、すぐに手を女に向けた。

「動くな」

「ここで警察――」

 女がそう言った時、ルアンダエラの手から、天力(てんりき)の白い光弾ならぬ光線が飛び出した。だが女はそこに硝子(ガラス)を差し向け、それで防いだ。光線はその硝子に当たっても、特に何も起こさなかった。爆発もしなければ光が発生するのでもない、反射するのでもない。

「……? ハッ! 何も起こらねえじゃねえか!」

 女は見下し、笑顔を(たた)え、今度は硝子をルアンダエラに放った。それも大量に。

 その時、また女の顔をバケツが覆った。女の左手にも。

「くぁっ!」

 女が左手を思い切り横に振った。バケツは離れていったが、また戻って来る。だが女はその時には、自由になったその手と右手とで、顔を覆うもう一つのバケツを横から触れるように持った。それをまるでダンクシュートでもするかのように、棚より高く跳び、隣へ投げ落とした。

 そこには華子自身がいた。これでは爆破できない。とりあえず左手にあった物だけでも。女は硝子でそのバケツを奥へ押しやっていたが――爆発音。

 それは、単発では今までで最大の爆発だった。だがそれでも――

「ホンット芸だけはあるよね」

 女は爆風に押され、棚にぶつかったし転がりもしたが、しかしその先で、また回復するだけ、文句を言う元気もある。

 その(そば)で、硝子の追跡攻撃が、それまではあった、ルアンダエラは避けていた、飛び跳ねもし、壁を走りもすることで。その硝子は、バケツ対策で女が集中を欠いたことで床に落ちた。ルアンダエラはカウンターの上に立って構え直す余裕を得た。

 その時、女は顔を手で覆った。

「あ……! この……っ! ぶっ殺す!」

 華子が目の水分を乾かしたのだった。

 対して叫ぶと、女は、今までで最大速――そんな動きで奥の壁にまで到達、そこから左折し棚の裏へ――そして華子を蹴り飛ばした。

「なぁんだ、ここに居たのかよ」

(多分こいつがやった、そうじゃなきゃあいつ)

 女がそう思った時、追い駆けたルアンダエラが右足刀を放った。

「ふっ――」

 女は蹴り飛ばされると、華子を踏ん付け続けたまま体勢を整えた。

「あ――」

 ルアンダエラにも流石(さすが)に怒りが湧いた。そして華子に渡した妖( )《ヴルエンカ》が床に落ちていたから、それをルアンダエラが拾う。

 ルアンダエラは奇妙な感覚の中に居た。(みなぎ)る。そして別の何かも感じた。

 その時だ。女に左から降り注いだものがあった、白い羽根の刃。

「ぎ……あっ……!」

 女はカウンター側、棚の陰に隠れた。数枚は受けたが、治癒。

「誰だ!」

 店の外に向け、女が叫んだ。そちらへ硝子を差し向ける。そんな女に対し、ルアンダエラが奥の棚から横へ顔と手を出し、さっきと同じ光線を放った。

 ()たった。そうなると、女はそこで、手足を氷に包まれ、地面と一体化したように、氷結した。硝子にはわざと発動させなかったが、氷結させ動きを封じる光線。女が膝立ちしているせいか、顔以外が丸々氷の中。

(やっと)

 とルアンダエラが思ったその時、また白い羽根の刃が降り注いだ。

(え、もう終わっ――ちょっと!)

 ルアンダエラまで攻撃されている。この手から《ヴルエンカ》を手放したら酷いことになり兼ねない。彼女はそれを固く握り続けた。

(もしかして敵?)

 とルアンダエラは思った。一方、女は、まだ諦めていない。

「ざけんじゃねえコラ!」

 硝子(ガラス)を操り、氷を切っていく。そして幾つかの硝子板は、氷漬けにした張本人にも差し向けられた。

 ルアンダエラは入口から見て左奥へ逃げ、硝子板から逃れた。すると、

「ちっ」

 女は舌打ち。だがすぐにニヤ付いた顔に。女は、氷を削り、氷の塊からたった今抜け出した。

 そして女が、それまで操っていた硝子を割り、大量のそれを、入口から見て左のほぼ全体に向けて降り注がせた。

「ぐっ……あ……っ!」

 ルアンダエラは棚を倒して盾にした。横から来そうな硝子の(やいば)が、そこまで来なかった。女は縦に降らせることだけに集中したようだった。

 倒れて動かなくなった華子にも刺さっている。

 キレンはルアンダエラの近くに(ひそ)んでいた。そして能力を封じられていると思っている。だが物の鋭利さを無いものとする能力で、先の攻撃に関しては、何とか打撲だけに済ませられていた。

 そのキレンが、前へ進んで行く。

 今はもう女はカウンターの前。どこかの棚から顔を覗かせるなどしなければ互いに視認もできない、それ(ゆえ)透視ができないなら近付く必要はあるが、それでもキレンはどこか堂々としている。

 ルアンダエラは、

(あの子が入口近く――手前通路を行くなら)

 と、奥の通路から敵の居るカウンターを目指した。

(でも、何ができる?)

 そう思ってから、ルアンダエラは途中で横に動いた。そして棚の陰から棚の陰に移動する際、露わになる身を急いで隠す。

「そこ!」

 女が硝子を放った。ルアンダエラは防御。そこへ、痛みで目を覚ました華子のバケツが盾になった。

「これ」

 ルアンダエラは、キレンに《ヴルエンカ》を渡した。

「怖かったら逃げるの。いい?」

 キレンは無言で(うなず)いた。

 そして二人で女に近付く。入口に一番近い棚の陰まで来た。そこからなら狙えると思ってから、まずは――

 ルアンダエラが、あの白い氷結波を放った。

 すると、女の膝から下が大きな氷に包まれた。

「そこか!」

 と、女の上半身が向く。

 そこへ、ルアンダエラが次弾を打つべく手を向けた。

 女はルアンダエラの前へと硝子を向かわせた、そして壁に。別の硝子が――

 キレンに向かう。

 キレンは低姿勢で駆け出した。キレンを狙う硝子も、向かいながら、高さがより低くなる。ギリギリで転がって()けたキレンは、立ち上がろうとすることで勢いを止め、そこから跳ねた。

 膝が、女の背に当たる。

「がっは! ちっ! この!」

 それから数歩下がったキレンに向けて、大量の硝子が飛んだ。

 そこで、うるえが目を覚ました。空気の壁でキレンを守る。

「くっ、この――!」

 女が悔しがる中、うるえは言った。

「上」

 だがルアーに関しては封じられている。ルアンダエラが代わりに氷結波を放った、女の腹に白い光線のようなものが向かう。女は硝子(ガラス)を盾に。

 ルアンダエラは氷結波を途切れさせないようにした。出し続ける。女は硝子を盾にし続ける。

 女の顔の付近の空気の流れを、うるえが止めた。だがそんな事をした時、女は誰がしたかをすぐに察し、うるえに硝子板を差し向けた。うるえがまた腹に衝撃を――

「ぐっ――!」

 ただうるえは空気の壁でキレンや自分を守るしかなくなる――武器調達させぬよう、窓の手前に空気の壁をまた置いた。

 その時、硝子がとても小さくなった。そしてルアンダエラは思った。

(やっぱり……もう一人居る? 味方?)

 ルアンダエラは何かの真相に近付いていた。

 敵はカウンター前に居る――と、離れていた華子も()いずって気付き、中央辺りから近付き、棚の陰からバケツを放った。

「あんたらぁ――!」

 女は硝子を前にも盾として出そうとしたが、それらはもう余りにも小さかった。

 そして氷結波は女の腹に触れた。

「あ……く……っ!」

 女は華子のバケツを封じた。爆発する前にバケツが消える。一瞬後、女はキレンの方に念じたが――うるえの空気の弾丸を顔面に受け、その集中を欠いた。(つい)にキレンのルアーが()たった。うるえは空気の壁の上部に穴を開けていたのだった。だから『上』と言ったのだった。キレンはそれを理解していた、そして封印が解ける瞬間を狙っていた。その瞬間が来た時、最大限に念じたのだった。最速で向かわせた。

「はぁ……はぁ……」

 そこに居る全員が息を整えた。そしてキレンが、

「誰かが……! 何かが私の中に……!」

 ルアンダエラは敵を探した。その店を走って回る。隣かも知れないと思いながらキレンの元に戻った。

「正気を保って! あなたならできる!」

 その時、キレンから激しい衝撃波が生まれ、ルアンダエラは数メートル後方へ吹き飛ばされた。華子も――棚にぶつかった。うるえはすぐ左の棚に押さえ付けられた。

「…………今、何を。みんな!」

 キレンが正気を取り戻した。

(何だったの? 今のは……精神攻撃への反動?)

 店の前まで押し飛ばされていたルアンダエラが、そう思ってから戻って来た。

「今のうちにあの場所に移りましょう」

 ルアンダエラがそう言った、簡易留置場のことだ。満身創()。特に、うるえと華子はかなり危険な状態。徐々に回復していたが、天力(てんりき)もかなり消耗している。

 キレンは、

「交代も。しなきゃ」

 そう言って、腕時計型の連絡装置に念じ、ルイを呼んだ。



 ケーヴェルはタタロニアンフィ達の所に合流していた。そこで敵を運ぶことをケーヴェルが、

「俺は空間接続できる」

 と買って出た。

 とりあえずそこに居た全員とケーヴェル本人も簡易留置場へ。

 タタロニアンフィ達の相手の一人は手錠をしていなかったので、その分をケーヴェルが掛けていく。ケーヴェルの手にある手錠は、それで一つとなった。

「私達はもう手錠が」

 と、タタロニアンフィが言った。まだ入るなら必要だからという意味。

「じゃあこれを」

 とネモネラが言ったが――

「いや、もういいわ」

 それはエデルエラの声だった。

「あなた達、三人共ここに居て。ここからは危険極まりない戦いになる。妖力(ようりき)もかなり使ったみたいだし。……でも、とぉ~っても助かった。本当に、ありがとうね」

 エデルエラは、そう言って笑った。

 タタロニアンフィは、

(やっとお礼ができた気がしたわ)

 という、感覚を得、晴己のことを考えた。これはきっと彼が良き方向へ終わらせる。彼女はそう信じたがっている。そして彼女は想いを()せた。

(でも、まだよ、まだ終わっていないわ。終わらせるの。これを。あの時のように)

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