78 最終決戦。その十四。
オロクガネアに向かって飛んだ巨大光弾。それによって、相手の男の、爆発を引き起こす透明な何かよりも、更に大きな爆発が起こった。
煙が立った。それが消えると、男は、そこに、誰も居ない景色を見た。すると、男は、
「まあ、どうでもいい。どちらにしろ殺せる。さて……俺も動くか」
そう言って歩き出した。
オロクガネアは、最後の力を振り絞り、空間接続であの場を逃れていた。簡易留置場へ。
「はあ……はあ……っ」
「鬼神様!」
ナオは駆け寄り、彼女に手を伸ばし、能力で、残りの傷を治療した。だが、彼女は動かない。そのことが、もう戦えないという意味だと、ナオにも理解できた。
「この……この《ヴルエンカ》を、誰かに」
殴って切る、半月状の刃が付いたナックルのような輪状の妖刀《ヴルエンカ》は、持つ者の力を倍増させる、だから戦える者の手に。そういう意味だと――それをよく知る者は理解できていた。
「私が」
ルイが言ってそれを受け取る。
オロクガネアは不出白籠に入るための白いベストも脱いだ。
「それを私に」
そう言ったのは、天界の女性警察官、天人のルアンダエラだった。
ルイの空間接続でルアンダエラが入る。
ルアンダエラは、ルイから妖刀《ヴルエンカ》も受け取り、
「自分が使いながら渡す」
と。そんな彼女を、ルイは、信じて任せ、送り出した。
二階のトイオーガという廃店舗に入った美仁と雷と官三郎は、なぜか全てが終わったあとのような、宮殿に居た。
「あれ?」
と官三郎が言うと、美仁も。
「なんだここ」
「さっきまで戦いの最中に居たのに」
雷がそう言った時、誰かが現れた。
それはベージエラだった。
「あなた達は時を飛んだのよ」
「え?」
辺りは、静かな森の中のようだった。
そこには、定期的に儀式でもやっていそうな厳かさがある。そしてそこからどこかへ石畳が続いている。その向こうには町が見える。
「そう、時間を移動したんだよ、危なかったからね」
その声の方を見ると、居たのは晴己だった。ベージエラはどこかへ行ってしまった。
晴己は続けて言った。
「ほら、もう終わってはいるんだ、だから帰ろうよ」
「い、いいのか? まあいいとしても、お前はどこに帰るんだよ」
官三郎はそう訊いたが、
「いいからほら、帰ろうよ」
と、晴己はそれだけを言う。
「どこに? あなたはどこに?」
雷がそう言ったあと、
「そりゃあ家だよ」
としか、晴己は言わなかった。
「あの時みたいに何か抜け落ちてないか? 受け答えも変だぞ」
官三郎がそう言うと、雷も、
「そうよ。何かおかしい、そうでしょう? だって、今どうしてこんな所に? なんでだか分かんないじゃない」
と。すると晴己は、
「何もおかしくないよ。さあ帰ろう」
としか言わない。雷は、晴己に向かって、
「こういう時、真っ先に、じゃあ何が――って気にするでしょ。少なくとも予想や説明をする筈」
と。すると晴己は、
「そうかな。とにかく終わった。帰ろうよ」
と、その事を考えもしないようだ。
今一どこへなのかも言わない。戦いがどうなったのかも言わない。だからか、三人共、
(やっぱりおかしい)
と思い始めた。雷は、だから――
「変。そんなのハルちゃんじゃない。違う。これは違う。私達の現実じゃ――」
「じゃあ何? 幻?」と官三郎。
「幻!」と美仁が言うと――
辺りの景色が、荒廃したモールの一店舗に戻った。
(皮肉ね、こんな景色の方がホッとするなんて)
雷はそう思ってから辺りを見た。だが、その時点で、雷の胸元には灰色の短剣が突き刺さっていた。
「あ――っ!」
雷はそれを抜こうとした。そこで官三郎が、
「抜くな!」
と。傷口を刃が塞いでいる間は出血が少ない。官三郎はそれを考慮した。
次の瞬間、官三郎が、
「あああ!」
と、泣き崩れた。
(また幻)
そう思った雷は、なぜか官三郎に押し倒された。そして胸元、心臓の位置を押された。だから雷が、
「止めて! 交苺くん! 止め……て……!」
と、手を出して抵抗するものの、官三郎は、幻の中の誰かを助けようとして、雷の胸を圧迫し続けた。雷の手にも力が入らなくなっていく。血がどんどん出ていく。
「あ……! ぐ……! あ……!」
傍らで、美仁だけが無事に現実に戻っていた。
彼は念じてホースを大量に生み、そして、
「降り注げぇええ!」
と、ほぼ全領域への、大量の熱湯投下。
「ぎゃあああ!」
玩具の並ぶ棚の向こうのどこかから相手の悲鳴。女の声だった。
その瞬間、官三郎が正気に戻った。だが官三郎は目の前を見て――
「あ……! あああっ!」叫ぶだけ。
「気にしちゃ……駄目……」
雷はそう言って、目を閉じた。動かない。動かなくなった。
(そんな……!)
官三郎は悲しみに包まれ、そして敵を見た。棚の陰からはみ出た女が、熱湯で肌を焼かれ、苦しみ、のた打ち回っている。
「手には手錠を……掛けるかもしれない……」
その女の右踝の上辺りから下を、玩具のアームと交換した。女のその部位からは血が流れ出た。
「お前みたいな奴の眼を、交換しないでやってるんだ! 脳を別の何かと換えないでやってるんだ、感謝しろよ……っ」
官三郎はそう言ってから、美仁に肩を軽く叩かれ、冷静になろうとした。息を整える。
美仁はと言うと、女に大量のホースを近付け、縛り、向こうを向かせ、叩き伏せ、更に背中に湯を浴びせた。
「ぎああ! ああ! ああああ!」
湯を浴びせるのを止め、ホースで殴る。
この女が耐えて能力を使いそうな影天力の圧を感じたら、再び湯を浴びせた。幻を防ぐために。そして叩き付ける。その繰り返し。
女が気を失ったことに、美仁はホースを操る中で気付いた。操る感触に集中していた。
腕時計型の連絡道具に天力を込め、美仁がルイを呼ぶと――
ルイは由絵と共にやってきた。
「雷ちゃん!」
由絵にそう呼ばれても動かない。
白いベストは刺された痕があっても機能するのか――という問題は解消された、その痕が消えたからだ。ホッとしながら、ルイは、由絵と共に、雷から運び、その胸から短剣を取り、ナオに治癒を促すよう言ってから戻った。
それから女を運んだ。その女にはネモネラが手錠を。そして由絵が治癒の演奏をすると、女の足は傷こそ塞がったが、そこには踝から先が無い状態で皮膚ができていた。
ルイが、雷のベストを脱がし、誰かに渡そうとした。
「私が」
と言ったのは花江だった。
ルイが花江を連れるために空間を接続した時まで、官三郎と美仁はその辺を壁の陰に隠れて監視していた。強そうな者が二階から一階へ下りるのを見たが、動けなかった。影天力とやらの圧が途轍もなかった。
ルイが簡易留置場へ戻ったのを見送ると、花江、官三郎、美仁は、二階を見て回ることにした。
太一、柔、太陽の三人は、和行、ウィン、磨土の三人とほぼ合流したようなものだった。二階の南から二番目の通路から中に入った所でだ。
太一が氷を生み出し、それに問い掛けた。
「一番近いのは?」
氷が殆ど間横に移動したため、太一が、
「俺達、真っ直ぐ行くから」
と。それに続き、磨土が、
(その次に私達に近い敵の居場所は)
と答えを願うと、その手へと、近くの植木鉢から土が寄って来た。それから、その土が、北西の方へ動いた。
「じゃあ私達は一個奥」
と磨土が言った。
それらのやり取りが為されたあとで、それを見ていたキレンがルアーに同じように問い掛け、動く先を見、キレン、華子、うるえの三人は、太一の方へ進むことを選んだ。そして通路に入ると右手に寄る。
この通路は、中側から見ると、右手は奥から、レディースブランド店ルプタ、エジュ22、アパラ、ローエニーとなっている。左手は奥から、女性用品店、レディースブランド店フィトン、クラウチ、レヴ&ケフが入っていて、太一達はクラウチの廃店舗に入ろうとしていた。
それを横目に、通り過ぎ、キレン達はルアーの指し示すエジュ22に入った。
クラウチの廃店舗の入口はやや入った辺りで太一達は警戒。辺りをよく見た。
その景色が変わった。ずれたと言った方が正しい。奥が近付いたからだ。
(――っ?)
太一達は知る由も無いが、これは、既に捕まった空影代理の妹コーシェリーと同じ能力だった、彼女に憧れ悪事まで共にしてしまった者の空間交換能力。止めなければならない。度合いはともあれ――彼らは狙われる晴己のためにもそう思った。
そこへ、灰色の羽根の刃が舞い落ちようとした。それも大量に。猛速度でだ。
太一は透き通った氷の壁を建てた。それに羽根の刃が刺さる。盾になる。
それで防ぎ切る程の氷となるとかなりのデカさだった。
その氷を――
「でああああ!」
太一は、とんでもない量の天力を込めて念じ、押した。
敵が陰に隠れていそうだったが、そんな棚を、柔が軟らかくさせた。だから、太一が氷壁を、入口から見て左の壁にピタリと張り付かせようと思えばできた。
柔は結局、そちら側の全ての棚を軟らかくしていた。
「ぐっ」
羽根を放った敵は倒れた。翼を出したまま。氷と壁に挟まれてとんでもない衝撃を得たからだ。棚は緩衝材にもならなかった、軟らかくなって変形し易くなっていた。
太一が氷を引き戻すと、柔がそこで力を解いた。すると棚が、
ゴシャッバキッギギッ――!
と激しい音を立てて壊れた。それはもう棚ではない。
太一と柔は後ろを振り向いた。そして太陽はじっとそちらを監視していた。
そちらでも戦いは終わっていた。
太陽は何をしたかと言うと――
そちらに太一と柔が背を預けていた間に、太陽に向かって、備品としてあったのか、無から生み出されたのか、五個の電球が飛んで来た。
太陽はそれらを、天力で作った大砲で受け取った。中でバリンと音が。そこに天力を込め、太陽は更に白い砲弾を装填した。
そして大砲を放った。棚の陰を狙えるように、横に延びた棚の裏に向けた大砲は横向きに。
そして砲弾に念じ、放った。
敵は左右と前からの砲撃に当たらないように――撥ね返した。
それを見た太陽は、まず前から帰ってきた砲弾は白い巨剣で防いだ。それから、幾つもの天力製の矢を生み出し、放った。それも撥ね返されたが、一旦止ませ、敵が油断した瞬間、生み出すと同時にまた矢を放った。
その速度を防ぎ切れはしなかった。敵は倒れた。
「そっちも?」
入口から見て左、少し行った所に倒れている女を確認した太一が柔と太陽の所に戻ってそう訊いた。
太陽は、棚の奥を覗き込み、倒れて動かない男を既に確認していた。だから彼は、
「ああ」
と。三人は手を取り合った。それからルイを呼んだ。




