73 最終決戦。その九。
少し時を遡る。
キレンと華子とうるえは一組になって南の大階段から二階に上がっていた。一階をかなり攻めたあとだろうと予測し、上階の敵を減らそうと。ただ、どこに最も手強い者が居るかも判らない、故に慎重さは欠かさなかった。
南の大階段を上がってすぐ西の店に入った。そこがレディースブランド店エメムの廃店舗。
「微かに何かを感じる」
そう言ったのはキレンだった。
入ってすぐしたのは、華子がバケツを無から生み出し、入口に幾つか置くことだった。更に、彼女は常に二つは携帯した。
キレンもルアーを無から生み出し、敵を探す。
うるえは天力を溜めることだけをし、一気に込められるようにした。彼女だけは武器を携帯せずとも良いからだった。
そして、
「あそこ」
と、キレンがこっそりと言った。奥にある試着室の前の幾つかの棚の向こう。二つ奥の棚の裏かもしれないし三つ奥の棚の裏かもしれない。そのどこかに居る。ルアーの向きがそう言っている。
そこの先が見えるように――近付くのではなく――ジリジリと視線が通路の先を捉えられるように――入口から見て右へ横移動した。
その時だ。
急に強風が吹いた。それが続く。大きな台風の一部の如く。
華子のバケツは吹き飛ばされ、入口から見て左手前の角の所へ押しやられた、入口に折角設置した物も。
次はキレンのルアーが。
敵は得物を狙ってきた。ルアーに関しては触れられない。触れれば眠ってしまう。
その風の中を逆流させるように、キレンはルアーを押し込んでいく。風を扱う者の方へ。
三人はジリジリと風に押されたが、まだ踏み止まれる。晴己に肉体を改造させてもらった御蔭だ。
更に、うるえが空気の壁を作った。もう押されもしない。だがそれに止まらない。敵の近くにその壁を置ければより良いのは当然。それをうるえはやった。
敵からの風が止んだ。十中八九、放つ場所を変えている。
キレンは手当たり次第にルアーを差し向けてみた。複数を生み出し放つ。
だが敵は翼を出し、無数の灰色の羽根をルアーに中て――
切り刻むことでルアーを存在できなくさせた。
キレンが操るのは触れた者が眠るルアー。特殊な物故か念じている間しか存在しない。その上、ルアーと言えなくなればそれは消える。敵はその性質を解かっていた。影天使と言っても流石天使と言ったところか。
(与羽根の事だから?)
知っているのかもしれない。少なくともキレンはそう思った。
敵は入口から見て左角の方に移動している。羽根の攻撃の向きから三人共がそれを察した。
対角線上に居る三人。華子はバケツを、キレンはルアーを、うるえは空気の塊を、相手が居るであろう所へ各々が複数飛ばした。
敵が見えなくても倒せばいいと思っていた。そこへ、敵がまた羽根を。ならばとその瞬間、華子は――
(今!)
バケツを爆発させた。敵から然程離れていない辺りに彩りがぶちまけられる。うるえの空気の塊やキレンのルアーが風の行き場を減らし、爆風も敵を押し易くなっていた。その衝撃に押され敵は壁に背を打ち付けたが、三人はまだそれを確認できていない。
ルアーに関してはその後にまたズタズタにされた。しかもその際の羽根が跳んでくる。
「壁!」
うるえが空気の壁で防いだ。
また敵が動いた。だが姿をちっとも見せやしない。
うるえの空気が壁ではなくなった時、灰色の羽根がゆっくりと床に落ちた。
だからかその瞬間、超突風が吹き荒れた。うるえは入口から数メートル左へ吹き飛ばされた。だからか逆にキレンと華子だけ、細々とした物に衝突され体に小さな傷を幾つか作った。それでも抑えた方だった、キレンが飛んでくる物に対し、能力『鋭利さを無いものとする』を使っていたから。
その時。
ふと、華子を持ち上げたものがあった。――空気の壁だった。
二人の元へ近付き戻ってきたうるえに向け、華子が口を動かした。
「空気の壁が建ったみたいだった」
「え。私何もしてない」
「え?」
そして敵の方を向いた華子の前に、今度は羽根が。華子がバケツを差し向け、伏せる。爆発。もう部屋が中々のカラフルさ。
そこへ今度は風も羽根も来ない。部屋の真ん中に立った華子は、少々苛立ちながら辺りを見た。まだ敵は姿を見せる気も無さそうだ。という時に――急に華子の頭の後ろで爆発が起こり、華子は奥へ倒れた。
「華子!」
駆け付けようとしたうるえをキレンが止めた。
「さっき空気の壁が建ったのは、うるえがやってないなら敵がやった」
「じゃあ……真似? いや、バケツは出てない、現象だけ再現?」
「詳しくは解かんないけど、そうかも……。何かやった場所には、特に爆発した地点には行かない方がいいかも」
うるえの喉が、ゴクリと鳴った。
「もう頭来たわよ」
華子がそう言って膝立ち状態で復帰した。立ち上がりはしない。警戒。そして華子はバケツを大量に生み出した。
二十個ほど。
(行け!)
見えない地点全てに。
(爆破!)
その時、うるえが空気の壁を。華子や自分達を守るように。敵への爆発の影響を、余り削がないように。
聞いたことが無いほどの爆音が鳴り響いた。その廃店舗はほぼ半分以上をカラフルに彩られた。
そしてその時、敵の姿がやっと。女だ。
(――っ! 今!)
キレンはルアーを咄嗟に向かわせた。最も奥の棚から中央に向けて倒れたらしき女の顔に、触れる。防がれたらどうしようかと思ったが、漸くだ。相手は漸く眠った。
組み立て棚店ターテルで女に手錠を掛けた時、ゾリイェルは真後ろに力を感じていた。
(この店の真裏だ)
と思っていた。ゾリイェルはそちらの通路へ向かった。パン屋を含めて手前から三番目の香辛料店。そこから感じたと考えた。入ってみる。
数歩入ると、そこへ跳び込んで来た敵がいた。若々しい男。彼がしたのは右足刀の飛び蹴りだった。
それならと、ゾリイェルは右肘を前に出し、その蹴りの最中の男の腹へ。自分から突っ込む。身体強化で。
敵は吹き飛んだ。その先で粉が舞う。
次に男が跳び掛かってきたと思った時、男はそもそも消えた。
(後ろ!)
振り向いた。そちらから既に拳が接近していた。
(直前に目が動いた、視野内でもないのか視点転移なのか)
左右交互の四連打が来た。腕で防いだ。
最後の一発の時には、ゾリイェルは急に激痛を覚えた。
(封じられたッ?)
身体強化に関してはだが――というだけでも、かなりの恐怖だった。
距離を取った相手に向けて白い紐を生み出し、水平に伸ばす。それを男から見て右から、男の足首の高さで――
(カッティング!)
薙ぐようにスライド。
だが飛び上がって避けられた。ならばと、
(釘の盾!)
巨大な釘がドガガガガと前の地面に刺さる。生み出した直後にだ。そんな状況で敵の頭上へ――
(コピー!)
商品が入ったままの重い棚を見付けていた。それを『空間コピー』を使って彼の上へ三つ、彼の左右の上空にも並べるように。それが落ちる。ゾリイェル自身は背後へと逃げた。そして。
(結界!)
敵はなぜか粘液に包まれた、損傷をそこまで受けないようにだろうか――そして彼自身の後方へ、釘に足を着けた瞬間に激しく跳躍した。だがゾリイェルの結界に阻まれ、
「――!」
と、棚の下敷きになりそうになる。
「おが――!」
妙な声を出しながら、男は彼自身の左に抜け出た、ほんの隙間からだ。
そんな男の方を、その時にはゾリイェルも振り返っていた。
(あれは何だ、粘液……)
まあ触らないに越した事は無い、と思ってから――
「だったら遠隔だ」
釘を大量に。出したそれがなぜか地面に落ちるだけとなった。封印された。
(何!)
紐にも念じたが出ない。結界も出ていない。さっきのも消えた。
(技を出したら仕留め切るしか――)
ゾリイェルはそこで翼を出した。純白の翼。これは能力ではない。出し入れ可能な体組織そのものと言える。
「来いよ」
ゾリイェルが余裕ぶってそう言うので、男は警戒した。だがすぐに笑みを見せた。
(封印はこいつ本人のせいか)
思ったゾリイェルの目の前へ、男が瞬時に間を詰めた。
ゾリイェルは前に来るのを待っていた。ありったけと思えるほどの――
天力を、彼は頭上に込めた。
すると。
棒が天井からほぼ一瞬で大量に生え、それが男の頭や肩を激しく叩いた。
「ぐっ!」
(今!)
白い羽根の刃。敵に突き刺さる。そのあとで――確かめたら身体強化できた――だからゾリイェルは、男の腹に踵落としをお見舞いした。
完全に気絶した。この男に手錠を掛けると、簡易留置場へ。ゾリイェルはそこで休憩しようかと考えていたが、その頭で――
(こりゃ、負けられねえよな、なあ、晴己)
と、言葉を綴った。その時には彼らが来ていたからだ――まるで幸福の予兆のように。
中央フードコートの東にあるバーガー店に、和行、ウィン、ジンカーの三人が入った。そこに力を感じたとかではなく、音を聞いたからだった。天力や影天力の気配は全く感じない。もし居るのなら、その誰かはその圧を消すのがかなりうまい相手――と三人は考えた。
(椅子のガタッみたいな……向こうか)
当たりを付けたのはウィン。小声で、ウィンは和行とジンカーにも伝えた。
「よし」
そう言ったのは和行。だが行かない。衝撃の増減担当なだけだからだ。
「ウィンが左」
「了解」
ジンカーは指示し、店内席の右通路を見ていった。ウィンは左通路を進む。
席の死角、テーブルの下など隅々に目をやる。
突然、一番奥の椅子から、一気に姿を見せた者が居た。男。
彼は、手の僅かに上の空中に、消炭色一色の剣を――八本生み出した。それらが弾け飛ぶように三人に襲い掛かる――!
「うくおッ!」
変な声が出たと一瞬気にしてしまいながらも、言ったウィンは、風を生み出し、剣の軌道を変えた。少なくとも彼は中てられていない。
相手は確実に刺しに来た。
ジンカーはその襲い来る剣に――咄嗟に砂の岩を作り出して向かわせた。
和行にも向かった。彼は衝撃を何百分の一にもしながら、ただ受け流す。
そんな時、敵が壁を走った。明らかに身体強化している。
そして和行の頭上の壁までをも走り、入口側に降り立った。そこまでがとんでもない速さ。そこからも高速で右回し蹴り。
だがそれが蹴ったのは空気だけだった。しかし、そうなるとそこからなぜか――見えない何かが和行を襲った。
不可視の打撃。衝撃波。
だが和行は殆ど喰らわない。彼の、衝撃を軽減できる能力故。その後ろでは大きな破壊音や凹みまで生まれているのにだ。
「お前……!」
と敵が言った。和行は――
「こんなもんかよ」
と、不敵に。ニヤリともしない。
そこへ。一点集中、凝縮の限りを尽くされた風。
「うぶお!」
男は壁に頭を打ち付けた。
「くっ!」
男は、一瞬ふら付きながらも、じゃあ彼らからとでも言うように、ウィンの方へ跳ぼうとした。その瞬間。
「ぁでっ!」
彼は滑って転んだ。ジンカーが『質感を変更する』という力で床の質感を滑り易くしたからだった。
「特殊能力の戦いだぞ、注意しなきゃだよな」
和行は煽り気味だ。彼はよくないとは思いながらも続けた。
「今ので倒してもよかったけど、手加減が難しいんだよ、俺」
勢いよく立ち上がろうとしてまた滑った男の顎が床に当たる。
「あー、顎じゃ駄目だ、お前死んじゃうかもなあ」
灰色の剣が飛んだ。だが和行がその衝撃をほぼ零へと抑える。ウィンとジンカーどちらに当たっても本当に少々つんと突かれただけのように。和行は相変わらず受け流しもした。
「俺はやっぱり抑える方が向いてるわ。安全だもんな。人間相手じゃ難しいよなあ。まあ影天人ってヤツだっけ? どっちでも一緒だけど」
「砂に埋もれちゃう方がいいかな。どうした方が逮捕が簡単か」
と、ウィンがジンカーに言うと。
ジンカーが急に苦しみ出した。
「ん? 毒か?」
まず和行がそう言って――ウィンはと言うと、大量の風で、彼を浮かせ、天井へと叩き付けた。ただ、それだけだと普通はそこまで負傷しない。
だがここには和行が居る。
男は血反吐を吐いて落下し、倒れた。
「ごめん。やり過ぎた。やっぱり分かんないわ」
「ジンカーの毒、抜いてもらおう、多分毒だ」
ウィンは、そう言うと、腕時計型の装置に天力を込めた。そして報告。
「一階フードコート横、バーガー店、ジンカーが倒れた、毒かも。敵は倒した」
強くイメージした相手にだけ天力が向かい――この報告は、その者の装置のみから聞こえる。
ルイが空間を接続し、由絵と中へ入ると、まずルイは南口へ接続で移動。そこから見えたフードコートへも接続で移動。
そこから辺りを見た。
「こっちこっち」
と、抑えめの声が聞こえた。バーガー店を発見。入ると、まずジンカーを見て、ルイはその横をあの簡易留置場の上部へ繋げた。誰のことも切断してしまわないために。
そして。
「ジンカーくんを下ろすから。花江」
花江が物を操る能力で、ジンカーそのものを操りゆっくりと下ろす。と――
「毒かも」
ウィンに言われて麦が見た。彼の中にもし毒があるなら、ここを囲む壁の外へ――と彼女が念じると、ジンカーは苦しみから解放された。だが安全を考えると交代すべきだと彼自身も考えた。
ジンカーは不出白籠に入るための白いベストを脱いだ。
「……更上」
和行に呼ばれた更上磨土は、指を差されたのも見ると、その白いベストを着た。
接続面を下ろされ、立てて壁のようになると、そこへ磨土が歩いて向かい、それからルイが男を運んだ。その男の手首に、ネモネラが、手錠を掛けた。
やり取りがうまく行くと、和行と磨土とウィンは、その店を出た。




