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72 最終決戦。その八。

 妖神(あやがみ)ララヒャトレフィは戸惑った。目の前に居て自分に拳を突き出してきたのは、親愛なる友人、照神(てるかみ)エデルエラだったからだ。

(なぜ……!)

 ひとまず防(ぎょ)し、両手で彼女を押した。

 その()、エデルエラが、自身の左上から右下へ、手で空気を切るように動かした。

「――っ!」

 ララヒャトレフィはかなり左へと――横方向に強く跳(やく)した。

 さっき居た場所の後方には見えない刃が当たり、壁に切断の(あと)を作った。

 互いに能力を知っている。だがエデルエラは今正気ではない。手加減もしなさそうだ。

(誰に操られて! でも探す(ひま)は! 今は食い止め――)

 最後まで思うこともできずに、互いに身体強化した状態での組手。エデルエラが蹴りを放った。彼女も蹴り、それで防御とした。

 互いに脚を引き戻したタイミングで、エデルエラは跳び出し、手刀と拳をランダムに。

 ララヒャトレフィは手刀が来た時は()けるしかない――透明な(やいば)の予備動作と判断が付かないから。

 エデルエラはたまに(しょう)底も。(ひじ)打ちも。

 ララヒャトレフィからも。

 幾つかは互いにガードする。

 ふと、エデルエラが距離を取り、指を軽く左から右に動かした。

 ララヒャトレフィは急いでしゃがんだ。低い姿勢で跳び出そうとする彼女から見て左から、硝子(ガラス)窓が激しく割れる音がした。

 跳び込んだララヒャトレフィは、気を失わせたらどうなるのかと考えた。(はね)の裏には(すで)妖力(ようりき)を溜め込んでいる。右脚による中段()りを()り出し、そこから青い光弾を放った。

 エデルエラは瞬間移動でそれを()けた。現れた場所はララヒャトレフィの左後ろ。

 ゾッとしながら、左足で跳ね、空間接続でエデルエラの背後へ。

 だが、出た所には、エデルエラによる空間接続面があった。

(ひ――っ!)

 声に出しそうになりながら、ララヒャトレフィは(どう)回し気味に()けた。入れば解除で切断される、その気配が――死が臭っていた。

「お――ぁあっ!」

 ララヒャトレフィの胴回し蹴りの右(かかと)がエデルエラの左腰に向かう。

 エデルエラは、目の前から相手が消え、視界からも消えていることで、ララヒャトレフィが背後にいると想定しない訳が無く、背を見せ続ける訳も無く、前方へ瞬間移動し、向きを彼女の方へと変えた。

 蹴りは空振(からぶ)りに終わる。ララヒャトレフィはその勢いで立たず――そこにはまだ接続面がある(おそれ)があるから――自ら空間接続面を自分の下に生み出し、そこへ落ちた。エデルエラから見てかなり右手の所に頭の高さから降り、接続面を消す。距離は取っている。

 向かい合うと同時に、ララヒャトレフィはこの辺り――休憩所とその広場に隣接する通路も含めた広範囲――に一つの結界を張った。激しい戦いになる。周囲に被害を出す訳には行かない。エデルエラをこの結界から出す訳にも行かない。

 エデルエラは、その直前に、手錠をどこかから出して手に持ったようだった。それを、次の瞬間、ララヒャトレフィの右手首に装着させた。

 腕を回されガッチリ固定されてしまえば――

(死ぬ)

 ララヒャトレフィは覚悟した。そして、『認識ずらし』を使おうとしたが、発動しなかったのか、次の肉弾戦も、エデルエラは真っ()ぐ彼女を狙った。

(まさか封印?)

 また組手。途中でエデルエラが縦に無意味に手を振ったように見えた、だから左右に()ければいい、ララヒャトレフィは右に避けた。

「はぁあッ!」

 そして接近し、右拳をエデルエラに浴びせる。それを防いだ彼女からは、透明な刃が来そうな手刀が――ララヒャトレフィから見て左から右に流れた。

 咄嗟(とっさ)に、ララヒャトレフィはブリッジのような体勢に。

 そしてそこから足を蹴り上げる。途中、強く念じる。至近距離での――

 青い光弾。しかも右脚と左脚両方で。二連発。

 見えない刃はそのブリッジでどうやら避けられた。そしてエデルエラは、光弾を――どうやら喰らった。

 だがエデルエラは後方へ接続面を作り、そこへ喰らった勢いで入り、ブリッジから足を上げて倒立を経て立ち姿勢に復帰したララヒャトレフィの背後上空へ移動していた。

 エデルエラは洗脳されながらもきっちり計算していた。そのまま背後に行けば自分の刃で死ぬからだ。行くならその上だと。しかも浮遊したまま。

 ララヒャトレフィは当然振り向いた。エデルエラは翼を出し、純白の羽根の(やいば)を大量に放った。

 空間接続で返しても返される、その応(しゅう)になるだけなのが見えていた。

(青き盾!)



海凪(うみなぎ)さん、ありがとう」

「ううん」

「キレン、入っても無事でいてね」

 晴己(はるき)は、彼女が(うなず)くのを見てから、今はもう立ち上がっているガサナウベルの腕に手で触れ、瞬間移動した。簡易留置場から、建物の南にだ。

「じゃあ俺は行く」

「うん」

 ガサナウベルは、空間接続による移動で、一応、寝具店前に戻った。そこから西階段へ。

 透視状態を維持しつつ全体に視線を――と思うまでもなく、晴己は、味方同士の戦いに気付いた。

(なんで! 紙! なぜ二人が戦っているのかを示せ!)

 すると、晴己が生んだ白い紙に浮き出た黒文字(いわ)く。


『照神エデルエラが洗脳されているから』


(――! それはどうやったら解けるっ?)

 と念じると、同じ色で一行加わる。


『術者を殺すこと』


(そんな……。それをやった奴はどこのどいつ! そこへ導いて)

 紙が動き始めた。屋根は赤いから違う系統の色の方が見(やす)い、(ゆえ)に紙を青緑色に変え、追う。

 まず屋根の上へ。そして北へ。晴己が左下の区画の屋根から少しばかり北へ行った所で、紙は、西階段の方へ移動しようとし始めた。そちらに行けば会えそうだが、紙の動きを目で追っている所に、なぜか一体の空影(そらかげ)が現れた。顔がある、そして(くちばし)もある、灰色基調の肌を持つ人型の化け物。

 晴己は右下の死闘が気になったが、それでも、わざと声を掛けた。

「人を喰うなよ」

 すると。

「お前の指示には従わないし、俺は喰う」

(じゃあいい)

 奴の背後へ。そして右手の妖( )《ヴルエンカ》の出番。猛烈な勢いで振り下ろした。瞬間。

(切断!)

 消炭(けしずみ)色を更に濃くしたような空影の血が舞った。

 一刀両断。空影などという怪物は黒々(くろぐろ)しい濃灰色(のうかいしょく)の泡となってどこかへと消えた。

 そして紙を追った先へ。

 北から二番目の西階段より西の煉瓦(れんが)敷きの地面に、それらしき()の姿があった。(あい)色の髪。そこへ導きの青緑の紙が。実の所、男は本当に出られないのかと思い、白籠の壁に触れた。出られないと()かり、より北の通路へ行こうとしている――洗脳の相手を見付けに。

(お前か!)

 晴己はすぐに瞬間移動で背後を取った。そして心臓の高さに《ヴルエンカ》を容(しゃ)無く突き刺した。

(切断)

 晴己は、エデルエラが洗脳されたことで、彼が光天界側だという線は無いと考えた。影天使(えいてんし)影天人(えいてんじん)か――翼を見せなかったから判らないが、とにかく彼の赤い血が舞った。

 前へと、彼の胸より上だけが落ちる。

「あ……あ……」

 という声のあと、動かなくなった。胸から下も後ろ(だお)しに。

 そうなると、晴己は、透視で戦いの様子を眺めた。そうすることが、彼が死んだのかどうかを確かめることになるからだった。



 白い羽根の刃を盾と空間接続で()け続けているララヒャトレフィの前で、エデルエラが、急に、

「そんな!」

 と叫んだ。申し訳無くなりながら、彼女は翼を仕舞(しま)った。

 そこへララヒャトレフィが、羽根(まみ)れの青い盾を消しながら近付く。羽根も舞い落ちた。

 ララヒャトレフィは右手首に瞬間装着させられた手錠を示しながら、外側の鎖の無い曲線を空間接続で切り取り、手から外した。

「ごめんなさい」

「いいのよ」

 エデルエラはその手錠を衣装と(とら)え、服再現能力の延長で復元した。欠けた部分と合わさり元の形に戻る。ララヒャトレフィはエデルエラにそれを返した、(つい)でに言う。

「それより、何やらさっきより騒がしい」

「ええ。ルドリアスもだけど、空影(そらかげ)が今は酷い」

 と、エデルエラは、周囲に視線をやった。



 太一、友拓(ともひろ)、太陽の三人は、じっと動かず――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来の意思を取り戻した化け物達は、攻撃が通らないことに嫌気が差し、

「ほかの奴らを喰いに行こうぜ」

 と言い出した。そしてそこから全てが去った。



 晴己は(あい)色の髪の男が死んだと確信した。

 消炭(けしずみ)色の、封じのための長布を、彼の腰に巻く。そのあとで、そこに、彼の胸から上を念動で動かし、不出白籠(ださずのしろかご)の天井を向けさせ、ピタリと合わせる。

欠失部復活羽根(もどしばね)

 それを彼の胸部に()わせると、そこが繋がった。

 それから彼の腕を、彼の体にきつく縛り付ける。そして真っ白な蘇生羽根も。男の頭から足先まで這わせた。

 顔色はよくなった。息もし始めた。

「よし」

 この洗脳男を簡易留置場へ、瞬間移動で運ぶと、晴己は、今度は二階の休憩エリアへと瞬間移動した。

 そこに、もう二人は居なかった。

 だが目の前に一体の空影(そらかげ)。それはやはり灰色で、この一体は偶蹄(ぐうてい)(もく)のような脚を持っている。

「一応聞く。お前は人を――」

「お前に答える義理なんか――」

「じゃあいい」

 最後まで聞かなかった。聞く必要がない。手強さだけ取っても脅威なのに――と思ってから、奴の背後へ。

「んああっ!」

 《ヴルエンカ》の餌食(えじき)。そして能力『どんな物をも切断する』――

 深い灰色の血が空中を彩る。この体は神王族の体だと意識した晴己の(じん)速な一撃と、そもそもの能力の効果が《ヴルエンカ》で増幅されている。以前にもほぼ同じ敵を、しかも身体強化した顔アリの空影(そらかげ)を真っ二つにできた、この敵に対してできない(はず)が無かった。

 目の前の二つになって動かなくなったそれは、濃灰色(のうかいしょく)の泡となりどこかへと消えた。



 その頃、二階の最も北東の店、文具遥角(はるかく)では、なぜか、

「ストップ!」

 という声が上がった。

「は?」

 折れた右腕を左手で(かば)うようにしている官三郎が謎だと()げた。

 手足が折れ過ぎて動けなくなった美仁(よしひと)は気が気じゃない。

 (らい)と官三郎の前で、男の口が動いた。

「俺は光天界側だ! ちょっと待て! 話を聞いてくれ、あいつらの中には洗脳する奴がいるんだ」

「まさか洗脳されてたとでも言うのか! あんな――!」

 官三郎がそう言った時、そこにエデルエラが現れた。

「そうよ。私もさっきまで洗脳されてた。彼は一応味方よ」

「な――! そういう事は先に」

 官三郎がそう言うのも当然。晴己がどんな決定をするにしろ教えてほしい所だった。

「来るとは思わなかったんだもの」

「まあ……でも、それでもですよ」

「本当?」と(らい)()くと。

「嘘を言う訳無いでしょ。……ごめんね、言えてなくて」

 エデルエラがそう言うと、官三郎も、もう何も言わなかった。



 そんな時だが、ララヒャトレフィは建物の外側、北の空間(スペース)に出て空影と戦っていた。灰色の人型怪獣。それの場合は猿のような尻尾となぜか三つの目。

「結界」

 三方を逃げられなくすると、ララヒャトレフィは、そこへ二度の回し蹴りをし、青い光弾を四連発で叩き込んだ。一度に二弾。そこへ――

「鋭き磐石(ばんじゃく)、青く()て無く光りて刺せ」

 青い()()()光刃(こうじん)が、その狭い()所へ――

 大量のその刃全てが当たった。

 それで終わってはいなかった。怒り狂った空影が突進してきた。()けなければ危険だが――

 空間接続の連続。その場所に入った空影は、

「解除」

 とララヒャトレフィが言った瞬間、スライサーで(まと)めて切られたように、バラバラになって倒れた。



 晴己(はるき)はズガンダーフの所へ一旦向かった。そこに寝そべった敵が居る。

「運びます。ついでに一寸(ちょっと)待っていてください」

「分かった」

 晴己は敵を一人縛って簡易留置場に送ると、今度はズガンダーフに触れてエデルエラの所へ瞬間移動した。

 一緒に移動できたスガンダーフに、晴己が言う。

「みんなの治癒をお願いします」

「なるほど、承知した」

 ズガンダーフが念じると、官三郎の骨折が治った。美仁(よしひと)の治癒には官三郎の倍以上の時間が掛かったが、彼も完治。骨折の影響ごと治すのは晴己にとってまだ不慣れだった。できる人がいるならと思ったからこその願いだった。

空影(そらかげ)対処、お願いします」

「うむ」

 スガンダーフは、晴己にそう言うと、そこの入口から出て行った。

 エデルエラもそこから一旦消えた。彼女が向かった先は簡易留置場。

「あれ? 兄は」

「ガサナウベル様ならもう眠りから覚めて、行きましたよ」

 とは、当然ネモネラの発言。

「ケーヴェルが――」

 と、エデルエラが言うと、ネモネラは顔を明るくした。

「ああ! ベストですか。洗脳が解けたんですね。じゃあ私のを。私はここを見張ってますので。私は念のため手錠は持っておきます」

「分かったわ」

 言いながら脱いだネモネラが、白いベストをエデルエラに渡した。

「ありがとう。じゃあ」

 エデルエラはそう言ってそこから消えた。

 現れた場所はやはりケーヴェルと呼ばれた天使の前。官三郎達の所。

「さあ、これ」

 ケーヴェルが着る。

 エデルエラはどこかと空間を繋ぎ、そこから手錠も引っ張り出してきた。青いそれをケーヴェルが受け取る。すると、エデルエラが言葉を。

「信じていたわ、こうなるって」

流石(さすが)照神(てるかみ)ですよね、俺も信じてましたよ」

 そして、エデルエラも、ケーヴェルも、そこから消えた。

 外にはかなりの喧騒(けんそう)があった。爆発音も、衝突音も、断末魔のような声も。

 影天界(えいてんかい)曲者(くせもの)を倒し切りたい所なのに、空影が大暴走している。

 晴己は二体倒した。ララヒャトレフィも一体倒した。だからあと七体。

 ズガンダーフは東階段の更に東の空間に、一体を見付け、全力で巨大化し、そこに超筋力まで乗せ、叩き潰した。孔雀のような尾のあった空影(そらかげ)は、泡となった。

 晴己は、危険な目に遭っている者がほかにいないかと、建物の南へ瞬間移動し、そこから透視で探した。その時に倒れている女を見付けた。組み立て棚の廃店舗。ゾリイェルが捕まえたらしき跡がある。その壁の上部を真横に『切断』して入ると、女を簡易留置場へ送った。

 空影は外に出ようとしているかもしれない、そう思ったエデルエラは、とりあえず外へ――東西南北どこでもよかったが、何となく南に向かった。

 彼女が大階段脇を外に出た所で、

「出られねえじゃねえか!」

 と、叫ぶ怪物を発見。エデルエラは空間接続でその首をかなり右方の所に送り、その状態で解除した。それが数秒後に――肺も無く(のど)も機能しないため――(しゃべ)ることも無く泡と化した。

 そこへ、晴己が、また建物の南に戻り、透視しつつ、(そば)にいるエデルエラが大階段の左から中へ入るのを見た。

 一階の最も北の通路を中の方へ歩いていきながら、空影を見た者がいた。オロクガネアだ。

「来い」

 彼女の挑発にすぐに乗ったのは、山羊(やぎ)の持つような(ひげ)(たくわ)えた空影。それを――

 彼女は二刀両断。

 しかもそのあとで宝( )《バルソグナ》から黒刃をも放った。それが刺さった空影は、大爆発に見舞われる。そして数メートルを吹き飛び、通路に寝た。(さら)にオロクガネアは、それへと瞬時に近付き、蹴った。猛スピードで階段に激突した空影(そらかげ)は、泡となった。



 空影の騒ぎを他所(よそ)に、二階南の大階段のすぐ西にあるレディースブランド店エメム跡地にて、戦う者がいた。花肌(はなはだ)キレン、犬井(いぬい)華子(かこ)木江良(きえら)うるえの三人だった。

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