67 最終決戦。その四。
ララヒャトレフィは、倒した相手を簡易留置場に運び、そこで人を待った。拘束具を持っていないからだった。とりえずエデルエラが居れば――と思ったところで、彼女が現れた。エデルエラはそういった思念や記憶に反応できるようにしていた。
「手錠を渡しておくわね。最初に渡しておけばよかったけど――」
「そうだけど逸った私も悪い。言いっこなしよ」
「ふふ、ありがと。じゃ、あとも宜しくね」
「当然」
エデルエラは消えた。
ララヒャトレフィは貰った四つの手錠のうち一つを男の手首に掛け、それをもう片方の手首と後ろ手で繋ぐ。三つの手錠を腰の帯に押し込み、アイスクリーム店に戻ると、通路に出、西へ進み、影天力を感じたインスタント商品の店『オーガニオ』に入った。
入った瞬間、霧に包まれた。念のため出入口に結界を、彼女が自ら張った。
(相手は視界に頼らない……?)
自分の前にも結界を張って様子を見た。そこへ灰色の羽根が大量に飛んで来た。右前から。
(そちら)
結界を解き、翅の裏に意識。ただ空気を切るだけの回し蹴り。その足先から青い光弾を放った。
正面を向き体勢を整えると、すぐにまた結界を張った。そして翅の裏に妖力を溜める。補充する。そして待つ。
殆ど間も空けずに、左、若干後ろから灰色の羽根の刃がまた。まあ結界がそれを防ぐが。
(見えなくして全方位ね)
理解し、彼女は、入口を塞ぐ結界と自分を包む結界の両方を解かずに、その部屋に水を生んだ。大量に。
「なっ――んだ! まさか!」
そんな女の声が。
水は背の高いララヒャトレフィの頭よりもかなり上まで増えた。そうなると霧など無くなった。水に溶けたから。
(そこね)
二十代くらいの女の今度の居場所は目の前数メートルの所。そこへ――
「鋭き礫、青く果て無く光りて刺せ」
結界と敵の間の水中に現れた青い光刃は、敵が今咄嗟に放った灰色の羽根の刃すら切り、敵に大量の切り傷を残した。
そして水を全部一瞬で消し、代わりのように目の前に氷を生んだ。そこで刹那の間しか置かずに『認識ずらし』を発動。
敵は氷をララヒャトレフィだと思い、ララヒャトレフィを氷だと思い込む。
自分を囲んだ結界だけ解き、敵から見て数メートル左横の地点に移動したララヒャトレフィは、氷をきつく睨んだその女に一瞬で近付き、その顎を足の甲で蹴り上げた。女の脳が揺れる。そして女は倒れた。
今ある三つの手錠のうち一つを彼女に。それから運ぶ。簡易留置場。また戻ると、結界を解き出入口から通路に出、左に、西階段に向かった。上に天力を感じた気がしたからだった。
(こちらが戦ってるなら二人分以上は感じる筈……。天力……?)
思いながら向かった。
晴己はズガンダーフの所に二人が倒れ伏しているのを透視で見付けた。察知するとそこへ。
二人を晴己が縛り、そして運んだ。
「助かった。ではな」
「はい」
それだけで言葉は十分だった。
そして晴己はそこから全体を透視。どこかに拘束を待っている仲間もいるかもしれない。そう思いながら。
戦いは繰り広げられている。悠々と待っている敵も居るように見える。
そして、とある店に発見、倒れている男。
シチュー店に向かった。そこがそんな店だとは行ってから気付いたが――まあそれはどうでもよく、倒れている男を発見。他所を見ている間に戦いが終わった相手かもしれない。彼を消炭色の封印の長布でやはり縛る。そして空間接続で簡易留置場へ。
「お前らが欲望塗れだからこうなってんだろ!」
囚人達は口喧嘩していた。
「はあ! 私が悪いって言うの!」
「協力した方がいいって言っただろうが! 二度もっ!」
「あんたが私とどう協力すんのよ! 具体的に言いもしないでふざけんな!」
「んだと手前! あの状況だろ考えろよ!」
「考えるだけ無駄よあんたとの事なんか!」
悲しい気分になりながら晴己は透視した。その時にも戦いが繰り広げられているが、仲間にはまだまだ分がある、そんな状況だった。
数秒後ゾリイェルが戦い終わった。そして待っているように見えた。そこへ瞬間移動。
「ああ、こいつを運んでくれないか。治療はできたと思うんだが」
「……」晴己は胸と鼻の前を確かめた。「確かに。じゃあ運びます」
青い手錠が既に掛けられているから、布を使わず、その男をただ簡易留置場へ。
「だからお前は最低なんだよ!」
「こっちだってあんたの事をそう思ってるんですけど!」
彼らの喧嘩を無視して、晴己はまた透視し、自分が居たのは一階奥だったと思い出し、その前の通路に瞬間移動した。
一番奥の通路を西階段へ向かっていたエデルエラは、仲間を補助することもあったが、自分も探索していた。地図上では、サングラス煉という店の左隣はスポーツ用品店で、その左隣が鬼気ノ長靴という店。その向かいのジャージ店に影天力の気配。そこへ入った。
若い男が右前方の低い棚の奥に立っているのが視界に入った。
男は、瞬間的に、腕を左右に広げた。
何かしようとしている。エデルエラはそれならと、いつものように背後などに瞬間移動するだけ、それで大丈夫――と思っていたが、それができなかった。しかもエデルエラは、自分にその意志が無いのに腕を左右に広げた。
(同じ動きを――)
しかもその右腕が、相手の空間接続のせいか、どこかへと繋がり、そして、解除で切れた。エデルエラは右腕を失った。
それが一瞬のことだった。男は左腕にも同じことをした。
エデルエラは両腕を失った。血がボタボタと落ちる。
それでも能力は使えた。相手の能力、恐らく同じ動きをさせるもの、それと空間接続、その二つを封印。すると瞬間移動できた。彼の背後に。
その時の相手の油断による間。その時間に再度念じる。すると男が伸ばした腕の手首に、ボトリと落ちた腕と共に落ちていた――予め持っていた手錠が掛かった。
そして、エデルエラが蹴りの動きをして強く念じるだけで、透明な打撃が男を襲った。数歩分だけ吹き飛び、動かなくなる。
(晴己)
エデルエラがそう思うと、晴己はほんの数秒でそこに、瞬間移動で現れた。
「そんな!」
晴己はそう言うと急いで辺りを見た。そして見付け、腕を拾ってきて近付けると、消炭色の欠失部復活羽根を接合部位に這わせた、両腕分其々。晴己は癒しの声もとい復元の小さな声で、そこが元に戻るようにと其々どちらの時にも願いながら、
「大丈夫、大丈夫、治る――!」
と声を掛け続けてもいた。その腕がどちらも動く。普段通りになる。
(よかった、よかった……!)
晴己がそう思ってからやっと、エデルエラは、手錠を後ろ手で男のもう片方の手首にも掛けることができた。能力封印は解いておく。
内心、晴己は、どんな戦いをしたのかとも思ったが、別に聞かなかった。相性が悪ければハメられてしまうこともあるのが、こんな特殊な力を使う戦いの現実。晴己は一度眼球を失ったこともある。それほどの戦い。次こんな事にならないように誰でもしたい筈で、なったとしてもより早く対処できるようにだとか思う筈で、だから聞かず、ただ信じた。生き残り合うとも言ったから。それでも――
「生きてよ……ね。絶対」
とだけは言った。
「……ええ」
エデルエラはそう言ってから、空間を接続し、簡易留置場に男を運んだ。
それを見ていた晴己は、そこから透視。地図上では、このジャージ店の右の店がスポーツ用品店で、その下の向かいが男性向けアクセサリー店となっている。そこに一人の敵が居る。晴己はそこへ瞬間移動した。
オロクガネアは敵の居た子供服店から北の通路へ出た。向かいの子供用バッグの店には影天力を感じない。その一番奥の通路で東を向いた。
右手の子供服店から東に二つ連続で並んでいる店がある、鬼人界のアニメのキャラ、ミミミオガの服やグッズを売っている店だ。その奥に育児用品店。左手の子供用バッグ店から東に三つ並んでいる店は、西から順に、ランドセル屋、傘屋、着物屋となっていて――それらの中では、着物屋にしか影天力を感じなかった。オロクガネアはそこに入った。彼女自身、着物を着ている、神聖さや有難ささえ感じながら入った。
そこで戦うことに少しばかり嫌気を感じながら、中央辺りまでを歩いた。
その時だ、そこらの着物が一斉に動いた。殆ど全方向から。突風がその方向からも吹き荒れているような速さ。
オロクガネアは半分ほど振り返り、前方の空間を入口前へと繋げ、そこへ向かうことで避けた。そして見渡す。
さっきまで自分を襲おうとした着物がなぜか硝子へと変化し割れた。しかも割れた状態で互いがぶつかり更に割れる。
(硝子への変化……と物体操作?)
着物などの布だけの可能性もあるが――限定的でなく物体操作された、その前提で彼女は動こうとした。まず視線を隅々にまで向ける。そして肉体を強化。
敵は今の地点から見えない。と思ったその時、左奥からまた着物が向かって来た。
(もうこれは絞ってもいい)
思いながら、向かってきた着物があった棚の上に目の前の空間を繋ぎ、そこへ移動することで今度は避けた。すぐに接続を切った、だから着物は――硝子化していたが――居た位置で衝突し合って多少割れ合ってその辺に落ちただけだ、今の位置の近くに硝子は飛んできていない。
そもそも硝子になってから操作されていないように見えた――着物なんかの生地だけ操るのか――という思考も一瞬。
そして棚の上から見渡す。右を向いた時、棚と棚の間に見えた。敵。それがもし影天使なら数百歳代くらいの、若い女。まあ影天人なら二十代くらいに見える姿。
オロクガネアは左手の妖刀《ヴルエンカ》で力を増幅することだけ念じ、
スッ――
と、一瞬で右手の宝刀《バルソグナ》を上へ振った。黒い刃が放たれ女に向かう。女の前に空間接続を発動、背に繋げる――と、刃が前から消え女の背から中たり大爆発を起こした。
女は前に吹き飛ばされ、そこにある接続面に入らされた。その面が対応しているのは背後の接続面の裏側。そこから店の角の方へと、爆風で激しく押しやられた。
オロクガネアは振り上げた《バルソグナ》を少しの間も置かずに振り下げ、自然に構えた姿勢に戻っていた。そしてまた空間を接続し、女の後ろへ。それさえ迅速。全ての接続面を消す。そして様子を見たが、女は動かない。
どこか頭も打ち付けているようだった。今のうちにと帯から手錠を取り、それを掛ける。今ならと、治癒させる。そして簡易留置場へ空間接続。またそこに戻り、敵を探す。
敵は仲間同士で出し抜こうとする欲のせいでばらけているのか、それとも自分だけは助かりたいだとか、自信があるだとか、そんな感情で多対一に持ち込んでいないのか。それとも、こちらもばらけていそうだと判断したのか。
(どうだとしても、楽で助かる、まあ影神ほどの者が居たら話は違うが)
地図上で左右に――東西に延びた通路のうち最も奥の通路を左に、西に向かう晴己。その辺りは男性用品のエリア。彼の右手、詰まり一番北側の店は、地図上は左から順に、ブランド店ライドオン、ブランド店ネオーガ、ブランド店クロド、ブランド店タシギ、その右が通路でその右が中央北の大階段。晴己の左手には、奥から順に、漢の靴、シルヴァオクというアクセサリー店、帽子専門店ハタタリ、ブランド店ランダップがあり、モルギレンティスと激しく戦ったのはランダップだった。そこから奥へ見て回る。
シルヴァオクの前に差し掛かった時、その店の中に人が居るのが透視で見えた。入る。
銀色の指輪やネックレスなどがあったのであろう展示ケースや棚がある。商品は無い。そこを中央へと歩いた。
晴己には見えているが、相手は隠れている。攻撃の気配はまだ――と思ったその時。
相手は腕だけを棚の陰から出して空を薙いだ。その瞬間、消炭色の刃が飛んで来た。
足を少しも動かさずに手を差し出し撥ね返そうとする。と――
目の前がどこかに繋がったようで、刃が消えた。
後ろを振り向くと案の定そちらから来た。だがそちらに敵は居ない。
晴己は目の前を後ろに繋いでしゃがんだ。そして振り向いた。入り切らない刃が削れはしたが、中央部の刃は計算通り今の前方へ進んで行った。
刃の大部分は壁に当たり傷を作った。一部は敵の接続空間に入って入口付近に向かい、硝子の壁に傷を。
晴己は回り込むようにまず左に急速に動き、そこから奥へ行き、飛び掛かった。
十代後半から二十代に見える男――が、急いで腕を振った。晴己は背後へ瞬間移動。
「雷打!」
足で――蹴りで痺れさせようとしてみた。だが男は瞬間移動した。
(封印)
×瞬間移動
×視野内転移
×空間接続
という刻印が、右手の甲に現れた。そして晴己は透視。男は入口付近。この店を出てはいない。
(結界)
入口を閉ざす、部屋丸ごと。そして中央を通るように近付いていく。
すると、男が、腕を伸ばし、体の中心を軸にして何度も回転し、それ毎に増やすようにして一本、三本、五本、七本と刃を放った。ただ、晴己は撥ね返すだけだった。
男は何やら慌てた表情を見せた。封印に気付いたか。
しかし男も撥ね返してきた。男はどうやら自身の体でなら自身が放った刃を撥ね返せるらしい。
(白紙)
入口前で自転する男の――晴己から見て――左に二メートル四方の巨紙を生み出し、そこから超速で向かわせた。
男はただ横の壁に真っ直ぐ押しやられ、身動きをしなくなった。紙はそのまま圧している。その紙を退けると俯せに倒れた。
再び襲い掛かってきた刃についてはもう一度撥ね返すだけ。目の前の地面に突き刺さり傷を作った。
男は動かない。晴己は消炭色の封印の長布を念じて出し、向かわせ、念のため念動で縛っていったが、男は起きなかった。気を失っていそうだ。
晴己は縛り終わると、空間接続し、彼を簡易留置場へ。すぐにアクセサリー店シルヴァオクに戻った。
一階、家具屋の隣の寝具店。ガサナウベルが入ったそこは、なぜか、そこかしこに枕や抱き枕の山がある。
(奴らが作ったトラップに見えるな……)
慎重に移動。触れないように。
左側から奥へ。ぐるりと店を時計回りに。入口から見て右上の角へ来た時ふと――
抱き枕が押し寄せて来た。
空間接続でそれをどこかへ――と思ったガサナウベルだが、できなかった。
(封印……!)
後ろへと飛び退いて避けた。
身体強化し、壁を蹴りながら後方へ、そして足場のいい右方へ。
(今度は逆に回るか? それとも――)
その時、すぐ右横の山から若い女が飛び出てきた。明らかに体を強化した速度。
拳、回し蹴り、激しい足刀をされる。
ガサナウベルは全てガード。そして掌を差し出す。そこから衝撃波。
女は吹き飛んだ。そこへ向かう。
膝を胸元へ引き寄せ首で跳ねるように起き上がった女は――手を向け、抱き枕を生じさせ、放った。
ガサナウベルは空間接続を封印されたから、それを使えず、しかし手で払い除けるまでも無いと思い、正面から受けた。それから握るとそれを横へ投げればいい。
その時、抱き枕から棘が生えた。
既の所で頭部破壊は免れた。だが右腕や右胸、腹全体、左太腿には刺さっていた。
(やっぱり一度も喰らうべきじゃなかった。あいつ自身は吹き飛んで当たって何ともないから――と思ったが)
癖のある能力の厄介な所だと思いながら、ガサナウベルは対象すり替えを念じた。
女の前に抱き枕は移動した。棘は、女の右腕や右胸、腹全体、左太腿に刺さった。ガサナウベルは無傷に戻る。
(ま、封印をすり替えてもいいが、それでも封印される可能性はある。――あの時の晴己は出来過ぎてたんだよなぁ)
「おい、大人しく捕まれ」
ガサナウベルがそう言った時には、女は、抱き枕から既に棘を消していて、それを横へ放り投げていた。
横から軽い落下音がするのと同時に、女の傷が治り終わるのを見た。
(肉体的な強化と治癒もか)
その時、後ろから軽いものがガサナウベルの頭部に触れた。
(――! 油断した! 音も……無か……対象……すり……)
ガサナウベルはいつの間にか倒れていた、そして目蓋を閉じていた。
対象すり替えをしようとしたが、それができなかった。さっきの棘で察知され、封印されていたからだ。
女は警戒していた。数秒待った。ガサナウベルは寝息を立てている。そうだと判ると、ゆっくりと歩いて近付いた。
晴己は敵を探そうとして、透視し、倒れているガサナウベルに気付いた。急いでそこへ瞬間移動。
彼の傍で立ち、入口の方――前を見る。女が目の前に居る。
「僕が相手だ」
(封印)
だが右手の甲に文字は浮かばなかった。逃走用の能力は無さそうだ。
どんな能力を封印したいかを想像するか、関連する言葉で条件付けしなければこの封印は発動させられない、それが難点だと思いながら晴己は構えた。
(四つか五つしか能力が無いなら全部封印する、できたらなあ……。どんな能力か……。待てよ? すり替えればいいのに倒れてる。できなかった? できない? 能力封印)
×能力封印
出た。手の甲に。すると晴己は、
(やっぱりか!)
と思ってから、跳び込んで来た女の拳を撥ね返した。
「いっ――!」
女の悲鳴とほぼ同時に、晴己は翼を出した。白い右翼、チャコールの左翼。両方の羽根を、刃にするのではなく、ただ打撃のために放ち、嵐を巻き起こした。
(闇風! 更に浮遊操作! でもって白紙……丸まり吹雪け!)
全てが女に降り掛かる。全てが打撃。風圧も打ち付けている。
女は、どれも避けられなかった。寝具店の枕や棚、スタンドライトさえも喰らい、入口付近の角――晴己から見て左隅へと激しく押し込まれ動かなくなった。
(長布)
それを呼び出すと、女を念力で縛った。
寝ているガサナウベルの頬に触れた。そこで、死んではいないと気付き、
(よかった、ホントに……)
目に滲ませてから、頬を叩いた。だが起きない。
晴己は自分の翼を閉じるように消すと、簡易留置場に女を、瞬間移動で運んだ。触れていると一緒に行ける。そこの端へガサナウベルも運んだ。そして、そこに居る囚人達に向けて。
「彼に何かしたらただじゃ置かないからな」
だが、そこには鼻で笑う音が在った。
晴己は、彼らの反応を見て、悲しくなってから白籠の中を透視した。




