63 最終決戦の準備と開始。
山の中の避難施設。その端から、空間接続で移動した。照神エデルエラ、闇神ズガンダーフ、妖神ララヒャトレフィ、鬼神オロクガネア、天使ガサナウベル、天使ネモネラ、天使ゾリイェル、そして、照神エデルエラと影天界の神王族の血を引くハルヴァントの子、晴己――元の名はハルキヴィエル。
全部で八名。
輪状の妖刀《ヴルエンカ》を入れた鞄をガサナウベルは持って来ていた。石の椅子の横に置いていた。それを、彼は、晴己に手渡した。
晴己は重みを感じた。これで終わる。運命の重さも。戦闘に差し障りはない、それだけ『肉体を改造する』という力は大きい。
ズガンダーフもそれを持って来ていた。
ララヒャトレフィもだ。
《ヴルエンカ》は各界に一つずつある。刃は半月状、持ち手を含めると輪状。握って殴るように使う。力を倍増させる妖精の刀。あのサラマンダーのような、火の妖精のような、尻尾のある妖精の国からの各界への捧げ物。各界への。故に敵も使う虞がある。使わない手は無い。ガサナウベルが以前にそう言ったことを晴己は思い出した。
オロクガネアは、左手には《ヴルエンカ》を持っているが、右手には、手の甲にある刀の刻印らしきものから召喚し、別の――黒い刀を今持った。
「宝刀《バルソグナ》……と、半月刃の《ヴルエンカ》。私はこの二つで戦う」
ネモネラの持っている不出白籠。それを照神エデルエラがネモネラから受け取った。
そしてネモネラが、空間接続でどこかへ一旦繋ぎ、何かを運んできた。白いベストだ。
「一応、二十六着。それだけしかありません」
オロクガネアは一旦刀を置いた。着たらまたその手に。
そこに居る皆が着た。残り十八着。
「連れて来てもよかったのよ、でも……いいのね?」
と、エデルエラは訊いた、晴己にだ。文字通り親身に。晴己は、
「うん。これでいい」
とだけ答えた。
場所を移った。鬼人界のギガラグガラ山の廃モール。トーナーモール。その入口。
「さあ行くわよ」
エデルエラは、白い籠を晴己に向かって差し出した。
「え、僕が?」
「あなたは生き残るんでしょ? 約束したわよね。あなたが使うの」
晴己は、受け取ると、
(生き残る。そうだ。生き残る)
そう思ってから念じた。
「……行け、不出白籠!」
発動する。モールの中央上空にその籠が向かった。そこから何百何千もの白い帯が伸び、巨大な籠を作っていく。込める力が強ければ強いほど大きく閉じる――そしてその場所を閉じるイメージが確固たるものであればあるほど――そこだけを閉じる。その途中で――
「来なさい! ルドリアスとその配下、この件に関わった五十一名全て!」
モールに人の気配が生じ、そこを巨大な白籠が閉じた。
白籠に密着するように、すぐ外に――今ここに居る自分達を囲むように――ゾリイェルが建造能力で壁を立た。その屋根も作ると、閉じ切ったとても大きな空間になる。二百人は入る。彼は、天井に、電池式か天力式か、そんな照明を幾つか設置し、そしてこの場を、現在地を、地面を指差した。
「捕まえたらここへ」
皆が肯いた。言わばそこは簡易留置場。
エデルエラはネモネラの運んできた白いベストをこの空間の外且つ白籠の外に置いた、空間を接続することで。これは敵の手に渡る訳に行かないからだった。彼女が戻ると――
「さあ行け」
ガサナウベルが空間を接続した。そこから入る。まず入口付近。
白籠内は中央上空からの強い光で照らされている。
そんな状況の中で、相手は、中央より向こうに居るのだと思われた。全員が通ると、ガサナウベルが接続を切った。そこでゾリイェルの声。
「さて、出発しますか」
「俺に触れろ」
と、ガサナウベルが晴己に言った。晴己が彼に触れる。すると時間が止まる。ガサナウベルは喋れはするが動けない。晴己だけが自由。
「晴己、まずは透視だ。動いている敵が居たらもう停止は――」
そこで、ガサナウベルの背後に、敵が現れた――影から出てくるように――
「――! そこ!」
全体を透視する前から、狙いに来た者。それは男だった。首にはかつて対峙したネックレスの男と同じ物が。
ガサナウベルを灰色の剣で刺そうとする。その男へ、晴己が青一色の剣を飛ばした。
「なん――て!」
(速さだ)
と思った男は、影の中に引っ込んでそこから消えた。辺りを見たが、いない。もう別のどこか。
「停止はナシだな」
そう言うガサナウベルの背に――
灰色の剣が刺さっている。彼が『対象すり替え』で無傷になると近くの煉瓦敷きの地面に真っ直ぐ刺さった。だが男がもう近くに居ないことでその剣も消えた。
ガサナウベルが時間停止を解除した積もりはなかったが、足が動いていないのに時が動き出した。するとゾリイェルが、
「ん? 時を止めたか? 影天力も感じる」
「対策された。ありゃ俺がやった事もバレてたな、しかも封印もされた」
とガサナウベルが言うと、ゾリイェルが、
「まあそれが使えないくらいいいさ、後の方になったら使わないしな。じゃ、行ってくる」
と言って、敵を探すためにかなりの速度で走った。オロクガネアも。ララヒャトレフィは翅の裏に妖力を溜めながら、彼女も同じような速度で向かった。
「じゃあ行くわ」
と、そう言ったのはエデルエラ。彼女の姿は消えた。
ネモネラは近くの屋根の上へ空間を繋げて移動した。ガサナウベルは歩き出した、前へと。ズガンダーフはその隣を歩いた。そして晴己は、全体を透視。
敵を見付けた晴己は――
「後ろへ」
瞬間移動した。
「ルドリアス様」
「何だシャティオ」
「時間停止を封印してきました」
「よくやった」
彼らは彼らで、不出白籠から出るため行動を開始していた。
「どうやら出られない。このクソ忌々しい白壁を出しやがった奴を殺せ。俺の所に連れて来るのでもいい」
「イエッサー」
シャティオがルドリアスに返事をすると、その横の誰かが前に進み出た。
「よぉし野郎共。とりあえず出会った奴全員――殺せ」
状況を区分けで表現するならば――
このモールの案内板の地図を中央を通る線で四等分するなら――
晴己達は左下の下端に居た。ガサナウベルは、中心から下端にある一番近い大階段の左の入口へ、詰まり左下の区画へ歩いた。ズガンダーフはその大階段の右の入口へ、詰まり右下の区画へ向かった。ネモネラは左下の区画の二階の屋根の上。
そして晴己が移動した先は――左上の二階シューズ店。
階は二階まで。広くずらりと並ぶ店の二段構造。階段は端々に在り、全ての通路が中々広い。故に支える柱も要所々々にある。一階中央がフードコート。
今、晴己は敵の男の背後を捉えている、音も無く。そして、
(雷――打っ!)
と左拳を放った。
その時、照神エデルエラは最も奥から動いていない現・代理影神ルドリアスの近くへと現れた。
エデルエラが一言『やっぱりね』と思うだけの間があった。
直後ルドリアスは消えた。
だが――だからこそ――エデルエラは彼の前へ行こうとした。そして、瞬間移動できなかった。
「封印? いや……強い結界? まったく、簡単に行かせてくれたらいいのに」
エデルエラはまたそこからも消えた。
屋根の上に敵は居なかった。敵は各エリアに潜んだとネモネラは考えた。
案内図で言えば左下の区画の下から二番目の西階段から二階の内側を窺った所だった。影天力をその辺に感じない。少し奥に行ったら居るのかもしれないが……彼女は一階へ下りた。そこから内側へ。
左手には化粧品店ジセト、その向かいにも化粧品店ヨゾヌ。ヨゾヌの横は杖の店『助の杖』。鬼人界と闇界が人間界の言葉にかなり染まっていることを思い出しながら彼女はその向かい、ジセトの隣も見た。そこは宝飾品店。そこに影天力を微かに感じた。
ネモネラはそこへ。入ると、瞬時に目の前に壁が現れた。後ろを振り向くと、かなり前方に入口が。
(移動させられた……!)
鬼神オロクガネアは、走ってフードコートまで来ると、右手に影天力の気配を感じた。パン屋がその場所だと知る。そこへ急角度で曲がりながら走り、入口のドアを荒々しく開けて入った。
そこに居たのは、何やら手品で使いそうな黒い箱を手に持っている若い男。
急接近し、宝刀《バルソグナ》で斬ろうとしたが、弾かれた。どうやら男は結界を張っている。
男が念じると、宝刀《バルソグナ》が消えた。その箱から、男が何かを取り出した。それは黒い刀、《バルソグナ》。
晴己が殴った相手は数メートル転がると、立ち上がってバッグを放った。それに入れられたらどうなるか。晴己は撥ね返した。
「なっ!」
相手が驚いた隙に、相手の近くに瞬間移動。
「え」
そんな相手の右頬に、右の裏拳をお見舞い。妖刀の刃は少しも当たっていないので相手を切ってはいない。その瞬間、相手は沈んだ。
男が気絶したことを理解した晴己は、消炭色の能力封印の長布を生み出し、男を縛った。
「よし」
まず空間接続であの簡易留置場へ。相手を運んで自分は戻り、接続を切る。
そして透視。戦い始めたのが数組。
オロクガネアが武器を盗られていることに気付いた晴己はそこへ瞬間移動した。
相手は奪った宝刀をその手に持ったまま扱わず、トングや包丁を箱から取り出し、それを念力で操作し、オロクガネアや晴己に中てようとした。二人でそれを撥ね返したり避けたりする。そうしながら、晴己は、まず紙を生み、放った。が、見えない何かに阻まれた。ならばと。
「結界崩しの剣!」
晴己が巨大な夕闇色の刺突剣を召喚。それが向かう。一瞬過ぎて男はそれをどうにもできなかった。その剣で男との間を刺すように動かすだけでパリンと音が。晴己は引き寄せ宿し直す。それも一瞬。それと同時に。
(封印!)
晴己の手の甲に、刻印が出現。
×念じた物を箱へ
×箱内物念動
×結界
恐らく生物以外を奪う敵。
「じゃ、お願いします」
晴己はすぐそこのクレープ屋にも戦っている者が居ると知り、そこへ瞬間移動した。
「さっきはよくもやってくれたな?」
結界が無くなり何もできなくなったのか、男は怯えた。
オロクガネアが跳ね動く。それだけで男の目の前へ。たった一打、右拳で腹を殴った。それだけで男は気絶した。
黒い宝刀《バルソグナ》を取り戻すと、オロクガネアは名を呼んだ。
「エデルエラ」
エデルエラは敵を探して二階に上がっていたが、それを止め、オロクガネアの元に現れた。そして状況をすぐ理解しどこかへと空間を繋ぎ、そこから青い手錠を取り出し、その数個を渡した。
オロクガネアはそれを相手の手首に掛けると、空間を接続。簡易留置場に男を運んだ。余った手錠は帯に挟んだ。そしてパン屋の区画に戻った。
そこからエデルエラは居なくなっていた。
「今度はあっちに行くか」
地図上、パン屋の左はフードコート、上は向かいとして子供服店が記されている。微かに力を感じた気がしたオロクガネアはその子供服店へ向かった。




