06 班分けの意識と、林田ビカクの力。それと杵塚花江の力。さらに、大月ナオの力。
「癒す能力の人がもしいるなら、みんなで知っておくべきです」
朝のホームルームで、淡出硝介がそう言った。自分の席の所で立っていた。
「あ、ハイ! 私も言いたいことがありまーす」
と、手も挙げて言ったのは花肌キレンだった。
キレンは立ち上がって続けた。
「このままでもやっていける!……なんて思ってたけど、万全を期す意味で、班を作って守る場所を意識するっていうことくらいは、した方がいいと思います。三十二人もいるんだから……と無責任に考えていたら、対応が遅れて、怪我人が出ます、どうせならそんな怪我人を一切出さないようにしたいです。そう思いません?」
先日のことを思い出しながらの花肌キレンの言葉だった。
「そうね……」
と、ベージエラが言った。ほかにも多くの五組の者が同意を露わにした。
ベージエラは考えを言葉にした。
「東、北、西正門、南……えっと、三十二人いるから……そうね、八方向、八班で守るって感じで」
それを受け、
「いいですね、それ」
と、立山太陽が相槌を打った。
「あ、じゃあ――」話し出したのは目淵正則。「たとえば北で何かあったら、その左右担当の人ももしものために駆け付けようとするくらいはした方がいいかと」
「備える意識は大事ね、そうね、みんな考えておいてね」
「はい」一斉の返事。
「じゃあ班分けね、えっと……昼や放課後、その時誰かが抜けてしまうとしてもカバーし合えるように……そういう風に組みましょう」
晴己はここで言葉にした。
「じゃあサポート組み、回復組み、攻撃組みに分かれて、その……この人となら時間帯的に組めるよ……という風に話し合ってみ……ます?」
「うん……いいなそれ、じゃあ分かれてみよう」
そうして話し合った。
それは別班との交渉も交えることになり、熱が入り時間が掛かることとなった。
やれその能力ならこっちが欲しいだとか、この力の私はあなたと組みたい、だけれどあちらは私と組みたがっている、だとか。
部活の時の道場や体育館、特別施設の場所によって、「ここがいい」や「あなただと遠い」という事もあった。折り合いをつけていく。
そして、各班の班員と、その手首の外側に浮かんだ羽根のマークに刻まれたナンバーは、こうなった。
北班は、
ナンバー20の不動和行、
ナンバー10のジンカー・フレテミス、
ナンバー16の立山太陽、
ナンバー32の富脇エリー愛花の四人。
東班は、
ナンバー29の杵塚花江、
ナンバー13の林田ビカク、
ナンバー25の大月ナオ、
ナンバー15の花肌キレンの四人。
西正門班は、
ナンバー3の氷手太一、
ナンバー19の羽拍友拓、
ナンバー26の速水園彦、
ナンバー31の目淵正則の四人。
南班は、
ナンバー28の然賀火々末、
ナンバー17の今屋村キン、
ナンバー23の木江良うるえ、
ナンバー11のシャダ・ウンムグォンの四人。
そして北東班は、
ナンバー9のランジェス・ゲニアマンバル、
ナンバー30の遠見大志、
ナンバー27の交苺官三郎、
ナンバー7の千波由絵の四人。
南東班は、
ナンバー14のウィン・ダーミウス、
ナンバー2の更上磨土、
ナンバー5の温地美仁、
ナンバー22の犬井華子の四人。
南西班は、
ナンバー21の入荷雷、
ナンバー24の佐田山柔、
ナンバー6の海凪麦、
ナンバー12の時沢ルイの四人。
北西班は、
ナンバー1の淡出硝介、
ナンバー4の阿来ペイリー、
ナンバー18の見状嘉烈、
ナンバー8の形快晴己の四人。
そしてその日の放課後。
ベージエラは小テストの採点をしていた。ある時、
「あ!」
と、ベージエラは理解した。
「ああん、ここの計算ミス惜しい~」
そんな時だ。
「あ!」
と、ベージエラは察した。
「お菓子がなくなったから買ってこよう~っと」
園内にはコンビニエンスストアがある。学園の南東部分の剣道場の西、すぐ内側。北校舎の東端の北で、運動場よりも南にある体育祭などで使う観覧席となる石段の東。北校舎から北へ出て駐車場や花壇やらを前にして、右手へ行くだけそれは左手に見えてくる。
そこへ行こうと立ち上がった瞬間。
「あ!」
と、ベージエラは気付いた。
「赤インク切れ掛けだからそれも買おう~っと」
財布を持って職員室を出ようとした。
その瞬間。
「あ!」
と、ベージエラは察した。
持っていた携帯電話をズボンのポケットから出すと、一斉送信した。
『東、天獣の気配!』
もしものために北東と南東の班も控えとして出動する。そして当の東班は――
まず、杵塚花江が弓道着で現場に到着した。
弓道場は、一階が剣道場、二階がフェンシング場となっている刀剣系道場のすぐ北にあった。だから早かった。
以前はまだ自分の力をうまく操れなかった花江だが、今回は自分自身をも操って、塀の外に出た。
『物を操る』
彼女はその力で放った矢などをすぐに回収できるようにと思っていた。更には、その力で物を動かし、人を守れればと。
そして花江は思っていた。
(攻撃は防御でもある!)
大月ナオも早かった。刀剣系道場のすぐ南が合気道場だからだ。
ナオは塀の向こうへと行かず、ただそこを登っただけ。見守った。なぜなら――
『キズをなおす』
それが彼女の能力だからだ、前線には出ない。
そこへ遅れて駆け付けた少女の名は林田ビカク。
彼女は技術部に所属しており、技術室にいた。
『感覚を鋭くする』
彼女自身が、たとえば美しく角を削るような工芸用の道具を誤って使うことなどがないように、そして何かあればすぐ危機を感知し回避できるように、他人をもそれで守れるようにと――その想いを抱いたからこそ、彼女はその力に決めたのだった。
もう一人は花肌キレン。
キレンは以前にも『鋭利さを無いものとする』という自身の力を使い、天獣から人を守った。
彼女は、予定がなければ部室にいてルアーなどの手入れをする、予定はないから駆け付けることはできたが、部室は遠かったために少しだけ遅れた。だが彼女の足腰は強く、走る分には林田ビカクとそう変わらなかった。
さて、戦い始めようとしたのは杵塚花江。
彼女は面と向かって――丁度『攻撃は防御でもある』と考えた所だった。
「先手必勝……」
その声は小さかった。彼女は集中することを選んだ。静かに念じ始める。
天獣は象のような大きさで、白い鳥――ルリビタキのようだった、ただ足は四つあったが。
「ギッギギカカカ!」
と叫ぶ天獣に向けて、花江は傍に立つ木を操ってぶっこ抜き、放った。
「中たる――」
的確に動けばそれが的中に繋がる。全てが素晴らしく整い、結果、中たる、中てるのではなく。弓道的考え方。サイコキネシスとも言えるこの能力でも彼女はそれを実践した。
それは本当に命中した。
あまりの重量に襲われ、天獣がよろめいた。
だがそれで終わらなかった。
巨鳥型のその天獣は、立ち上がって翼で攻撃しようとした――
が、その時だ。
「後ろに引いて!」
ビカクの声だ。察知したのだ、天獣の動きを。そのためにずっと能力を発動していた!
花江は数歩後ろへ下がった。弓道着姿ながらよくできた動きだった。
天獣の翼は空振り。
しかもそこへ、それが物を切れる翼ならと、キレンは鋭利さを無くさせるために念じていた。
「ギッ!」
そこへ、また、花江の物体操作――大木の重々しい一撃。いや二撃。更にもう一度。全てに重たさがあった。あまりにも勢いのある攻撃。
「オギギィッ!」
そんな悲鳴を上げ、天獣は数メートルを転げ回った。転がりながら攻撃を受けもした。花江は中てることに夢中になっていた。守るため。もう敵はただの的。
そんな天獣は、動かなくなると、奇妙な音とともに虚空へと消滅。
ホッと一息――というところで、花江が血を吐いた。
「げほっ」
「ハナちゃん!」
恐らく内臓破裂――敵の攻撃は当たっていないのではなかった、何かが放たれたに違いない……と、ナオは判断し駆け寄った。
実際それは合っていた。だから花江は苦しさと焦りを感じ、当てることに夢中になっていたのだった。
ナオは花江の腹部に手をかざし、治れと念じた。
痛みが引き、花江は血を吐かなくなった。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「よかった……っ」
駆け付けたビカクやキレンと、熱い抱擁をする。ナオとも。
そして、花江は操った木を元あった場所にまた植えるように、近くのあらゆる物を動かした。
その枝は折れていた。
ナオはそこへも念じた。すると操られた木のその枝がスウーッと治っていた。
「き、傷を治すって……」
と、ビカクは半ば聞いた。ナオは聞かれることを予想していた。
「キズをなおす……って片仮名と平仮名だけで書いたの。もしかしたら余分な能力も得られるかもって思って。で、それがやっぱりできて。だから私、生物の傷も、物質的破損も、元に戻せるの、それが『キズ』である限り」
ナオは、レンガ敷きの道の破損も直してみせた。
「おお~」
足元を見て花江達は感心した。
そしてキレンはこうも思った。
(もし私が鋭利なものから人を守り切れなくても、ナオがいれば……)
その様子を、ベージエラもまた見ていた。
(これからもっと凄くなってく筈よね……この子達……やっぱりとんでもない子達だわ……)
そして、ベージエラは、
「倒せたわね、もう大丈夫みたいよ、気配はもうない」
と、声を掛けた。
すると、そこにいた四人は、ベージエラに向けていつもの顔を見せた。そして花江が皆を操り、能力で塀を越えた。
「なんだか変な感じ」
「くすぐったいような酔うような」
「ね~」
各々の感想のあとで、ふと、キレンが言った。
「天獣自体を操るっていうのはどう?」
花江は面食らった。相手が動こうとするなら操り切れないかもしれない……そんな思いもあって考えていなかったからああいう戦い方だったのだ。
「それ、イイかも」
花江は、それについては、『何に中てるか』を考えた。
ベージエラも面食らった。
(もうそんなフェーズなのっ? なんて子達なの……)
そして四人はそれぞれの部活に戻る。控えていた北東と南東の班も「あの班だけで大丈夫だったようでよかった」という類の話をしながら、同じように戻る。ベージエラはというと、すぐそこの学内のコンビニに入ってお菓子を買い、赤インクの替えを買い忘れたのだった。