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57 終わりに向かう中で、溢れるもの。

 警察の動きが気にならないでもなかった。

 晴己(はるき)やガサナウベルは、天界では、今も唯々(ただただ)指名手配犯。影天界(えいてんかい)の手の者がそうしようとしていたと照神(てるかみ)エデルエラは言った。だったら自分達が先にそうすることでガサナウベルの近くに置き晴己を助け(やす)く――という対応だったとはいえ――仕方なかったとはいえ、警察は(いま)だに彼らを追っている。確かに、奴らの流れに任せる訳に行かなかったとはいえ。

「ねえ、ガサナウベルさん」

「んー?」

影天界(えいてんかい)の人に狙われて危険な状態になってる警察官とか居ないの? そういう人の保護とかもしておけたらいいよね」

 友人を山の中に保護してから二日が経ったある昼、晴己がそう言った。

「まあ俺達もそれを調べたら……かなり危険だろ。もうすぐ全て照神が調べ終える、ここは我慢だ」

「そっか……」

 そんなこんなで、晴己は、変装姿で軽く運動していた。外に出て近くの植物園の周りを走っている。まあこれは振りのようなもの。周囲の様子を見るためなどという意味もあった。

 今はすらりと背の高い短髪女性の姿。

(……でも、こちらの事情を知らない人も居る。そこまで知らずに、もし何か気付いてしまったら? もし――)

 そんな時だ。

 ふと思い付いたことを晴己は試したくなった。念じて白い紙を出す。

(たとえば……変に知ってしまって……調べてしまって……(すで)に捕まったり、死んでしまいそうな状況に居たりする……善良な警察官……や善良な人が、もし居るなら、居ると示せ)

 思ってからは(さら)に紙に念じた。天力(てんりき)は全力で抑えた。すると。


『居る』


(やっぱり居る!)

 晴己は念じた。だが、会いたい者の後ろへと瞬間移動をする力では、顔も想像できないその誰かの所へは行けないようだった。前もそうだった。

(ちゃんと想像できる相手じゃないと駄目なんだ、やっぱり。じゃあ、そのどこかへ、導いて)

 我慢しろと言われても、晴己はどうしても放っておけなかった。守りたくなってしまった。

 だが白い紙は動かなかった。

(え? なんで……タイミング的な事か……? なら結界……?)

 結界の前まででいいからと念じる。すると、紙が動き始めた。

 周りに深い緑や濃い色の物が多かったから、紙を黒っぽくする必要までは感じなかった。その白い紙を追う。

 ある地点まで来た時、紙が動かなくなって地面に落ちた。

(えっ……どういう――)

 その紙を拾い上げた。

(なんで……。じゃあもしかして……もう……? そこへ動け。導け! 速く!)

 紙は素早く動き始めた。かなりの速度で追う。

 そして止まった。行き過ぎた晴己は少し戻る。

 見上げた。

 そこには空駅(くうえき)があった。ローテギー空駅とある。(そば)に、使われなくなって閉鎖されていると書かれた看板もある。

 翼の付いた車両がそこに来ることがあったのだろう、その様を想像しながら、晴己は、立ち入り禁止の立て看板の先へ向かった。

 そこには、切符売り場や屋上ポートへの改札、構内での空駅(くうえき)弁が楽しめそうな食事室があった。その入口でしか結界が見えない。壁を誰かが結界に利用している。

(もし(わか)らなかったら)

 そして右腕に念じた。

結界崩しの剣(デシルニル)!……そっとだ、そっと)

 出てきた巨大な刺突剣(レイピア)を、物音を立てないように、少ししか見えない結界に、数ミリだけ刺した。



 少し前に(さかのぼ)るが――

 女性警察官の天人(てんじん)ルアンダエラ・マフレイスは、

「怪しい人物を見付けたの」

 と仲間に言われた。言ったのはブリモチェラ・シャーバという警戒心の強そうな、だが明るい、頼り甲斐(がい)のありそうな女性警察官だった。

「ブリモ。それはどこからの」

「この目で見た。使われてないローテギー空駅(くうえき)

 ルアンダエラは、そこを影天界(えいてんかい)からのスパイが利用していたことがあるのだろうと考えた。

(それは今もであってほしい、どうせ叩くなら)

 ルアンダエラは、数日前の空影(そらかげ)騒ぎの時に、ギリエラを怪しんだ。近くで同僚男性が死んだ。彼女は無傷で、男性の遺体には、死因に(つな)がる以外の大きな損傷が()()()()

(もしかしたら彼女がそこに)

「行きましょう」

 そして、空駅の中を見て回った。二人で。

「私はこっち」

「ええ」

 そんな事を言い合って。

 そしてある時、後頭部に激しい衝撃を受け、ルアンダエラは気を失った。

 目が覚めた時、ルアンダエラは縛られていた。なぜか力も使えない。何かで封じられている。

 そして、目の前に居るのは、ブリモチェラだけ。

「な、なんで」

 彼女は鼻で笑う前準備のような笑みを(たた)えていた。そして本当に鼻で笑ってから。

「こちら側になるなら生かしてあげる、その代わりあなたには常にある物を着けてもらう。それがあると、裏切りも勝手な行動も不可能」

 彼女もそうかもという事は、ルアンダエラの念頭には無かった。ブリモチェラの言葉や立ち回りの(うま)さ。普段からの明るさや真剣さ。そこに嘘。見抜けなかった。

「もし断ったら?」

「……これが何か()かる?」

 ブリモチェラは、一番奥の壁に組み込まれた背(もた)れと出窓に座り、座面に足を置いて()いた。その手にあるのは、液体を注入できる道具。

「え……。や、ただの注射器にしか」

「んー、察しが悪いか」

「……? そんなのだけじゃ何を言いたいのか――」

「じゃあ、これが何かは解かるかしらぁ!」

 ルアンダエラの右前方、ブリモチェラの左前方に、急に現れた物があった。彼女にはどこかから引っ張り出す、移動させる能力でもあるのか。

「え」

 現れたのは、圧力ポンプのようなプレス機と蛇口が一体化したような物だった。圧して、そこから出る何かを抽出するような。蛇口のような所の下に十リットル程の水も入りそうな容器。

(多分そこに溜まった何かをあの注射器で――)

 それよりも。

(人がすっぽり入れる……?)

 大きさに、ルアンダエラは(おぞ)ましさを感じた。

「解からない?」

 狂った目で、ブリモチェラが()いた。

「まさか……天獣(てんじゅう)空影(そらかげ)に、あんな変化を起こるようにしていた、原料作り……」

「ピンポンピンポン大正解~。でもご褒美は無いよ。これは交渉。あなたは死ぬかこちら側に付くかしか選べない。どちらにしろもう光天界(こうてんかい)の警察での活動は無理ね。尊厳が死ぬ気分はどぅお?」

「あんた達って本当に最低」

 目に涙が浮かびそうになる。

「それはお上に言ってくれないかしら。やりたくてやってると思う?……まぁ楽しいんだけど。ぎゃあははは!」

(狂い過ぎでしょ)

 ルアンダエラは、なぜか、夢の中に居るような心地になった。そしてこれが本当の恐怖なのだと悟った。

「潰されるあなた達を見るのが最近は本っ当に快っ感……っ……なのよね」

(終わっちゃってる。関わりたくなかったな)

 そう思ってから、ルアンダエラは心の中で首を横に振った。

(私は警察官よ。関わって、何とかしなきゃ)

()かる? あなたがここに入った場合、ここから出るのが――天力(てんりき)と血の混じったエキス! それを注入すれば、天獣(てんじゅう)がカオアリになれるようになる! もっとあんた達を苦しめて~……そうしたら私にご褒美があるの、うっとり。(つい)でに、あいつをおびき寄せて邪魔者を排除できる……かもしれない。しかもあなた達のような人を消費できるから便利! 一石何鳥かなぁ、ふふふふふ」

 ブリモチェラは一人で劇でもしているようだった。

「あなたのような人に気付けないなんてね」

 相手を見ずにルアンダエラが(なげ)くと。

「でもぉ、結界があるからね? あなた達が~、私達を~、止めるなんて無理なのよ~? あっはっはっはっはっは! で、どうなの。私達に寝返る気は無いの? ご褒美は凄いわよ? うふふふ」

「そんなの要らないわ。絶対にあなた達と同じになんかならない」

 ルアンダエラは信念を貫いた。

「いっちばん詰まんない答えね、ありきたり。残念。じゃあさよなら~」

 その瞬間、ブリモチェラの手から、灰色の光刃(こうじん)が放たれた。



 結界が解けた。その入口から晴己は入った。

 そして彼の目に映ったのは――大きな何かの装置と、その近くに――奥に居る女性。彼女は出窓に座り椅子に足を置いている。……そんな状況だからか、晴己は、『戦いになるのなら装置を壊さないように戦ってみたい』と考えた。

「あなたが誰かを――」

 晴己はそう言いながら数歩進んだ。その時だった。その目に飛び込んできた。縛られ床に横たわって動かない、名も知らない誰か。そんな女性の背や肩が血に(まみ)れている。

 一歩横に動いた時、その顔がやっと見えた。

 そこで初めて気付いた。いつかの女性警察官。やはり名も知らない。そして時間が経った今も、動かない。動く気配など(かい)無。

 間に合わなかった。心が暗くなる。辛くなる。

 晴己は女性のことを想った。

(これ以上、傷付きたくないよね)

 怒りと悲しみの余り、晴己は変装を解き、全力で天力(てんりき)影天力(えいてんりき)を解放した。

(封印ッ!)

 晴己は怒気を込めて念じた。すると手の甲に生じた。


 ×亜空間移動

 ×透明化

 ×結界


(絶対に逃がさない! 結界!)

 晴己が結界を張った――ここから出してなどやらない、その意志で(もっ)て。


 ブリモチェラは驚いていた。二つの力を感じる。しかもその相手がわざわざ変装を()いている。まさか狙う相手本人が来るとは。

 反応に困った彼女はその目で見た。天力(てんりき)影天力(えいてんりき)が彼を包んだ時――晴己の背に、翼が現れるのを。

 右翼は純白。左翼はチャコール。

「というかなんで結界が!」

 彼女はそう言って、手を前に出し、構えた。


 晴己は自分の背に翼が現れたことなど知らずに――相手の能力を封印後すぐに巨紙を放った。二メートル四方ほどの。面で敵を押そうとするが、敵は、それを自身の右に()けた。

 相手の動きは途(てつ)もなく速い。

「チッ!」

 ブリモチェラは舌打ち。亜空間移動が使えなかったから。

「はあぁっ?」

 またもブリモチェラが(いら)立ちを(あら)わにした。透明化が使えなかったから。

 そして晴己が跳ね動いた。

 晴己は怒っていたが、それでも殺すのではなく捕まえることだけを考えた。

 今は妖( )《ヴルエンカ》を持っていない。その手に稲妻を宿し――

闇風(やみかぜ)!」

 まず目から放った。超突風。そのものがフェイントになる。

 ゴガンッ――!

 ブリモチェラは後頭部や右肩、背、右肘、腰など多くの()所を打ち、角に押しやられた。

雷刃(らいじん)!」

 そこへ跳び掛かる晴己の手。

 だがブリモチェラも何もしない訳が無い。防御に集中したが、その(あいだ)に練った影天力(えいてんりき)で、彼女も――

「ダッ!」

 灰色の光刃(こうじん)を飛ばした。

 晴己は手(とう)()てられないまま瞬間移動し彼女のすぐ横に()けた。そこから今度は左拳を向かわせた。

 驚いたブリモチェラは、大量の影天力(えいてんりき)で――

「はぁっ!」

 発雷(はつらい)した。

 一瞬、晴己の体が(しび)れ、停止(フリーズ)

 その瞬間とんでもない速度でブリモチェラが動いた。途中、晴己の(ひざ)に触れ、そしてその横を通り抜けた。

 反対側の角にブリモチェラが移動。とはいえ出入口からは出られない。結界を張られたことに気付いた。痺れる結界を張って攻撃的な盾にしようとしたがなぜか生じない。封印されていると気付いた彼女はまた、

「ちぃぃっ!」

 と(いか)りを吐露(とろ)した。

 次の瞬間には、晴己は方向転換し、向かった。超筋力で――彼女らにとっては悪魔のように。

 だがその時。晴己の右膝が()()()()()

 そこが砕け、晴己の右(すね)から下だけが、地面に横たわる。

 左脚一本で立つ。晴己はそれでも戦う。

(今のも封印する)

 念じた。手の甲の刻印が増える。


 ×亜空間移動

 ×透明化

 ×結界

 ×時間差破壊


 その瞬間、ブリモチェラからとんでもない電流が放出された!

「がっ――!」

 晴己はある程度の電流には耐えられる――自分も使うからだ、まあ特殊な使い方ではあるが。とはいえ彼女のそれは想像以上の威力だった。それが専門なのかと思う程。晴己は封印を変えた。


 ×亜空間移動

 ×透明化

 ×結界

 ×発雷


「もしかしたら私がやれちゃうかも? ふひっ――!」

 悪魔的な()みを見せつつブリモチェラが壁を走った。

 晴己(はるき)からしたら右手から、彼女が襲い掛かって来る。右膝をやられた晴己は右を向いたが、その瞬間、ブリモチェラは加速した。彼女が(さら)に回り込む。

 脚一本の状態だからか、晴己には、体の向きを変えることが難しかった。後ろを取られた。

 だがそれならと、晴己は相手の後ろへ瞬間移動。

「――!」

 ブリモチェラは驚いたが、視界の変化を一瞬で理解。即時後ろを振り向く。その手が晴己の――バランスを取るために曲がっていた左膝に触れた。彼女自身はその一瞬()(みずか)ら後退。距離が数歩分()く。

 直後――

 晴己の左膝が()()()()()

 そこから下が床に横たわるのと同時に、晴己は落ちるようにして腹()いに倒れた。だがそれも刹那(せつな)。浮遊で起き上がる。

「しぶとっ」

 とブリモチェラは言った。晴己は――

「お前を捕まえる。……絶対に捕まえるんだっ!」

 両膝から下が無い状態で、そこから血を流しながら、浮きながら――二枚の巨紙を生み出した。

「――()()()っ!」

 たった二枚でのそれは――敵の逃げ場を奪いながらの、情け容(しゃ)の無い、(もろ)そうに見えて頑強な、人を包み込むほどの大きさの破けない紙による、確実な圧迫となった。今の晴己にとって消耗するのは最早(もはや)天力(てんりき)だけではないが、とにかく大量の力を要した。

「がっ……う……っ!」

 ブリモチェラは壁と紙に挟まれ、通常では考えられない程の衝撃を受け、動かなくなった。

 晴己は抵抗しなくなったのを感じ、紙を消し、見やった。

 ブリモチェラは気を失っていた。

 それを知った時、晴己の背から翼が消えた。晴己自身は、この事に気付いてすらいない。

 念のため、晴己はまだ能力封印を解かないで居た。結界も維持。

 そして、自分の脚を拾った。

 それらをテーブルに並べる。そのテーブルの上に浮遊して座り傷口をぴったり近付けると、そこで、消炭(けしずみ)色の欠失部復活羽根(もどしばね)を目の前に生み出した。それを触れさせる。

 ……自分が治った。

 それから、濃灰色(のうかいしょく)の封印の長布(ながぬの)を作り出し、それで女を縛った。

 それから、死んだ女性の前に、取り戻した膝を突いた。

(間に合わなかった……! だから……だから、今から助けるから!)

 白い蘇生羽根(そせいばね)を生んだ。癒しの声もとい復元の声で、彼女の状態を戻す。傷の無い状態に。それから、蘇生羽根(そせいばね)()わせた。頭から足まで。何往復かした。

 少しは諦め掛けた。だが。それでも。

(生き返って……生き返って……! 生き返ってよ……! 僕はあなたの名前も知らないんだよ!)

「う……」

 女性の声。

 それを耳にした晴己は、声を抑えて泣き、目を(うる)ませた。

 身を起こした女性に、そんな様子のまま、晴己は、

「だ……っ、大丈夫ですか? えっと、もう大丈夫?」

 と、問い掛けた。この時初めて――

「あ、ああ、私はルアンダエラ。ルアンダでもいい。大丈夫。えっと……」

 と、名を知った。

 彼女は失血量による(だる)さの中で、ぼんやりする頭を手で支えるポーズを取った。

「あなたが助けてくれたの? えっと、カタタギハルキ、だっけ」

形快(かたがい)晴己(はるき)です」

「犯罪者……じゃなかった」

「余り口にしない方が」

「そうね」

 忠告したものの、晴己は、もうルアンダエラは危険な立場に居ると悟った。

「あなたはもう……避難した方がいい」

 どんな意味で言っているのかを、今のルアンダエラは、ほぼほぼ()かった。



 晴己は結界を解くと、『影天界からのスパイです』という貼り紙と共に消炭(けしずみ)色の長布で縛られたブリモチェラを、空間接続により天舞(てんぶ)最上(さいじょう)警察署前に届け、それから同じく空間接続により、さっきの空駅(くうえき)に戻った。そしてそこで空間を接続し、そこから、あの山中の施設へと、ルアンダエラを引き連れて移った。

 あの奇妙な装置も運んだ。そのための、あの廃空駅(くうえき)からの接続だった。

 その接続先に選んだのは、そこまで広くない、施設中央の空間。

 そういえばと、晴己は、灰色の封印の長布(ながぬの)がどうなっているのかを気にした。あれらの犯人などを警察は運んだ(はず)で――

(ほど)いたら消えたわよ、能力封印の手錠を掛け終わるのが解き終わる前でよかった……なんて事を警部なんかが言ってたかな」

 と、ルアンダエラが言った。あの蒼天後(そうてんご)タワーでの処理に、ルアンダエラも付き合ったという事なのか――晴己がそれを問うと。

「ああ、うん、それは私もやったの。あ、ねえ、今も《ヴルエンカ》を持ってるの? もう一度見たいんだけど」

「ああ、いいですよ」

 最後へと思い()せながら歩く。皆の居る建物へ。装置に関しては浮遊させながら。

 食堂に居たベージエラにそれを見せると、装置については、

「私が保管しておくね、厳重に」

 と、彼女が預かった。

 妖( )《ヴルエンカ》をホテルに取りに行って施設の食堂に戻り、まだそこに居たルアンダエラに見せると――

「凄い……」

 とにかく珍しい物を見る目。彼女はその目を何かを(うれ)う目にした。

「こんなものが必要なほど、とんでもない事態だったのね……――」

 晴己は肯き、声には出さなかった。

 そして妖刀を、空間接続でホテルに戻ってバッグに戻し、また施設に戻ると、晴己は、そこでの人達のことが今度は気になった。さっき歩いている時――ベージエラと話す前にも、『みんなどう思っているのだろう』などという考えを持っていたのだった。

 建物同士の(あいだ)の土の道を、晴己は一人で歩いてみた。そんな時、誰かの声に、

「ああ、形快(かたがい)

 と呼び止められた。

 声の方を向いた晴己の目に、汗だくの不動(ふどう)和行(かずゆき)が映った。(おそ)らく人間界での部活の()()を気にしてのこと。

「話したいことがあったんだよ、みんなが知って同じことを心配してる」

「え、何?」

「というか、こうして向き合ってると最初を思い出すな。お前が真っ先に運動場へ行ったんだよな、被害を抑えようとして」

「ああ……そうだったね」

「お前の家に行った先生が言うには、お前は煙たがられてたんだとよ」

「……うん。知ってる」

「お前の帰る場所は、あそこじゃねえよ」

「……でも、それでも、育ててくれたから。感謝はしてるんだ」

「そうか……それはいい事だけどよ。だからって。……ああ~、何て言えばいいんだ? お前はお前を守っていいんだよ。そうだろ? 俺はそう思うぜ」

「……――うん、ありがとう、不動くん」

「そんなありがたい事は言ってねえよ、だってそうだろ、俺は嫌な事を言ってるんだぜ」

「……でもありがとう。気に、掛けてくれたから」

 和行は、晴己のその声を聞くと、振り返って、

「じゃあ俺は、もうすぐっていう終わりを待つわ。お前も、なるようになるといいな」

 と、大浴場のある建物へと向かった。

 晴己は、その歩き去る様を少しだけ見ていた。それを()めると、その避難施設の中央にある申し訳程度の広場に向かった。そしてそこに唯々(ただただ)ポツンと置かれた長い椅子に、座って、深呼吸した。

 夕陽になり掛けの太陽を見送りながら、晴己は思った。

(僕は……どこに帰ればいいんだろうな……僕が帰る場所、どこなんだろう)

 目に涙が溜まった、流れはしない程度に。

 そしてガサナウベルの言葉を思い出した。

『まだ別行動だ』

『あんな施設なんて無い、と――あいつらに思わせる』

 晴己は、今泊まっているホテルの一室の、壁付近に――巻き込み事故を考(りょ)して、端に――空間を接続した。そして戻った。ガサナウベルは居ない。外出中。

(戻った。戻った……。僕は、どこに戻ればいいんだろう)

 晴己は、またさっきの姿に変装し、ただベッドに横たわった。

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