54 それら宿りし者。
ガサナウベルは、キレンと共に、白天舞ホテルへ。そのために、晴己がまず結界を解いた。
その空間接続による移動を見送ると、晴己は、
「よし、じゃあ」
と、黒い紙を生み出し、紙飛行機を念じることで折ってから、更に念じた。
(空影を撒き散らしたのはどこにいる、そこへ導け)
動き出した。空飛ぶそれを、自身も飛びながら追う。
(大丈夫。やってやれない事は無い。やれる気がする。――そうだよね)
晴己は、ガサナウベルの言葉を思い出しながら、敵地へと向かった。
そこは、とある――工事中か何かのビルの最上階だった。屋上ではない。中年くらいの一人の男が前に居る。座って雑誌でも読んでいるようだった。そしてなぜか、彼の横に、幾つかの籠がある。籠の中に球状の物がある。奥には部屋。そこを隠れ家にしているのかもしれない。
晴己はまず、相手の能力に逃走可能なものや危険なものがあるならと、それらの封印を試みた。
×視野内転移
×空間接続
×能力封印
右手の甲に、一寸した痛みと共に、それらの字が浮かんだ。序でに結界を張る。ここから出て行けないように、入念に。奥の部屋に入れないようにも。
そんな時、男が雑誌を地べたに放り、立ち上がって。
「まさかここにまで来るとはな」
「あなたがやったんだな。大人しく捕まってほしい」
「当然、嫌だと言う訳だが」
「じゃあ無理矢理にでも捕まえるだけだ。あなたはみんなを危険に曝した」
いつ戦いが始まってもよかった。相手も構えた。晴己はまだ構えてはいない。寧ろ右にも左にも動けるようにただ立っていた。
そして今、相手――すらりとした背の高い男が、手を横に動かした。
すると、そこらに置かれた幾つもの籠の中にある、プラスチックのような何かの球体が、数多、宙に浮いた。
それらが発射された。
晴己は難無く躱す。結界内で安全な場所へ、瞬間移動すれば事足りた。
そして紙を生み出し箱状にし、男へ飛ばす。
男は封印されたどれかの力を恐らく使おうとした――
「な――なぜ!」
使えなかったからそう言い、そして紙の餌食になり倒れた。
だが男は諦めず立ち上がり攻撃してくる。一応、男の動きは俊敏ではあった。そして奴の武器、ボールも飛んでくる。
(どうせならその根性、人を守ることに使ってほしかった)
避ける。男の右前方から、左後方に瞬間移動するだけで事足りた。
「ねえもう止めない? 僕はあなたみたいな人にも死んでほしくない。捕まえたいだけ――」
男は振り返り、晴己の言葉など聞かずに、彼に球体をぶつけようとするだけだった。その勢いだけは凄まじい。
晴己は悲しくなった。
だからか晴己は、敢えて避けずに撥ね返すことを選んだ。
弾かれたボールを受け、男は激しく打撲。そうなると、男は――
「バ、バケモノか――!」
晴己をそう罵った、怯えや焦燥の乗った声で。
どの口がそう言うのかと晴己は思った。
(もういい。じゃあ気絶させるから)
その時だ。
晴己の視界が、急に真っ暗になった。若干の痛みが眼の周りにあった。瞬きをする。だが視界は闇のまま。何も見えない。
(急に! なんで! 何も――!)
「はっ、はっはっは! これには驚く奴が多いんだよ!」
男の声。
そうかと晴己は思った。彼は球体を操る。
その力で、眼球を抜き取られた――!
晴己のその目の窪みから、血が滴る。頬を触るとその滑りがよく分かった。
(そんな……!)
語り掛けずに、速攻で気絶させればよかった。様子なんて見ずに、強引に行けばよかった。
闇の中で、後悔しながら、晴己は念じた。目の前に、突風が吹き荒れるようにと。
敵はそこから離れていたのか、無事そうな声を届けてくる。
「何だ何だ、さっきまでの威勢はどこだ? お前を殺ればこれも終わる。よかったな! 終わるぞ!」
晴己は、それもいいかと思い掛けた。終わるのならと。
(そんな訳に行かない! 死なないと約束した! 約束したんだ……っ!)
ボールによる打撃をいつまでも撥ね返しながら、晴己は、持久戦に入ったことを実感した。
晴己だけは見えないまま戦い、どちらが力尽きるのが先か。
念のため癒しの声を出してみた。が、目の窪みの傷が塞がるだけで、眼球は復活しなかった。頬は血で赤いまま。
(……そっか。これからはずっとこう。……嫌だな。キレンの顔も見れない。誰の顔も)
思いながら、白く巨大な紙を、たった三枚、生み出した。その白さももう見えない。
とにかく敵に気絶するほどのダメージを与える。そのために紙を動かす、竜巻に浮かされているかのように。その勢いを持っているかのように。
「おあああああああっ!」
生きるために。捕まえるために。――それでも殺さないために。晴己は、自分の中の何かとさえも戦った。怒りに任せてはいけない。そう思ったからこそ、刃を向かわせはしなかった。
見えない中で。雄叫びのように。
「あああああああああああっ!」
頬で涙と血が交じる。
「ははは! 間抜け――」
「そこだな!」
耳に集中していた。紙を数枚生み出す想像をし、丸める想像をし、それを飛ばした。見えてはいないが、うまくできていることを祈る。
押し飛ばされたのであろう男が、結界壁か、柱か、床にでもぶつかったのか――激しい衝撃音を立てた。そのあとで喋らなくなった。
「倒したのか……? 何か言ってみろ! 言ってみろ!」
数秒待ったが、返事は無かった。足音も。
手探りにそちらへ移動しようとし始めた。もたもたしたが、それでも、そうしなければならない。能力封印や結界を解かないように注意しながら。
ボールか何かに躓き転んでしまった。立ち上がる。また歩く。注意しながら。
(ん? もしかして頭? 腕?)
しゃがみ、ペタペタと触る。体がありそうな部分に手をやる。
(違った。体の一部じゃない)
腰を低くしたまま、手を這わせる。硬くて意外と重いボールだと確信できた物を退けながら、攻撃した方向へ。
能力なしでは重くて動かせない何かを掴んだ。恐らく敵の服。
(動いてない……縛ってあとはどこかへ……警察署に連れて行きたいけど、それは今の僕には無理だ、影天界の誰かがもし潜り込んでいたら危ない。そうでなくても逃げるために逃亡犯になってる)
消炭色の、封印のための長い布を生み出した。
それで視覚に頼らずに縛ったあとは、結局、今泊まっているホテルの一室に戻ることにした。そこにならガサナウベルが居る。
結界と、与羽根の能力による能力封印を解いた。それから――
前方に念じ、空間接続。
できたと信じ、そして、自分からは動かなかった。空間系能力の事故が怖かったからだ、目ももう見えないから。




