53 未来のために。
「なんだこりゃ! これ以上外に行けねえじゃねえか!」
そう言って逃げたくとも逃げられない占拠犯が一人、蒼天後タワーの裏手に居た。
そんな頃――ガサナウベルは、
「俺にはあるんだよ、エデルエラから渡されたキーが」
と、言いながら、上着のポケットのジッパーを開け、そこからカードキーを取り出した。
そのカードを、目の前の部屋のロック解除用画面に当てる。ピッと音がし、画面が切り替わった。キー入力する。解除キーも教わっていた。
ガチャリと開く。と、そのタイミングで。
「誰! 手を上げて動くのを止めなさい!」
「そうして欲しいんなら」
ガサナウベルは手を上げ、婦警天人の方を向き、空間接続で床を中に繋げた。それは開いたからできる芸当だった。
「待っ――!」
天井から着地し、急いで探す。あの男が何をしたかを証拠付ける物品。一番新しい番号あるいはその近くの所にある筈だった。
(あった!)
時跳びの襷。これだけは、エデルエラとガサナウベル、晴己、この三人だけが知っている筈だった代物。世に出す訳に行かない。これ以上敵の手に渡らせる訳にも行かない。そして、天界で最大の警察署、天舞最上警察署にあり続けて影天界のスパイの手に渡るのも、防ぎたい。だから回収。
(あいつが過去に居たのはこの御蔭の筈)
恐らく敵に知られた。
結界崩しの剣と同じだ、別の敵に渡るより早く自分の手に。それが叶った。
だがその開いた部屋に、当たり前だがさっきの婦警が味方を引き連れ、入って来た。
白い小さな礫が飛んできた。
(――!)
だがその一瞬で身を引いたガサナウベルが空間接続すれば、それだけで、礫を返却することさえできた。
「惜しかったな!」
ガサナウベルはそう言って別空間へ。そこから立ち去った。選んだ場所はあのタワーの裏。
(ん? 入れない? 晴己なら結界使いを狙う筈……この時間になってそれは無いだろ……じゃあどうするか……ん? 時間?)
この手にあるのは――と、ガサナウベルは思い返した。
(使い切ってしまうか。恐らく一回でこれは崩れて消える。悪用される方がもう怖い。奪って使うくらいだ、敵が似た物を持っている可能性はかなり低い……いや、それを確かめるためにも使うべきか)
時跳びの襷の文字盤を調節――していると、少し奥から、一人の男がやって来た。
「お前かここに結界を張ったのは!」
「いや。でもお前を倒す者かもしれないな」
「何だと?」
ガサナウベルの足元を中心に、白い光の円柱が生まれ始めた。そしてその空間だけが光に満たされた。その光が消えた時には、彼は、その時間のそこから姿を消していた。
睨んだ通りだった。時跳びの襷はボロボロと崩れ泡となりどこかへと消えた。
(これで、こちらのこれを、奴らが使う心配は無い)
ガサナウベルは歩を進めた。入ることができた。結界が無い。さてどこから行くか、と考え、そして。
「あれは二階か三階か……」
(あの時入ったのはもっと上の、あの窓だ)
二階か三階と称した方の窓の向こうへと空間を接続し、中に入った。
(四階には過去の俺。下へ行くか。隠れてた奴が居るかもしれない)
身体強化をまず行なう。そして耳で捉え、近付き、体術で倒す。
少し行くと、敵が複数現れた。
(なら――)
ガサナウベルは透明化を使った。服も透明にできるが、対象は自分一人だけ。そしてかなり時間制限がある。一度に五分ほどだけ。もう一度使うには丸一日の休憩が必要。その五分の間に――
(ふっ――!)
掌型の衝撃波。それを飛ばして喰らわせる。
三人纏めて壁に押しやられ、頭を打った。そんな彼らが気を失うのもすぐだった。
三階から二階までを見て回った。倒すべき敵はそんなに居ない。既に何人かを晴己が倒したからではある。
そして一階へ来た時に透明化が切れた。
(あとは、ほかの力で)
裏手へ行く途中までに出会った者達を軽々倒しながら――
「おお、やっぱり居た」
「え? お前、さっきあっちに――お前、ナニモンなんだ、なんだその天力は!」
「知らないか? こういうのを、人を守る力って言うんだよ」
「くっ、クセェ事ほざきやがって!」
男は炎を放ったが、ガサナウベルは空間接続でそれを男の背中に命中させた。
更に――
「熱いだろ? 無かったことにしてやろう」
「何だって!」
男は、焦りからか、そんな言い方しかできなかった。
男の背から、炎や火傷が消える。対象のすり替え。近くの草地の地面にそれが移った。
「あ、あれ……。え?」
わざわざ助けた相手に向けて、ガサナウベルは、掌を向けた。そこから衝撃が生まれる。
男は吹き飛んだ。そして動かなくなる。
男が聞いているかは関係なく、ガサナウベルは告げ始めた。
「殺すと晴己が悲しい顔をする。それに寝覚めが悪いのは、俺も苦手でね」
「これで終わりかな」
と、言ったのは晴己。辺りを見ながら。
「もう少し様子を見る?」とキレンが聞いた。
「そうだね」
晴己とキレンは、ゆっくりと敵を殲滅していった。隙を突いた筈の敵の攻撃も、晴己は軽々撥ね返す。キレンでさえ、巨大化させたルアーを盾にし、防ぎ切っていた。
晴己は、背後への瞬間移動だけでなく、見たことのある任意の場所に瞬間移動することもできるようになっていた。これは恐らく進化ではない、本来の力という奴なのだろうと晴己は考えた。
それで以て敵の前に瞬時に行くと、腹部を蹴る、もしくは殴打。押し飛ばされた敵に、キレンがルアーを向かわせ、触れさせ、確実に眠らせる。
動かなくなった相手を縛る。晴己の生み出した消炭色の、長い、能力封印の布で。
展望エリアの敵は全てそうし終えたようだった。
五階以下のフードエリアなどへ向かう。
肉体を改造しているため、二人は体術でも劣らなかった。
晴己が紙をくしゃくしゃに丸め、それを弾丸にして中てて倒した相手に、キレンがルアーを触れさせることもあった。背を預け合い、そういった物を敵にぶつける。
ちらほら居た敵を倒し、縛り、無力化させながら、二階に来た時、出会った。
「ガサナウベルさん」
「え? ガサナウベルっ? さんって、どういう事」
確かに目の前に居るのは女性に変装したガサナウベル。そもそも、この人が? という気にもなる。
晴己は考えた。
(キレンには言っておこう)
「この人は味方だよ。あの時は悪かったと思うけど、天界の緊急事態に備えるために僕らに試練を課してただけだったんだ。今僕の力で変装中だからこんな感じだけど」
「え……? でも、天前先生が、天使ガサナウベルは指名手配犯だって」
すると、ガサナウベル自身が。
「影天界を欺くためさ。そんな事より、ここの敵はもう居ないのか?」
言われて、晴己は紙を生み出し、念じた。その白さに、黒い字が浮かび上がる。
『影天界から来た占拠犯で縛られていない者はもう居ない』
「大丈夫。もういいみたい」
「よし」
「それより、僕も気になってる事があるんだよ」
「何だ?」
「キレンを攫ってここに僕を誘導して、僕の自由を奪おうとした――その人物がここに居たとは思うけど、それが、空影を大量に運んだ誰かと同一人物なのかどうか、っていうのが」
「なるほど……」
それを念じて問うと、紙曰く。
『このタワーに居た者が空影を大量出現させたのではない』
と出た。
「……まずい方みたいだね」見せた紙を無へと帰すと。「これからその誰かへの対処はしておかないと、また、そいつが……空影を暴れさせちゃうかも」
「ふむ、そうだな。じゃあお前はその対処をしろ。俺はその子を白天舞ホテルに送る。合流は今のあの部屋だ」
「ん、分かった」
「あ……ハルちゃん」
キレンが晴己の腕を取った。
晴己は察した。抱き締める。晴己にとっても大事だった。この温もり、守りたいもののために戦っているのだから。また離れるとしても。愛していることを伝えたかった。
キレンが抱き締め返した。
「じゃあ僕は今回の犯人を縛りに行くから」
「……死なないでね」
そう言うと、キレンは、より強く抱き締めた。
「大丈夫。死なないよ」
晴己はその熱を確かめながら、その想いに応えるために、同じように――それ以上に――抱き締め返した。




