52 助けるために。
天界のとあるビルの屋上。目の前には大きなビル。辺りはビル群。
自分の前に、変装中に鏡で見た自分が居る。晴己はそれを認識して戸惑った。
(またっ? あ、あれより前のあいつか!……過去の自分の可能性も!)
どうすればと一瞬考え、そして出た答えは――
一旦退避。
もし相手が自分なら戦う訳には行かない。
前方へと全力で浮遊移動していく――が、相手は追い掛けてきた。
「行かせるもんか!」
声が聞こえた。直後、後ろを取られた。
(――!)
それならと背後を取り返す。能力『会いたい者の後ろへと瞬間移動をする』で。
背後の取り合いが始まった。油断は見せられない。ただ、どう攻撃をすればいいかを晴己は悩んだ。
背後の取り合いだけが起こる。そしてとある瞬間。
「く――っ!」
相手が言ったのが聞こえた。
「ジン!」
相手がそう言った。その瞬間、何かをされると感じ、晴己は、背後を取ることで避けた。相手も妖刀《ヴルエンカ》を持っていた。それによる攻撃を自分は避けたのだと分かったのは、相手のその後の動作――特に右手とその動作――を見たからだった。
それからも、また背後の取り合い。
晴己は思った。
(なるほど。じゃああの時のあれだ。あれが来る。それに乗じて――)
幾度の、後ろへの瞬間移動を経た時だった。
相手が身をぐるりと捻ると――
風。大突風。晴己の技を相手の晴己が行なった。
晴己はそれをどうしても避けられなかった。タイミングを掴み辛い能力ではあったからだ。
吹き飛ぶ。だがその勢いを殺しはしない、活かしさえする。
そしてその風圧によって、晴己は、近くのビルの陰に隠れられそうな位置まで押し飛ばされた。だからこそ、
(今!)
晴己はそのビルの陰に。相手の晴己の視界から消えることを選んだ。
そして、空間接続。晴己は移動した。
そこは、さっきの場所からかなり離れた――さっきのホテルの前。あの女性のような辛い想いをする者がほかに居ないと良いと思いながら、考えた。
(そういう事だったんだな。――とりあえずはタワーだ、あの結界の前)
黒い紙を出し、それで、紙飛行機を念じて作った。
(あれはどこだ、そこへ導け)
だが動かない。
(そうか、まだなんだ。くそ、待たなきゃいけないのか……?)
すぐそこの石の椅子に座って暫く待った。そしてつい、長い石の椅子に寝そべってしまった。空はこんなに――なのに戦いが――そんな事も思う。背後は石と地面。そこに空間は無い。だから過去の自分が自分の背後に現れることは叶わなかった――という事を、今の晴己は別に考えてはいなかった。
暫くしてから念じた。それでも動かない。また暫く待って……それから念じて、やっと動き出した。立ち上がる。
薄水色の空と白っぽい建物達を背にして動く黒がハッキリと見える。それを浮遊移動で追う。
かなり上空を浮遊。ビルの上から辺りを見ながら。
ある時、紙飛行機が下降を始めた。追うのを止め、その紙を無へと帰す。
「この辺り――」
晴己は、まず、通りを見下ろした。そこではなさそうだった。
一つ向こうの通りを見下ろせるビルの屋上まで浮遊移動した。そこから見下ろす。
人がいた。道路に一人だけ。
その誰かが天力を迸らせているのが分かった。
もしかしたら過去の自分。だが、別人かもしれない。その誰かが結界に当たって何かの罠に掛かる可能性がある。
よくよく見てみると、上空の何点かに結界の角らしきものが。それ以外は透明で見えやしない。遠くの鳥が透明な結界部分に当たって感電し落ちていくのが見えた。
(そういう――)
と納得。そして。
(出ろ結界崩しの剣!)
自分の真横に、浮いた。夕闇色の巨大刺突剣。それを――
(でああああ!)
向かわせた。その短時間で可能な限りの天力を込めた。
透明な結界面に。刺さる。そして超え、結界の向こうだった所の道路に突き立った――途轍もなく巨大な剣がだ。
バリンと音がした。そうさせた剣を誰かに奪われる訳には行かない。
『物体を浮遊操作する』
その力で以て、どんな念力よりも強くと願い、引き寄せる。
自分の前へすぐにそれは来た。ほぼ一瞬。触れる。また右腕に宿った。
道路では誰かが誰かを突き飛ばした。恐らくはそういう事。
(こんな事ができる上で自分も結界を使えたら)
そんな事をふと思ったが、それよりも。
(キレン! 待ってて。今行く!)
背後への瞬間移動。それは叶わなかった。念のため念じたが、相手の結界はまだ内側に幾つかあるのかもしれない。
(だったらあのエリアに入って戦うのみ!)
ビルを飛び降り、浮遊操作で向かった。筋肉を頑健に、強靭にすると――
「はあああ!」
まずは結界崩しの剣を放った。タワー内の一階正面の壁に刺さった。もうそこに結界は無い事が分かった。あっても消えている。引き寄せる。触れる。右腕のそれを確認し、そして――
少し駆けるだけで、タワーの一階に。
案内板から察するに、そこは蒼天後タワーという塔。封鎖された廃タワーか増築中か、そんな風に見える。晴己は知らないが、そこが羽瑠架那タワーだったら味方もいる可能性があった、ルイやシャダに合流されていなければだが。
羽瑠架那タワーは西のタワー。蒼天後タワーは東のタワー。かなり離れてもいる。
その東のタワーを、敵を探して登る。階段を使って。――しかも超筋力で!
ぐんぐんと上がる。敵を見付けては――
「烈紙!」
そう言えば、巨紙による押し倒しを、
「青剣!」
そう言えば、青一色の剣の腹による打撃を、
「闇風!」
そう言えば、その目で睨み、風圧による吹き飛ばしを。
一瞬で目の前に来るような敵が居れば、
「雷打!」
殴りや蹴りも。痺れさせ気絶させる。
三階へ上がった時だ、通路の壁に隠れていた誰かが姿を現し、火を放った。
『来た物を撥ね返す』
轟炎を撥ね返しつつ、敵の背後へ瞬間移動。
「だっ!」
殴打。相手を気絶させる。どんどん襲われるが、どんな敵をも気絶させる。
多分もうここに一般人は居ない、居れば捕らえられている、もし居て捕まっているならその安否は大事、そんな事を晴己は思った。
四階に上がった。その時、放送が聞こえた。
「お知らせする。ハルキとやら。強いのは十分解かった。素晴らしいよ。だが今後、抵抗するな。抵抗すればお前の大事な者は死ぬ」
この声の人物を、とことん下衆だと晴己は思った。
「お前達にとって命は玩具か何かかっ? ふざけるなっ!」
晴己の心の叫びだった。
そして晴己は思った、ここの全ての結界が解けてしまえばいいと――キレンを封じるものも罠用のものも全て。
そこへ、空間の接続が起こる。その面から現れた。女性。彼女がその接続面を消す。
「探したぞ。さあ俺に触れろ」
それは最大の味方。女性に変装中のガサナウベル。
晴己は彼の腕に触れた。そしてすぐ、自分が――自分だけが、自由になる。
完全無欠。
それから最初にやるべきことを考えた晴己は、さっき結界の前に移動した方法を思い出し――
(キレンを閉じ込める結界があるなら、その前へ! もう――瞬間移動! できてしまえ!)
その瞬間、場所が変わった。晴己にはそれさえもできた。
最上階ではないかと思うほどの上階。
そこで動けるのは自分だけ。
展望のための休憩所らしき空間が中央にある。そこへの入口が二つある。目の前に一つ。正反対の所に一つ。両方が視界に入っている。
目の前には結界。その向こうに――休憩所に、女性の姿――
(キレン!)
動きは無い。時間が止まっているから。その傍に、見張りなのか、男が二人居る。
(今助けるよ)
「結界崩しの剣」
それを刺し、結界を壊し、巨剣を再び腕に宿らせる。
入った。入ることができた。感極まりながら、歩き、近付き、キレンの頬に触れた。
縛られていた。そのロープを《ヴルエンカ》で切った。
(完全に助かるために。キレン。吃驚するかもしれないけど。やるね)
『肉体を改造する』
その能力で、キレンの肉体を改造した。何者にも負けないように。線は細い。変化したように見えなくとも、そこにあるのは、しなやかで、張りのある、強い筋肉。癒しの声を出せるように彼女の喉も。愛しの人を頑強な体へ。
(僕、解かっちゃったんだ。これ、キレンに渡しとくね。きっとそれで大丈夫だから)
晴己は、彼女の手に、妖刀《ヴルエンカ》を持たせた。しっかり握らせる。
それから――傍の二人の男の腹に、一撃ずつ拳を喰らわせた。時間が動き出せば彼らは壁に衝突して気絶するか、腹の痛みだけで気絶するか、あるいは、動けても、その時にはキレンが眠らせる。
晴己はその部屋から出ると、声にした。
「さて。敵の結界術者は? 見張りは流石に違うか。特にあの放送をした奴」
アナウンスの部屋を探した。
案内板によると、それは五階と最上階に其々あるようだった。
そして、其々を探す必要も無いということに気付いた。
(瞬間移動)
その刹那で、目的地の前へと移動した。まずは最上階のアナウンス室。
そこへ入ってすぐ、一人の男が居るのを見付けた。
「……キレンを攫ったのはお前か? うわあ、とんでもない顔してる。わっるい顔。あ、フード……」
晴己は、キレンが連れ去られた時のことを思い返した。
(あの時の奴だな。こいつではありそう)
「結界使いかどうかか、あとは。まあ、取り敢えず」
晴己は、殴ってばかりでは何だかなと思っていた。縛る、能力を封印するものさえあればいい、そういった物でやり込める方が。
念じると、それを出すことができた。
消炭色の、包帯のようにどこまでも長い布。その黒さを見て、晴己は思った。
(え、なんで――)
何かがまた崩れそうだった、自分というものが。そんな時、晴己は思い出した、ガサナウベルの言葉を。
『ドンと構えてみろ、お前はお前だ。できない気がするか? 嫌な感じがするか? きっと大丈夫だ、だから受け入れられる。そんな気がしないか? お前は、お前なんだから。ほら、やれる気がしてこないか?』
晴己は、やれると思った。こんな自分も自分だと思える、そう思うと、もう何もその事で悩まなくていい気がしてきた。
その深い灰色の布で、封印できるかどうかは試す必要がある。自分に使ってみた。それから力が発動しなければ、誰かに使える。
(発動しない。なら望み通りだ)
それで縛ればいい。単純だが時間が少し掛かる。そんな作業も時が止まっている御蔭で一瞬でできているようなもの。
それで男を縛った――椅子に括り付け、そして絶対に解けないくらいに固く、入念に。幾重にも。
白い紙を生み出し、結界使いは彼かと紙に問う。
『そうだ』
と黒い字が浮き出た。ここの事に関わった者の中に、ほかに居ないかと問うと、
『もう居ない』
と追加された。
(よし!)
その部屋を出ると、ドアレバーを手で切断した。『どんな物をも切断する』その力で。これで誰もその部屋に入れない。……まあ能力でなら別だが。
念のため五階のアナウンス室の前へ瞬間移動。放送で連携されるのも防いでおこうと思った。
入ると、そこにも男が。大きな態度で椅子に座っている、台に足まで乗せて。
その人物のことも消炭色の封印の布で縛った、確りと。
そしてその部屋を出た。あとは、ここに居る危険人物達を縛っていくだけ。
一般人は居ないように思っていたが、念のため、白い紙に判定させた。そして、
『影天界からの犯罪者しかここにはいない、占拠されている』
という墨色の字が浮かんだ。
改築か何かの途中に見えなくもない。業者が居ない時を狙ったか、業者になりすましたか。
そんな事までして人攫いもする、脅しもする犯罪者。ならばと、彼らを縛っていく。
五階にも敵は居た。そこで武器を持っている者から縛っていく。
そしてそんな状況で――時が動き出した!
(ガサナウベルさんに何か……! キレン!)
晴己はあの休憩室へと念のため瞬間移動しようとしたが、そこには、縛り切れていない相手が数人居た、彼らが逃げる可能性は――ある。
そこは五階の広い空間。食事や談話のためであろう空間。
そこで、六人くらいを相手に、晴己は、一人。
「なんだ手前っ!」
急に現れたように見えた筈、しかも突然現れたのは彼らが狙う者――当然の言葉だった。
激しい戦いを始めざるを得ない。彼らを逃がすこともまたできない。
(くっ! キレン! 無事でいて!)
晴己は、初めに、
「封印!」
と念じてから、全身の天力、両目の闇力、右手の妖力を、とにかく込め、能力を、暴れるように使い始めた。
「吹雪け! 白紙! 青剣!」
ガサナウベルは背中に衝撃を受け、通路の壁に頭を打ち付けそうになった。身体強化をし、瞬時の判断で手を壁に添え、重力の向きが横になったかのような受け身からの着地に成功した。
「これだから時間停止は――!」
つい言ってしまいながら、顔を上げ、見やる。攻撃してきたのは、短髪の、目の鋭い男――晴己くらいの身長の男だ。首にはネックレス。
「あれ? お前さっき――」
その男が、ガサナウベルの姿になった。
「おいおい、物真似能力か? まさか――」
男は、白い翼を広げ、羽根を放った。
応じ、ガサナウベルも翼を広げ、放った。
(でもってこう――!)
ガサナウベルは空間接続により、敵の攻撃が自分の方に来ることを防ぎながら、相手の方へ自分は届けようとした。接続先は敵の横に。だからそこから敵に降り掛かる。敵の放った白羽根は壁へ。
敵はほぼ全弾喰らった。
「慣れてから出直してくるんだな」
ガサナウベルは敵に近付き、眠ったかどうかを確認しようとした。その時、男が立ち上がった。それから猛速度で突進してきた。
ガサナウベルは避けようとした。
男は、ガサナウベルの命を――ではなく彼の手にあった襷を――奪った。
「あ、しまっ――!」
振り向く。
男は、その時にはもう別の場所に消えていた。
「くそっ、時跳びのアレが……――ん? 待てよ……――ん?…………ああ、なるほど、そういう事か。ちょっと嫌ではあるが……まあいいだろ」
(服装も。ベルトがあった……。というか、それなら行くべきは警察署か?)
ガサナウベルは空間を接続した。天舞最上警察署の物証管理室の前に。
キレンは、悲しいというより、うんざりしていた。仲間を信じて待っている中で、耳にしたことと言ったら、
「この女を犯っちゃっていいか」
というような言葉ばかりだったからだ。
(ハルちゃん……)
そう思っていた時だった。急に、手に何かの重みが。見ると、それは妖人界で想い人が使っていた――妖精王ゼフィリオに返した筈の武器、妖刀《ヴルエンカ》によく似た物――
(違う、そのものだ。同じ)
それから全身の違いを感じた。さっきまでと打って変わって、激しい動きを幾らでもできそうだと。しかも、ロープが――
(え! 解けてる! ハルちゃん……?『肉体を改造する』……力? そうだ。絶対そうだ! 来たんだここに!)
泣きそうになるのを抑えた。ここは戦場になる。視界を遮るものは、今は要らない。
(きっと少ない人数で救おうと――。私、きっと生きるよ。分かったよハルちゃん。私も戦える。私も戦うから)
男二人に視線をやった。彼らはなぜか壁に衝突して苦しんでいた。
キレンはルアーを無から作り出した。それに触れた者は眠る。
まず目の前の男二人。触れさせ、眠りの中へ。
「あ! なんで動けて!」
右の出入口から、この休憩所に、誰かが入ってきてそう言った。その手がキレンに向いている。
背の高い男。その男の手から灰色の弾丸らしき物が放たれた。
「盾!」
キレンはルアーをとんでもなく巨大にし、目の前で盾にした。弾丸が撥ね返る。返ったそれが男の顔に激突。男は倒れた。
キレンは力が漲るのを感じた。妖刀《ヴルエンカ》の御蔭だ。
(持つ者の力を倍増する、妖精の兵か王が確か、そう言ってた)
キレンは、左腕の白羽根の刻印を意識した。与羽根によって齎された、普通の人間にはあり得ない筈だった力。そのための天力。常時、反射的にでも能力を使えるようにしようとしたキレンの身の回りに、その白い天力が迸った。
キレンは走った。休憩所を出て通路を。そこに一人の男を発見。
男が構え、何かを放とうとしてきたが、キレンは、
「はっ!」
と、ルアーを放った。
拳銃の弾と同じくらいの速さ。それが男の腹に中たる。
瞬間、男は倒れ、動かなくなった。眠ったからだ。
奥から二人の男が駆けてきた。一人は瞬時に目の前にスライドするようにやってきた。格闘が始まる。左拳、右拳――右前蹴りもされたが、全てガードしてもキレンはそれほど痛みを感じていない。
ただ静かにルアーを触れさせる。格闘した男は沈んだ。
奥の男の手から何かが放たれた。
キレンはそれを左へと軽々避けた。避けた先の壁を蹴って反対側の壁にまで跳びそこを更に蹴って男の数歩前へと近付く。それが瞬時にできたことにキレン自身も驚いた。
ルアーを生み出し向かわせ触れさせる。その男も眠った。
(――やれる。負ける気がしない!)
思いながら、キレンは階段を探した。探しながら思った。
(この戦いが終わるのは、ここの人達を全滅させた時……?)
キレンは、その階の敵を見なくなってから階下に行こうと決めた。
晴己は、確かに、巨紙や剣を向かわせた。だが、敵がそれらで刺されることは無かった。切られることも。なぜなら、晴己が紙や刃を立てずに広い面で打つように動かしたからだった。とことん、無駄な殺しを嫌い、守るために、気絶させるために戦う。
その右手の甲にはこんな字が浮かび上がっていた。
×壁から壁へ
×強制転移
×空間接続
倒れて動かなくなったのは二人。相手はあと四人。
(彼らを出さない結界を自分も出せたら)
晴己はそう思った。そうしたら、何かが発動した気がした。そして感覚で分かった。
(出せた。張れたんだ。奴らを閉じ込めてる。このタワーを囲んだ結界で!)
それからまず、一人の男の後ろへ瞬間移動。そして超筋力の全身から放たれる拳。それで相手は沈んだ。
あと三人。
「青剣!」
晴己はそう言って念じると、目の前に巨剣を、たった一本、出現させた。それを立てず樋の部分で叩くように向かわせた。中てられたのは二名。二人ともが動かなくなった。
あと一人。それは女だった。
「あ、私は協力させられてるだけで」
「ホント?」
紙を生み念じた。
『嘘だ』
「嘘って分かっちゃった」
「ちっ」
紙を放り、女の後ろへ瞬間移動。相手もゾクリと何か感じたのだろう、振り向いた。
晴己はまた後ろへ。そこから殴打。女は気絶したようで動かなくなった。
全員を縛る。消炭色の封印の布で。そして能力封印を解除する。右手の甲から刻まれた字が消える。
それから、キレンに会いたくなった。
そのためにはと、自分の張った結界がどんなものかを確かめたくなった。無から生み出した紙に念じる。
『どんな能力でも出入り不能な結界。術者の気絶か死でしか解けない』
それでいいと晴己は思った。それを自分が張れているから、誰も外に逃げられない、もう離れている必要も無い。安全を確保しながら戦えばいい。
(キレン!)
晴己は瞬間移動した。彼女の後ろへと。
キレンが振り向いて妖刀《ヴルエンカ》を晴己に中てそうになったが――気付いて手を引っ込めた。
「ハルちゃん!」
再会が叶った。するとまずは晴己が。
「ここからは二人で」
「うん!」
「無事でよかった」
「うん。ハルちゃんも」
「キレンも」
晴己がキレンの手に触れた。握る。確かにそこに大事な人の熱を感じる。
抑え切れなくなり、晴己は、キレンを抱き締めた。キレンは拒否しなかった。強く抱き締め合う。
体を離すと、敵の近付く音がした。
「さあ、生き残るよ!」
「うん!」
「でも、相手を気絶させてね」
「了解!」
二人は戦った。そこに於いて、二人は最強の男女。
キレンは、妖刀《ヴルエンカ》を敵に向けても、『鋭利さを無いものとする』という力で以て、殴るだけに留めた。晴己の希望通りに。そして更にルアーで眠らせる。
晴己が打撃をすれば、そこへルアー。
晴己とガサナウベルもそうではあったが、彼とキレンもまた、完璧だった。




