46 それら宿りし者と三十余名。その二。
白天木ショッピングモール。
そこには、富脇エリー愛花、然賀火々末、海凪麦、三人の姿があった。
三人で警戒しながら歩き、敵を探す。
そこに居た者の避難は済んでいる。ただ、一人だけ、警備員が走っていく。
「君達も逃げなさい!」
彼は怪我をしていたが、常人ではない速さで逃げた。そんな力があっても手に負えないという事実だと知る。
かなり特殊な相手かもしれない、そう思っても彼女らは向かった。
麦は思っていた。
(ハルちゃんが来るかもしれないし。それに守りたいし。もう、恥じる自分で居たくない)
そして帽子屋の中から音が。だからそこへ。
棚を壁にしながら、少しずつ様子を見る。
……とある時。
「ぎっ。……ぎっ」
そんな声を上げながら歩く、巨大な何かの背が、奥に見えた。
特有の消炭色の毛。影天界からなぜか光天界に現れた怪物、空影。そしてどうやら巨大鼠型。
「最新の作戦で」
と火々末が言うと、愛花と麦が肯いた。
そしてまず、すぐそこの壁掛けにある大きな帽子を、愛花が、能力『物を空気入り浮き輪にする』を用いて浮き輪にした。かなりの大きさ。そしてそれの栓を開け、空気を一旦抜いた。
そして栓をすると、そこへ――
「じゃあ入れる」
火々末がそう言って念じた。するとその中に別の何かが溜まる。
「じゃあ海凪さん」
火々末がそう言うと、麦がその浮き輪を受け取り、若干前に出た。
そして。そこへ、気付いた空影が前から駆けてきた。
速い。今から逃げてももう遅い。そう思える速度。二十数メートル程の距離があったが、どんどん縮まる。
しかも空影は、走りながら、深灰色の光玉を放った。それは棚に当たると炸裂した。そうさせながら迫る。余りにも危険。通路を真っ直ぐ飛んでくる光玉もある。
火々末は手の前にライターを構えた。
「ふん!」
そして特大のバーナーと化す。光玉が幾つか誘爆。
「麦!」
愛花が叫んだ。温度に構わず敵が迫る。
浮き輪を腹の前で持つその手に、麦は念じた。今までのどの時よりも強く、倒して守るのだと信念を込めて念じた。すると。
「ぎ……っ! ぎぎ……っ……ぎぃっ!……ぎ……っ」
苦しみ始めても近付いて来ようとしたが、ほんの数秒後、それは倒れた。そして黒に近い灰のような色の泡となりどこかへと行きながら掻き消えていく。
迫ってくる光玉がまだあった。愛花が帽子を投げた。そこで爆発。三人は伏せて耐えた。当然だが火々末はその際手から出すガスを止めた。そして立ち上がると、愛花が、
「完璧……!」
そう言った。
敵の姿はない。泡となってどこかへ霧消するのは少しだけ見えていた。
火々末もホッとする。麦はもっとホッとしていた。
「さあ通例通り」
と火々末が言うと、三人は急いでそこを離れた。
……火々末が浮き輪に補充したのは、彼女の能力『可燃ガスを出す』によって出された――アンモニアガスだった。その毒性要素を、麦があの巨体の中へと移動させたのだった、能力『毒素を瞬間移動させる』によって。
麦は胸を張った。
愛花も、こんな時だが思っていた。
(これで、ここに誰かが来なくても大丈夫。ほかの所は? どう?)
爽銀町デパート。
犬井華子と速水園彦がそこにはいた。そして二人は危険な気配を探した。
階段を上がる。二階を見て回りもしたが、三階に上がってからすぐの所に、四体の空影を見た。上半身が鰐、下半身が人型、尻尾はある、例に漏れず顔の無い深い灰色の。
「ちょ! 四――っ!」
言葉にし切れず、その先を言う必要もない事に気付きながら、園彦がまず水の弾丸を放った。
四体が素早く避ける。
「逃げろ!」
大声を上げ、園彦は華子に合図した。園彦は思っていた。
(造語的に言うなら、鰐人型かな……!)
華子の足は遅い。園彦について行くが、すぐ背後まで、二体が追い掛けてきた。ほかの二体は? という疑問が、気遣いながら走る園彦には浮かんだ。そしてだからこそ、その目で園彦は見た。その鰐人型が、合体した。二体が一体に。体積を増し、より頑強そうになり――
その手が、華子の肩に掛かろうとする――
「後ろ!」
園彦が言いながら水を放った。超高速で放ったものだったが避けられた。それからも追って来る。
そして、華子は察した。後ろにいるのが分かっている。振り向き、距離感を一瞬で把握すると。
(乾け!)
華子が念じると、鰐人型が、
「ぎっ!」
と悲鳴を上げ、その場で停止した。
数メートルの距離を取ってから更に――華子が、能力『芸術的に爆発するバケツを出し操る』にて、バケツを無から生み出す。そのバケツを、それを操る念力で放る。
敵は避ければいいと思ったようで少し横に動いただけ。そして二人を再び、すぐさま追った。
だがそのタイミングで――バケツの大爆発。
「ぎ……っ!」
敵二体はよろめいた。そして辺りが絵の具塗れのようになる。
園彦の後ろに華子が回り込む余裕ができた。その陣形になった頃には、その二体は倒れ動かなくなった。ただ泡化しなかった。
「もう二体はどこに。というかなんで四体」
園彦がそう言った時、後ろから少量の足音が。
振り向くのは遅かった。
そこに一体居た。まず華子がそれに殴られ、
「うっ!」
と転がり、階段横の手摺りに頭を打ち付けた。
「犬井!」
園彦が相手を見た。その時、そこに、二つの濃灰色の物体が向かった。
目の前に居る対峙者に向かう物体二つ、それを取り込んだ鰐人型は二回り大きくなった。
より凶暴さが増したように思われた。筋肉量も。
「そういう事か。とりあえず濡れろ」
園彦は一瞬でただ相手を濡らすためだけの天力を込めた。水が全体的に向かい、相手はただ濡れる。
異状を感じたのか、その空影、鰐人型が一瞬で彼の目の前まで来た。
「離れろ!」
その瞬間、それはただただ押し戻された、水を操る、遠退かせる、そんな園彦の力で。
しかし、距離を取っただけに留まった。
だがそこへ、体勢を整えた華子が。
「喰らいなさい!」
バケツを放った。空気の抵抗を受けないように口は二人に向いている。それが敵付近に行けば爆破すればいい――
そんな所へ、横から目の前の一体より小さな鰐人型が。それがバケツを掴んで抑え留めようとする。
小さいとはいえ大人の平均身長くらいはあった。小さい方さえ凄まじい体躯。
抑えられたバケツは、華子による念力でも動かし辛く、華子は仕方ないと考えた。ならそこで。
ドンッ――!
爆発。だが、予感でもしたのか――さっきも爆発したからか――小さい方が直前に二回り大きくなって爆発の衝撃に耐えた。代わりに大鰐の背後の一体の方が今度は小さい。
「一体が分かれてコンビネーション――付けたり外したり?」
「だな」
「じゃあまとめて乾かす」
二体が悲鳴を上げた。だからこそか、両方が突進してきた。
空影の体内にも水分はある、それを乾かす華子。だが奴らの表面をそうしている訳ではなかった。故に二体は濡れたまま。そこへ園彦が――
「それ以上来るんじゃねえ!」
能力、『水を遠ざける』。
水を出しもし操りもする彼だが、本領はそっちだった。
「ぎっ!」
相手――大小の二体は、園彦に体表の水ごと押され、先程のように押し戻される。だが巨躯の方はそこまで遠退かなかった、踏ん張りを利かせた。
そうだとしても華子が叩き込む。
バケツを無から生み出す――その場所は別に手元ではなくてもいい。
大きな鰐人型の首の上にまず。
そしてそれが芸術的な彩を添えて爆発。
大きな方がよろめいた。だが小さな方がそれを吸収し、より大きな鰐人型一体に。
だがその空影を――
「ある隙は突く」
園彦は遠退け続けた。
そして華子はバケツを。今度は三個向かわせ、爆破。
敵は沈黙した。倒れ、そして黒橡色の泡となり、どこかへと。
たとえ四体に分かれても同じことをするだけだった。そして小さいなら一つずつのバケツで事足りただろう。最大の鰐人型でもこれ。布陣は完璧――とでも言うように、園彦は、華子に向き直り、仄かに笑みを浮かべた。そして。
「頭、大丈夫か? あ、痛くないか?」
「え?……ああうん。大丈夫。今、急に罵られたのかと」
「そうだよな。俺も焦った」
二人は笑い合った。
グラステス公園。そこは大きな池の近くの広場。天然芝が生い茂っている。そこも空影の被災地。そこに向かった者達がいた。
更上磨土。不動和行。遠見大志。三名。
「さて――」
と和行が言おうとした時。
「前! というか上!」
大志がすぐに気付いたのは、能力『遠くを拡大視する』の御蔭でもあった。
二人を伏せさせるために押した――本人は身を引き後方に回避。そこへ轟々と火が。
和行は受け身を取った先で身を回転させほぼ膝立ち姿勢となった。そして、
「炎か! まあ何でもいいけどな! おい、土をやれ」
「言われなくても!」
磨土は能力『土を操る』によってその辺の土を盛り上がらせ、辛うじて抱えられる大きさの球状にし、『物を硬くする』も併用し土球を高硬度にした。そして放った。
炎を放ったのは炭色の巨大な鴉の空影だった。空を飛びながらの放射の様子からすると火は口から吐き出されているように見える。
その鴉は、土の弾丸を、華麗に舞って避けた――その後急カーブし、和行目掛けて向かった。距離三十メートルくらいだったのが急激に縮まっていく。
「大志、合図を出したら葉を横から打て」
と、冷静に和行が言った。
「オッケー」
大志のその声のあとまた和行が。
「土もう一回、前からだ」
「了解――」磨土が言う。「――挟む!」
前から土塊、後ろから土の玉、そんな状況で巨鴉が来る。
土塊に気付くとそれは進行方向をほとんど真上へと変えた。
「今!」
「なるほどな!」
鴉の空影の数秒先の位置を予測しつつ、大志が、そう言いながら『葉を操る』を発動――傍の樹から葉を借り飛ばした。
空影に避ける余裕など皆無だった。
葉の刃が刺さる。減り込む。それだけで大鴉は羽搏きだけでなく身動きすら止め、落ちながら泡となった。しかもそれは地面に接することもなく、どこかへと向かい始めた。そして――色を薄くし、消えた。
「ナイス」
和行は両方に対してそう言った、体の向きはそのままではあったが。
それに対し、磨土や大志も。
「あんたもね!」
「そうだな、お前も」
『衝撃力を操作する』その力を使って葉によるダメージを極限まで高めた和行は、
「へっ」
と笑った。
カイフィルカフェ通り。ランジェス・ゲニアマンバルとジンカー・フレテミスがそこへ移動した時、甲高い悲鳴が上がった。
「くそ……っ」
と、ジンカーが金髪を揺らして声の方に走り出すと、ランジェスも茶髪を揺らしながらそれを追った。
「何だ?」足を止めたランジェスが。「天界の警察?」
誰かが既にそこに居た。
ジンカーは念のため黒っぽい砂が現れるように念じ、その砂に問い掛けた、あれは何者だ、と。
ほぼ白の道路に濃い色の字が作られる。
『天使ガサナウベル』
「――! あいつ!」
ジンカーは砂の弾丸をガサナウベルに放った――ガサナウベルの足元を滑り易くした上で。
後ろに気配を感じ、そちらを見てガサナウベルは思っていた。
(晴己の友人――! ここは任せていい)
「じゃあな」
自分の前を別の場所へと空間接続。急いで移動したせいか転びそうになり、何とか持ち堪えて移動し切り、接続をすぐに切った。
(俺達が奴らについて何も掴めていない、逃げ続けることしかできない――と、影の連中に思わせる。できてるかな。そのために。味方を得たくても得られない俺、若しくは、本当に悪人だ、と思われてもいい。誤解は誤解のままでもいい。こちらの駒がこちらの駒に見えないように)
別の場所で、空影の位置を確認していく。誰も向かっていなさそうな場所へは向かいながら――彼は思った。
(まあ情報に関してはエデルエラだが)
「くそっ、逃げやがった、あいつガサナウベルだったぞ」
「マジか! 女だったけど変装か……ああ、でも、今は空影ってのを」
「分かってる」
二人の相手は人型の空影だった。ただ、腕が長く、その先に手ではなく丸い型抜きのようなものが付いている。その腕がとても伸びる。車や壁、道路、あらゆるものが、その型状に切り取られている。
「ここから逃がさねえ、あいつだけは絶対に」
ジンカーはそう言うと、空影と自分達が閉じ込められる形で通りに砂の壁を立て、封鎖した。そして思った。
(あいつも逃がしたくなかったけどな。ガサナウベル。タタロニアンフィやオフィアーナも絶対どうにかしたがってる、あとで言わないと)
「じゃあ」ランジェスが。「行けお前ら! 総員出動!」
ランジェスの肩から、天獣のカモアシ、天獣のノッペコ、天獣のヒョマカバ、闇這のエリミラ、青紫の特殊妖魔のナガジンが、それぞれ独特な鳴き声を発しつつ下り、元の大きさに戻った。
これら従者の能力は、主人ランジェスの天力の込め具合によって威力を微かに増す。だが大事なのは連携。
ノッペコは頑強な虎人型天獣。その肉体そのものが武器。まずそのノッペコが向かった。
空影はノッペコを殴ろうとする。そこへエリミラが、
「ぎっ!」
と反射を発動。ガイン――という音がすると、空影の左腕は、大きく反れ、相手は腕による攻撃がし辛い体勢になった。
すると空影はぐるりと右腕を差し出すようにし、今度は右腕の先の型抜きでノッペコを刳り抜こうとした。
その腕先から逃れるため――今度はヒョマカバが氷を出現させ、それをノッペコの盾にした。ノッペコ自身も少々後退。
カモアシに乗ったナガジンが向かう。回り込んで背後を取った地点で、ナガジンの爪一本の腕が振り下ろされた。そこから青紫の刃が飛んだ。鎌鼬のようなもの。
空影の背に――中たるより前に、空影は、自身の左側に跳ね、それを避けた。
すると心配なのは前に居たノッペコ達。そんな彼らは、すぐさま空影を追うだけで回避成功。
ヒョマカバは猛攻。氷が空影を嵐のように襲う。
だが空影は腕の先で刳り抜く。すっぽり入った氷も今や何処。
「腕の先に気を付けろ!」
「ぎぅっ」
ランジェスに従う。そして何度かの攻撃をエリミラが反射。
またナガジンは刃を放った。そして逃げようとした空影の足を、ジンカーが滑らせた。能力『質感を変更する』にて。
すぐにその足場の質感は元に戻る。奴も立ち上がる。
そこへ――ノッペコが、カモアシとは逆側から空影の後ろへ回り込み、足に掴み掛かった。ノッペコが重りになる。そうする余裕が生まれたのは協力の御蔭だった。
「ぎっ!」
空影はノッペコに両腕を向かわせた。だがそれをエリミラの反射が阻止。するとナガジンの刃が中たった――!
「ぎっ! ぎ……い……っ!」
「よし!」
そこでランジェスが念じた、強く絞り出すように。
従者五体は空影から離れた。その数秒後――その空影は、ランジェスに向かって真っ直ぐ歩いて近付き、膝立ちをし、騎士のようなポーズを取った。
「ぎう」
対し、ランジェスは、
「じゃあお前は……そうだなあ……モルダーだ!」
名を付けた。するとジンカーが、
「ふう」
と、封鎖用の砂の壁を消し去った。
「全然疲れてないぞ。俺、次は一人でもいいかもな」
ジンカ―がそう言うと。
「ホントにぃ?」
「マジよマジ。でも敵は少ないとは限らない、そこは注意だな」
「まあな。よし。まずは戻るか」
「おう」
報告しなければならない事がある――二人はその事を考えながら、白天舞ホテルまでの道を走り始めた。




