44 攻めと、守りのための籠。そして由来と在り様。
和行や大志達は晴己がいるであろうホテルに向かったが、もういないようだった。美仁のホースを操る能力や大志の葉を操る力で、占いのように、導けと願って辿ろうと思った彼らだったが、それらはなぜか動かなかった。結界に因るのかもしれない。
しかし会えたら――会ってそれから実際どうすればいいのかとも思う彼らだったが、会うこともできず仕舞い。彼らは自分達のホテル、白天舞ホテルに戻った。
その夜、キレンは皆を集め、手紙のことを、言わなくていい事を伏せて話した。
「じゃあ――」
と聞くうるえに、キレンが言う。
「うん。生きてるし会える。もうすぐだって」
「そいつが多分、今日俺達が見たやつだな、その煙が上がった事件のあと割とすぐだった」
「何が起こってるか分かる? 誰か」
ルイが言うと、キレンが念じた。すると、ルアーの針が壁に字を掘り始めた。
『跡目争い』
「なんだ? あいつは本当は誰かの……隠し子か何かで、巻き込まれてるのか?」
疑問視するキンに、
「そうかもね」
と、花江が言った。
「でももうすぐだって」
キレンがそう言ったあとすぐ、壁の傷で作られた字を、阿来ペイリーが直した。
夜も明け、その昼となり、別の場所に移っていたガサナウベルは、一緒にいる晴己に対して、
「準備ができたぞ」
と声を掛けた。晴己は、ガサナウベルが持つ白い虫籠のような、蓋の閉じたバスケットのような物を不思議がった。
「それ何?」
「どうしても逃がしたくない時に使う、不出白籠だ。相手が外に出る能力も封じる。使用者達はこれを着ける」
それは防弾ベストのようなものだった。
「ふうん」
言いながら受け取り、着る。白くて軽いベスト。背中でジッパーを閉めた。
そこへ女神が現れた。急にだ。だからガサナウベルは構え、
「なんだエデルエラか、吃驚した」
と、構えを解いた。
「警戒できてて何より。……それより。報告よ。脅されている者とその家族は保護したわ」
「え、どこに?」
晴己が訊くと、ガサナウベルが口を動かした。
「スペースを確保しなきゃと言ったよな、その場所を山の中に作った、とりあえずはそこだ」
「そっか。じゃあそこで、今回辞めさせる人も、保護」とは晴己。
「そうだ。それをもうエデルエラ――照神がしたんだ。だからこの関係者のうち脅されている訳ではなくやりたくてやっている暗殺者を一網打尽にする。ある一派だけ、な」
「エンリオット、あなたは私と一緒に、被保護者の護衛をしてもらうわ」
「了解した」
エンリオットは返事後すぐに行ってしまった、女神と共にだからこそ一瞬で。二人はもうその保護場所にいるんだろう。
名を知って晴己は思った。
(……呼んでみたいな。いつか。また会った時に)
何か話が終わったのか、女神だけが戻って来た。
「よし、じゃあ俺達は行くぞ」
「はい!」
ガサナウベルが空間接続で繋いだ地。そこは工場跡のような場所の前。
「じゃあ」
と言ったガサナウベルが、まず、
「包み囲え! 壁となれ! 不出白籠!」
と念じた。すると籠は、その手から、敷地の中央辺りまで瞬時に移動した。
そこで発動して欲しいと彼が念じたのだと晴己も理解した。
そのあと、あの白い物から、蜘蛛の脚のように、しかし幾百幾千もの白い帯が伸び、そのタイミングで、女神エデルエラが――
「来なさいブルゼビウスの悪党達よ」
と呼んだ。すると、目の前に人の気配が急にし出した。
当然、強制移動させられた彼らはざわざわしている。彼らを逃がさないために伸びた白い帯が、巨大な籠として、目の前の場所を閉じた。
「もうあいつらは出られない、俺達は負けないからな。出入りできるのは俺達だけ。じゃあ行こう。ベストを取られるなよ」
「はい」
空間接続で中へ。
中はそこまで暗くは無かった。この空間の上部中央から光が出ているのが見える。捕らえるために視覚的補助は必要、だからそこまで計算されて作られている代物なのだろう。
そこで、戦いが始まる。二人が突風のように動く。
どんな事をされても、彼ら二人は倒し切った。負ける訳に行かない。守りたいもの全てを守るために彼らは意志を貫く。
何を放たれても。
(撥ね返す)
何を壁にされても。
(透視)
籠の中を逃げられても。
(背後へ)
そして晴己は、いつもの――
「雷打!」
どんな者も倒し切る。
最後までしぶとい者がいた。
「何を……俺はブルゼビウスだぞ。こんな所でやられるか! やられるのはお前らだ!」
ブルゼビウスという者は、目の前の地面を捲るように、土も風も波のように動かし、晴己の方に向かわせた。
それを反射したらどうなるか、晴己はその事に興味を持った。
『来た物を撥ね返す』
静かに前に手を出し、ただ一瞬念じた。ただ、強く。強く。
相手の放った全ての波が、あちらへと帰る。
念のためその瞬間横に移動したが、だからこそ見えたのは――海の波が壁に当たって撥ね返るのと同じように、土が上に舞った光景だった。それがブルゼビウスの方へ降るし下からも持ち上がる。
「ひ、ひいいい!」
まあそれを避けられない彼ではなかったが、そこへ――背後を取る。
そして、ここでもただ殴打。ブルゼビウスは大分転がったが、それでも晴己はただ気絶させるだけ。
それを見ていた、そして横に来たガサナウベルは、
「よくやった」
と、晴己の頭を撫でた。
晴己はとことん、人を殺さない。今回の戦いは、手加減の練習になったようなものだった。気絶させた全員を、特別な収容場所に送る。そこには、味方だという、わざと晴己を眠らせた者もいた。彼女に言いたくなる。
「どうも。あの時は僕、ただ怖かった。どうしてって、なんでって思って怖くて――」
「ごめんなさいね。周りの人にもバレる訳には行かなかったの。どこに潜んでいるか分からないから。今、隠れて協力してるのよ」
彼女はそう言って、収容された者達を一瞥すると、また晴己に向かって口を動かした。
「彼らのことは任せて。ああ、でも、死なれるとそれはそれで困ったりするから……」
言われて、晴己が、声に癒しの想いと天力を乗せた。
女性は、それを計算以上だと喜ぶように、薄く笑みを湛え――
「癒しの声……喉……『肉体を改造する』力……与羽根の」
そして彼女は思った。
(――本当の力に目覚めたら、一体どれ程に……?)
彼女の喉がゴクリと鳴る。
ブルゼビウスの手下は全員いなくなった。
あとは何者にも対抗するだけだと聞いている。
ガサナウベルと晴己は、ガサナウベルの空間接続によって、また別の場所へ移った。
そこは山の中の施設だった。当然、連想するのは、脅されて仕方なかった暗殺者連中を保護したのがここではないかという事。
女神はいないが、エンリオットはいた。
エンリオットとガサナウベルは、そこに保護された全員を集めた。晴己もそれを手伝った。
「ブルゼビウスの一派に関しては対処できた」ガサナウベルが皆の前で言う。「もう心配しなくていい、が、念のため、全てが終わるまでここだ」
すると、エンリオットが、皆に向けて、
「信じていい」
と。そしてそれだけでなく、
「ま、こいつは優し過ぎるガキだけどな」
とも。
「まぁたそういう言い方するんだから、エンリオットさんっていつもこうなんだよ」
晴己がそう言った時、そこでくすくすと笑う者もいれば、涙する者もいた。
脅されて仕方なくやっている者、そうでなくても仕方なくやっている者は――ブルゼビウス一派に仕方なく加わっていた者は――この場所に完全に保護できた。あとはそうでない者だけ。
相手の中にも守りたい人がいたら。その晴己の望みも、こうして叶いながら、彼らは『時間稼ぎ』を続ける。
残りの、本心から狙う者達のことを、晴己は考えた。
(……なんで狙われてるんだっけ。僕が邪魔? なんでだっけ。それは聞いてなかったんだっけな)
晴己は少しだけそれを気にした。
また別の、拠点。ホテルを転々とする。
「いいものが届いたぞ」
「何?」
「修行のための衣装だ、あと薬だな」
「ふうん?」
二人はとにかく結界で探られないようにしながら、聞かれないようにしながら、時間を稼ぐ。この件の、全ての企みが終わる時を信じて。
今、女に変装中のガサナウベルの手にある衣装を見て、体格のいい男に変装中の晴己は思い出そうとした。
「なんか、こういう色の話をどこかで」
「マーシェルだよ」
「……? ああ! 奥さん元気かな今」
「元気になったって言ってたぞ、ほとんど元通り」
「よかったぁ……」ほっとする。「というか、知り合いなの?」
「いや……前はそうではなかった。でもま、関わりはするさ、関わらせてしまったからな。あいつにあれをやらせたのは俺だ」
「え」
「でも被害には本当に遭ったんだ。救われてよかったよ」
「……ほっ。そっか」
「俺がこう言ったのを憶えてるか? チャンスは三回はあった。どうだ、憶えてるか?」
「ああ!」
「その一つだよ。……さぁ! 昔話はもういいだろ、修行をしたい時はそれを着ろ、成長度を増幅する。その時はこれもだ」
「はい」
話は前へと進む。時も。後ろへは進まない。いい方向に進んでいる。その筈。
そんな事を思って、ガサナウベルは、
(――アレはどうなったんだ?)
と考えた。
そこへ、神が現れた。
「ひとつ、言っておくことがあるの。あなたにとって大事な話。知りたがってたこと」
晴己に向けて、女神はそう言った。
晴己の悩みをガサナウベルが真摯に聞いたことを女神も分かっていたのか、頃合いだと思ったのか、その部屋に女神が来たのはそういう意味からではないかと晴己には感じられた。言葉を待つ。すると女神の声が――
「あなたのその天力と闇力と妖力。なぜ三つ持っているのか。持てているのか。あなたの精神状態は大事だからね」
「なんで――」
なぜ三つが――という質問だと女神は受け取った。なんでそこまで気に掛けて、などと続く言葉だとは思わずに。
「それは……――ズガンダーフの闇力は、計算外だったけど――何しろジャンズーロが滅茶苦茶してたから……――とにかく、あなたの中のそれは、ズガンダーフが長く居たから移ったのよ、そしてあなたはそれを受け入れて宿した」
「じゃあ」
妖力も、という意味で晴己はそう言った。
「不思議な繋がりよね。とても強い繋がりがあったのよ、特にあなたの頭と目、あの時見る物を共有していたのも理由としてはあるのかもね」
「そっか……じゃあ、手の方は? 空色の」
「それは当然、妖刀《ヴルエンカ》よ。それを受け入れて、宿した」
「宿したって……受け入れて……も何も、僕は触れただけですよ? それ、ほかの人がやることと何か違いが? まあズガンダーフさんの事もだけど。乗り移る度に? って。でも、僕だけっぽそうだけど」
「そうね、あなたの場合……能力『肉体を改造する』が大きいわね」
「そっ――! え?……じゃあ――!」
「私達にとって、それは全くの計算外なのよ。実は、もっと違う成長をすると思ってた」
「え、だから詰まり、これは――僕の――僕の選んだ――」
「そう。私達の策や血筋とかじゃなく……あなただから手にした力よ」
どうして血筋と言ったのか――そのワードに晴己は触れなかった。それが重要だという事に、今はまだ気付いてすらいない。
そして、晴己は思った。
(――僕だ。これが僕。僕の在り様だったんだ。あの力を手に入れてからの、僕そのものだったんだ……! 僕が僕を認めないと、いけないよなぁ……そりゃぁ……っ)
心の中の靄が晴れた。己の靄が晴れた。晴己はそんな気がした。だからか視界も潤んだ。
「あなた、本当に涙脆いわね……。少し心配よ? いや大分ね?」
「いや、すみません」
「……ふふ、いいのよ。気持ちはよく分かる。でも注意してね?」
「よ、よく分かる?」つっかえたのは涙のせいだ。
「そんな人、幾らでも見てきたんだもの。ずっとね」
「……――ああ……そっか」
そこで納得したのは晴己だけ――ではなかった。
「そうだったのか……」
ガサナウベルも三つの力の真実を知らなかった。能力が能力を呼んだようなもの。だから彼にも意外だった。そして、だからこれまで、言葉に迷っていたりした。それが晴れた。二人の中で。これは大きい。
以前にもこんな事があったのか――ともガサナウベルは考えた。実際そうだからこそ顔有化した化け物共が『まさか』と口にすることがあったのかと。見守っていた時によくそう聞いたのはそういう事だったのかと。
「そうなんだって!」
晴己が笑う。ガサナウベルに向けて。ガサナウベルは笑い返した。
それを見た女神もまた、優しく微笑んだ。




