42 新たな繋がり。
影天界からの侵略者。企てる者。これを打ち倒さなければ、未来は無い。永久に追われる身かもしれない。このままでは会いたい人に会えない。二人は戦うしかない。
天使ガサナウベルと晴己は、数日前に、別の場所に拠点を移していた。
そこはホテル。
そこまで質素ではない一室で、ガサナウベルは考えていた。
「彼らも目を付けられただろうな、こんなまあまあのデカさで載ってるとなると。もしそうなら攪乱にはなるし、利用する手だってある……」
(その全員が無事であるのが一番だ、晴己の士気にも関わる……)
計算的な部分はあるが、彼は大いに心配している。
そして当然――
「この事にだけは巻き込まないでおこうと思っていたが……。仕方ない。守って守って、そして勝つ。そのための、今は……」
(――時間稼ぎ)
ガサナウベルは思い返した。
そして彼女を思う。
(今どこまで進んでいるんだ。相手がいつまで乗るか。しかもあの子らにも制限時間がある。お前は……大丈夫なのか。絶対に無事でいてくれ、エデルエラ)
そこへ、帰り着いた者の姿が。
扉がノックされる。
ガサナウベルは、扉を開けた直後、その部屋に、晴己が男を背負って入ったのを見て、ぎょっとした。
「お、おい!」
と声を大きくしてしまってから、ガサナウベルは、そこらの通路を見、誰にも見られていない今の状況だけを確認すると、男を背負う晴己を部屋に入れた。
扉を閉めると。
「何してんだ! ここでの話は外に漏れないが、道中何かあったら同じだぞ!」
「気を付けはしたよ」
「はあ……どう見てもそいつは……そういうヤツにしか見えないが?」
「うん、そうだよ」
「なんて事してるんだ。相手は暗殺者だぞ」
室内には青音天羽という羽根で作られた結界が張られていた。学園を守ったのは天獣などを入れない、攻撃の壁になる赤天石だったが、青音天羽は音を伝えない。それのみ。だからガサナウベルはここでの話は外に漏れないと言った――のだが、入って聞いた者がどこかへ伝えに行くことができたら本末転倒。
ひとまずは男をベッドに、晴己が寝かせると。
「本当は暗殺の仕事を辞めたいんじゃないかって思って。だから」
「だから辞められるまで守ると? なんで辞められないかは聞いたのか?」
「それは、まだ。辞められないとしか」
ガサナウベルは頭を抱えた。
「僕は、こういう人のことも、助けたい」
晴己はガサナウベルの顔色を窺った。駄目?――と聞くように。
その時、男は目を覚ました。だが、暫くじっとしていた。暗殺者故か、様子を見た。
彼の耳には、晴己とガサナウベルの口論が届く。
「駄目に決まっているだろう、口車だったらどうする」
「でも辞めたがってた! 言葉の端々に――」
「そういう手口だったら?」
「でも! 放っておいて本当にそうだったら、絶対後悔する! 僕は助けたい!」
「……」
そんな時だった、
「う……」
と、男がわざと呻いて起き上がった。
「あ」まず言ったのは晴己。「目、覚めた? どこか痛い所、ない? 治す声を出すから」
晴己は喉に天力を込め、そして彼を想った。
彼は、痛みが引くのと傷が無くなるのを感じた。
「今までの人達も、そうだったのかな」
晴己は悲しんだ。
もしそうだったら――自分達が手を差し伸べていれば――今頃その人達はもしかしたら、と。
「それはもう気にするな。思いもしなかったことだろ」
ガサナウベルの声が温かかった。その事は、少しだけ晴己の心を救った。それでも晴己は想いたかった。
そして、晴己は言った。
「色んな人をこうして、寝返らせられないかなあ」
「寝返――」
と、言おうとしたのは男自身だった。
「勿論、策を弄してとかそういう事じゃないよ。信じて話すだけ。信じて欲しいって話すんだよ。ちゃんと心を掴まないとね、こういうのは」
言いながら、晴己は、胸の前で、両方の手で拳を作った。二人に見せるように。晴己は、それから、心で言った。
(心で理解してもらいたい、心で)
ガサナウベルは頭を悩ませた。そして言葉に。
「スペースが必要になるぞ」
「何とかできないの?」
「……」
ガサナウベルは、また悩む。たまに目を閉じたり、たまに遠くを見たりして。
(これが晴己。こういう子なんだよな)
そう思ってから、ガサナウベルがまた声を。
「……待てよ。できなくはないぞ。もしそれができるなら連中をそこに置くこともできる」
「連中?」晴己が聞いた。
「ふふ、あいつらの事に決まってるだろ? そこを結界でどうにか完全に守れば――会えるぞ」
「ホントにっ?」
「ただ時間と場所が必要で……掛かるぞ」
「いいよ。それに、そこがあれば――その場所があれば、本当は殺しをしたくない人も守れるんだよね? でしょ? やったじゃん!」
「……ああ」
(――ったく、お前はいつまでも、心配する相手のことばかり。狙われてるのはお前なのにな。そうだろ……? 見ろエデルエラ。こんなにいい子に育った。俺も、絶対に守る。守り切ってやるからな。あの時の約束だ)
男は、ここまでとは思わなかったという顔を、晴己に向けた。
その時だ。
そこへ神の姿が。
ガサナウベルは、今思ったばかりだぞと心の中で告げた。
「その事で話があるわ」
「か……神様! それよりなんで僕を一人で。だからあの時捕まった――」
「大勢では、何かあった時に守り切れないから」
と、女神が言った。
「僕一人ならいいの?」
「その方が守り易いわ。だから手出しし難い所に送ったでしょ?」
「え?……送っ……手出しし難い…………? あ……! そういう……!」
「あれは味方よ、敵の振りをさせたけどね。ほかの誰かにやらせる訳にはいかなかった。確実に――を徹底した。既にあなたを犯罪者に仕立てようとしていた者がいたのよ、放っておいてもあなたは捕まって逃亡犯になってた。だったらこっちが先にと思ってね。ガサナウベルが空間接続できる場所、助け易い場所へ――送ったって事だったのよ」
「そうだったんだ」
「そうだったのか」
ガサナウベルまで今理解。
「それに、協力者は意外と少ないの。近くには彼もいたし、彼ならと思ったのよ。どう? 守ってくれてるでしょ?」
「まあ……」
当のガサナウベルは、『そこは知らなかったけどそうだったんだよ』と、顔や態度で表現した。
「で、さっきの話よ。気にするだろうと思って調査していたの。一部の調査は済んでいて、彼らがどんな人に、どんな風に雇われているかは分かってるわ」
「え」晴己の声。「じゃあ」
「そう。彼らを解放することはできる。理由になっているのが人なら、その人を助けることもね。勿論、利益のみ考えて、やりたくてやっている者に関してもすぐに捕まえられるわ。まあ一部の話だけれど」
「僕とガサナウベルさんで……その……一緒に逃げ始めた頃、生かして倒してたけど、あの人達は? どうなったの?」
「彼らは敵に回収されてるわね。彼らのうち全員がやりたくてやってた。あなたは考えなくていいわ」
「……そっか」
(それだけ、そんな人が居るんだな……)
晴己はそれを悲しく思った。
「で」ガサナウベルが言う。「こいつが助けたがってるような奴らはどこにいるんだ?」
「そちらに関しては私がやるわ。それより、脅されていない楽しんでる暗殺者の方を、ある一派だけ、あなた達はよろしくね」
「ああ。じゃあその準備をしなきゃな」
「そういえば、この結界は?」晴己が聞いた。「さっき、その事でって、結界があるのに聞いてるみたいに――」
「この程度なら私には無効よ。ふふ」
「無効……はは、流石、神様」
女神は、そこで、
「じゃあ、その時にまた」
と、その部屋から消えた。
無効という神の言葉から、晴己はついさっきの戦闘の炎を思い出した。
「そういえば。封印が効かなかったみたいなんだけど、アレってなんで?」
と、男に向かって言うと。
「……教えると思うか?」
と、男。
「いいじゃん」
「……」
ガサナウベルは答えない。影天界の何かなのかもしれない。
「ちょっと留守番してろよ」
ガサナウベルはそう言って部屋を出て行こうとした。
「うん。行ってらっしゃい」
晴己は、彼が出ていくのを最後まで見ていた。それから、男を納得させたいと考えた。
「んー、じゃあさ、僕がどれだけ本気かを見ててよ」
これからの事に想いを馳せながら。
(それで、全てが終わったら、みんなに会いたい)
そうも思いながら。そして。
「絶対にあなたを守るし、絶対に絶対にあんな仕事しなくていいようにする」
そんな晴己に、男が見せたのは、その本気を示す行動など、こんな子供には別に取れないだろうに、という顔。無理だろうという顔だ。ただ、そう言う晴己を言葉で馬鹿にはしなくなっていた。
晴己はとりあえず着替えておこうと思った。炎で焼けた跡はないが、袖にナイフが刺さった跡がある。血も。人目に晒さない方がいい、だから別の服に。
着替えた、そんな時だ。
女性の甲高い悲鳴が聞こえた。
「何が」窓の外を晴己は見た。「くそっ見えない……!」
『物の向こうを透視する』
邪魔な建物や木々を透かし――危険な何かだけを――恐らく天力か影天力を纏っている何かを――しかも超視力にして――
「見付けた!」
晴己は念じようとした。
「おい待て、俺を見てなくていいのか。俺が何かするかもしれないんだぞ」
それでも晴己は、助けたいと思った。
「するの? 寧ろそこに居なきゃダメだよ、誰かに見られちゃうよ」
「……」
「じゃ、僕、行くね」
「本気か? 正気なのか? 本気でそんなに……俺みたいなのを……」
晴己は男に薄く笑い掛けた。そして、
「大丈夫。助かるよ」
本気でそう言ってから窓の外に顔を向け、そして願った。あの元凶の背後に現れたいと。
そして晴己は、その部屋から消えた。
「行っちまった……」
男はそう言うと、ベッドに置かれた鞄が気になり、その中身を見た。妖刀《ヴルエンカ》がそこに。
「これ……」
そして男は笑った。
「くっくっく。こんなにも隙だらけで、人を助けるだと? それだけ俺を信じてるってか? 馬鹿馬鹿しい」




