40 天界の、天舞最上警察の資料と、そして想い。
天人であり天使ではない、女性警察官のルアンダエラ・マフレイスは調べていた。
ここ天界にいるにも拘らず、生まれた時から住んでいるにも拘らず、今はなぜか居心地が悪い。
指名手配の天使ガサナウベルと形快晴己。二人はなぜ指名手配犯なのか。考えるとやはり居心地が悪くなる。
もしや、そうさせられてしまったのか。それとも、そうならざるを得なかったのか。
(もしや冤罪? 形快晴己だけでなく、ガサナウベルも? なぜ? なら、誰の手で……?)
年代が違う。
ガサナウベルは古くからそうだ。百年ほど前だったか。彼は天使だから――
(なのに彼も?)
ゾクリとするものを感じながら、資料を読み漁った。
資料によるとこうある。
・天使ガサナウベルは、元は役職に縛られずにあらゆる調査をしていた。善良と思われていた。
・百三年前、仲間の天使を殺害。
・天使牢に捕らえられたが、彼の信奉者であろう者によって助け出された。それから逃亡中。
・以後、様々な現場で暴虐な面を見せた。
・彼は波乱を巻き起こしている。その被害は数知れない。
・最近では、天獣などの封印確保のための『封印の羽根』を与羽根の儀式の際に混入させた疑い。
・命を賭けの対象とするカジノの支配者に人間界の者を利用するよう指示した疑い。
・闇界の者に異常な薬の材料を提供した疑い。
・妖人界の者を妖魔で騒がせ、妖精の王を、殺精未遂。
・懸命な捜査により捕らえられたが、また信奉者の手により脱獄。更に脱獄の手引きまで。
・監守への暴行や暴言、影天界の者を殺害、天界の者を殺害。
・公務執行妨害、神聖道具の不法所持。器物損壊。現在も逃走中。
それを見て、ルアンダエラは思った。
(これらのどれだけが、どの程度本当で、本当はどうだったのか)
形快晴己は追われている。そもそも禁忌行動も――。彼の場合はこうだった。
・人間が天使になろうとした罪。
・得た異能力により、与羽根の儀式で天使が人に力を与えるのと同じ使い方をしていること。これは越権も甚だしいとされている。
・当時まだ闇使だった闇神ズガンダーフを殺害未遂、そして闇使ジャンズーロを殺害。
・宝刀の輪状妖刀《ヴルエンカ》を武器として不法所持。
・ほかにも幾つかの殺害が彼によるものとされている。
・天使に毒を。
・天使を殺害。天人を殺害。
・妖人界では妖使への侮辱、妖精を殺害、妖精への暴行。
・人間界の恵力学園一年五組の異能力者達を洗脳した罪。
・女性天人への乱暴。監守への暴行。武器の窃盗。
・影天人を殺害。影天使を殺害。
・天界に闇這を運び人を危険に晒そうとした罪。
・更に、天人をまた殺害。器物損壊。
・天人の少年を暴行。公務執行妨害。
・身分の偽称。現在、天人の振りをして逃走中。
(どれだけが本当で、どれが嘘なのか。あの優しい子が? あり得ない)
「あー、マフレイス、一寸いいか」
上司に呼ばれたルアンダエラは、彼の個室に行き二人きりとなった。
「バレないようにやれ」
彼女の上司は小さい声で言った。
「何を――」
「何を調べているかは分かってる。誰が敵か分からん。これが分かるのは一握りの人間……いや、あの方達だけだ」
「あの方達?」
「いいか。生きていたけりゃ分かっていない振りをしろ」
その日、彼女は仕事を終え家に帰ってから、ある仮説を立て、それが正しいとする場合の行動を試みてみようと決めた。
「何かはある。ああ言われるほどの事が。でなければ言わない。……もし――もしも、彼が善良であるとするなら。――いや、もし、彼が今も、今までずっと善良であり続けているとするなら」
そして、ベッドの上で横になる。天井を見た。
「これまで数年のことは、何かの準備に見える。いや、数年なんてもんじゃない? しかも……」
身を起こした。そして。
「――」
ある予想を口にしようとしたその時。目の前に、自分がとても見る筈の無い者が、現れた。
「あ、あ……な、なんでここに! 私なんかの、と、所に!」
ルアンダエラは、発言の中頃で立ち上がった。
それは、信じられなかったからというだけでなく、相手に敬意を示すためでもあった。
「その、あなたの予想は、合っているかもしれない。お願いだからそれ以上口にしないで。あなたがすべきことはそうじゃない」
「でも――!」
「町の者を守るのがあなたの仕事、そうでしょう? 気付いていない振りをして守ってあげて。もうすぐ。もうすぐだから」
「もうすぐ? 何が――!」
「お願いね」
そして、彼女の前から、女神は姿を消した。
少しだけ遡るのだが――それは、その日の夕方の事だった。
最初とは違う、別の隠れ家からまた別の場所へ来ている。その近くの丘で、逃亡のため変装した髪の長い少女の格好で。
晴己は夕陽を見ていた。
「みんなは何してるんだろう。お父さん、お母さん、サヤ……。それに、キレン……」
深く長く、呼吸をした。
落ち着く時間は、必要でない訳がなかった。
「なんだぁ、いっちょ前に黄昏て。何か思うことでも?」
後ろから聞こえた優しくて丸い声に、振り向きはしない。顔を少しだけ向ける。
隣に、晴己の能力『肉体を改造する』によって女性に変装している美しいガサナウベルが座った。
「うん、いい景色だからね、見てた。それにあったかいし」
そして晴己は、また、天界の夕陽に目を向けた。潤んだ黒い目を。
「もうすぐだ。信じろ」
「うん」
(影天界のことが終われば。そうなれば。そうすれば。僕も加わってそうすれば。みんなに会える。会える)
晴己は強く思った。そのためにここに居るということも。強く思った。




