31 三つの色と、雲と晴れ。
目の前のなぜか喋る妖魔は、かつて想った妖精が人格を失い別の存在と化してしまったもの――そうだと知ってしまったタタロニアンフィの悲痛と憤怒の叫びが響き渡った。それは周囲の者が構え直す間にもなった。
そのタイミングで、タタロニアンフィは、浮かせた全ての青い剣を放った。
剣の嵐。
そこで――妖魔は突如として浮いた。それは愛花が足元を崩す可能性を考慮してのことではあった。
そして妖魔は白い光玉を幾つか生み出した。それが剣に近付き炸裂。更に妖魔が空中を一薙ぎすると、青い剣達は木っ端微塵に。
それが床に落ちる。
妖魔は空中に居るまま。
「その光玉も青の剣も、あなたのものでは――ない!」
タタロニアンフィは、そう叫んだ瞬間、また剣を召喚したが、それは、今度は、ただただ巨大。それが地面から瞬時に生え、妖魔は、下からの攻撃だと気付くのが遅れ、身を捻り、腕で防御した。
その時オフィアーナが自身の前方の空中を上段蹴りし、その足から青い光弾を放った。
体勢を崩した妖魔は、それを喰らった――!
激しい爆音。
そこへ更に、縦向きで聳える青い巨剣を足場にし、晴己が向かった。右拳、左拳、そして晴己も浮遊し、左膝、どれもガードされたが、そこへ右の爪撃――
「ぉああっ!」
それに電撃を混ぜ、裂くと同時に放った。
実際には妖魔の肌は裂けてはいない、引っ掻き傷が少々付いた程度。だが、かなりの電撃を中てられた。
痺れる体をうまく動かせず、浮遊で移動し、若干逃げた。
そのタイミングで大きな剣は姿を消した。
晴己は封印能力で絶えず相手の能力を制限し続けた。それはまだ続く。続ける必要がある。……だが疲れが見え始めた。
そんな時だ。
「あっはっは、面白い、こんなのも見せてやるか」
妖魔が胸元に力を込めたのか、そこに青い光が。今はただあるだけ。
「……?」
何をされようとも――とタタロニアンフィが思ったその時、放たれた。
ピィィッ――と、それは焼き焦がすレーザーとなった。
「あっう――!」
まずそれを切ろうとしたビカクが倒れた。そして激しい痛みに苛まれた。ビカクは腕の一部と胸部全体を焼かれた。
愛花も倒れた。そちらはまだ意識はあるが、息ができないと訴えていた、彼女の喉は焼け爛れた。
サウェラナも倒れた、喰らった腹部への激痛で気を失った。
「そんな!」
ナオが叫び、念じ、由絵もハーモニカで癒しの演奏をし、ビカクと愛花とサウェラナの傷がかなり消えた。ほぼ完治という辺りで、肝心の由絵とナオ、オフィアーナも餌食に。
「っぁ……――ッ!」
オフィアーナの痛みが、ほとんど声にもならなかった。由絵とナオは声も出せていない。
攻撃を止めようとした晴己だったが、これらの傷を治せるのはもう自分しかいない――と気付き、動けなかった。
そんな時、ベージエラが何枚もの羽根を飛ばした。
その隙に晴己は喉を改造し、能力補助ではなく癒しの喉にし、たった一つの高音だけでただ声を伸ばし、声に、治れと心を乗せた。治りはしたが、倒れた者のうちオフィアーナしか起き上がれなかった。
そしてその時。目の前のベージエラが、爆破光玉で少々吹き飛ばされてしまった。
「うあっ、ぐ……っ」
人間界に降り立った代理担任のベージエラまでもが失神。晴己は、声と封印に集中し過ぎたが、そうせざるを得なかった――とはいえ、耐え難い怒りを覚えた。
妖神の娘タタロニアンフィと、形快晴己。
あとはこの二人だけ。しかもかなり疲弊している。
一応、二人は作戦でも練ろうと近付いてはみたが、とてもやれる気にはなれなかった。ただ、それでも晴己は逃げるべきだとは思えなかった。
タタロニアンフィは打ち明けることにした。
「実は、私にももう余力は無い。……参ったわね、この手で仇も討てないなんて……正確には少し違うのかもしれないけれど――」
晴己は、それだけではないことを犇々と感じていた。
(……ここで諦めれば、あの妖魔は殺し続ける。遊び感覚の戦いに付き合わせることで……!)
「もう抵抗しないのか? もっと楽しませてくれないと、ワタシが詰まらないだろ?……それとももう死にたいのか?」
そう言う妖魔を最低だと思いながら、晴己は、能力『かみをあやつる』にて神に願った。だが、照神も、闇神のズガンダーフも、妖神も、現れなかった。
(『かみ』と言えば照神だけを指す? もしかしたらそうかも。そうだとやばい――)
と、晴己は考えた。そしてタイミングが悪過ぎる可能性も考慮した。
その時だ。
軽装の妖精――兵の男性がやって来た。戻って来たのかもしれない。だとしてもなぜと晴己は思った。ここは危ないのにと。
その手には群青色の刀が。刀とはいえ、それは、握る部分と反対の箇所に半月状の刃が付いた、輪っか状の物。握って殴り、その動きで切る刀。
「これは我ら妖精の刀! 妖刀《ヴルエンカ》! 持つ者の力を倍増させる妖刀です!」
晴己は彼に急いで近付いた。
(そんな物が提示されたら妖魔に何されるか分からない――!)
そう思ったからだった。
「ほう」
妖魔はそう言うと、その男性の腹をレーザーで焼いた。
「があああ!」
「な――! なんでそんな事まで! 楽しませてほしいんだろ!」
晴己の視点は倒れた男性と妖魔との間で二往復はした。
「……? だからだよ。さあ拾い給え。さあ!」
(――頭が狂ってる。妖魔……そうだな、あいつはやっぱり化け物)
晴己はタタロニアンフィの方を一度見たが、彼女は申し訳無さそうに首を横に振った。自分では無理だという意味だった。
晴己は、じゃあ自分しかいない――と考え、そしてこう思いながら歩いた。
(タタロニアンフィのためにも。みんなのためにも。託してくれた……あの人のためにも。……壊されちゃいけない、命はそう簡単に壊されるべきじゃないんだ、そんな守るべき命のために!)
託された妖刀の傍に立つ。そして拾い上げた。
力が迸るほどに漲るのを晴己は感じた。切なくなるほどに。そして、まずしたのは、倒れた男性のための声――癒しの声を届けることだった。ついでに倒れた仲間へも。
かなり顔色が良くなった男性を背に、無事でいてねと思いながら、晴己は妖魔を見た。
天力を解放した。
晴己は、出し尽くせばどうなるのかを知らないが、たとえ全部を出し尽くして自分が死んでも、アレを倒せればいい、そう思った、皆を守れさえすればいいと。
全てを解放する。
天からの恩恵、白い天力を晴己は纏っている、それが大きくなる。格段に。
「一度だけ質問する。ねえ、止めてくれない?」
「嫌だね」
それならと晴己は地を蹴った。軽く跳び上がっただけで妖魔の目の前まで跳んだ。
左拳、右の刀、その順で繰り出したあと、右拳が来るのが見えた。だからガード。紙を向かわせ切断――しようとするがそれを躱され晴己は敵の後ろへ瞬間移動。直後は刀、次に――
「雷爪!」
先程の技がより完璧なコンビネーションに。
「ふは! いいぞいいぞ!」
余裕たっぷりな妖魔。
(――まだ駄目? まだ……)
晴己は能力『肉体を改造する』にて全身を別次元の何かのように強靭にできないかと強く念じた。相手の力のうち厄介な物を封じたままでだ。そして更に力を込め続けた。
タタロニアンフィは、城の中庭に出た。二人が戦い難い場所を離れ、外に出たからだ。
上空を見上げる。二人共が浮いて戦っている。
(きっと大丈夫)
彼女は眺めたまま微笑んだ。そして思った。
(私達のことを終わらせてくれる。それがあなただったのね)
中々決まり切らないが、段々と慣れてきた。そんな晴己は、今度は――
(――相手のどんな動きも見逃さないように……!)
そう思ったところで、妖魔が手を振ったのを見た。
飛んでくる空気の刃を避ける。
「何っ?」
晴己は更に倍増させた。ありったけの力をどこまでも出す、そう心に決めて。
純白の天力、白いオーラが晴己をより輝かせた。そしてその手に、群青色の妖刀《ヴルエンカ》と空色のオーラ。その目に黒い瞳と闇色のオーラ。
「オ、オ……オマエ、まさかっ!」
「今更何か言うくらいなら最初から話し合いに乗れ!」
爆破光玉が来る。晴己はそれが来るのが分かった。だから紙を飛ばして誘爆させた。
青い剣が来る。それが分かったから――
「――それはこちらが貰う!」
力強く願いさえ込めて念じ、その操作の主導権を握る――与羽根の力『物体を浮遊操作する』で。絶対にそうしてやる、そうしなければならない、そういう積もりで一心に。そして向かって来た軌道の途中で成功、投げ返した。
何でも削れるスプーンが来た。晴己は瞬間移動で妖魔の背後に。
「だがこれはどうだ!」
読んで振り向いた妖魔が胸元からレーザーを放った。そのレーザーを――
「切断!」
晴己はそれすら、しかも手で切断。
「何だと!」
随分と前に差し出された手で切られたレーザーは、ほぼ二等分され、左右後方へ進み、遥か彼方でただの空気と化した。
さっき出されたスプーンも消えた。
「なら肉弾戦を! ついて来れるかっ?」
妖魔は飽くまで笑った。
晴己は違った。泣いた。
「そんなに戦いだけしたいならあんな風には戦わないでくれよ!」
飽くまで晴己は話した。
だが妖魔は、
「詰まらん奴は、死、あるのみよ。どうして考えてやる必要がある?」
そう言った。
だから晴己は目を潤ませた。
だから、戦い切る、そう思った。
右手に握った輪状妖刀《ヴルエンカ》を繰り出す。遠心力も大事に。流れに逆らわない。逆らうなら反動を利用。たまには逆らうのもフェイント。ほかの攻撃も挟みながら。
もう、晴己は余計なことを考えないことにした。ただ勝つことだけ。ただ倒すことだけを考えた。そのためだけのことを。
「雷打!」
叩き込む。休み無く。
(――全てを使う! 出し惜しみなく! 必ず勝つために! みんなの安全のために! 未来のために! みんなの――幸福のために! これは、みんなの力だ! 全員の力なんだこれは!)
「うおおああああああああ!」
輪状妖刀の斬撃も、強力な蹴りも、相手はほぼ全てを受け切っていた。
負けるかもしれない、その可能性はある、だが晴己は諦めず何でも繰り出した。
「あああああ!」
叫びながら連打。妖魔からの攻撃も重い。ガードする。
避けてカウンターを浴びせることも。それでも相手に一枚上手感がある。
「だああああ!」
どんなに疲れても、どんなに長引いても晴己は諦めなかった。
叩く、突く、防ぐ、蹴る、避ける。そして連打の打ち合い。
ここまでの肉弾戦で、妖魔に大したダメージは無かった。
「雷――刃!」
だが雷撃は痺れるしかなかった。妖刀《ヴルエンカ》ごとの雷撃も決まる。
痺れの都度、反応速度が遅れる。そこへ晴己が叩き込む。
拮抗する。相手も攻撃してくる。
だが雷撃で痺れる。そこで動きが遅れる相手に晴己が叩き込む。
それが続いた。何度も。ダメージが相手に蓄積していく。
そしてある時を境に――
完全に相手が遅れ始めた……!
全ての打撃が、斬撃が、通り始める。超高速の全てが。相手が体勢を整え切らない。防ぎ切らない。ガードしてもダメージが酷くなる。
「な、なぜ……くっ……なぜだああああ!」
「お前に守るものがほかにあるか! 僕にはある! こんなにもある!」
妖魔が爆破光玉を放とうとした瞬間、紙を向かわせ誘爆させた。
爆発は妖魔のそば。
「がっ……! く!」
次は、何でも削れる巨大スプーンが飛んできた。
妖魔の後ろへ瞬時の移動。そして――
「でぁあっ!」
晴己は右拳を凄まじい勢いで繰り出した。輪状の妖刀《ヴルエンカ》が激しく刺さる。
それは殴打ともなる。
受けた妖魔は痛みを得ながら飛んでいき、そして、
「あぱ」
と、奇妙な声を上げた。
そして空中のある一点で止まった。
妖魔は背中を掬い上げられていた。その部分が削げて落ちた。
「が……。な……ぜ」
「大事な人を傷付けたからだ」
晴己は即答。
妖魔は最後に、苦し紛れにレーザーを放とうと胸元に力を集中させた。
晴己は悲しくなり、わざわざ待った。ただ、一旦『を』の紙を呼び、それに字を浮かび上がらせた。腕に新たな羽根を刻み、そして宿らせる。事務か何かのように。無心でなければやっていられなかった。
レーザーが来た。
妖刀《ヴルエンカ》を持っていない手をレーザーに向けた。
『来た物を撥ね返す』白羽根の上に天界の字で28-1の刻印、それが新しい力の印。肘からやや肩の方へ上がった辺りに刻まれている。
レーザーは、くんっ、とVターンし、妖魔の右胸に中たった。その胸が黒く焦げる。
「あ……う……」
そして、妖魔は落下した。
晴己は降り立った。妖魔を潤む目で見下ろす。
その様を、タタロニアンフィは、晴己を信じているが故の陰りの無い目で見ていた。
ほかにも――その様を、気絶から目覚めていた王と警護のジャミオ、淡出硝介、入荷雷、温地美仁、それに花肌キレンが、危険は本当にもう無いのかと疑いつつ見ていた――穴の開いた白い壁のすぐ横で。
そして、晴己はそこにいる皆に向け、言葉にした。
「ランジェスくんの力、今のこいつに効かないかな。言葉が、分かんなかったら……いいのに……っ」
一粒の涙が零れた。
晴己は、ある意味その妖魔がその妖魔ではなくなるが、それでも生かそうとした。
雷は首を少しだけ捻って考え、それから答えの言葉を羅列し始めた。
「ランジェスがケモノだと思ってない……っていうのは、話せてしまう、意思の疎通が取れてしまう場合のことだって言ってたよ。多分無理ね」
それを聞いていたボロボロの妖魔は、
「生かされる……だと? 生かされる……なんて、真っ平……だ……」
と、言い残すと、青い泡となり、やはりどこかへと向かい、彼らの前から消えたのだった。
そして妖魔が居た箇所に、光が現れた。
黄金で、人が収まるくらいの大きさの光。
なぜそんな光が? と、誰もが思った頃――何かがその中に見え始めた。
男性だ。光の中に男性。確かにそこの全員が見た。そして。
タタロニアンフィが嗚咽した。
「エリッティオ……!」
それから数秒経つと、光が薄まっていった――その時、タタロニアンフィがまた。
「皆さん、聴いたかしら? エリッティオの言葉。いつでも見守っているからって……彼の言葉を……!」
本当は、誰もそんな言葉を聴いてはいない。何の音も無かった。
タタロニアンフィは幻聴を耳にするような者ではない。彼女は想っていてほしかっただけだった、この先も彼が何かを想っているのならと願い、そして想いたいだけだった。
何も耳にしてはいないが、晴己は言った。
「聴こえたよ。あの人はタタロニアンフィを想ってる。どこに行ってもずっと」
暫く、やはり無音が続いた。そして光が完全に消えた。もう無い。一筋すら。
「ありがとう」
タタロニアンフィは、誰に対してなのかを明言せず、ただそう呟いた。空に向けて言った。雲がそんなにない空に向けて。




