27 それぞれの動き。得たいものと得難いもの。
天使ガサナウベルの住む家。それとも単に居る家なのか。本拠地はどこなのか。
とにかく形快晴己はその庭からこっそりと、大窓越しにリビングを見た。
そこに、背の高いスマートな、若く見える男が居る。何百歳、何千歳かは分からない。白い軽装で、ゆったりと音楽を聴いている。
晴己は、自分の目にすぐに誰かが留まるとは思っておらず、驚き、背を壁に預けるように一旦隠れた。
(一人しかいない? あれがガサナウベル?)
紙にそう問うと『そうだ』と字が浮かび上がった。
そして晴己は考えた。
(ジャンズーロが相手の時、女神は何を封印したか分かってた。僕も分かるようにできないかな)
玄関には妖神の娘タタロニアンフィ。実際彼女は調査戦闘訓練生だが、実力は魅木田オフィアーナと遜色無い。もしくはそれ以上。同じ妖使だが神王族であるが故か、訓練生でさえそのレベル。
二階の窓の前には天前ベージエラと、今屋村キン。
裏口は花肌キレンと、木江良うるえ。
晴己は念じた。封じるために。そして、
「痛っ」
と、右手の甲に、文字が浮かんだ。
×空間接続
×透明化
×位置交換
×時間停止
きっと分かるように念じたからだ、そうしてよかった――と晴己はまず思った。
ただ、ギリギリだった。四つも持っていた。それも、一つは想定外。晴己はこう考えた。
(時間停止は傍からどう見えるかって考えたけど……位置交換?『物を交換する』って力を交苺くんが持ってるから? 無意識に考えてた? だとしたらもっと意識すべきだった。でも運がいい)
そして晴己は喜んだ。全て封じた。これはその印の筈。
そして――攻撃の激しい音が合図。晴己は『どんな物をも切断する』にて窓を切り、そこから入り、気絶狙いの一発を――
「雷打!」
お見舞いした。ガサナウベルの腹に。
彼が吹き飛び壁に当たり、雷撃音と衝撃音が響く。
直後、ほか全員が同時に突入した。
キンは窓をフェルト布化させた。それが足元に落ちる。キンはベージエラと共に音も無く入った。
タタロニアンフィは能力による剣で玄関のドアをドアレバーより下で横に斬った。手前に倒れてきたドアの一部を手にし、そっと横に置く。開いた下部からほぼ音も無く入った。翅が少々擦れたが、問題ない、音は無い。
彼女はこう思っていた。
(翅があると動き難い時があるが、今は能力重視。隠すことに力は割けない。さあ来なさい。こっちに来たら躊躇なく……斬るわよ)
玄関から真っ直ぐ行った所を直角に曲がった廊下の先に裏口がある。その扉の鍵を、うるえが空気を操り、中から開けた。足音を立てずにキレンとうるえが入る。
ガサナウベルは、居間にて――ニヤリと笑い、晴己に向かって飛び掛かった。
右、左と、拳が来る。晴己は応じてその手を攻撃することで防いだ。
「くくくやるじゃないか、ここへ来たこともな!」
その手が休まらない。相手もかなりの体術。
晴己は意外だという顔をした。
(目一杯改造した体でコレ。ならこの人も!)
「それにしても掛かったな、チャンスは三回はあった」
「三回? 何が――」
話す隙を突いてキレンのルアーが飛んだ。だがガサナウベルはそれに気付き、何やら衝撃波でルアーを弾き飛ばし、ほとんどキレンの元へと押し返した。それから彼は晴己に急接近。全てが凝縮された時間。その一瞬で――彼がしたのは、足刀――!
晴己は飛び上がって避け、天井を蹴った。飛び掛かって会心の爪撃。
それを相手は避けた。
廊下への扉の前に彼。切られていない窓の前に晴己。
その時だ、ガサナウベルの背に、何かが突き刺さった。タタロニアンフィの剣だ。彼女はまた別の剣を構えてさえいる。
階段から、警戒しながら、ベージエラとキンが一階へ向かっていた。ベージエラは赤天石による数珠で防御結界を自身の後ろに張っている。キンは特大の冷気をお見舞いする準備をしていた。その気配にもガサナウベルは気付いた。
「くっくっく、いいね、実に準備が宜しい」
彼が剣を背から抜こうとしたが、抜けない。それはタタロニアンフィの操縦下にあった。
「ふ、どうやら分が悪いようだな。それなら俺は逃げるぞ」
だが彼の表情が変わった。焦りの色がみるみる広がる。
「まさか!」
彼はこう思っていた。
(何? 位置交換も……空間接続までもが使えない!)
タタロニアンフィはほくそ笑んだ。
そして。窮地にも拘らず彼は笑った。
「はは! しかしこれは想定できまい」
彼は自分に刺さった剣を消滅させた。どうやって――という思いがそれを見た者に生まれた。
晴己は警戒した。タタロニアンフィも。
ベージエラとキンもまた驚いた。
一瞬後、彼は裏口に向かった。
うるえは裏への唯一の通路に空気の壁を設置していた。逃げられはしない。キレンは触れたら眠らせるルアーを再び向かわせた、今度こそという速度で。
晴己も向かった。そして電流を飛ばした。
だが、ガサナウベルの姿は消えた。ただ消えた。
「一体何が」
うるえやキレンは顔を見合わせた。
空間接続をして解除した痕跡がある。移動先にまで行ったルアーはほぼ半分切り取られていた。晴己の雷撃はそれに中たっていた。
周囲にも目を配った。だが近所から何か怪しい音も無い。
(なぜ……)
晴己が、その、ガサナウベルが消えた廊下に目をやった。そして声にした。
「何だ? 何が……」
晴己は右手の甲を見た。『×空間接続』がいつの間にか『×掌型衝撃波』になっていた。そして数秒が経つと甲の文字が全て消えた。
「そうか、対象のすり替えか! くそっ……そんなのが。頭に無かった」
「封印の対象を変えられたの?」キレンが聞いた。
「多分。しかももう遠くへ行ったことで全て解けてる」
そう言った晴己に、タタロニアンフィが。
「じゃあ次があったら、その『対象すり替え』をまず封印すればいい、それが分かっただけでも一歩進んだのではないかしら」
彼が剣を消したのも、真実は単なる消滅ではなく、対象のすり替えで庭に移したということだった。その時、手の刻印も変わっていたのだ。
晴己は考えた。そして言葉にも。
「次があったら……その時は五つ、いや、六つでも封じる」
やれない感覚ではない。特にどうという事でもない晴己の表情、逃がしたことだけは悔いたその表情を見たベージエラは、また、開いた口を放置していた。
今どこに。
晴己は紙に念じた。その文字は、ガサナウベルが移動中だからか、滲んでよく読めなかった。
妖精の低年齢用の学校の体育館前にいる妖精王やその娘サウェラナを見付け、晴己達はそこへ駆け寄った。
「逃がしてしまったのだけれど、次は勝てるわ」
タタロニアンフィが、晴己を見ながらそう言った。
ただ、晴己は申し訳なさそうにはした。
タタロニアンフィは顔にも出さないが、そうでなくてもいいのにと思っていた。それから次の言葉を。
「そちらはどうなったのかしら。なぜここで?」
「ここに何かあるらしい」
とは妖精王が言った。
晴己は質問したくなった。
「ねえ。周囲は見たの? 壁とか、屋根の上とか」
晴己が指を差しながら示すと、氷手太一が――
「氷に乗って屋根に登った、王様も連れてだぜ、でも何もなかったよ。外周はみんなでもう見たしな」
と、最後は皆に同意を求め、
「な」
と、ジンカー・フレテミスが返した。
それからすぐ、尻尾の可愛らしい、白い服の、小さな少年少女達が出て行った。
「よし、空いたな」
不動和行の言葉を切っ掛けに、靴の砂を叩き払ってから入った。
辺りをよく見ていく――天井も壁も。
「あれは?」
中央部――屋根を支える梁と屋根そのものに挟まれた物体。縫い目の無いボール。
「よくあるヤツじゃん」
とは、富脇エリー愛花が言った。
「でも、それが原因の何かである可能性はあるわよね」
シャダ・ウンムグォンがそう言った。
そのボールを、杵塚花江が『物を操る』――念力そのものの力で、まず重力に逆らう動きをさせ、引っ掛かりを解いてから自身の手元へと引き寄せ、持った。
「ただのボール?」と彼女が問う。
「いや……ただのボールだ」妖精王が言った。
「いやって何」キンが思わずツッコんだ。
「本当に何も無いんですか? それ」大月ナオが聞いた。
「本当にただのボールです、ほかには……何もなさそう……ですわね」
と、サウェラナは残念そうにした。
「う~ん……」
シャダは首を捻った。似たような姿勢を立山太陽も。
「ここが……例えば……」それは羽拍友拓の声だった。「子供の力を吸って……それがどこかへ送られて、とか?」
「う~ん」太陽はまだ考えている。もしそうなら屋根そのものが、という事になるが――とも。
王は中央に立ち、上を見た。
「どうなんですか? 何かありそうですか?」
と、ナオが聞くと、王は、
「怪しい物は無い気がするが。嫌な気配もない。もしかしたらそんな気配などしない物かもしれないが」
と、予想を。それから数秒が経って――
「キレン」シャダが言った。「もう一回やってみて?」
キレンがルアーに念じ、原因があるならその場所まで導いてほしいと願うと――それは動き出した。
そして体育館を出た。
「え!」
と、愛花がまず声を上げた。
サウェラナは声に出さずに驚いた。
「原因が動いてる?」
目淵正則がそう言った瞬間、
「まさか……」
と、然賀火々末が呟いた。だからシャダはそれをなぜかと考え、同じく、
「まさか」
と。それは伝言ゲームのようだった。皆口々に、
「まさか!」
と声にした。
「そんな」
晴己はそう言って駆け出した。キレン、太一がそれに続き、そして全員が、それぞれ選びつつではあるが、各個辿れる能力者について行った。
音を抑えて早歩きで――晴己の紙、キレンのルアー、太一の氷を追い、一つの教室に行き着いた。廊下と教室の間の窓にぶつかっても動こうとする操作対象を、ひとまず、晴己とキレンは消した。太一は氷を消せなかった。彼の能力が『氷を出す』と『凍っている物を操る』だけだからだ。だからその辺にポイと捨てた。
「あの中の誰か……」
ドアにある透明な硝子の部分からチラリとだけ覗き、顔を引っ込めて太一がそう言った。
「人なのかな、本当に」シャダが言った。
キレンは無言。
「物かもしれなくはある」太陽がそう言った。「たとえば持たされたか付けられたか」
「そんなまさか」妖精王も信じ難いようだった。
そんな王の娘は次の段階の心配をした。
「意図している訳ではなさそう……ですよね?」
「でも物かもしれない。あ、とり憑いている何かかもしれませんよ、まだ分かりませんけど……」
そう言ったのは花江だった。
妖精王は進み出た。だが、それを王女サウェラナが止めた。
その時、晴己は紙に念じた。
(天使ガサナウベルが何かをした相手……この異変の原因となっている人物の名前は?)
すると、その紙に。浮かび上がった。
『妖精族の少年ムルツァギオ』
という事は、物である可能性はほぼなくなった。
妖精族の――少年。どう関わっているのか。
そこが謎だと思い、それを紙に問い掛けた。すると、その字の下に、
『少年の心や体が傷付いた時、その負が発散され妖魔やその力となる。本人は気付いていない。』
と浮かび上がった。異変は確実にその少年由来。
じゃあ――と晴己は考えた。
(あれだけの量、危険性、それだけのモノが生まれるほどに……その子は……)
晴己は、そんな事があっていいのかと考え、そしてその紙を皆に見せた。
その紙を取り、ベージエラが、
「私に任せて」
と、前のドアをノックし、スライドさせ開けた。
ドアは閉じられた。そして中から声が聞こえる。
「ムルツァギオくん、ちょっと来てくれる? あ、先生すみません。私、天使でして、この度のことで色んな方にお話を聞いているんですが、彼にもと」
「えー!」
「天使! 翼!」
教室内がざわついた。廊下でも正則が目を見開き、
「翼だと?」
と耳を澄ませた。何か音はあるのかどうなのか。
今は誰もドアの小窓から中を覗いていない。授業の邪魔をしても悪いからという配慮からだった。だから見ておらず、愛花も、
「え、見たい」
と。対して、火々末が、
「しっ」
と言いつつ人差し指を口の前へ。しかし天使の翼を見たことは無いから彼らの興味も当然。火々末も漏れず。
(そりゃ見たいけど私も)
そんな中、教師の声が聞こえてくる。
「はあ……そういう事なら。さあ、ムルツァギオ」
「は、はい」
「何だよ一人だけ、サボれてズルいぞー」
「そんな事言うな、むしろ彼は勉強したがってる方だろ」
「何があったのか、あとで言えよ! ずりぃぞホントに」
「う、うん」
そして出てきた。意味深な切ない表情の、もう翼を仕舞ったベージエラと、尻尾のある少年。
(残念、翼を見たかった)
と何人かは思った。
少年は、緑色のサラサラな髪が魅力的で、そして……半袖から先の右前腕と、右頬と、額に、切り傷を縫った大きな痕を携えている。
そんな彼は、集団を見てまずはぎょっとした。
「それ」
と、ビカクが言うと、ムルツァギオは、
「ああ、えっと……ここにも」
と、ズボンの裾を上げた。右脚――脛にもある。
「僕、硝子の上に落ちたことがあって。数か月前に……」そこで彼は意味深な顔をした。「あは、僕、ドジで。ホントに僕が、ダメだから。…………あ、あの。それで、僕に何なんですか?」
そこでシャダが言った。
「とりあえず広い所に。あ、私達は味方……今回の妖精の国の騒動を解決しようとしてるの。あなたの周りで何かあったみたいで、それをちょっとした能力で、少し調べるだけよ」
少年は緊張していたが、その表情が和らいだ。それを見た者も。
「よし、では、ここでは何だ、別の所へ」
と、タタロニアンフィが携帯ランプを。またさっきと同じように、ランプから水色の光の幕が下り、その向こうに見える場所へ、転移する。
その様を教室からこっそり覗いていた者がいた。少女だった。
少女は思った。
(助けてあげてね。絶対だよ)
草原に移った。ちらりと塔のような物が見える。
「城の近くね」とサウェラナが言った。
そこで、さあどうする、という話になった。
「こんなのどうすればいいか。与羽根の宿っている感じでもないし。そうだったらあの手拭いが使えたんだけど」
とベージエラが言った。彼女ですら分からない。
それは誰にとっても聞いておきたい事だった。何か完璧な方法が既にあるならその方がいいと、シャダや太陽、うるえは考えていた。彼を助けたいと考えたのはそこにいる全員。全員が全員どうすればいいのかと頭を悩ませる。
そこでシャダが。
「『を』の紙でどうにかできないかな。天使ガサナウベルとかいうのも、何かしたワケでしょ、あの子に。何かできそうな気がするわよね?」
「あー、そうそう、僕もそれを考えてみたんだ」
と、晴己が、少年に背を向け、少年に聞こえないように、皆に向けて案を言葉にし始めた。
「自動的な能力だとは考えられるよね、で……『相手の能力を消す能力』ってできないかなって、さっき試してみたんだけど、『を』の紙に文字が浮かび上がらなくて。そもそも使っても、念じてる間だけだったり時間制限があったりしそうで……、永久にっていう意味で念じてたから無理だったのかも」
「そっか……」
晴己もだが、シャダも残念がった。
その時だ。
「そうだ!」由絵が人差し指を立てた。「能力封じのシール! 私とナオが貼られたのがあれば!」
「マーシェルさんね!」ナオが言った。「でもあれは独自の物かもしれないし……」
「あー……そういうのでいいのなら、確か妖人界にもあるわよ」
とは、タタロニアンフィが言った。
「え! じゃあ――」由絵は希望の顔を。
「私にお任せあれ」
タタロニアンフィは晴己にそう言うと、一旦、妖宮へ移動した。さっきのランプでだ。
神聖呪具の倉庫の前に来ると、番の男性がこう言った。
「ああ、多口さん?」
「タタロニアンフィです! 私は妖神の子の一人ですよ?」
「ああ、憶えてなくて、すみません」
「まったく、あちらの文字で間違えた時の読み方でしょう、なぜそのまま憶えちゃうのかしら?」
というやり取りがあってから、
「ところで、封じの指輪はどこかしら?」
と、彼女は問い質した。
「これで大丈夫」
戻ってきたタタロニアンフィのその手には銀色基調の指輪が。彼女はそれをムルツァギオに差し出した。そして。
「これを嵌めてみて」
「あ、はあ……」
彼がそれを嵌めると、温かい光が一度だけ淡く放たれ、すぐに消えた。
「変な感じがしたりするかしら?」
タタロニアンフィが問うと、ムルツァギオは首を横に振った。
「いえ」
「さっきの話、もしかして聞いてた?」
由絵が聞いた。すると。
「え? ううん。全然」何かを勘繰った様子もない。
これで万事解決――と喜んだ者もいたが、晴己は違った。晴己はムルツァギオに聞こえないように声にした。
「問題は別の所にもあるよ。傷付ける何かがあの子に近過ぎる、多過ぎることだよ」
場がしんとした。
そこで、サウェラナが進み出た。
「ムルツァギオ。あなたはどこにお住まい?」
「えっと、その……孤児院に。親は……いなくて。えっと、傷は、その理由とかじゃないんです。こ、この傷は、ただ僕が……な、生意気だから。だから……僕が、そ、そういう所に突き落とされるような奴だから、だから僕が悪くて――」
「ムルツァギオ」
サウェラナはそう言って、膝を突いてドレスを汚しながら、彼の右頬に触れた。優しく触れた。そして。
「あなたは王宮に来なさい。あなたを私が守ります。私達が。何が欲しかろうと与えます。それがあなたを守るもの、正しいものである限り。あなたを守ります。だからあなたも誰かを守る人になる、私は信じています」
ムルツァギオは、唇を、甘く、だが深く噛んだ。その目にみるみる涙が溜まった。
「そんな風に、言ってくれた人、いなかった。今まで、いなかった……!」
「これからは違います」
妖精王は、その選択でいいのならと、そう言った娘を誇りに思うことだろう――と、タタロニアンフィは彼を見定めた。だから彼らに背を向けた。もうこの件は終わりのようなものだと思いながら。
「ムルツァギオは――王宮で教育を受けさせます」
サウェラナがそう言って、王は、
「教育係の手配だ、事情も伝えねばな」
と言い、そして、
「いいですね?」
と、タタロニアンフィに確かめた。
「……では、先にそれをしましょうか」
そう軽く言ったタタロニアンフィの携帯ランプによって、その場にいた全員が城へ移動した。
ムルツァギオとサウェラナとその父を見送って、残された者を前に、タタロニアンフィが――
「さて。あとは退治です」
「それは任せて!」太一が言った。
そこで、シャダが挙手し注目を集めた。
「でも一つ相談」
「相談? 何?」
晴己がそう問うと、シャダが。
「私、自分で戦う力は無いの。でも、もしもの事があったら……って、最近思い知らされてる。私も欲しいの」
「俺も」と、温地美仁も。
その場に、ジンカーと太陽も進み出た。
「分かった」
晴己は『を』の紙を召喚し、それぞれの望む力を聞き文字を浮かび上がらせると、彼らの手首に与羽根のマークを追加させ、そこへ、順番に対応するように祈った。
『ハナやその要素を出し操る』シャダの新しい力。羽根には27-3に見える天の字。落ち着くために花自体やその香りに頼ることが元々あった、彼女は戦うならそれと共に戦いたいと思ったのだった。ついでに誰かとの連携を考えた。
『湯の出るホースを出し操る』美仁の新しい力。手首外側、二つ目の羽根の上に27-4。温度を下げれば園彦とかぶるが、元々ある『水温を変化させる』との使い勝手を彼は考えた。しかも一粒で二度美味しい構造。
『砂を出し操る』ジンカーの新しい力。羽根の上に27-5の刻印。キレンや太一、園彦のような人員が多ければと彼は考えた。そして砂は柔軟性がありそうだとも。
『天力を武器の形にして放つ』太陽の新しい力。順当に27-6。音で攻撃できる彼だったが、聴覚が無い相手がいたらと思ったのだった。
「それじゃあ」
事も無げに晴己がそう言うと、タタロニアンフィがまた携帯ランプを動かし、その底からまた水色の光の幕を生じさせた。そして彼女の胸中には、
(なんて素晴らしい。ふふ、ふふふ……)
と、何やら思惑があった。
転移した先は森の近くだった。
目の前に杖兵がいる、彼の方へタタロニアンフィが歩を進めた。
「そこのあなた、今退治を行なっている皆を呼びなさい」
「は、はいっ」と言ってから、杖兵は腰に差した何やら紙を丸め、スピーカーにし、小声で。「オフィアーナ様、恵力学園の皆様、お戻りください」
それは呼ぶものらしい。もしくは、そこまで言えば呼ぶものとなるのか。そんな理解をした者もいる彼らの元へ、残りの皆が現れた。ジャミオもだ。
「ジャミオさん」ベージエラが率先した。「妖精王さんと王女は、城に戻ってます、ジャミオさんはそちらに行くといいかも。事情も聞いてあげてください」
「そうですか。報告ありがとうございます。戻って来ないかもしれませんが宜しいですか?」
タタロニアンフィは、
「宜しくてよ?」
と。
「行ってきます」と言い、ジャミオは瞬時にここから消えた。
杖兵に呼ばれて現れたオフィアーナは、この時にはタタロニアンフィの隣にいた。
「さて」オフィアーナが皆に向けて言う。「これから殲滅活動をします。あなた方なら大丈夫でしょう。休憩したい方も言って頂ければ。タタロニアンフィ様も、いいですか?」
「構いませんよ?」
そこで、うるえが挙手し声を。
「少し時間を」
それは天力の気配の消し方を全員で共有したいからだった。
オフィアーナは、迷わないための基準点を示す帯を持っていない者に渡した。その使い方を、知っている者は知らない者に教えた。
準備が整う。そして。
自身達の力を強めた彼らは、あっさりと殲滅したのだった。
「城で、一泊のお礼をさせてください」
報告に行くと、サウェラナがそう言った。
宴会が開かれ、感謝が示された。サウェラナがいつか言ったように、店がそうなら城のはもっとそうだろうと――その想像以上に、料理に力が入っていた。
寝床も用意された。
その夜。
晴己は窓から暗い外を眺めつつ、紙に念じた。滲んだ文字。天使ガサナウベルはどこなのか。
そう思う彼の背後に、隠れるように、タタロニアンフィがいた。
誰にも聞こえない声で、彼女は――
「手にしたい。ああ、手にしたい……。いつもそばに……」
切なる欲望を言葉にした。
眠れない者が、広い廊下の窓辺にちらほら居る。
タタロニアンフィが去ったあと、晴己は歩き出した。最近彼が気になっていた女性。花肌キレン。よく近くにいて、その笑顔に彼は癒されることもあった。そんな彼女もまた、すぐそこの窓辺に居る。
晴己は思った。
――想いは……言っておかないとな。何があるか。でも……言い難いな、こういうのって。
故に、晴己は、近付き、まずは一言。
「やあ」
「あ、ハルちゃん。あ、この呼び方、嫌?」
「ううん。寧ろ好き」
「よかった」
風に揺れるキレンの髪は、ほとんどが染めた水色で、夜によく映えている。
横から見た晴己は、少しだけ見詰めてから、外に目を向けた。
暫くは間があった。晴己は思っていた、
(そ、そちらからも、言葉、来ないな……)
と。そしてキレンは思っていた、
(な、なんでハルちゃんから、声、掛けてくれたんだろ……)
と。
見ている者が居た。数人。その男女のうち数人は口の前に人差し指を出し、ニヤニヤと見守っていた。まあ、それ以外の男女には複雑な顔をする者も居たが。
晴己は、緊張の中で自分から行こうと決めた。
「あー、その……じゃあさ、僕からは何て呼べばいいかな、その……どんな呼び名がいいのかな……あ、これ二回聞いちゃっ……あ、いや、意味は微妙に違うよね?」
「あはは、えーっとね……そうね……キ、キレン、っていうのが、いいかな」
「じゃ、じゃあ……ねえ、キレン」
「ん、う、ん……何?」
「……キレンの、趣味は?」
「あれ? なんか……あれ? これお見合いみたい?」
「……あはは、そうだね」
晴己は首を傾げるようにし、手を口元にやって笑った。その顔に、妖人界の巨大過ぎる夜月の光が差す。
キレンはその様を見て、じっとそれだけを見ていてもいいと思った。
キレンの優しい能力と、戦う様を、その態度を、晴己は、ズガンダーフが前面に出ていた時にも見ていた。
晴己の悔やむ姿、一喜一憂、笑顔、誰かのために戦い、涙を流し、透き通った硝子のように切なく戦う彼を、キレンは見ていた。
二人は、互いに、そんな風に見ていることを言わなかった。
ただ、別室では、タタロニアンフィが笑う。
「どうしようかしら……?」
そしてとある空間では――
「ふふ。それで終わればいいがな……」
一人の男が、床に空いた穴の先の別空間を、見下ろしていた。




