26 誰かを探す。誰を探す?
「何か人の意思なしにこうなっているとは思えない。何かこの中にある、いや、いるわねきっと。だからあなたも壁を立てたのでしょう?」
「きっと外の者をも守ろうとしたのだわ! そうですわよね!」
妖精国の王女サウェラナは、妖神の娘タタロニアンフィの言葉を受け、王にそう言った。
妖精の王がそれについて話し始めた。
「一応はそういう事だ。そしてここで何かを企んでいる者がいるとするなら、そんな者が遠くへ逃げられる手段を狭められたらと思ったのだ、我が能力と仕掛けによる壁でな」
この妖精の国で何かが蠢いている? そんな事をサウェラナは信じられなかった。
「蠢いているとするなら、それはきっと外だわ、外の何かです」
サウェラナが、ベージエラやここにいる皆に向け、主にタタロニアンフィに向けて言った。
それはきっと謎を解決してほしいが故の、自らもそのゴールに向かいたいがための言葉。
「けれど用意が良過ぎるのでは?」タタロニアンフィが言った。「囲い切る壁。まるで以前から用意していたかのように。本当に何も隠してはいない?」
「関与することを隠してはおりませぬよ」
誰にでも――ということを王は言い出しそうだった。
協力を仰がれて妖精の国に来た恵力学園の異能者達は、今はここに半数しかいない――そのうちシャダ・ウンムグォンが声を上げた。
「前例は無いんですか? 青い筈の妖魔が青紫になってこんな風に――よく分からない大量出現をしたようなことは」
「……そんな前例は無い」
残念そうに、静かに、タタロニアンフィがそう言った。
シャダの言葉は続いた。
「何か怪しい者が妖精にいるのなら調べればいいし、それは内外共にです。最近何か不思議なことは内外で起こりませんでしたか? たとえば――今までよく見た人を見なくなったとか、逆に見なかった者がよく見られるようになったとか」
「ううむ……」
王が考え頭を振る度に、その尻尾も動く。それを花肌キレンは、こんな時だが、可愛いと思って見ていた。
「何かの影響を受けたのであればその何かを断つ」妖神の娘タタロニアンフィが言い始めた。「誰かがやっているのであればその者を探す、恐らくその場合は妖精」
「妖人や妖使の可能性も」
とは妖精王の娘サウェラナ。
「妖使は考慮に入れるけれど妖人は無視しましょう」
「なぜ」とサウェラナが聞くと。
「何の力もない者には無理だからよ」
「これは異変ですよ、前例がないほどの。そうなんでしょう?」とは、立山太陽が言った。
「……まあ、そうね……、そうか、そうだわね、仕方ない」
何度も納得してから意見を受け入れたタタロニアンフィは、調査対象を増やそうとする発言をしようとしたのだろう、だが、そこで、シャダが思い付き声を上げた。
「そうだ、物を操る能力の者……特に対象物を限定している人なら、原因を探す、っていう占い的なことはできるかもしれない、前にハルちゃんがやったっていう話だった」
そこで、速水園彦が前に出てくると。
「俺、やってみる」
園彦が念じて生じた水が、彼の前に浮く。それが――ふよふよと動き出した。
「おお!」とサウェラナが。
「そんな力が」
タタロニアンフィが、人間界の者に宿った特異な能力を――恐らくは羨ましがった――とシャダは感じた。
花肌キレンと氷手太一も、それぞれ、操る対象を無から生み出し、それに念じてみた。キレンは触れたら眠るルアーを、太一は拳大の氷を。キレンは一応、
「触れないでね」
と言いながら。
二人とも時間は掛かったが、それらも同じ方向へ動いた。
「そっちだな、どうやら確からしい」王が言った。
「ですね」シャダは、そう返してから。「キレンと太一は園彦が疲れた時に備えて待機」
「了解!」とは太一が元気に。
「ん」キレンは一音だけ。
浮遊する水を一同は追った。
妖精の国を囲うのは森だけではない。この件に犯人がいるならその者を逃がすまいと王が能力と何かの仕掛けとで立てた巨大過ぎる壁の数々もあるがそれだけでもない。ぐるりと囲むように流れる川もだ。
かなりの時間を掛けて走り回り妖魔を退治し続けた。そして川や壁を横目に、形快晴己は気になって調べようとした。
『かみをあやつる』にて、紙を召喚、それを動かして占うのではなく目的の場所や人の名前が文字で浮かび上がらないかと念じたのだった。今回で言えばそれは原因や犯人の類。
すると、こう浮かび上がった。
『天使ガサナウベル』
晴己は信じられなかった。目を疑った。何度見てもそうある。そして思った。
(どういう事なんだろ。これは妖精、妖人界のことで――なんで――。でも説明によると天界はここにも通じてる……。でも)
考えるのは今ではないと気付いてすぐ、晴己は再び念じた。『それはどこに存在するのか』と。さっきの字の下に追加される。
『天界、ジェルサス県デプラポネオ市ニニゲニア区神畑35丁目1-18』
晴己は同行する班に紙を見せ、話した。
「これを見て」
「何だこれ。これが原因? この人が?」
見状嘉烈が問うのは信じられないからで――当然の感情だと晴己も感じた。自分達の代理担任と同じ天使がこんな事の原因だとしたら。それはとんでもない事なのではと。
肯いてから、晴己は、
「教えなきゃ」
と言って走り出し、そして、
「あ、おい!」
という淡出硝介の声を耳にした。
「僕は伝えてくる!」
「待って!」阿来ペイリーが言った。「俺に、もう一つ力をくれない? 直す一辺倒の能力だけだと晴己が抜けたらきつくて。俺も、もっと戦えた方が……いいし」
「……そっか」
晴己は『を』の紙を召喚した。
「どういうのがいいの?」
「じゃあ……光線……爆破光線を放つ、で」
晴己が念じると、『を』の紙に『爆破光線 放つ』の文字が浮かんだ。
晴己の能力『肉体を改造する』にて、ペイリーの手首に羽根の刻印が増えた。これがまるで与羽根の儀式。晴己はそれができてしまう。そして紙とペイリーのその手首に晴己が祈ると、白い光がペイリーの腕に。恐らく羽根の刻印には、27-1に見えなくもない天の字が。
発動成功を確認すると、
「じゃ、僕は行くね」
と、晴己は、一人で森を走り始めた。『肉体を改造する』という力により尋常ではない速度。恐らく高速道路の車くらいには速い。枝に傷付けられたり転んだりしながらもぐんぐん加速して走る。
「あ。もういいや」
晴己は徐々に速度を落とし、歩くのをすらやめ、『を』の紙を召喚した。
「こうすりゃいいや」
それに文字を浮かび上がらせた。
『会いたい者の前へと瞬間移動をする』
そこで少し首を捻った。
(驚かすのも悪いか――もしもの場合も考えると後ろがいいか。会いに行って反射的に――もそうだけど、既に前に敵がいて攻撃しようとしてるかもしれないし)
『会いたい者の後ろへと瞬間移動をする』
浮かんだ文字が変わってから、晴己は祈った。白く光り、そしてそれが自分の腕へ。新たな力。腕まくりをして見てみた。羽根の上に27-2。
「あの人――オフィアーナさんの所へ!」
袖を直し、強く念じた。するとその背後へ。
周囲には妖魔がいた。晴己は手で薙ぐ。二体同時に切断した。
「何! 誰!」オフィアーナが警戒心を込めて振り向いた。「ってあなた――」オフィアーナはブレザー姿を見て味方だとは思った。その程度の認識。
晴己はそう言ったオフィアーナに。
「あの。これを見てください。原因を探ろうとしたんです。そしたらこんな文字が浮かび上がって――」
差し出された紙を見たオフィアーナは、目を丸くした。
「その人が今どこに居るかを紙に尋ねたらこう――」
「そ、そんな……! そんな事が……? だ、だとしても。じゃあ、天界からここでの事を引き起こして? そんなのありえない」
オフィアーナのその言葉を受けた交苺官三郎が、
「確かに」
と声を。そして続けた。
「今も異変は続いている訳で。だとすると、原因はそうだけど何かを置いていった、みたいな?」
晴己は考え、そして。
「ひとまず僕は天前先生の所へ移動します」
園彦が水に問い掛け、そして動き出したその先へ……向かう途中。サウェラナは場が和む話をしようとした。
「妖人界はいい所よ。まあどの界もいい所でしょうけど。……今じゃなければね。いい所なのよ」
「……」
流石にふざける者はいなかった。
サラウェナは言葉選びに失敗したと痛感した。そこへ、大月ナオがしんとした空気を壊そうと。
「いつか楽しんでみたいな!」
「……ふふ、そうね」サウェラナは心を軽くした。「お花がいいわよ、それと祭りも。景色もいいし、お肉のイメージは余りないかもしれないけれど多いのよ、野菜や果物の方が多いけれど」
「もしかして、屋台とかお花見の話?」
然賀火々末が食い付いた。
「え? ふふ、そう――そうね、そんな事もあるわね、素晴らしいお店が多いわよ」
賑やかで陽気なイメージが頭に浮かぶ。ただ、そこが今は危ぶまれている。守ってやりたいと思う一行だった。
そして、浮遊移動する水が止まった。
「俺はもう疲れた。頼む」
太一が氷を生み出し、それに原因の場所へ誘ってくれと頼む。今度は氷を追い掛け始めた。
ある時、それもまた止まった。そこで太一は氷を消して。
「ここだ」
そこは妖精の世界の小学校のような……そのくらいの歳の子の運動する姿が見える所だった。木製の校舎。その一部がトンネル。その向こうにある運動場が見える。
そしてそんな時。ベージエラの背後から声が。
「先生!」
振り返ったベージエラは、晴己の姿を目にし、目を白黒とさせた。彼の体から発せられる天力の圧が明らかに増えている。増えた能力の分だけ――使った分だけ鍛練にもなり――妖人界での事だけで顕著に。ベージエラはつい晴己を指差した。
「あ、あ、あ……! あなたまた何かやったでしょ!」
晴己は新しい与羽根の宿った左腕に――肘辺りに手を添えた。
「ここに、一つまた追加しちゃいました。でもまあそんな事より」
「そんな事……」
限界など無いのか、というのは晴己も思ったことだった。そして、だが同時に以前よりは気持ちが軽いということも晴己は感じていた。鬱々とはしていない。まるで天使だけれど自分は自分、今の晴己は自己認識をそこで止めることができている。訳の分からない力が自分の中にある感が無くなり、戦い方に迷いが無くなっていた。
「これ、文字を浮かび上がらせたら出たんです。原因と、その人の居場所。先生。案内してください」
「ちょっと待ってくれよ」
とは、立山太陽が声を上げた。
「俺達も原因を探ってるトコなんだぜ、それはこの辺だっていうのが、速水と氷手の操作能力の占いで分かったんだ。この辺だぞ?……それ、どういう事なんだ?」
「多分――」晴己は言った。「原因のそのまた原因がその天使ガサナウベルで――この辺にあるのは直接的な何かなんだよきっと」
すると、それを聞いた王が。
「なるほど……ではその両方に対処すればよい」
「本当にそう思っていますか?」
妖神の娘タタロニアンフィは妖精王の真意を探った。
「本当ですよ」
王のその目にも迷いは無い。
タタロニアンフィは微笑んだ。
「それにしてもそちら――素敵な人ね、力も溢れるほど。元を辿っていましたが……更にその元を辿れるなら、私も向かいたい。そしてあなたを見定めてみたい。同行しても?」
「じゃあお願いします」
晴己がそう言うと、
「え。じゃあ私も」
と、花肌キレンが言った、そして晴己とベージエラの元へ近付いた。
晴己は、
「ありがたいよ、眠らせる力は大きいよね、いいのなら行こう」
と。そこで、今屋村キンが、
「俺も。一瞬油断させるなんてことも必要かもしれないし」
と言ったすぐあと、木江良うるえも歩いて近付いた。
「私も」
そこでの事は恵力学園一年五組の半数のうち残った者と妖精王とその娘で大丈夫だとタタロニアンフィは考え、晴己、ベージエラ、キレン、キン、うるえの所へと足を運んだ。
そのメンバーを前に、ベージエラがドアフレームの折り紙をし、それを、歩道に敷いた灰色のシートの中央に乗せた。
ベージエラが念じると、そこに天界への扉が出来上がる。
「さあ」
そして向かった先はどこかの屋上だった。そこで、また住所を確認。そこへ、翼の生えた四角い箱の乗り物で向かった。
着くまでの間、ベージエラが、晴己、キレン、うるえ、キンに対し、天力の気配の消し方を教えた。晴己は気付かれそうだったからだ。教えてすぐに晴己以外の圧がほぼ無になる。晴己も遅れて。時間が掛かったのは力が大きいからだった。
タタロニアンフィの場合は妖力だが、彼女はその圧を消すことができていた。
全員の圧の様子を確認してから、ベージエラが、
「大抵はこれで気付かれない」
と、安心を顔でも示した。
翼のある箱を、とあるポートらしき場所で降り、そこから少し歩いた。
ジェルサス県デプラポネオ市ニニゲニア区神畑35丁目1-18。そこは土壁を主とした伝統的な所。紙の文字は変わらないだろうかと晴己は念じたが、変わらなかった。今もそこに――彼はそう信じた。
「あの建物ってことになるわ」
ベージエラがそう言ったのは、中々丈夫そうな一軒家のこと。人間界で言うとモダンなコンクリートや大きくて割れ難そうな硝子、高品質な暖房機能が付いていそうな家。周囲と同じ土壁の雰囲気を残してはいる。
それをちらりと見てから一緒にいる皆の方を向き、タタロニアンフィが口を開いた。
「では四方から突撃、逃げられないようにすること、捕まえることを優先する」
「その前に相手の能力を――」
ベージエラがそう言ったので、晴己は。
「じゃあ僕が封印します」
「え?」ベージエラの声。
「ああ、言ってなかったけど、闇界でジャンズーロの変化した巨大闇這を倒した時に身に着けたんです、封印。ジャンズーロがもう厄介な能力ばかりで――」
「あ、あなた今幾つ能力を持ってるの?」
ベージエラが真顔で晴己に聞いた。
「え、えっと……」
晴己は頭の中で指折り数えた。『を』の紙に書いたあの文字も思い出しながら。
『肉体を改造する』
『かみをあやつる』
『どんな物をも切断する』
『特殊能力を封印する』
『会いたい者の後ろへと瞬間移動をする』
そして晴己は言った。
「五個です」
彼はこうも思った。
(雷打は『肉体を改造する』の究極技の一つみたいな感じだしなあ……)
そこで、ベージエラは口をあんぐりと開けた。
「やっぱりおかしい。そこまでできた人は歴史上一人もいない。そんなんじゃ、まるで……まるで……!」
「もうその話はやめませんか、僕は僕です」
晴己のその様を見て、キレンは薄く微笑んだ。
そして、もう一人、驚いた者がいた。タタロニアンフィだ。
「もしかして、あなた、男なの?」
「え? ああ、僕は……自分がこういう容姿だと自分らしくてしっくり来ると思ってるだけの……男ですよ」
ボーっとしたタタロニアンフィの口から本音が漏れた。
「へぇ……ふぅん……」
それは誰にも聞こえなかった。タタロニアンフィはこっそりと微笑んだ。
微笑みとはすれ違ったが、キレンは警戒した。
「そんな事より封印対象です。瞬間移動、空間接続、透明化――」晴己はまた指を折って数えた。「この三つは封印したいですよね。特に透明化以外だけでも」
「そうね。もし似た力があれば、それもだけれど。やれるのかしら?」
とは、タタロニアンフィがじっと見ながら聞いた。
「ええ、できます」
「ふ」タタロニアンフィが抑えて笑った。
「じゃあ、作戦的には――」
綿密に練り、それから、裏口、玄関、一階の窓の横や二階の窓の横などの位置に、各個着いた。
妖精の国の木の香りが素晴らしい学校を見て回る。こんな風情を残しつつ妖精や妖人、妖使、妖神の能力がありながらも高度発展もした――恐らくそういう事なのだろうとシャダは考えた。そんな、硝子や鉄筋コンクリートを組み込んだ建物も周囲にあるように見えたからだ。
異質な青紫の妖魔の誕生に寄与した何かがある、その正確な場所を、太一が、再び生み出した氷へと強く念じたが故の浮遊移動から割り出した。
「あそこだ」
体育館らしき場所。尻尾のある子供達がそこには大勢。
「退くまで待つか」
不動和行がそう言った。それに対し、火々末が、
「そうね」
と、言って近くの段差に座り込んだ。辺りの空気はいい。それを吸って、彼女は、人間界とそんなに違わないなと考えた。
(何があるというのか)
と、妖精王は思慮。子供の近くに危険な香り。思慮せぬ訳が無い。




