表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/90

15 三十二人対三十二人。一人目。

 黒とグレー系のタイル壁、同じく黒とグレー系のレンガ敷きの床、そんな直方形の部屋の中央部には、椅子が並んでいた。何人かはそこに座っていて――

『1』

 と、呪いの字の如く白く浮き出た黒壁の下の透明なドアを、誰が通るかを、そこの皆は話し合った。

「弱い奴から行くか? 色々経験したからな、この中でそこまでじゃなくても相手よりは強いかもしれないぞ」

 淡出(あわで)硝介(しょうすけ)がそう言うと、不動(ふどう)和行(かずゆき)が。

「俺が行く」

「ちょっと待って」

 止めたのはアスレアだった。

「いくら何でも寝間着じゃぁね」

 和行を含む、最後に見回りをしていない者のうち、急な動きに不向きな格好をした者の服は、アスレアが念じることで変わった。計九人。不動和行、ジンカー・フレテミス、富脇(とみわき)エリー愛花(あいか)花肌(はなはだ)キレン、速水(はやみ)園彦(そのひこ)目淵(まぶち)正則(ただのり)然賀(ねんが)火々末(ひびすえ)木江良(きえら)うるえ、そしてアスレア自身。九人は体によくフィットした深い黒のトレーニングウェアらしき姿に。吸着力の強い靴も。

 それにしても――とアスレアは思った。

「ここ、闇界(あんかい)よ、人間界じゃない、空気が私に合ってる」

 そこで、ジンカー・フレテミスが、

「じゃあ、あれは誰か、もしかしたら分かるのか?」

 と、金髪を揺らしてアスレアに顔を向けた。

「あれ……って?」

「ほら、あれ」

 と、ジンカーが示したのは――形快(かたがい)晴己(はるき)も、林田(はやしだ)ビカクも、遠見(えんみ)大志(だいし)も、同じようなタイミングで気付いた存在――戦闘用広場を囲う黒い壁の上にある観覧席らしき椅子達の上の方……に座っている大男だった。

 大志(だいし)は見た時からそれが誰なのかを分かった。

 遠くを見る能力は視覚的に本人さえ居れば使える能力らしい、だから『彼ら』は使えた。

 ほかの者は遠目では分からなかった――アスレアを除いて。まあ、遠目で見覚えがあると思えた者はいささかいたが。

「――! ジャンズーロ様! なんで……!」

「じゃああいつが黒幕」

 と温地(ぬくち)美仁(よしひと)が言うと、声がした。

「お前達は、ここでのことを誰にも言うことはできない。勿論、私がやったのだと証言することもな。なぜなら、ここでの記憶を抹消するからだ」

 それはもう肉声だった。ジャンズーロ本人の声。

 アスレアは驚愕した。彼のここでの言動すべてを受け入れ難かったからだ。

 この時、時沢(ときさわ)ルイは複数回試していたが、外と空間を繋ぐことは一度もできなかった。そして晴己に問い掛けた。

「神様を呼ぶのは無理?」

「……神様、来て」

 晴己は念じた。が、来なかった。

「届いてないみたい。さっきからこうなんだ……」

「すぐそこと繋げることはできるのにね」

 と、ルイは言った。すぐ後ろの壁をすぐ隣の壁にルイが繋げることはできた。ジャンズーロの話は本当だった。その部屋の中で完結する能力は使える。だが外へは働き掛けられない。つまり本当に誰も外から呼べないし、外へ出られない。広場へ能力を使えるのは広場に入った者だけ。皆この時にやっと諦めるように理解した――隙を探したいという気持ちはあったからだ。

 この有無を言わさぬジャンズーロの実験に、彼自身、条件を足してきた。

「あと十秒で始める。誰も入らなければランダムに誰かを殺す」

 さっきの文言通り、和行がドア横の台にある首輪を着け、ドアを開けた。

 彼が入り、ドアを閉めると、それからガチャリと音が。相手も一人。一対一。もう誰も入れない。

 皆、見守った。

 そんな中、和行は、ドアからすぐの数段だけある階段を上がった。

 上がり切った時、広場の景色が変わった――まるで、荒廃した建物が中央にあるどこかの戦場でも切り取ってここに置いたように。

「一対一が始まる度に戦闘場のコンセプトを変える」ジャンズーロの声だ。「存分に発揮してほしいからな、発揮できる場へと変える。そして変化を合図とする。さあやれ」

 そして和行は建物の壁へと急いで近付いた。そしてそれを背に、角へ行く度に壁の向こうを、顔の半分だけを出して確認。

 ある時、敵と目が合った。敵も同じことをしていた。

 そして、和行は知った。

(ブレザー! 人間界の人――っ?)

 闇界(あんかい)の人間かもしれないが和行にとってその可能性は無視できなかった。

 人を殺さなければならないのかという一瞬の油断を和行が見せると、敵は瞬時に彼に近付いた。そして敵の手が、拳となり、和行の頬に命中――

 和行はほんの数歩分を転がった。

 そしてその敵――少年が、自身の黒い髪を血の付いた手で掻き上げ、和行の胸へ、拳を振り下ろした。

 残りの者がいる部屋の大画面に映し出される。顔の半分がえぐれた和行。胸元はアップの外ではあったが。

「いやああああ!」

 木江良(きえら)うるえ、海凪(うみなぎ)(むぎ)らの悲鳴。

 首輪が台に戻ってきた。和行は恐らく医務室。もしかしたら死んでいる。

 悟った氷手(ひで)太一(たいち)が叫んだ。

「こんなのやってられない! くそ! くそぉ! なあ形快(かたがい)! 俺に力をくれ! 肉体改造で与羽根(アタエバネ)を!」

 必死な太一に、涙目で、晴己は念じた。できるのだろうかと思いながら。できなければ人がもっと……――そんなのは嫌だと思いながら。

 船の上では『を』の紙を召喚しただけだった。ここでは作らなければならない。力が外に行かないからだ。無から作る必要がある。

 できろと、晴己は念じた。長く念じた。そして。

『を』の紙が手に。作り出せた。晴己の目が更に潤む。

(よかった、よかった……!)

 彼がそう強く思ったところへ、誰かが何かを差し出した。ペンだ。

 杵塚(きねづか)花江(はなえ)は転移の際にペンを持っていた。そのペンと手。

 太一は二人からそれぞれ受け取り、しばらく悩み、『を』の紙に書いた。

『凍っている物を操る』

 晴己が念じると太一の手首に羽根が新たに刻まれる。晴己が祈り、書かれた紙が光となって太一に宿る。

「よし。これなら水分だけじゃない、色々できる! 生きてやる!」

「私も」

 更上(さらがみ)磨土(まつち)が進み出た。

『土を操る』それも宿る。

 花肌(はなはだ)キレンも願い出た。

 ただ、キレンはまだ決め兼ねていた。

 そして、ドアの上の黒壁の、白い呪いのような文字が、変わった。


『2』


「次は誰が出る……? 誰が死闘をするんだ」

 太一が言った。そこで、

「私、治療室に行ってくる!」

 と、大月(おおづき)ナオが治療室へと向かった。

 そこには寝台が三つほどあった。そのうちの一つに、傷付いた姿で横たわり動かない和行の姿が。

「不動くん!」

 彼の傷をナオが治した。だが彼は動かなかった。

「どうして……」

 彼の胸に手を当てたナオは、疑問に思った。

「そんな……なんで」

 彼の心臓は動いていた。息もしていた。だが、彼は目覚めなかった。

 彼女にとって、こんなことは初めてだった。

 ナオは何度も呼び掛ける。

「不動くん! 不動くん! 不動くん……」

 だが、彼は目を覚まさない。


 別室。シュバナーも居る部屋――に共に居る彼の親は……涙を流した。誰もがジャンズーロを恨んだ。誰もが。そう。敵ですら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ