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13 闇力船と希望に繋がる声。

 闇界(あんかい)の真っ暗な海上でポツンと存在する船。今は昼なのか夜なのかも分からない、常時暗いとはいえ、アスレアは具体的には答えなかった。そして形快(かたがい)晴己(はるき)はもう、この船の前方の上部――舞台エリアへ入ろうという所だった。

 入った瞬間、晴己は、とんでもない威圧感を覚えた。

 超巨大な魔人。そう呼んで正解かを晴己は知らないが、晴己にはそう見えた。人型で角があり、体格だけでなく筋力も上手。大きさは象六体分ほどだった。

 ただ、晴己は機動力と知覚力で上回っていた。

 ハエになった気分の晴己だったが、その気分を味わいもしなかった。生きるのに必死だった。敵は殴りや風圧のようなものを発し、攻撃した。それを晴己は()け続けるだけで精一杯だった。それもそのはずだった――この強敵、腕が四本もあり、口からは風圧を放ちながら常に腕のどれかが予備動作をしているのだ、しかも瞬時に。

 凄まじい連続攻撃を()け続ける。

 晴己はただただ『肉体を改造する』の力で自身を改造し続けた。そして一旦通路の外に出た。

『かみをあやつる』で紙を召喚した。


『      を        』


 あの紙だ。

 晴己はまた書いた。左腕の肉体改造をしながら。


『 どんな物 を も 切断する 』


「神様、天前(てんぜん)先生、ごめん。僕、やる」

 晴己は天使のようになるよう願った。そして祈った。その身に、一人で能力を付与できるようにと。

 光が生じた。それが紙を包み、一体となって、晴己の左腕外側――三枚目の白い羽根に、吸い込まれた。

 戻った瞬間に攻撃され横に横にと()ける――そのうちの一瞬で、壁を()り、突進した。

 手を喰い込ませた。

 すると晴己は、するすると突き抜けていった。抵抗感がまるで無かった。

 敵は倒れた。あっさりと。

 皆の元へ向かおうとした瞬間、背後から何かが放たれた。振り向きながら受け――るのではなく、それすら晴己は切った、本能的に。炎のようなものが分かれて後方に飛び、晴己の後ろの左右の壁が爆散した。だが、晴己のどの一部もそうはならず――

「ううあああ!」

 出たのは恐怖からの声だった。

 晴己は腕を横に向け、何度も飛び掛かった。振り抜くこともあった。そして――

 敵はみじん切りになった。

 やらなければやられていた、よく聞く言葉の局地とでも言うべきか、そんな場に居たことを晴己は自覚し、恐怖。

 何度も吐息が出る晴己だったが、深呼吸し、そしてまた走り出した。

(みんな無事なのか……? みんな……!)

 晴己は思いながら、肉体改造した目で皆を見ていった。

 ランジェスは、人型の黒い何かを味方に付けていた。それがアスレアが言っていた闇のバケモノなんだろう、名前は――そうだ、闇這(やみはい)――と晴己は考えた。

 木江良(きえら)うるえが空気を壁にして足止めする所へ然賀(ねんが)火々末(ひびすえ)今屋村(いまやむら)キンが相反する性質で(もっ)て相手を制していた。

(大丈夫そうだ、大丈夫……。ほかは……っ?)

 晴己は更に見て回った。

 交苺(こうまい)官三郎(かんざぶろう)は敵の首から上を椅子と交換して倒すことができた――と思っていた。その首がすぐそばから光を放った。

 官三郎がビクリと緊張し、油断を見せた時、そこへ晴己が飛び込み、押し潰した。敵の頭部が床にめり込む。

「はあ、はあ……大丈夫っ?」

「あ、ああ……サンキュ……」

 闇界(あんかい)の者は人界の人間よりも頑丈だと晴己は理解した。が、晴己はそれより上を目指した。肉体改造はその段階に至った。その様を見て、そして瞬時にどこかへ行くのを見て――官三郎は、頼もしさよりもまず、恐ろしさを覚えた。

 羽拍(はねうち)友拓(ともひろ)は逃げと攻撃の一体化には定評があった。敵を壁に衝突させたり、むしろすり抜けさせ壁にはめ、能力解除。腰から分断となれば、ゲームコーナーのボールに敵の頭部をすり抜けさせ、その解除で脳を破壊。

 皆生きるのに必死だった。

 北班は――立山(たてやま)太陽(たいよう)が敵を察知し、ジンカー・フレテミスが床の質感を変え足止めし、富脇とみわきエリー愛花(あいか)が物を浮き輪に変えて意表を突き、敵が倒れるか尻もちを搗くか、とにかく衝撃があった時、その衝撃を不動(ふどう)和行(かずゆき)が操作。この布陣を崩せた者は、この船の上にはいなかった。

 南西班は――船内を見て回りさえすれば時沢(ときさわ)ルイが空間の一面を接続し、その解除で倒すという手も使ったし、呼び込んだ場合は入荷(いるか)(らい)の電流で存分に感電させた。それまでは入荷(いるか)(らい)の電流や、佐田山(さたやま)(やわら)の敵自体を軟らかくして解除という手を。敵が毒を使えば海凪(うみなぎ)(むぎ)が排除し逆に利用。船上ゆえの錆や薬品、洗剤などの毒を敵の体内へ移動させることも。それが敵の毒であればいいと思いながら。

 晴己のいない北西班では、淡出(あわで)硝介(しょうすけ)が積極的に火を放ち、敵に纏わり付かせた。阿来(あらい)ペイリーはそれによる物の損傷を直す。見状(けんじょう)嘉烈(かれつ)は、元々大損壊している電灯のダメージを敵の少ないダメージとすり替えた。ペイリーによる補修で足場も無事になったら、そこをトラップにする手も嘉烈(かれつ)は考えていた。そこへ晴己が戻った。

 そして、戦い始めて一時間くらいが過ぎた頃。

「もういないな」

 と、立山(たてやま)太陽(たいよう)が言った。敵の姿が見えない――且つ皆に通達してから身動きせずに確認しても敵の音がしないという事だった。

 かなりの人数が絡んでいた。

 と、分かってからは全員で一緒に見て回った。

 舞台エリアのみじん切りにされた巨体の特徴を見た時、シュバナーが口を開いた。

「ズガンダーフ様……! 巨大化したズガンダーフ様です。本当に……」

 晴己は自分に息があることを確認した。深呼吸し、それから腹を押さえることで。そしてその手を、自分でも恐れた。

 晴己はそのことを伝えた。そして腕まくりをし、白羽根と25-1の数字が新たに刻まれていることを、自分でも初めて見たし、それを皆に見せた。能力の情報も共有。

「それは目に見えてない部分でも切れていいな」

 目淵(まぶち)正則(ただのり)がそう言った。

「それよりも!」

 ベージエラはいつになく慌てふためいた。

「なぜ貴方がそんなことできてるの!」

「先生……僕……」

 晴己は、言葉が見付からないようだった。それでもと、晴己は先を続けた。

勿論(もちろん)、やれなかったら別の方法で……って思ってた。でも、できちゃった。先生みたいな天使に、なっちゃったみたい――」

 それに対し、誰も何も言えなかった。ベージエラでさえ驚愕の顔のまま。


 気を失っただけの者を縛って隔離し、天界製の封じのロープで拘束した。封じの手錠の方がよかったが、ベージエラは、今は無理だと(なげ)いてそれを使った。千切(ちぎ)られないか心配だ。

 彼らの相手のほとんどは黒シャツ黒いスーツの者だった、地下牢へ移動させたのも一味。

「とりあえずは、闇神(やみがみ)の居城に向かわないと」

 皆の前で、シュバナーが言った。

 この船は帆船ではない、ゆえに、ウィン・ダーミウスは嘆いた。

「帆があればなぁ」

「私に任せて」アスレアがそう言った。「この船がどの位置にあるか分からないからこの船で戻る必要がある――でも行ける。この船が闇力船(あんりきせん)である限り」

 三十五人は操舵室に向かった。

 そこで、アスレアは、とあるスイッチを前にし、念じながら、それを上から下へと動かした。

 だが動かなかった。

 なぜこの船に居させられたのか、理由がまた一つ分かった瞬間だった。これでは、移動能力が大してなければここで死ぬ。

 と、そこで、阿来(あらい)ペイリーが――

「俺、物の構造が分からなくても、たとえ部品が投げ捨てられてても――念じるだけで物を直せるから、この船全体に念じてみるよ」

 彼が目を閉じ集中。すると、操舵室のあちらこちらから、ゴトゴト、パキ、スチャと音がした。近くに部品が落ちていればそれで直る、そんな力ではあるようだった。

 それからアスレアが、先程と同じスイッチを前にして立ち、念じながらそれを上から下へ動かすと――

 船が、心拍とも言うべき音を鳴らし始めた。

「……動き出したわね、これで大丈夫。あとは通常の速度よりも速くできれば――」

「じゃあそれは俺に任せろ」

 と、言ったのは不動(ふどう)和行(かずゆき)だった。

『衝撃力を操作する』によって、船の推進力に関わる、船への衝撃、抵抗感、それらを操作した。

 海からの横向きの影響だけをほぼ無くすと、浮くことができる状態のまま、どんどんと船は加速した。

 そのタイミングで、アスレアがとあるボタンを押した。船のほとんど全ての電気が点いた。前を照らす強い明かりも。

 そこで、

「俺、遠くに陸が見えてきたら教えるよ」

 と――遠見(えんみ)大志(だいし)が言うのは当然だった。

「もしもを考えて、私は注意しとくね」

 と言ったのは、『物を空気入り浮き輪にする』の富脇(とみわき)エリー愛花(あいか)だった。

 そこでもし衝突でもして海に投げ出されたり、そうでなくても溺れたりした場合を考えて、多くの者が待機した。それは更上(さらがみ)磨土(まつち)速水(はやみ)園彦(そのひこ)杵塚(きねづか)花江(はなえ)犬井(いぬい)華子(かこ)木江良(きえら)うるえ、千波(ちなみ)由絵(ゆえ)時沢(ときさわ)ルイ、形快(かたがい)晴己(はるき)だった。

 それだけ準備しても、和行が衝撃の調整をして船を静かに陸に近付けたので、難無く降りられそうだった。

 そこはどこかの孤島だった。

 木江良うるえが遠見(えんみ)大志(だいし)を持ち上げるように共に上空に上がると、大志が周囲を見た。

 戻ってきた彼が首を横に振ると皆残念がった。

 また船に乗って、進み、どこかに着き、上から見る……その繰り返しで……そして何度目かでようやく暗さの中輝く町を発見し、そちらに向かい上陸。

 捕まっただけに留まった今回の犯人達に関してアスレアは闇使警(あんしけい)というものに頼んだ。最初は闇使警も半信半疑の顔を見せた。だが、アスレアが「彼らがあの恵力(けいりき)学園の」と言うと、「彼らがあの!」と驚き、彼らを信じ、胸を張って任された。

 この時には、既に、シュバナーは疑いを掛けられただけだと、無実だと、アスレアは彼らに伝え、その身が晴れるようにと願っていた。

「彼らに任せればもう大丈夫」

 そして居場所が分かると、アスレアはどこかに店に入った。そして戻ってきた彼女が地図を広げ、「あっちよ」と。

 途中ややあったが、どんなことも彼らには乗り越えられた。

 それから闇神(やみがみ)の居城前へと到着した。意外と町中にあるのだった。

 と分かった時になって然賀(ねんが)火々末(ひびすえ)がこう言った。

「お腹空いた~、ねえ、ここの料理はどんな感じなの? 私達にとってっていう意味でも」

 調理部ゆえの疑問もあるのだった。

「確かに」

 と、ランジェスも気にした。肩の上の、彼が従える者達もまた空腹なのだった。

 皆気付いたが、もう夜ご飯の時間だった。アスレアは「そっか、そうよね」と言うと。

「甘ぁ~い魅惑の味と、ひぃ~っていうスパイスのものとがあるわよ。変な企てを行なった者達を捕まえたんだから、お礼が出ない訳がないわ、たんまり食べてね」

 城に入り、事情を伝えると。

「なるほど、そうだったのですか」

 執事風のちんまりしたお爺様がそう言った。

 海凪(うみなぎ)(むぎ)が、

「可愛い……」

 と言うと、それに犬井(いぬい)華子(かこ)大月(おおづき)ナオは「うんうん」と同意した。

 アスレアとシュバナーは、そこでお別れとなった。それぞれ別々の忙しさから解放され、自分の居場所に戻ったのだった。戻れることは幸福だ。

 そして本当に食事が出た。恵力(けいりき)学園一年五組の面々は、闇神(やみがみ)候補の神王族の四人の食事の場に招待されたのだった。

 そして幾つかの長机で食べる中、次代の闇神となりうる者、ギューヴラントとジャンズーロ、レブゲッセ、ハデンベネギーの四名が会話をし始めた。

 まずギューヴラントが。

「まさかズガンダーフ兄さんがそんなことを考えていたとは」

「うむ」とレブゲッセ。「天界の神にまで手を煩わせるとは、申し訳ない、そして面目ない」

 ジャンズーロは悔しがった。

「まさか見抜けなかったとは」

 それを、ハデンベネギーは、

「隠そうとされたんだ、仕方ない」

 と慰めた。

 晴己は、紙に……生徒手帳に、こっそりと願った。

(それって本心?……本当に本心なら動くな。もしどこかに悪い気持ちがあるなら……ちょっとだけ上下に……)

 だがそれは動かなかった。喜ばしいことだと晴己は思った。

 そこで、先刻の船上で告げられたことを思い出した。『――拒否できるからね』神の言葉。

 晴己は思った。

(来なくていいから、神様、この四人の中に、悪い心を持った者がいたりは……?)

 すると、晴己の心に声が届いた。

『これは君だけに話してる。面倒だから反応しないで。……まぁ、彼らの中にはいないわね』

 そこでやっと晴己は安心した。


 ダーキースという名の若い使用人が食事後の一年五組を案内した。城の裏に行き、地下へ。

「ここから人間の世界へ戻れます」

 と、示されたのは、仕掛け扉が開いた先の部屋の、飛び込み台みたいな所だった。随分と下の方に水がある。下を眺められる場所が横にもあって、そこはガラスで仕切られ落ちないようになっているが――

「え、マジ……?」

 ジンカーは、そこから、下を覗き込んで眉間にしわを寄せていた。

 何名かは思っていた。――なんで飛び込み台なん? と。

 何はともあれ。愛花は真っ先に飛び込んだ。

 次々と落ちていく。

 ジンカーが最後の一人になった時、ダーキースは笑った。

「ぷぷ、怖いんですかぁ?」

「……うん」

「……そっか」ダーキースは、彼を素直なんだな、と思った。

 そしてジンカーはこう思っていた。

(余計なことをするとちゃんと戻れなかったりするのか……?)

 ゆえに、彼は能力でどうこうすることなく、「うやぁ」と気合を入れて飛び込んだ。

 それを見ていたダーキースは、「くっくっく」と笑うと。

「可愛い奴らだな、これが有名な凄い異能力集団……とは見えないって」

 ダーキースは口角を上げたまま、清々しい気持ちで地上へと戻っていった。


 ジンカーが泳ぎ、浮かび上がり、水から上がった。その様子を皆が迎え、中でも氷手(ひで)太一が声を上げた。

「ジンカー! こっち!」

 そこは恵力(けいりき)学園から東に一キロメートルくらいの所にある池だった。

 彼以外は、広場とベンチの近くに居て乾いた状態で待っていた。

 ジンカーも上がると、華子が乾かし、皆で学園に向かい、そこでお別れを告げた。

 そこで、ただ一人だけが、ベージエラに呼び止められた。

形快(かたがい)くん」

「……はい」

「神様はあまり気にしてなかったわ。心に釘を刺しただけ。あなたはその力で悪いことをするの?」

「しない」

「でしょ? それに、確かに異例ではあるけど……強くなることを、怖がらないで」

 晴己は、しばらく考えてから、

「はい」

 とだけ答えた。うまく笑えたかなと彼は考えた。

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