12 恵力学園一年五組の異能者達の遠足と、闇界からの使者。
「天獣封印の羽根って、もう一つは見付かったんだっけ、ねえ先生」
山を上がっていく道路を歩きながら、立山太陽が聞いた。
道をゆく際、曇りだからか暑過ぎたりはしない。
そんな中、五組の先頭、太陽のすぐ前をゆく担任の天前ベージエラはこう答えた。
「あの首謀者の声の人がいたでしょ、神様に罰されたんだけど、あの男の高層ビルの一室にあったの。天界のね。あの羽根、簡単には壊せないから」
「でも盗まれたんスよね」
とは、太陽の隣を歩いている氷手太一が聞いた。
「封印に使っている羽根も手入れが必要だからね、だから予備もあったのよ。そこはもうしょうがない。厳重にはしてたのよ? 誰も盗むとは思わなくてもそこまではしてたんだから」
「そっか」太一も納得。
「そんなことより」
と、ベージエラはくるりと完全に後ろを向き、声を張った。
「さあみんな! 今を、楽しむのよ! 胸を張れるように後悔なく!」
「おー!」
山をのぼる道路にいる五組の皆は、横を歩く者などと共に笑い合った。皆ジャージ姿だ。
河馬の首から先を持つ馬のような白い天獣を能力で従えたランジェス・ゲニアマンバルは、それに乗って楽をしようとしていた。
「おいおい」
「何してんのよ」
周りがそう言うのも当然だった。
気付いたベージエラは、それを後ろに見るとまた完全に振り返って――
「こらゲニアマンバル! 自分の足で歩きなさい!」
「えー……」ランジェスはちらりと皆を見ると。「ほぁい」素直に下りた。
その天獣――ヒョマカバは、小さくなってランジェスの肩に乗った。その肩にはカンガルーの脚を持つカモノハシのような天獣のカモアシと、虎のような手足と爪を持つのっぺらぼうの人型天獣のノッペコの姿も。
天獣とは戦ったが、ランジェスが従えているため彼らは無害。だから皆安心して見ていた。だが何も知らない者からしたら恐怖以外の何ものでもない、ゆえにやめときなさいという意味もベージエラにはあった。
のぼり坂を行く中、日が照ってきた。
今屋村キンは手から冷気を出し、涼しい思いをしていた。
「あ! イマヤム! それこっちにも!」
富脇エリー愛花がそう言うと、
「あいよ~」
と、キンからの涼しい空気が。周囲の温地美仁や更上磨土、阿来ペイリーも、柔和でニコニコの顔になった。
形快晴己は疲れなかった。肉体改造で足を丈夫にしていたからだった。『かみをあやつる』によって長くした彼の髪が風に揺れると、それに見惚れる者もいた。
五組は、この山を行く恵力学園一年生の最後尾を任されていた。「先を行く者に何かあった時に助けるため」とベージエラは彼らに前以て言っていた。後ろからの何かがあってもいいように、という事でもあった。
それも理由になって――ランジェスが「まがかな」と思うと、彼に鳥は答えた。
「もうすぐだよ、もうすぐ休憩だよ、先の人は休んでるよ」
これはランジェスにしか聞こえない。『ケモノの言葉を理解し従える』の力ゆえだ。どう聞いてもチュンチュンなのだが、彼には違う意味に聞こえた。
そんなこんなで途中の休憩広場へと到着。
……そこで彼らを待っていたのは、新しい災難だった。
深い闇から、ある夜、何かが、人間界へやって来た。その何かは言った。
「実験を邪魔されてなるものか……」
昼の休憩広場に到着した五組を含め、一年全員の昼食タイム。そこへ、何者かが交じっていた。
見慣れぬ黒い衣装、漆黒のハット帽の、魔法でも使いそうな姿の少女。
「あの子誰」
と花肌キレンが言うと、そばにいた晴己も。
「この辺の人には見えないけど……偶然同じ時期に?」
「なのかなぁ」キレンは首をひねった。
その少女は、立ち上がって皆の注目を集めながらベージエラの隣に立つと、言い始めた。
「はあ……ふぅ……あなた達がここに来ることは分かって、んぐ、いました、ひぃ……ふう……」
なぜか少女は息を整えている。
「え!」
と羽拍友拓は驚いたが本人はすぐさま――
「なんて言うと思った? なんでこんな山を登ってるの、疲れちゃうじゃない! 体力作りでもしてるわけ?」
なぜか当たり散らした。
「そうだよ! あとクラスの人と仲を深めるためだね」
晴己はそういう理由だと信じて疑わなかった。
「そ……そうなのぉ?」
「そうなの。で、あなたは?」
花肌キレンが聞いた。すると。
「実は――」
「ていうか白っぽい服はないの? 暑いんじゃない?」
横から更上磨土が。
黒服少女は自分自身と周囲とを見、納得顔を見せた。
「そうね、こんなに明るいとは思わなかったわ、曇っている時でさえこうだもの」
少女は自分の影を見た。
曇っている時でさえ? 明るい?――と、その場にいた誰もが不思議に思った。
数人が首をひねって言葉を待つ。と、少女は胸に手を当てた。すると光り、彼女の服が白く変わった。
「よし。でね。実は――」
「え、異能力! どこの? え、どういう奴、それ」
「話させて!」
聞こうとする犬井華子を制して、服の黒かった少女が「ふう」と話す準備をした。
「実は――闇界の犯罪者が人界に逃げてきたの。それを捕まえるために、私、最近凄いと言われてるあなた達、恵力学園一年五組に協力依頼をしようと思って来たのよ。私は調査機動員の冥泉アスレア・アンシュレアリー」
皆ポカンとした。
「先生! アンカイってなあに! 先生!」目淵正則が聞いた。
「天界は明るくて、まあ白い世界だったでしょ、その逆があるのよ、暗い世界、闇の世界で闇界」
「そこの人がどうして。犯罪者ってどういう?」
と千波由絵が聞くと、アスレアは、
「えっとぉ」
と言ってから続けた。
「確か、魔的能力に関するマッドサイエンティストで、闇這と呼ばれるバケモノの強化研究をしちゃった人、危険だから通達が行ってたんだけど、それを無視してるみたいだったから逮捕に踏み切られて……だけど本人、逃げちゃった……だったかな」
「じゃあ早く捕まえないと。ねえ、それはこちらの世界の人に何かしようとしてるの?」
と、晴己が聞くと。
「それは分からない。でも、それを想定して守らないと、何かあってからでは遅いんじゃない?」
耳にした者は尤もだと肯いた。
「それってどこにいるか分かるの?」
と然賀火々末が問うと。
「……分からないのよねー、それが」
すると、シャダ・ウンムグォンが少女に近付き、彼女が話し始めた。
「じゃあ――こういうのはどう? 物を操ることができる人はそれを条件付けして操るの。話によると紙を操って形快くんは人の嘘を見抜いたんでしょ? その闇界から逃げてきた魔的能力の科学者がいるならその方向に動け、っていう感じで」
「おお!」
と、アスレアと氷手太一がハモった。
「あ! でも!」晴己は思い付いた。「じゃあ僕が、紙に、その場所の名前が浮かび上がれ、って念じるとかは?」
「……出てくるんなら、まあ」
シャダがそう言ったのを切っ掛けに、晴己は担任のベージエラに近付き、「何か紙を持ってませんか」と尋ねた。
ベージエラは「はい」とメモ帳の切れ端を差し出した。
受け取ると、晴己は試した。
晴己は信じた。できなくてガッカリしてもいいからと。まずやってみようと。
そしてその紙に、どこを調べればいいかは――文字になるとは限らなかった――それが――中々出なかった。数秒、十数秒と待ったが、出なかった。そこまで操ることはできない、ということなのか。
と、周りが思い始めた時だった。
「出ないな、できなさそうか」
と、見状嘉烈が予想した。
その時だ。
「出た!」
晴己が喜んで見るその紙に、黒く浮き出てきた。その文字は――
『恵力学園付近、臣原58丁目100-3』
晴己はそれを読み上げ、皆に向けて見せた。
「おお~」
アスレアと氷手太一はやたらハモった。
遠足を終えたあと五組は学校に残った。女子男子の順で教室で着替えたので、今の五組一同はブレザー姿。
ベージエラが紙に浮き出た住所をまず地図で調べ、黒板に簡易的に描き上げた。肝心のその場所は、近くの大通りの道路に面した雑貨屋だった。
「配置を考えましょう」
とシャダが勧めると。
「じゃあ俺、その近く、外から、もし逃げられた場合の監視をします」
とは、遠見大志が手を挙げて言った。
ああでもないこうでもないと話し合い、結局、少し前まで天獣騒ぎで意識した班を流用するのが分かりやすい、という結論に至った。
北班の不動和行、ジンカー・フレテミス、立山太陽、富脇エリー愛花の四人は北から入口の面を見張ることにした。
東班の杵塚花江、林田ビカク、大月ナオ、花肌キレンの四人は東から見張ることに。
西正門班の氷手太一、羽拍友拓、速水園彦、目淵正則の四人は西から見張る。
南班の然賀火々末、今屋村キン、木江良うるえ、シャダ・ウンムグォンの四人は南から、裏口側を見張る。ここにベージエラが加わる。
そして北東班のランジェス・ゲニアマンバル、遠見大志、交苺官三郎、千波由絵の四人は、大志が班員なのもあり、そもそもの雑貨屋の屋根の上に陣取り、相手の逃走を想定し深追いせずに追跡することを念頭に入れ監視。
南東班のウィン・ダーミウス、更上磨土、温地美仁、犬井華子の四人は、南東から見張り、逃走経路の潰しを担当。
南西班の入荷雷、佐田山柔、海凪麦、時沢ルイの四人は、ルイが班員にいることで、まず過去を見、調査し、その流れで正面から伺う。
北西班の淡出硝介、阿来ペイリー、見状嘉烈、形快晴己の四人は、北西に位置し、逃走経路の潰しを担当。
そしてその日の夕刻。まず時沢ルイが、離れた位置から過去だけを見る。
「夜の閉まっている店に入っていく、男、周囲を確認してから入った、それから何か水晶みたいなものを光らせた、この人だ絶対」
彼女は、その視点からの巻き戻しと早送りを見た。
夜まで待つかもという予感が皆の胸に生まれた。それでもいいようにと皆お手軽な夜食、パンやおにぎりを用意した。
そして南西班以外が配置に付き、一人の男が入っていくのを別班が確認すると、それから、入口前へと南西班が向かった。南西班にはアスレアが加わった。
そこで、林田ビカクは耳にした。
「早く実験を進めないと、闇界が危ない……っていう声が聞こえる。どういうこと? ここの人が犯罪者なんでしょ?」
「さ、さあ……」
花江にも何を言えばいいのか分からなかった。
このことは、耳を改造した晴己も勘付いていた。
一方で、南西班は、ドアを確認した。ルイが「鍵が掛かってる」と小声で。
そこで入荷雷が呼び鈴を鳴らすと、男が出てきた。
「はいはい、何ですか?」
「闇界の調査機動員です」アスレアは端的に告げた。「あなたを逮捕します」
男は振り返り、逃げ始めた。だが男を入荷雷の電撃が襲った。男はしびれ、逃げられず、
「あああああ! もうやめて!」
と筋肉を緊張させ続けて悶絶するだけだった。
その時、ビカクと晴己は奇妙な音に気付いた。
そこへ、声が届いた。
「逃げられたと思っていたのはお前だけだぞ安堂シュバナー。ルッツ」
それは、五組の面々にも聞こえた。空気を介さない声だった。
北の郵便局の上にいた和行は振り返った。そこには黒シャツと黒スーツの何者かがいた。
それは各班の背後にいた。
各班全員――和行以外がその気配に気付き、振り返った。
その瞬間、五組生徒32名とベージエラとアスレアとシュバナーという男は、どこか別の場所へと、強制的に移動させられた。
空気感が変わった。どこか生温い温度。
地下牢。そこに全員が別々に入れられていた。城の地下だが皆そこがどこかを分かってはいなかった――二人を除いて。
「闇神の居城……? 造りが同じ」
と、アスレアが言った。
そしてシュバナーも、一緒にいる南西班とアスレアを前に、話し始めた。
「闇神達は今、権力争いの渦中にある。私をハメたのは彼らだよ。ズガンダーフ様が最も民を大事にしておられる。だが弟君達、ギューヴラント様とジャンズーロ様、レブゲッセ様、ハデンベネギー様は違う。守るための研究をしているだけなのに、私は犯罪者にされ、誰かの罪を擦り付けられた」
「だから逃げたんですね」
と、海凪麦が言った。
「ああ。最近有名になっていた恵力学園一年五組は天界の力で異能力を持ち、しかも超有力だと。何かあれば協力してもらえないかと、そう思ってあそこにお世話に。ただこんな風に、巻き込むだけになってしまったが」
そして何者かが地下へ下り、その牢の前に立った。それを見て、シュバナーは目を白黒とさせた。
「ズガンダーフ様……? どうしてここへ! なぜ! なぜ貴方が!」
「お前は扱い易かったよ、研究への貢献をしてくれた意味でもね。そしてエサになってくれたことも」
そこで入荷雷が電気を走らせたが、それは牢に吸い込まれ消えるだけだった。
「ふふ、ここで暴れようとしても無駄だ、天界から得た与羽根の力など封じるように作っている。くくく……ここで皆、息絶えるといい。私の闇界支配の始まりだ」
そう言って彼は上へと戻っていった。
「そんな……そんな……」
シュバナーは放心状態だったが、問題はそこを出られないことだった。
与羽根で得た力が無理ならそれ以外はどうだと、そこの誰もが考えた。
アスレアは、
「――分からない。こんなのを解除する方法なんて」
としか言えず、落ち込んだ。
闇界の者がこれでは、と佐田山柔が思ったその時。
外に見慣れた存在がいた。ベージエラだ。
「先生どうして」
「天使を舐めてもらっちゃ困るのよね~。前も言ったけど、戦うのは苦手だけど道具を使うのはうまい天使も多いって言ったでしょ、あれ? 言わなかったっけ? ま、そういうコトよ」
結局、地下牢からは全員が出ることができ、上へ行くだけとなったその時、また別の所へと一瞬で移動した。
景色が変わり、皆が周りを見た。
そこは船の上だった。巨大な豪華客船のような。
「船の上? もし闇の大海洋と呼ばれる場所だったら、絶望的……」
とは、アスレアが言った。
「もし出られても……ってコトかよ」
と、淡出硝介が気合を入れた。
しかも人間の世界の月明かりのある夜くらいの暗さ。船には電灯一つ点いていない。
(それを点ければ明るいかもしれないが、今は夜なのか……?)
と、思ったウィン・ダーミウスが問う。
「昼ってあるの? 今どう?」
それにはアスレアが答えた。
「闇界は常時この程度の暗さよ、時間を掛けても明るくはならない。それに希望を持たない方がいいわよ」
「マジかよ」
とは目淵正則が言った。
「でも今なら」晴己が言った。「神様、来て」
女神が現れた。美しい僧のような衣装で。背を向けていた。「はぁ……」と溜息を吐くと、晴己達の方を向いてから、
「私が解決するの? ったく。分かったわよ」
と言うと、神は、
「来い」
とだけ言った。すると、ドンッ! と激しい音が一度だけ鳴った。その直後、また別の音――パリリッと火花でも出たような音がした。それから神は、
「私の結界で船の外には出ないようにしたから、あとは貴方達でね。しばらく呼ばないでね。呼んでも来ないかもよ、結界で拒否できるからね」
と言うと、光り、それが収まるのと同時に掻き消え、帰っていった。
「首謀者達が来たと思うよ、捕まえなきゃね」
晴己は身を震わせた。今度こそ格上との戦いかもしれないからだった。
「班を意識して分かれよう」シャダが言った。
「僕は一人で行ってみる」
晴己はそう言うと、全身を強化し、大きく前方へと跳躍した。