11 天界の大きな闇。それと、恵力学園一年五組全員の力。
どこか別の場所に――天界の荒野に――転送された廃ホテルの屋上へと招かれて、形快晴己は、涙目で、目の前の巨大モニターを見ていた。
この廃ホテルで起こっていることは、その巨大モニターに映し出されている。
能力を得たばっかりに……と言うと天使を悪く言うようだが、だからか同級生が死の淵にいる。
モニターには、同級の複数人の、倒れた姿、苦しみもがく姿、今なお戦う姿が映されている。正常な気持ちで見ていられるはずがなかった。
(もしや、こう仕組みたくて……?)
晴己は疑問を投げ掛けた。
「あんたがこんな事になるように仕組んだのか! あんたが!」
ベージエラ、時沢ルイ、千波由絵、大月ナオ、古いホテルまで運んだ有翼バス運転手も、そう聞くと、妙な納得感を得た。
どこかから、声が返事をする。
「そうだが、それをお前達が知っても、その情報は外へは行かない。ほかに誰も知ることはない。そしてお前達はずっと我々の賭けの対象であり続けるだけだ、外へは行かせないぞ、お前達の移動系の能力ならこちらで封じさせてもらった。外への干渉は不可能だ。勿論外からの干渉もな」
そして『彼』は、話す相手を変えた。
「さあさあ、レディースアンドジェントルメン!」
それ以上聞く気が無くなった晴己は、そちらへの集中を止め、そこにいる皆に話し掛けようとした。
そしてまず晴己が思ったのは、死の淵の、敬愛して止まない同級生の皆を、治したい、助けたい、助力したいということだった。
「千波さん!」
「ああ! 分かってる!」
千波由絵は、空中の何もないところからクラシックギターを生み出した。無からだ。そして用が無くなれば無へと返す。
その異能力によって、由絵は掻き鳴らし始めた。そして歌い始めた。
「この声に、愛を乗せて――」
その歌を晴己も知っていた。
自分も何かできやしないかと晴己は考えた。癒しの歌を自分も届けられないかと、そしてそれだけではなく、皆の超能力的成長を促せるような歌声を出せないかと、そういった肉体改造をできないかと、晴己は考え、念じた。
喉が変化したのを晴己は感じた。
そして共に歌った。
「歌うから力が湧くというなら、私は歌い続けるから――」
心を震わせ、二人は歌った。由絵はギターを鳴らし続けもした。
負傷してなどいないすぐそこの数人の心にすら、それは響いた。
二人は歌い続けた。
すると。
「あ、見て!」
時沢ルイが巨大モニターを指差した。その部分にいたのは速水園彦だった。まず彼が起き上がった。
順調に起き上がる。ほか数名も。
確信に満ちた二人は、より迷いの無い声で、温かく歌い始めた。
大月ナオは『キズをなおす』をモニター越しには発揮できなかった。ならば向かうということを考えもしたが、治しながらの戦闘に自信がなく、今天獣を刺激すれば仲間が致命傷を負い兼ねないと思い、倒れて放っておかれている現状は維持すべきと考え、彼女は、ただ見て祈っていた。
そして……全員が起きた。もう傷など無いようだった。
「どうだ見たか!」
晴己は、声高に、澄んだ声でそう言った。そして、あとは自分も戦いに――と思ったところで、思い付いた。
「大月さん! 大月さんが『キズをなおす』って、漢字で意味を限定してないのって!」
「ああ、うん、人も、物も……キズと呼べるもの全部『なおせたら』って――」
やっぱり、と思った晴己は、手首の、二つ目の白羽根の刻印に目を一度だけやり、そして念じた。
「神様、ここへ来て!」
とっさに殴り書きして完成させた『かみをあやつる』の文による力。
……晴己の思った通りだった。
「んー」
若い声だった。
そこへ急に出現させられた神は、女性の姿をしていた。
(性なんかあるのかな。元々どっちなんだろう)
と、晴己は思った。
美しい深紅や華やかなレモン色、ベージュや白で彩られた神々しい僧のような服で身を包んでいる。
そんな圧倒的な存在感の神は、少し悩んだ様子で、そして言った。
「なるほど。天界にまだこんな人がいたのね。そこの声の者に告ぐ。お前を刑に処す。私の裁量で」
「なっ――! 神だと? そんな……いや、私は、そんな…。させられたまでで!」
声の者がたじろいだが、それに対して神は毅然と。
「言い訳無用。それが本当かどうかも調べます。命を虐げ粗末な扱いをした貴方を、私は許せません。処します。今」
「え!」
と驚くと、声の者は、急に――
「ぎゃああああああああああああああああっ!」
と悲鳴を上げ、そして声を届けなくなった。
「あとはあんた達、ここは自分達で。できるわよね」
神がそう言ったその時、起き上がった者は、ある実感を得ていた。
(以前より……倒れる前よりもうまく力を扱える、どう考えても自力が上がっている……!)
少なくとも、速水園彦と見状嘉烈と遠見大志と立山太陽とジンカー・フレテミスと然賀火々末と目淵正則が、そう実感していた。
倒れていなかった者も、そんな実感を抱いた。
「形快晴己」
屋上、天界の空の下で、神はその名を呼んだ。
晴己は耳に集中した。
向き直った神が、晴己に告げる。
「私は貴方をマークすることにした」
「え、どういう――」
「貴方は体をどんどん変える、その過程で天使に近付いている。貴方はいつかきっと、何か途轍もない選択を迫られる」
「き、気を付けて使ってますよ、僕は……でも天使になろうとなんてしてません」
晴己は自分の胸に手を当て、自分はできていると信じて示した。自分を……普通の人間のままでいられると信じて示した。
しかし神は、手を胸から下ろした晴己を見据えたその目を下の方に向けると、首を横に振った。
「ここでのすべてが終わっても」そして神はまた晴己を見据えた。「私は貴方を見続ける。貴方はきっと……恐ろしい存在になる」
「ならない!」晴己は天使のような澄んだ声を震わせた。「僕は恐ろしくなんかならない!」
「現に」神は指を立てた。人差し指を。「与羽根を使っているかのように」
そこで言葉を切り、もっと適した表現を、神は探した。
「そう、まるで……いや、まさに……与羽根の使者たる天使のように、あなたは既になっている」
晴己は、何かが自分に降ってきたような感覚に陥った。
それは雷でも何でもなく、なのに彼にとって、重たかった。
「あまり私を操らないでね」
神はそう言うと、どこかへと消えた。
多分、今からなら、移動系の能力を持つ者は、外へ出れそうだ。神はあの声の関係者のことを気にしたはず、ここの構造のことも気にした筈だからだ――悪い神じゃないから――晴己はそう考えた。
モニターに、映し出された者達を、晴己達は見た。
戦っていた。
彼らは各々に、強化された天獣を相手に、少し苦戦することもあれど、どんどんと、勝利を収めていた。
「僕も」
少し涙目で、晴己は階下へ向かった。脚を改造して。そして手や爪を強化して。
晴己は思った。
(この脚も、この腕も、手も、僕は……僕は人間だ)
晴己は皆を傷付ける天獣を、次々薙ぎ倒していった。瓦礫をも破壊しながら。
同じ頃――淡出硝介は、火を放ち天獣を焼き倒した。
更上磨土は絨毯を引っ掴んで動かし、波立たせると、硬化させ、戦う度に逃走に成功した。
磨土は下の方の階にいた。
たまに吹き抜けを振ってくる天獣がいたが、磨土は、その真下が軟らかい何かだった場合に、それをいじって尖らせ、その状態で硬化させ、致命傷を与えられるようにした。
氷手太一は氷を出し、それを投げ、それを羽拍友拓がすり抜けさせ、天獣の体内で止まるように、能力解除……そうして敵の体内細胞から壊滅させ、倒し続けた。『氷を出す』と『物をすり抜けさせる』のコンボ。
阿来ペイリーは壊れた壁を直すことで壁に天獣をめり込ませ、動きを封じ、そこへ打撃を加えて倒した。彼が『を』の紙に書いたのは『物 直す』だった。
温地美仁は、天獣の体内にある水分の温度を操り、体内から火傷させて倒した。『水温を変化させる』の異能力。
海凪麦は、ほとんどの場合、人の後方にいたが、毒になりそうな物――たとえば錆や黴、菌、埃、腐敗物、薬、植物や茸の特定部位など――を見付けると、それを移動させた。
『毒素を瞬間移動させる』
彼女はその力で、人から毒素を抜くこと前提でサポートに回ろうとした。園芸部として植物のことを気に掛けてもいた。だが状況が状況。ならばと、彼女は、毒素を敵に送り込むことを攻撃とした。
そうされると、天獣は彼女の前で苦しみ、体を掻きむしったりもがいたりしてから倒れた。彼女はそれすら見たくなく、周囲に注意しながらも、よく目を逸らした。
千波由絵も屋上から階下へ向かった。
そして戦うという時、敵が目の前まで来ると、由絵はそこであえて楽器を無から生じさせた。天獣の体を貫くように、ベースギターが現れる。
「ぎっ」
という声のあと、ベースギターを無へと返すと、天獣は青白い血を穴ぼこの身体から流して倒れた。
ランジェス・ゲニアマンバルは、自分が従えた天獣のカモアシに戦わせたが、グレードアップした方が強いのは明白だった。だが、別の負傷していた人型のっぺらぼう――に虎のような強固な手足が爪ごと付いたような――天獣を従えると、そのあとでその天獣の傷を由絵に癒してもらい、戦わせた。タッグを組んだカモアシと『ノッペコ』にはあまり隙が無かった。
ジンカー・フレテミスは、晴己が来た時には倒れていた。
だが彼は、その力で、完全に敵を翻弄した!
『質感を変更する』
質感に苦しむ人の救いになりたい、そういう想いが彼にはあった。服や壁紙、コップや――あらゆる物の質感。その力で彼は床をつるつるにした。天獣はそれを滑っていく。ザリザリやトゲトゲにすれば、天獣はそれでダメージを受ける。そうして窓から落とせば勝ちですらあった。そして隙を作る役目にもなれた。
そうして身動きが止まったところへ――
ウィン・ダーミウス。
『風を生み出す』
彼の琥珀の目に捉えられた天獣は、彼の風に吹き飛ばされ、壁に激突。打ち所が悪ければそれで即ウズヴォヴォヴォと奇妙な音を立て、どこか特定の方向があるのか、横へ飛ぶように消えていった。
交苺官三郎。彼は、交換する力を使って天獣と距離を取ることが多かったが、攻撃に転じた時は、天獣の体内とそこらの転がっている物とを入れ替える、という使い方に切り替えていた。故に官三郎が余裕をもって見据えることができる時、このレベルでならば、彼に敵など無かった。
犬井華子。
『物を乾かす』と『芸術的に爆発するバケツを出し操る』の力。
彼女は最初、戦う気など無かった。戦いの際に濡れた者がいたら次に響かぬようすぐに乾かしてあげる、そういうサポートに就こうとした。だが、それだけでは駄目な予感がしたバスの中で、もう一方の能力を晴己により与えられた。
だがどちらも積極的に使う事となった。天獣の首から上を極端に乾かせば、それだけでも動きをある程度止められた。そしてバケツ。天獣がそれに近付いた際に華子が念じると、バケツは、花火や絵の具を巻き散らすように、芸術的に爆散し、圧倒的なダメージを与えた!
花肌キレンは、そんな犬井華子のそばにいた。ほかの者のそばにいることもあった。
『鋭利さをないものとする』
それによって、破片による切り傷などから皆の身を守った。バケツの爆散の際の破片などからもだ。
シャダ・ウンムグォンと立山太陽。
『音を遮断する』と『音を大きくする』のタッグ。
天獣が鳴くだけで、反響する自身の声が超大音量となり、自身の聴覚器官に到達。それだけで気絶する天獣までいた。
今屋村キン。
『物をフェルト布化させる』と『冷気を出し操る』の力。
天獣をフェルト布化させることもあったが、そちらの力は、相手を足止めできなければ使えないからと、誰かと組めない時は、新たな方を積極的に使った。彼が攻撃を食らうこともあったが、冷気に凍え動きが鈍り、しまいには凍ってしまうほどの冷気を、彼はお見舞いした。凍れば殴った。すると天獣は奇妙な音を立て、どこか横へと、成仏するかのように光の粒となって浮遊しつつ消えた。
入荷雷。
『電気を流す』
放送部の彼女は『を』の紙の恩恵によって雷そのものを自分の周囲からどこかへと流すことができるようになった。積極的に戦うつもりでその力を得た。もし停電してもすぐに緊急放送などができるようにと、そんな意図もあった。
天獣が彼女の電流を受けて動きを一切止めない訳がなかった。そして受け続けると倒れた。耐えられる者など恐らくいない。
不動和行は物を投げたり蹴ったり殴ったりして、その衝撃をとにかく倍増させた。
然賀火々末は手から出す可燃ガスとライターで。彼女はライターを失くさないよう必死にそれだけは守った。そうすることで皆さえ守ろうと。
皆、守るために戦った。
杵塚花江は遂に天獣さえも操り、壁に叩きつけたり床に叩きつけたりして絶命させた。
木江良うるえは、天獣の前の空気を固定したり動かしたりし、翻弄し、落下させたり呼吸器官を機能できなくさせたりした。
時沢ルイも階下へ向かった。
新たに得た『空間同士を一面でだけ接着する』で、逃げること、逃がし守ることにも使ったが、その際に追いかけて来る天獣を、能力解除で切断することにも使った。そして『過去を見る』の力で位置の把握もした。
遠見大志は、遠くを拡大視し、近付く前からの警戒に積極的だった。それに加え、新たに得た『葉を操る』で、周囲の荒野に僅かにある葉を呼び寄せ、尖らせ、武器化させ、それで敵を貫いた。
大月ナオも屋上から階段を下りていった。
彼女は主に皆の傷の回復に専念した。天獣と戦わなければならない時は合気道も使ったが、逃げると見せて『キズをなおす』によって壁や戸などが修復するように仕向け、それらに天獣が挟まるなどして倒せればよし、動きを封じられればよし、という戦い方をした。
林田ビカク。
『感覚を鋭くする』と『電動ノコギリにできることを腕から先でやれる』の力。
敵の気配に気付くと、すぐに隠れ、近付いてきた天獣を腕で大きく切断した。敵が向かってくるのなら、腕を差し出すだけだった。ただ、背後を見せることだけは嫌った。
目淵正則。
『目測を正確にする』と『視界の中の物を指で切る』の二つ。
敵との距離や敵の大きさを正確を把握し、敵を視界に入れ、飛び道具が来るならそれを彼は指で切った。そして敵が来るなら、その隙の大きさや歩幅、腕の長さ、角度、あらゆる距離感などを把握し、攻撃をかわし、敵を指で切った。かわし切れないこともあったが、その際の傷は治してもらった。
富脇エリー愛花。
『物を空気入り浮き輪にする』
天獣に直接使うと時間が掛かるのはフェルト布化させる今屋村キンと同じだった。だが彼女は違う使い方をした。
物を投げ、それを変化させた。故に突然現れ圧してくる浮き輪に、天獣は押され、後方に倒れたりした。彼女は足止めもした。そして敵がある場所から出られないなどといった特殊な状況の場合は、周囲の状況にもよるが、時間を掛けて念じ、天獣そのものを浮き輪に。するとやはりそれが奇妙な音を立て、横に浮遊し、どこかへと消えた、フェルトと同じく。
佐田山柔。
『物を軟らかくする』
体操部の彼女は持ち前の身体能力で軽やかに天獣の攻撃を避けることもあったが、それが中たりそうになった時に、相手の飛び道具や四肢そのものなどを軟らかくし、自分への被害がほとんど無くなるようにした。基本避けるのは、特殊な効果を発揮されると困るからだった。
そして軟らかくなったが故にぐにゃりとなった敵の手足などをそのタイミングで能力解除し折った。動きを鈍らせた敵の頭突きなんかが来たらそこを軟らかくし――自分から物を投げることもあり――食い込ませてから解除という方向で折ることで倒した。
見状嘉烈。
『消耗度を理解する』と『消耗度をすり替える』の力。
陸上部、短距離走専門の彼はその足で逃げ回り、床板などの消耗度を見て回った。激しく損傷している部分とそうではない部分の消耗度をすり替える。天獣が引っ掛からなければまた逃げ、それを繰り返す。引っ掛かって落ち、しばらく動かなければ、そこへ止めを仕掛けた。
身の危険を感じれば、直接すり替えることもあった。それはつまり、ほぼ全損した机なんかの消耗度と天獣そのものの消耗度をすり替えるという事だった。これは晴己の消耗度をすり替えたことで可能だと分かっていた。
速水園彦。
『水を遠ざける』と『水を出し操る』の二つ。
サッカー部の彼は脚力に自信もあるし人助けに熱心だった。川で溺れた者を助ける時などを想像して最初『水を遠ざける』としたが、緊急事態と感じてもう一方を得た。
水を空中に無から捻り出し、それを操り、逆に天獣を溺れさせた。
水を弾いたり、それが効かなかったり、水を放つ天獣もいた。だが放つ天獣に対しては、やはり『遠ざける』の力がとても強く効いた。
そして、氷手太一とのコンボもあった。氷もまた水。高度に凝縮された固形の水を、園彦が操ることで、物理的損傷も与えた。
皆の戦いぶりを見ながら、晴己は思った。
(みんな、凄い。だから僕も。僕は特別じゃない。僕が特別なら、みんなはもっと特別なんだ)
想いながら、晴己は、守るべき状況の戦友を守った。
晴己の心臓は強くなっていた。どんなに動いても大丈夫なように――と本人自身、そう願って肉体改造していた。
どんなに動いてもいいように。
その心臓はまるで、人間のそれではなかった。
強靭。そう言うだけでは足りない。
マーシェルさえもがその様を見て驚いていた。運転手の口なんかはあんぐりだ。
ベージエラもまた敵が用意した巨大モニターにて様子を見ていた。彼女も察した。
「あの子だけ異質……。あの子、人間じゃ……ない……?」
ベージエラは地上から天界へも使えた携帯電話を取り出し、神様の番号に掛けた。
「……なあに?」
「あの……形快晴己は……。彼があまりにも人間離れしていて……恐ろしいんです。どんなに動いても疲れない。多分倒れることはない、彼は自分をすら治してる。その声で。千波さんに同調して歌った時に感じたあれは……彼の力の分もあった。彼は! 彼は、彼は……」
「そのくらいなら大丈夫よ」
「え?」
「私、そのつもりで言ったんじゃないのよ。釘を刺しただけ。あ、そうそう、首謀者を捕まえたわよ、貴方の言うフード付きの着物もあった。じゃあね~」
そこで通信が切れたことで、何かが切れたベージエラは、叫んだ。
「……も、もう! びっくりさせないでよね神様ったら! 怖くなっちゃったのに! もう!」
そしてモニターを再確認。
強い教え子達を眺め、これでいいと知らされたことでたった今安心し、ベージエラは、誇らしく思ったのだった。
……数日が経った。
かなりの自信を持ち始めた千波由絵は、祖母の難病を、癒す楽器の能力で――治すことができ、年相応の、しかし元気な歩き回る八十代の祖母を見ることができた。
とある日の朝のホームルームで、ベージエラは言った。
「先日の廃ホテルの件で、天獣を――全部退治できたみたいよ」
「え! マジ? やったじゃん! 終わり?」立山太陽は笑顔を作った。
ベージエラは「そうね」と笑い掛けてから続けた。
「あとあの声の者が主犯だったらしくて。その主催者が個人で隠して抱えていた百体くらいもあそこに居たらしいんだけど、あなた達がそれを倒したんだってよ?」
「道理で多いと思った!」晴己が言った。
「じゃあもう戦わなくていい! よね!」
と、更上磨土が喜び顔で左右を見た。
花肌キレンなどと一緒に、彼女らは大層喜んだ。
「これで……岩洲沓会先生の産休が終わったらお別れね~」
「ああ、そういう話だったね」
何気なく、愛花がそう言った。
寂しがる者もいた。ただ、本来の担当が来れるなら来るべきで、いつかは、という覚悟の顔の者も当然いた。
そして遠足の日がやって来た。友好を深めるための。恵力学園の全学年が行くが、一年は山に登ることになった。
「ねえ先生、天界を遠足できないの?」
そう言ったのはランジェス・ゲニアマンバル。
彼の肩には三体ものミニ天獣が乗っていて、その話題には天獣のカモアシとノッペコとヒョマカバも反応した。彼の従える能力で……いわばもうペットだ。
カモアシはカモノハシにカンガルーの足が付いたような姿で、ノッペコはのっぺらぼうで虎のような屈強な四肢と爪がある固体。ヒョマカバは氷を放つ白い馬のような身体に河馬のような首が生えた天獣だ、これはノッペコのあとで従えている。
「ダメです天界になんて。あなた達が特別だからって、そんなことまでできません」
ランジェスが肩を落とすと、肩のペット達も、ずり落ちつつしょんぼりとした。
「先生は地上を回りたいもんね~」
とは、入荷雷が予想を吐露した、楽しそうに。
「そ、そんな気持ちはあるけど! そういうことじゃないですからね! 特別扱いはしません!」
「ちぇ~っ」
残念がる者もいる中、皆、思い思いに笑い合った。
この時間が愛おしくて、晴己も笑った。そして前髪以外の髪を少しだけ長くした。『かみをあやつる』で。
キレンはそれを見ていた。そして親指を示した。




