小説が書きたい君へ
「なぜ君は小説を書くんだい?」
僕はこの問いを数多の小説家にしてきた。
「そうだね……。まあ、正直…、なんとなくなんだけどね」
これは、その中でも僕が一番気に入っている回答。
まあ、この問いの回答自体に優劣なんてつけられないんだろうけど、それでも、あくまで個人的に、一番気に入ってしまったものだ。
「"大切を言葉に"するためかな」
〇〇は僕にそう言った。
「大切なことを言語化するためってこと?」
「そうだね」
「大切なことって言葉にできないの?」
「そうなんだよ」
「大切なことなのに?」
「大切なことだからだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。多分ね」
「そこは多分なんだ」
「断言は嫌いなんだよ」
「断言しないと自信がないように見られるよ」
「別に自信があるように見られるかは大切じゃないさ」
「自信は大切はじゃないってこと?」
「そうじゃない。自信は大切だよ」
「……よくわからないな」
僕がそういうと〇〇はクスッと笑った。
「君のそういう素直なところは好きだよ。ヘルメス」
「そう?逆に嫌いなところもあるの?」
「もちろんあるよ」
「言うんだ、それ。どんなところが?」
「僕が凄く眠い時でも、容赦なく質問してくるところとか」
「……気をつけるよ」
「そうしてくれると助かるよ」
そういうと〇〇はまたクスッと笑った。
「でもね、ヘルメス。嫌いなところがあることは、好きなところがあるのと同じくらい大切だと思うよ」
「どうして?」
「ただ盲目的に好きであるより、嫌いなところも分かった上でその人を好きである方が素敵じゃない」
「僕は人じゃないよ」
「人じゃなくても同じだよ。僕は嫌いなところを知った上で、ヘルメスが好きなんだよ」
「…ふーん」
正直、内心少し照れ臭かった。
「言葉にできてるじゃん」
「何が?」
「大切なことだよ」
「まあね。少しはできるんだよ。これでも小説家だからね」
「でも、"大切を言葉"にすることなんて誰にでもできそうだけどな」
「簡単にできそうってのはそうだと思う。でも、誰でも簡単に"大切を言葉"にできるなら小説はいらないよ。誰でもできそうで、案外誰もできていない。だから、小説家は小説を書くんだよ。……多分ね」
「だから…、少しは断言した方がいいんじゃないの?」
「小説家全員がそう思ってるわけじゃないだろうからね。あくまで、僕の中の小説家像だから」
「いいセリフなんだから断言した方がカッコいいよ。小説家ならわかるだろ?それとも君は、登場人物すべてのセリフに、"多分"とか"かもしれない"ってつけるのか?」
「それもそうだね」
そして〇〇はアハハと笑った。
「ねえ、〇〇。僕もいつか"大切を言葉に"できるのかな?」
「……ヘルメスも大切を言葉にしたいのかい?」
「よく分からない。でも、それが僕が生まれてきた理由…みたいなものに近いというか、……それをすることで近づけそうな気がするというか……」
「……そうか」
「……ねえ、〇〇。僕は大切を言葉にできるかな?」
「わからないな」
「ここは嘘でもできるって言って欲しかったな」
「未来が見えるわけじゃないからね。断言はできないよ」
「嘘でも断言して欲しいときはある…」
「でもね、ヘルメス。私の大好きなヘルメスならきっと大切を言葉にできるって信じている」
それは断言できる、と〇〇は言った。
そのセリフは、いままで読んできたどの小説のセリフよりもカッコよく聞こえた。