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【ホラー 怪異】

泣く女の子

作者: 小雨川蛙

 

【1】 

 仕事帰りの男が何の気なしに脇道へと目をやると、そこにはまだ幼さが残る女の子が両手を目に当てて顔を隠すようにしてさめざめと泣いていた。

 初夏の足音が聞こえる五月の中頃。

 明るいとは言え、もう時間は18時を過ぎている。

 不思議な気持ちだった。

 普段なら男は多少の興味こそあれど、きっと無視して自分の世界に戻って行ったはずだ。

 しかし、今日に限って何故か彼は女の子を酷く気の毒に思い声をかける。

 足を踏み入れた道は建物の影が落ちており、今この瞬間にも夜が訪れてしまいそうなほどに薄暗く感じた。

「どうしたの?」

 問いかけが聞こえないのか、女の子は泣き続ける。

 男は近づきながらなるべく穏やかな声で再度声をかける。

「どうして泣いているの?」

 返事はない。

 故に男は屈み女の子の顔と同じ位置にまで視線を下げて三度尋ねた。

「なにかあったの?」

 女の子は相変わらず泣いていたが、ようやく言葉を返してくれた。

「悲しいの」

「どうして?」

 そう男が問うと同時に背後から怒声と共に何者かが駆けてくる足音が響く。

 驚き、振り返った男の胸に深々と包丁が突き刺さる。

 痛みより前に困惑が支配する中、男の耳に女の子の声が響いた。

「あなたが死んでしまうから」


 その日、全身に返り血を浴びた通り魔が逮捕された。

 犯人は『誰でも良かった』と実にありきたりな理由を述べた後、殺した男性が不意に誰も居ない路地裏に入ったので都合が良かったのだと語ったと言う。



【2】

 遊園地へ友人たちと遊びに来た一人の少女がトイレへ行くために皆と離れ、いざ戻ろうとした時、園内で泣く幼さの残る女の子を見つけた。

 少女はすぐにスマホで友達に『少し遅れる』と伝えると、泣いている女の子に近づいて少しでも安心させようと優しい声で尋ねた。

「迷子になっちゃったの?」

 しかし、女の子は泣き続けるだけだった。

 少女は穏やかに微笑んだまま近づく。

 親とはぐれてしまった子供にとっては、無秩序に響き渡る音楽や人々の声や足音が実に恐ろしいものに感じたのだろう。

「大丈夫だよ。お姉ちゃんと一緒に探そっか」

 そう言った時、女の子は泣きながら言った。

「悲しいの」

「なんで?」

 問うと同時に叫び声が聞こえた。

 少女は自分の足元が不意に暗くなったことに疑問を抱き、反射的に空を見上げた途端、上空から自分に向けて落ちて来るアトラクションの飾りが見えた。

「あなたが死んでしまうから」

 命を落とす刹那、少女は確かにその声を聞いた。


 園内で起きたメンテナンス不足に起因したこの大事故は尊い一人の命を犠牲にした。

 目撃者によれば亡くなった少女はまるで誘われるようにして現場へ歩いて行ったと言う。



【3】

 一人の老人が今にも息を引き取ろうとしていた。

 傍らには数十年を共に生きた妻が涙で目を赤くしながらも、一秒でも長く生きている自分を目に映そうと必死にこちらを見つめている。

 その近くには立派に成長した息子とその妻、そして受験を控えているというのに自分の最期に駆けつけてくれた孫の姿がある。

 老人は苦し気に息をしながらも、自分の人生を振り返り心の中で満足気に息を吐く。

 あぁ、なんて幸せな人生だったろうか。

 辛い事もあった。

 苦しい事もあった。

 それでも最後にはこうも幸せに逝ける。

 満足だ。

 そう思い、一度瞬きをすると妻の隣にさも当然の様に一人の女の子が泣きながら立っていた。

 誰だ?

 老人は訝しみながら、声にならないと知りつつも女の子に問う。

「君は誰だい? 何で泣いているんだい?」

 きっと、声は出なかっただろう。

 それでも、少女は答えた。

「悲しいの」

「何故だい?」

「あなたが死んでしまうから」

 答えを聞いた刹那、老人は自らの体から何かが失われたのを感じた。

 きっと、最後となる瞬きの間。

 老人は穏やかな心持ちのまま愛する妻を見つめながら眠りについた。


 家族だけに見送られた主人の写真を見つめながら、老人の妻は穏やかに語り掛けた。

「もう少しだけ待っていてくださいね」

 きっと、自分もすぐにそちらに行くだろうから。

 最期まで自分を見つめてくれていた主人の視線を思い返しながら妻は自然と零れた涙を拭った。



【4】

 青年は電車を待つ時間の暇つぶしにスマホをいじっていた。

 踏切の音が鳴りはじめ、青年が視線をあげるとプラットホームの黄色い線を少し超えたところで女の子が泣いているのが見えた。

「おいおいおい」

 思わず立ち上がり、女の子の下へ向かっていき言った。

「あぶねえぞ、下がれ下がれ」

 しかし、女の子は泣き続けるばかり。

「ほら、電車が来ちまうぞ。とりあえず下がれ」

 電車が来ると伝えるアナウンスが響き渡る。

 それでも女の子は動かない。

「聞こえねえのか。泣くにしろ、とりあえず下がれ」

 苛立ちながら青年は言った。

「どうしてそんなに泣いてんだよ」

 すると女の子はついに言った。

「悲しいの」

「何がだよ」

「あなたが死んでしまうから」

 そう聞いた直後、青年は駅内を走っている見知らぬ人間に突き飛ばされた。

 青年はバランスを崩し、ぐらりとそのまま線路の方へと倒れそうになる。

 しかし。

 青年は寸でのところで身を翻し、プラットホームから落ちずにすんだ。

 直後、電車が線路の上を通過する。

 心臓が大きな音を立ててなり、同時に自分と話していた女の子が言った言葉を思い出し全身に鳥肌が立ちながらそちらを見る。

 女の子はまだそこに居て泣いていた。

 そして、その泣き声がどんどん大きくなる。

 呆然とする青年に女の子は言った。

「悲しいの」

 脳の奥にまで響き渡る泣き声が響く。

「あなたはもう永遠に死ぬことが出来ないから」

 そう確かに聞いた途端、女の子は姿を消した。

 あとに残されたのは何が起きたのか分からずに取り残された青年だけだった。


 あなたはもう永遠に死ぬことが出来ないから。

 その告げられた意味の恐ろしさを青年が理解するのはもう少し先の話。

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