ささやかな言葉の毒
「第三者からすれば、それはかなり贅沢な悩みだと思いますよ。女の子二人に好き好き言われているんですから」
金曜日の放課後。一人でビザージュに来店して、この前と同じようにバーテンダーみたいな姿の店員のウミノさんに相談をしていた。
「というか……どうしてわたしにそんな相談を? ほとんど赤の他人ですよね」
「一応、当事者ですから」
「言われてみればそうですね。あのちびっこさんを泣かせたところを見てましたし」
やっぱり相談をする相手を間違えたかな。女の子の気持ちは同姓に聞くほうが分かりやすいんだろうけど。
「えっと、お世話さまでした。やっぱり一人で悩むことにします。そのほうがあの二人のためでもありますから」
「いやいや。別にメグミノくんが苦しむことをその二人は望んでないような」
うちわをあおぐように手を動かしながら目の前に座っているウミノさんが否定する。
「好きな相手と付き合いたいだけですよ」
「おれが忍者で分身の術でも使えたら全て丸く解決したんですかね」
「円満な解決なんてそもそもないかと。とくに感情を優先させなければならない男の子と女の子の恋愛なんかは」
ただの確認なんですがメグミノくんは最初どちらの女の子が好きだったんですか?
と、可愛らしい笑顔とは裏腹にえげつない部分をえぐってくるな……ウミノさん。
「バイトのほうは良いんですか?」
「店長から休憩をもらってますので、心配しないでください」
さっさと話をしてくれません、という圧を感じた気がした。もしかしたら店の中ががらんどうなせいかもしれない。
「最初に好きだったのは幼なじみです」
「例のちびっこさん。モノハさん?」
「そっちは女友達」
ウミノさんが不思議そうに首を傾げる。
「えと、この店で泣かせたモノハさんは女友達で。メグミノくんが好きな女の子は別ですか……名前のほうは?」
「オオカミミズキ」
「オオカミさん……その女の子のことは知りませんが。なんだか嘘をつくのが上手そうなイメージですね」
確かに嘘をつくのは上手い。中学の頃にポーカーとかで幼なじみに勝てたことは一度もないしな。
「うーん……今のところメグミノくんが悩んでいる理由がよく分かりません。そのオオカミさんのことが好きなんですから」
「普通ならそうなんですが。女友達、ミノルのほうにキスをされてしまって」
「ほっぺに?」
「いや。フレンチです」
しまったな。フレンチキスもディープキスのことなんだったっけ。
「唇同士のキスでしたが舌はねじこまれてません」
訂正したが聞こえてないようでウミノさんはかたまったままで。おっ、動きだした。
「普通は、唇にキスをされるほど好かれているなら付き合うのでは? いくらオオカミさんのことが」
「おれと付き合ってもらっても楽しい可能性は低いですよ」
「変なところで自信がなくなるんですね……少なくともモノハさんはメグミノくんと一緒にいて楽しいから、そういう行動を」
「それは友達だからかと」
「友達関係でそう思うぐらい楽しかったからそんなことになっているのでは」
声に力が入っていたのを自覚してか、水を一気に飲んでいる。それはおれに提供をされたものだったはずだが細かいことは言わないでおこう。
「すみません。メグミノくんの考えかたがあれすぎて少し腹が立ちました」
「一種のマリッジブルーなんだろうな、と自分では思っていたり」
「そうですね。明らかに考えすぎですよ」
高校生のほれたはれたなんだから、もっと気軽に恋愛を楽しめば良いのは分かっていても。
「モノハさんの泣き顔がちらつく?」
「あれほどにばつの悪いものもありませんからね。しかも、そのあとに告白を断ってますし」
自嘲するように言ったからか、ウミノさんににらまれてしまった。
「今……メグミノくんは自分のことが嫌いになっているのかもしれませんが。その二人はあなたが好きなんですよ」
「そうですね。ありがとうございます」
「楽なほうに逃げないでくださいよ」
おれと同じようなタイプの人間と知り合いなのかウミノさんがあきれたように息をはきだす。
「メグミノくんが嫌われようとしても。おそらく、その二人は好きになるのをやめてくれませんよ」
「どうして?」
「イケメンだからです」
シリアスな空気が急に消えた気がした。
「イケメンだから」
「そうです。メグミノくんがイケメンだから諦めてくれません。若い女は、かっこいい男の顔を食べたがる生きものなので」
「面食いという名前の妖怪になってしまいますよ、その説明だと」
ウミノさんのイメージとは違う台詞だったせいか思わず笑ってしまう。
「そうそう……メグミノくんはイケメンなんだからそうやって笑っているほうが似合ってます」
「ハーレムも可能ですかね?」
「メグミノくん次第かと。けれど、性格的にそんなことはできないんじゃないですか……このていどで悩むんですから」
「このていどですか」
言っていたように、高校生の色恋なんだから失敗をしたとしてもそれほど人生に大きく影響することじゃない。
もう少しだけ大人になれればこの時の悩みも笑い話にはできるんだろうが。
「ありがとうございます。やっぱり、一人で悩むのがあの二人のためだと分かりました」
「だから」
「ウミノさんの言うように考えすぎるぐらいがおれにはちょうど良いんですよ。まだ大人になりきれてない高校生なので」
子どもっぽい考えかたなのかもしれないし苦しむことを望まれてないのも理解しているが、それだけがおれができる唯一の誠意。
「真面目すぎです」
「それがおれですからね。うぬぼれの可能性もありますけど、あの二人もそんなところにほれてくれたんだと思います」
ウミノさんは黙ったままでいる。そろそろ彼女の休憩時間もなくなりそうだし、さっさとコーヒーを飲んで椅子から立ち上がると。
「今……メグミノくんの頭の中にいる女の子は二人だけですか?」
「そうですね。今のところは」
一応、答えておいた。相談相手とはいえ客の頭の中を教えるべきかどうか迷ったが。
「いいな」
ウミノさんも面食いだったようで自身のやわらかそうな唇を真っ赤な長い舌でなめていた。
この数日……ミノルと顔を合わせても直接の会話は一切していない。付き合えるかどうかの話はさておき、少なくとも以前と同じような友達には。
「全く同じわけにはいかないよな」
どんな手も使うと言っていたミノルに、そうなるつもりがないのにこちらから電話やLINNをするのは。
「考えすぎだな」
まだ、自分のことを好きでいてくれているなんてうぬぼれにもほどがある。女心と秋の空って言葉もあった気がするし。
自室のベッドの上にあお向けに寝転んだまま近くに置いてあったスマートフォンを手にとる。
電話かLINN、どちらにするべきか少し迷ったけど。無骨な文字だけでは伝わらないこともあると判断。
文字を打ちこむ速度が遅すぎるからではない、と自分に言い聞かせつつスマートフォンの電話帳からミノルの名前をさがした。
「ふぁ、はい。もひもひ……この電話番号はモノハミノルのものです」
「毎回そんな風に電話にでるのか」
なにか食べている最中なのかと考えたが声がうわずっているので緊張をしていただけなんだろう。
「都合が悪かったなら」
「悪くない悪くない。あたしは都合の良い女だから平気なのです」
ずいぶんとテンションが高い。電話だからミノルも色々と話しやすいのかね。
「電話をかけてきてくれたってことはあたしの声が聞きたくなったの?」
「まあ、そんなところだな」
「そんなに優しいとほれられちゃうよ」
告白をしてきたミノルさんに言われても、というつっこみはさすがに自粛。思いついた時点で手遅れなのかもしれないけど。
「ミノル。一つだけ質問してもいいか?」
「今はパジャマ姿だよ」
「もこもこしているやつなのか」
「そこまでは教えてあげない」
ミノルが上機嫌に笑っているっぽい。
「ごめんごめん。質問って?」
「おれは意外とイケメンなのか、ミノルに」
「あははは」
電話ごしにミノルにげらげらと大声で笑われた。枕を平手で叩いているようで空気が勢いよく抜けていく音が聞こえた。
「はーっ。えー、今のが質問?」
「そうだ。そこまで笑うほどに酷い顔を」
「ダイチはかっこいいよー。あたしが女の子だったらキスとかしてほしくなる」
「ミノルはもともと女の子だろうが」
「可愛い?」
「かわいい。かわいい。ミノルさんは可愛いよ」
いきなりミノルが黙ってしまった。呼吸音みたいなものは聞こえるので通話はできているはず。
「ミノル。なにかあったのか?」
「いんや、ちょっと電波が悪かったみたいで聞こえづらかっただけだよ。なんて言っていたの?」
「ミノルが可愛い? と聞いてきたから、その通りだと」
「もう少し、なーんか子どもっぽい言いかたをしてなかった? 普段のダイチ絶対に口にしない感じの台詞でさ」
「電波が悪かったから幻聴でも聞こえたんじゃないのか」
あらためて考えてみると話の流れとはいえ、恋人でもない女の子に対して……かわいい、かわいいと連呼をしてしまうとは。
相手がミノル以外なら変な勘違いされていたかもしれないな、一応はイケメンみたいだし。
「うそはついてないよね?」
「うそをついてもバレるタイプだからな」
「だったら、なおさら正直に言ったほうが罪は軽くなるかと」
「彼女でもない女の子に……かわいい、かわいいと連呼するのって罪なのか」
「うん。万死に値する」
ちょっとだけ死にたがりの気持ちみたいなものが分かった気がしないな。まだまだ生きたいと思えるぐらいには未練があるらしい。
「でも、今回は相手がダイチだから学校でデートをしてくれたら許してあげる」
「昼飯を一緒に食べるていど」
「放課後に、二人だけで遊ぶの」
「まるでデートだな」
「完璧にデートだからね」
お互いに黙ってしまう。学校で二人きりでできる遊びはそんなにないな、とこちらは考えていたが。
「ダイチは学校の七不思議を知っている?」
「ちょろっとだけ聞いたことある。音楽室のモナカさんがピアノを持ち上げて筋トレしているとかじゃなかったっけ」
「それじゃあ……それが次の金曜日のデートコースってことで」
「学校の七不思議巡りデート?」
「そう。楽しみにしているね」
個人的には休み明けの月曜日でも良いんだけど、ミノルの都合が悪いってところか。おれと違い色々と忙しいんだろう。
「ちなみに次の月曜日は駄目なのか?」
「えっとね、ヒマって予定がある」
「だったら、しょうがないな。次の金曜日にミノルとデートってことで」
「可愛い?」
「かわいい。かわいい。ミノルさんはデートしたくなっちゃうぐらいの可愛さだよ」
なかなか心臓に悪いギャグなのだがミノルの楽しそうな笑い声がスマートフォンから聞こえてくる。
「だけど、まだダイチがほれちゃうぐらいの可愛さじゃないんだね」
「こうやって……電話をしたくなるぐらいの可愛さではあるんだから勘弁してくれ」
「ごめん。意地悪なこと言った」
「本音で話してくれているだけなんだからミノルが気にする必要はない」
「なにかあったの? 色々と成長したような感じがするんだけど」
どちらかというと悩むことを諦めたんだと思う。それがミノルには成長したように感じているだけ。
「ミノルの気のせいだ。人間がそんなにすぐに成長できるわけないし」
「まあ、それもそうだね」
おれになにか言いたいのか、ミノルがうなり声をだしている。
「あの、多分さ」
「おう」
「あたしは嫌なやつだから今みたいに面倒なことをこれからも言うと思う。というか……絶対に言う」
おれはミノルじゃないから、本当にそうなのかは分からないが距離をとっていたのはそれが原因なのかもしれない。
自分の嫌なところは誰だって見られたくない。
「うそがつけないんだな」
「そんな風にあんまり優しくしないで。悪いことは悪いんだから」
「うそをつかれるよりはマシじゃないか」
「我慢してない?」
「全然。むしろ、それはこっちが聞きたい。告白を断ったやつのことなんかさっさと」
「ダイチがイケメンだから簡単に諦めたくないだけだし」
「そっか」
今の短い返事が、ご不満なようでスマートフォンから枕を叩く音が聞こえてきた。こっちもかわいい女友達を失いたくないからな……とでも言って。
「またダイチに友達宣言されなくて良かった」
「宣言までしてないが」
「んー、そうだったね。ダイチはやっぱり無自覚なサディスト、罪深すぎだね」
ミノルの言葉の意味が本当に分からない。
おれが女の子だったら理解をできるのか。
「あのさ」
「優しくしないで……もっともっとわがままになっちゃうでしょう。ただの友達なのに」
「そっちこそ我慢してないか?」
「我慢しないとダイチに嫌われるし」
「ミノルさんの性格の悪さなら、すでによく知ってますが」
「ひどっ」
「だから聞く。ただの友達だけど」
ぽつりぽつりと、ミノルが話しはじめた。ケーキバイキングの時におれが口にしてしまったささやかな言葉の毒。
無自覚な言葉は本音と同じ。
それを知っていたからこそミノルはおれにキスをしてきた。勇気を引きずり出さざるをえなかった。
せきが切れたようで、ミノルはさらにおれをののしってくれる。罪人に粛々と罰を与えるように。
電話料金が気になるが女の子のキズを癒すための治療費だと考えれば安いものだった。