好き同士なのに成就しない
「いらっしゃいませ」
仮面店の中に入るとあの爽やかな男前の店員さんの声がどこかから聞こえてきた。
輪唱でもしているように他の店員さんの「いらっしゃいませ」も耳に届く。
お目当てのものがある、ゲームコーナーのほうに移動をしようとすると。
「この扉はなに?」
ガラスの自動ドアを通り抜けて、すぐ近くの黒い扉が気になったようで幼なじみがおれの制服の袖を引っぱっている。
「トイレです」
「あからさまな嘘をつかないで」
「アダルトコーナーみたいなところだから、今日は関係ない」
「みたい……だったら、わたしたちも入れるの?」
「一応はな」
正式名称は確かヤングコーナーだっけ。アダルトコーナーほどではないが、それなりに過激な商品を販売しているスペース。
「けど……制服姿で堂々と利用をするやつは少ないな。このヤングコーナーの奥のほうはアダルトコーナーになっているし」
ただの友達だと思っていた女の子の告白を断った時なんかは制服姿でも関係なく利用するっぽいが。
「ゲームもある?」
「過激なやつだけなら」
「あんな可愛すぎるミノルちゃんを恥ずかしめられなかった思いをこっちでなんとかしないと」
「ミノルになにするつもりだったんだよ」
「えっとね、まずは」
「わざわざ言わなくていいから」
今日はボケが多いな。そう思っていたら幼なじみがヤングコーナーへとつながっている黒い扉に近づいていた。
「行くのか?」
「うん。行く行く。そもそもストレスを発散できる系のゲームを買おうと考えていたし」
ロールプレイングかホラー系統のゲームを求めていたはずでは?
「もしかして怒られるのがこわいの?」
「悪いことしてないのに怒られるもなにもないような。そうじゃなくて、ミズキが求めていたゲームのジャンルじゃないと思ってさ」
「そっちは解決したから、もう良いの」
「そうなのか」
当の本人が、別のジャンルのゲームを買いたいと言っているんだし。ただの幼なじみが深掘りをする必要もない。
この前みたいに一緒に遊ぶためのゲームを選ぶのなら……色々とうぬぼれているよな。
「ゲームは二人のほうが楽しいよね」
「あまり純粋なダイチくんをからかわないでくれると助かります」
黒い扉を開けて中に入った。右側に設置をされているカウンター越しに女性の店員さんが。
「あれっ、ダイくんじゃん。珍しいねー、まだ夕方ぐらいなのに来るなんて」
もの知り顔だったかそんな感じの表情で知り合いの店員さんがこちらを見ていたが。隣の幼なじみを確認し、驚いているようだ。
「こちらは幼なじみです」
「という設定にしてもらっている彼女か」
「変な意訳しないでくれません」
「さすがにその文句はムリがある。ただの幼なじみの女の子とさ、アダルトコーナーまがいのところになんか来れないし」
「ヤングコーナーは健全なはずでは。彼女が刺激的なゲームがほしいようなので案内しているだけですよ」
幼なじみは、自分も言い訳のような台詞を並べると余計に勘違いをされると判断してくれているのか黙ったまま。
「まあ、そういうことにおこう」
と、知り合いの店員さんが幼なじみのほうをにやにやした表情で見ていた。
「一応いつもみたいに生徒手帳を見せてくれる? 年齢が正確に分かるならなんでも良いんだけど」
はじめてここに来た幼なじみのためか普段よりもていねいに説明をしてくれていた。
他人をからかうことを楽しむタイプではあるが、やっぱり基本は優等生なようで幼なじみがスクールバッグからスムーズに生徒手帳を出している。
自分の生徒手帳がどこにあるのかなんて、普通は把握してなさそうなのに。
「友達?」
刺激的なゲームを物色している最中、隣に立っている幼なじみがそんな風に声をかけてきた。
「さっきの店員さんとか? いや、顔見知りなだけだよ。おれはあの人の名前を知らないしさ」
「でも……ダイくんって」
「はじめて生徒手帳を見せた時に、そう呼んできたからその影響じゃないか」
「嫌じゃないの?」
「お前と呼ばれなければなんでも良いよ」
会話が途切れたので幼なじみのほうに視線を……なぜか彼女が口を開閉させていた。いきなり呼吸ができなくなったようにも見える。
「や、やっぱり良いや」
「ゲームを買うのをか?」
「違う。さらに進化をすること」
「なんのことか知らないが人間をやめないでくれるほうがこっちも助かるよ」
そんな会話があったからでもないと思うが、普通の人間が吸血鬼を次々とやっつけていくアクションゲームを幼なじみは選んだ。
「主人公の名前、ダイくんにしても良い?」
会計を済ませ、仮面店を出てからしばらく歩いていると隣の幼なじみが変な質問をしてきた。
「ゲームのキャラクターの名前を決めるのにおれの許可なんか必要ないかと」
「もしかしたらさ……わたしがダイチの名前を入力しちゃったせいでゲームの世界に行ってしまうかもしれないし」
「ミズキは意外とメルヘンチックだな」
「最近は異世界転生じゃない?」
「聞いたことはあるけど、どういうジャンルか把握できてないからな」
確か、なんらかの理由で異世界に行ってしまった主人公やらヒロインが授かったチート能力で色々なことを楽しむ物語だったかな。
異性にモテる描写やらが多いとか誰かから聞いた記憶もあったり。
「女の子にモテたいとか思わない?」
「最終的には一人になるんだからモテすぎても意味がないと思うが」
「ハーレムという言葉もありますけど?」
「ハーレム自体は否定しないが。個人的にはそんな器用なことができないからね」
「できることならハーレムが良いんだ」
「女の子を悲しませなくて良いからな」
そもそも、女の子にモテすぎるという状況になることがありえなさそうだけど。
「それじゃあ、ダイチはたった一人しか好きになれないからミノルちゃんの告白を断ったの?」
「そうだ」
「ダイチには好きな人がいるってこと?」
「まだ女遊びがしたいだけだよ」
「誰?」
幼なじみがいきなり目の前に移動をしてきたので立ち止まらざるをえなかった。
「危ないだろ。ぶつかったらどうするんだ」
「ダイチが気になることを言うから」
「人が良いんだな。ただの幼なじみなのに」
「むかつく」
あんまり女の子が出さなさそうな声音で幼なじみが口にしている。
「悪いな。おれはこんなやつだから」
「違う……少しぐらいはダイチにもむかついているけどほとんど自分のほうだから」
こんなやりかたしか思いつかない自分に、本当に腹が立つだけ。そう言って幼なじみがすばやく唇を近づけて。
「んんっ」
「さすがに三回もやられてたまるか」
「ちぇっ。ミノルちゃんにはさせたくせに」
おれの右手をやわらかな両手で触りつつ幼なじみがぶーたれている。
「男だから分からないのかもしれないけど、女の子は好きなやつにキスとかしたくなるのか?」
「性別は関係ないような。好きな人となら、どんなことでもしたくなるでしょう」
「ただの幼なじみに」
「わたしが片思いしているのはダイチだよ」
目を逸らしてしまう。今朝からの幼なじみの行動でなんとなくこうなるんじゃないかとは思っていたが、まさか今日だとは。
「ミズキ」
なるほど……頭の中にミノルが浮かんでくるとかこないとかって話はこういうことだったか、思っていたよりもえげつない。
ミノルが勇気をふりしぼる前に、さっさとおれが幼なじみに告白をしておけば、こんなことにはならなかったかもしれない。
「おれもミズキと同じ気持ちだけど」
「分かっている。今……ダイチがなにを考えているのか、ただの幼なじみだからね」
ダイチはばか真面目だもんね、と幼なじみがからかうように続けている。
「泣いているミノルちゃんは可愛いよね。もう一回ぐらい振ってみたくなった?」
「悪いのはおれなんだからミズキが悪役を引き受ける必要はないよ」
さっき幼なじみがキスしようとしたのはそういうことか。
「次はわたしの泣き顔を見たかったりして」
「やめろって。さすがに怒るぞ」
「怒っていいよ。ぐーって我慢するのは身体に悪いし、そもそもダイチも悪くないし」
「おれがさっさとミズキに告白していれば」
「それだけでミノルちゃんが簡単に諦めてくれたと思うの。そんなていどの軽いものなんだとダイチは考えているの?」
恋愛で、理屈やらなんやら言いだすのは野暮なんだろうが。
「うぬぼれすぎているよな」
「そうそう。まだ高校生なんだから失敗したとしても良いんじゃない」
「いや。そっちの意味じゃなかったんだが」
「ああ……ミノルちゃんがそこまでダイチのことを好きなわけないって意味か」
幼なじみがうなり声をあげた。
「付き合った相手とは必ず結婚をしなきゃならないわけでもないんだからもう少しだけ軽く考えても」
「そんな風に考えられるタイプじゃないことはよく知っているだろう」
仮に、理詰めで自分を納得させて幼なじみと付き合えたとしても。ミノルの顔がちらついている今の状態では。
「わたしはそれくらい軽くても良いよ」
「だから」
「なんて耳障りのいいことを言っておいて、好きな男の子を独占したいって考えちゃうんだから女ってズルいよね」
にへへ……と幼なじみが笑っている。
あどけないというより、かつての幼なじみを見ているような気分になった。
「多分だけどミノルちゃんもわたしと同じ気持ち。そうじゃないとさ、追いかけてきたりなんかしないかと」
「本人にも似たようなことを言われた」
「わたしも同じ。ダイチが大好きなんだよ」
幼なじみがこちらに背中を向けた。
「今日はもう帰るね」
「家まで」
「さすがにぶっちゃけすぎて恥ずかしいから一人で帰らせてほしい」
「このまま後ろを追いかけるのは?」
「ストーカーじゃん! うん。まあ、でも……それだったら平気なのでお願いします」
時代はレディースファーストなので、男のほうが三歩ほど後ろを歩くべきなんだなー。と冗談を考えつつ幼なじみについていく。
ときおり……幼なじみが顔だけをこちらに向けるたびに笑みを浮かべた。
野良ネコがどこまでついてきてくれるのか観察をしている時の表情に似ている。
幼なじみってだけでいつまでもそんな関係が続くと思わないほうが良いかと。
確か、そんな風にミノルに言われたことをそれとなく思い出していた。