今日の彼女は機嫌が良い
「もしかして、ミズキってオスとしてミノルのことを見てしまう時があったりするのか」
放課後。下駄箱の中からスニーカーを取り出している幼なじみにそう声をかけると首を傾げられた。
「なんの話?」
「ミズキが昼休みの時に頭の中にミノルが浮かんでこないかどうかって聞いてきた話」
「あー、今まで考えていたんだ」
上靴からスニーカーに履き替えながら、幼なじみがあきれたように口にしている。
「で、どうしてわたしがミノルちゃんをオスとして見ていることになるわけ?」
「ちっちゃいものが好きだろう。ミズキは」
「ミノルちゃんにぶん殴られるわよ」
「事実を言っているだけなのにか」
おれからしたらミノルも幼なじみもそれほど身長差はないように見えてしまう。若干、目の前の彼女のほうが高いのはさすがに分かるけど。
「それに今はぶん殴られても良いからミノルと会話したいとか思っているし」
「だったらミノルちゃんと仮面店に行けば」
「仮面店に用があるのはミズキでは?」
「そういう意味じゃなくてこれから幼なじみと遊びに行くのに他の女の子のことを話題にするのは失礼ではないかと」
共通の友達の話をしただけで、そこまで言われるほどではない気もするが幼なじみがそう感じたのであれば謝るしかない。
「悪かった。今からデートするのはミズキとだもんな」
「謝罪が軽すぎる」
「他の女友達の話をするのはそれほどの罪なのか。それじゃあ、なにをすれば納得してくれるんだ?」
「コンビニのからあげをおごってくれたら、許してあげる」
さっきの謝罪とそんなに変わらないと思うが……幼なじみ本人がそれで納得してくれるんだ、やいのやいの言う必要もない。
学校を出て、仮面店に行く途中にあるコンビニで幼なじみにからあげをおごった。
基本的に優等生だからか、買い食いをしたことがなかったようで幼なじみがうれしそうに普通のからあげにかぶりついている。
「買い食いとかはじめてなのか?」
「男子におごってもらうのは、はじめて」
「ふーん」
暖房のきいているイートインスペースでからあげを食べても良かったはずなのに、なぜかコンビニの前で冷たい風を感じながら幼なじみは食べすすめていた。
白い湯気みたいなものが……からあげからゆらりと出てる。
「はい」
「ん?」
「食べたいんでしょう、からあげ」
きれいな黒髪がなびている幼なじみさんに勘違いをされた。からあげから出ている白い湯気みたいなものを見ていただけなのに。
あと幼なじみってこういうのあんまり意識しないのかね、一応はおれも男なんですが。
「良いのか?」
「小さい頃もこんな風に分けていたし」
これ以上、躊躇すると幼なじみも気づいてしまいそうだし。さっさと一口だけもらっておこう。
「はいよ。これだけもらうわ」
できるだけ幼なじみがかじっていた部分を避けたところのからあげを右手でちぎった。
最近のコンビニのからあげはやわらかくて簡単にちぎれてくれるから助か。
「わたしのからあげをちぎった罪ね」
「聞いたことない罪なんだが、なにをしたら許してくれるんだ?」
「そのちぎったからあげを……や、やっぱりいい。今のなし」
幼なじみの気が変わらないうちに、ちぎったからあげを自分の口の中に入れた。目の前の彼女がおれになにをさせるつもりだったのかは考えないほうが男前だよな。
「冤罪ってかわいそうよね」
「さっき、いちゃもんをつけてきた幼なじみが言うと色々と説得力があるな」
「それはスキンシップだから」
「分かってますよ」
なにかを食べている姿を見られるのが恥ずかしいのか、こちらに背中を向けた幼なじみになんとなく視線を。
視界のはしっこ。ここから学校に行くための順路のほうにあるブロック塀に、誰かが隠れているのが見えた。
青色のスカートがちらりと見えているので少なくとも同じ学校の女子生徒。
「あれってさ、なにかのゲームなの?」
同じ方向を見ていた幼なじみが顔を近づけて……ひそひそと話しかけてきた。
「ミズキは知らないようだな。最近、あえてつっこまないであげようゲームというものが流行っているんだ」
「つっこんだら負け?」
「そのとおりだ。それとこのゲームは突然はじまるから誰もやりたがらないんだ」
「流行ってないんじゃないの? それ」
「ふっ、命拾いしたな。例のゲームに巻きこまれている最中だったらミズキは負けていたぞ」
ある意味で負けているのはダイチのほうじゃないの。とでも言いたそうな冷ややかな視線を幼なじみから向けられた。
「あれってさ、なにかのゲームなの?」
先ほどまでの謎のやりとりをなかったことにしてくれたようで……わざと幼なじみが同じ台詞をくり返している。
「ミズキは知ら」
「くり返しギャグじゃないから」
「そっちが先に仕掛けてきたのにか?」
「やっぱり人間は分かり合えないのね。性別も違うんだから、なおさらか」
「男として意識してくれているんだな」
「そうよ。ばか男子」
個人的にはそれほど面白い漫才としてのやりとりではなかったのだが、本人も言っていたように色々と感覚が違うようで幼なじみは楽しそう。
「冗談はこれくらいにして、どうするの?」
「どうするもなにも……こっちから話しかけようとしても逃げられるだけだからな」
良いか悪いかで考えたら、良いとは思う。
ミノルなりにおれと折り合いをつけてくれようと考えているからこそブロック塀を盾にしてこちらを覗いているんだろうし。
「じゃ、わたしとのデートを続けたいってことね」
「デートだったのか?」
「友達以上の関係の男女が一緒に買いものをしようとしているんだからデートでしょう」
「ああ。まあ、確かにそうなるのか」
幼なじみという関係も色々と罪深い。
おれじゃなければ、うっかり勘違いしてしまって告白をするような男もいるかもしれない。幼なじみに片思いの相手がいることを知らなければなおさらその確率は高くなる。
「おれがえらそうに言えたことでもないが」
「えらそうに注意するのは良くないかと」
「そうだな……ミズキが幼なじみの注意をすなおに受け入れるかどうかは任せるとして。異性を勘違いさせるような言動は良くないと思う」
「異性を勘違いさせる言動、例えば?」
「コンビニのからあげを食べさせようとするとか」
「食べかけじゃないなら勘違いされなさそうに思うけど」
自覚はあったらしい。女の子じゃないから分からないが幼なじみ的には適切な距離感だったのか。
「勘違いされなさそうに思うけど?」
寒いからか、頬を赤くしている幼なじみが冗談っぽく言っている。
「悪かったよ。おれのほうが勝手にうぬぼれていただけみたいだ」
「あんなに可愛いミノルちゃんにも好かれているんだから、そんな風に考えてもおかしくないかと」
「わざわざフォローをありがとう」
ミノルちゃんにも……か。ここまでの話の流れ的に、またおれをからかおうとでもしているのかね。
「ちなみにだけど、おれがミズキに告白したらどうなる?」
「振られる」
「だよなー。高嶺の花は見上げているのがちょうど良いという昔の人からの教訓を」
「わたしがダイチを好きじゃなかったら」
大胆なぼけだが、なんてつっこんだら。
「えへへ、なんちゃって!」
「はあ……そういうところが異性に勘違いをされる可能性があるからやめとけ、って言っているんだ」
「はいはい。ダイチにしかやりませんから」
「あんまり信じすぎるなよ。おれも一応は男なんだから勘違いするかもしれない時も」
「ダイチなら、そうなったとしてもちゃんと責任をとってくれるでしょう」
ミノルもだけど……どうしてそこまで信じられるのか。相手の考えていることが分かる能力をもっているわけでもないのに。
「もしかして、ミノルちゃんを振っちゃったことをまだ引きずっているの?」
「あの、幼なじみくんの考えていることを許可なく読み取らないでください」
「許可があれば読み取っても良いんだ」
少しの間、くすくすと笑ってから幼なじみが口を開いた。
「ダイチには難しいかもしれないけどさ、そこまで女の子を特別扱いしなくても良いんじゃない」
告白を断った相手でも……と幼なじみがつけくわえている。
「特別扱いはしてないつもりだが」
「ただの幼なじみのわたしなんかを、高嶺の花だと思っているのでは?」
「軽いジョークを真に受けるなよ」
「同じぐらいの年齢の男子と女子なんだから可能性は充分にあるでしょう」
「からかいすぎだ」
おれの身体が勝手につっこみを入れようとしたのか幼なじみの頭に軽くチョップを。
「わー、奇遇だね。ダイチ、ミズキちゃん」
おれと幼なじみの間に入りこんできたミノルが、チョップを両手で受けとめながらあからさまな嘘をついていた。
「どのへんが奇遇なんだ?」
「男子と女子の間に入りこんでチョップを受けとめたくなったところかな」
ミノルが目を逸らしている。本人的にも、色々と予想外の行動だったらしい。
「なんか今日のミノルちゃんさ、いつもより可愛いね」
そういえば、幼なじみとミノルが会話をしているところをはじめて見たような。
「あたしはいつでも可愛いし」
「そうかな。ダイチはどう思う?」
「おれにそんな話題をもってくるなよ」
悪ノリか、幼なじみがずいぶんと楽しそうな顔をしている。なにがあったのかは分からないがミノルに対する仕返しだったりして。
「えと、それではあたしはこのあたりで」
「逃がさないよ、ミノルちゃん」
近くにいるおれは男子だと認識されてないようで幼なじみがミノルを後ろから力強く抱きしめた。
目のやり場に困ることをしないでほしい。
「なんでわたしたちを追いかけてきたの?」
「コンビニで少年誌を買おうと思っただけ。デート中の二人の邪魔をするのも悪いし」
「ふーん。でも、さっきチョップを」
「ミズキさん、そのぐらいにしといてくれ。誰かをからかいたいなら、おれが付き合ってやるからさ」
「ダイチのおおせのままに」
冗談っぽくそう言うと、幼なじみはミノルを解放した。なぜか小さいほうの彼女さんがおれの後ろに隠れている。
「おれはブロック塀じゃないぞ」
「だったら、もうちょいあたしの気持ちも考えろ。他の女の子と楽しそうにしてたら……さすがにむかつくから」
「あー、うん。なんかごめん」
ミノルに謝ることに疑問はないけど。そもそもは後ろの小さい彼女がおれを避けていたからこういう展開になったんだと考えないほうが男前か。
それと、自分が女の子であることをもう少し自覚してから背中にくっついてくれよな。
「ミノルが良かったら、一緒に仮面店に行くか? 今日はデートじゃないし」
「行かない。今日は分が悪すぎる」
確かに、幼なじみのおもちゃにされることは目に見えているよな。
「あのさ」
「なんだよ。あらたまって、らしくないな」
「き、嫌いになったわけじゃないから。男子の中でダイチのことが一番」
「やっぱり今日のミノルちゃんはいつもより可愛いよね、ダイチ」
いつの間にか、ミノルの背後にまわりこんでいた幼なじみがまた抱きしめていた。耳打ちをしているらしい。
なにを聞かされたのかは知らないが顔を赤くしたミノルが一目散に逃げてしまった。
「気になる?」
優等生の幼なじみはどこへやらサディストと同じ目つきになっている。
「それは野暮だと思います」
「苦手なエッチな話を聞かせてあげただけ」
「そうですか」
やっぱり調子が悪いのかね。この前は楽しそうにその話題についてミノルが話していたような。
「嫌じゃないの?」
「ん……なにがだ」
「女の子がエッチな話をするのとか」
「人によるだろ。目の前の男は気にしないタイプ、それだけのことだよ」
学習能力が高いですね、と幼なじみは機嫌が良さそうな顔つきをしていた。