男の子への罰ゲーム
「ミノルちゃんに告白でもされた?」
とうとつに幼なじみがそんなことを聞いてきた。今日の昼休みに……ミノルと放課後にケーキバイキングに行くことを彼女が知っていたのは覚えているが。
「すぐに答えないってことは、ミノルちゃんに告白されたようで」
「知っていたのか?」
「ミノルちゃんは分かりやすいから。好きな人にはとことん絡むけど、嫌いな人は名前も忘れるぐらいだし」
「お嬢さんの名前はなんでしたっけ?」
「オオカミミズキですね」
ふむ……さすが幼なじみだな。とつぜんのボケにも即座に対応してくれるとは。
「ミノルちゃんを振ったんだ」
「まあな」
「言い訳とかしないの」
「ミノルの告白を断ったことは事実だし」
「相変わらず、ばか真面目ねえ」
幼なじみにしては珍しく、くだけた口調の気がする。それとなく慰めようとしてくれているのかね。
「悪いな。気をつかってもらって」
「とりあえずでもミノルちゃんと付き合っていたのなら、そんな気持ちに」
「おれのことよりもミノルのほうを心配してやってくれ。傷ついているのはあっちのほうなんだし」
友達なんだから、ミノルのメールアドレスとか電話番号は知っているだろ。と幼なじみに聞くとくすくす笑われた。
「最近はメールじゃなくてLINNって言うんだけど」
「どっちも同じじゃないか」
「イメージが違うかな……LINNのほうがスマートな感じがします」
「無骨なおれにはメールのほうがしっくりとくるってことだな」
時間を確認するためにもっていたこちらのスマートフォンに幼なじみがスクールバッグから取りだした同じものを近づけている。
「連絡先の交換」
「いや。おれじゃなくてミノルに」
「友達のミノルちゃんの連絡先は知っているのにさ。幼なじみのダイチのを知らないのも変な話じゃない?」
「ミズキのほうが詐欺師に向いてそうだな」
「わたしに騙されて」
「了解」
なんで今までしていなかったのかは不思議だけど、なにはともあれ幼なじみと連絡先の交換をした。さっそく幼なじみからLINNのメッセージが届く。
今度の月曜日の昼も一緒にベンチに座ってくれますか?
全く無意味なメッセージを書くこともためらわれたのか、おれ以外だったら勘違いしてしまいそうな文章だな。
LINNか口頭、どちらで返事をすれば。
迷っている間にまた幼なじみからLINNのメッセージが送られてきたようでスマートフォンから音がした。
寒くなってきたからベンチはなし。
ミノルちゃんもいる教室で向かい合わせで座ってくれる?
「ミノルも誘って三人で昼飯なら喜んで」
「LINNで返事してよ」
「こっちのほうがはやいし」
「風情もなにもないな」
LINNのやりとりのどこに風情があるのか分からないが、三人で昼飯に関して渋っているようで幼なじみが顔をくもらせた。
スマートフォンから小さな音がしている。
ミノルちゃんと三人は、ちょっと。
「なんでだよ」
返事はせず、幼なじみがスマートフォンをぽちぽちと操作していく。
ダイチ的には両手に花なんだろうけど……地面の下で栄養分の取り合いが発生します。
「お互いに昼飯を用意していると思うけど」
こちらの返事を聞いてすばやく文章を打ちこんでいたが。ちらりとおれの顔を見てから説明するのに時間がかかりそうだと判断したようで幼なじみが大きく息をはいていた。
「今の話は全面的になしってことで。ダイチもミノルちゃんのことで頭がいっぱいだろうからさ」
「それとこれとは関係ないような」
「ダイチ的にはそうかもしれないけど。今のミノルちゃん的にはかなり重要になるかと」
下手をすると真犯人がバレバレの学園ミステリになっちゃう可能性もあるし。幼なじみが不吉なことを口にする。
「あと今のダイチも冷静じゃなさそうだからさっさとその本屋に寄ってから帰ったほうが良さそうかと」
「そうなのか?」
「そうなのよ。幼なじみを信じなさい」
「詐欺師を信じろと言われてもな」
「女の子に騙されるなら本望でしょう」
詐欺師の幼なじみの言っているように熱がある気がしてきた。さっさと仮面店に寄って帰ろう。
「それじゃあ、また明日な」
「明日は学校が休み」
「そうだったな。月曜日の昼休みとか」
「ミノルちゃんも一緒だったりして」
「教室で机をくっつけて食べていたらミノルもそうしてくれる可能性もあるよな」
「そ……そうかもしれないわね」
それとなく幼なじみが自宅に帰ったことを確認してから仮面店に向かった。女の子には見せられない類いの本を物色している最中、頭の血が下半身へとゆるやかに移動してきて冷静になれた。
「ミズキとはあれが普通なんだよな」
あくまでもただの幼なじみ。さっきみたいに普通に話したり相談できる間柄ってだけ。
そもそもその幼なじみと恋愛関係を求めてないおれが深く考える必要はなかったんだ。
ミズキちゃんが告白をしてきたらどうするつもりなの? そんなミノルの言葉が頭の中で聞こえる。
「その可能性は全くなさそうだ」
少なくとも今のところ……ちらついているのはミノルの泣き顔だけだ。同情や罪悪感によるものだと言われれば否定できないがそれも感情ではある。
本当に好きかどうかはおいといて、だが。
「ノーマルのはずだったんだけどな」
ため息まじりにそう言いつつ、カウンターごしに立っている顔見知りの男の店員さんに二冊の本の会計をお願いした。
常連のおれが、普段は買わないタイプの本だったからか男の店員が驚いている。
「えっと、買ったのは本だけなんですが」
すでに会計が終わった二冊の本の上に透明なケースに入っているディスクがさりげなく置かれたのが見えたので思わず口を開いた。
「ぼくからのサービスです」
「はあ。ありがとうございます」
女の子には見せられない二冊の本とどんな内容か分からないディスクを入れてくれた、黒のビニール袋を受けとる。
「お客さん。ようこそ、こちらがわへ」
相手が名前と気心が知れている相手だったならば……そうじゃないです。とつっこめたかもしれないがこの二冊の本を選んだことは事実だからな。
それに、こんな男前の店員に爽やかな笑顔で言われたら否定もしづらい。
「ど、どうも」
「サービスを気にいってくれれば幸いです」
「あの、おれはノーマルですので」
それに、今日買った本は二冊ともアダルトコーナーみたいなところに置かれていたんだから学生が手にとってもセーフなはずだ。
「分かります。分かりますよ。みんなが必ず通っていく道ですからね」
さっさと封鎖されないかな、その道。
不本意ではあるが友達が一人増えたんだと楽観的に考えることにしておいた。
昨夜……男前の店員さんがサービスをしてくれたことに感謝したのを思い出しつつ目を覚ました。同時にかつての自分にはもう戻れないという悲しさもあったりする。
胸を張って言えたことでもないけど気分は少しスッキリしていた。
もしかしたら、昨日のミノルとの出来事は夢だったのではないかと朝食のあとに考えたが。幼なじみの電話番号とLINNアドレスを交換していたのも現実だったので、実際にあったことなんだろう。
もうすぐクリア目前のテレビゲームをする気にもなれず、薄着で家を出ていく。
そういえば……そのゲームの中でもほれたはれたのエピソードがあったような。第三者というかプレイヤーからしてみれば個人的な感情は目の前の敵をやっつけてからゆっくりとしてほしいと思ったが。
昨日のミノルと同じだったのかそのゲームのキャラクターも女の子だったしな。
「冷静に考えられる時点で恋とか愛じゃないということかね」
家の近くを軽く散歩して頭と身体が冷えてきたのもあり部屋に戻ってゲームのラスボスとの決着を。
玄関にさっきはなかったはずのハイヒールみたいな茶色のブーツがある。どこからどうみても女物。
「いやいや。まさかな」
ビザージュの店員さんのウミノさんが遊びに来ていたり……最近の幽霊は律儀に履いてきたブーツを玄関に並べるのか、と半ば現実逃避しながらスニーカーを脱いで自分の部屋に向かう。
自分の部屋の扉をなんとなく音をたてないように少しだけ開く。隙間から中を覗くと、ベッドに座って黒のストッキングに包まれた両足をばたつかせているのが見えた。
「おいこら。なにしてんだ、ミノル」
ミノルが手にもっているものは無視をするように自分を騙しつつ、できるだけ勢いよく扉を開けていく。
うすいピンクのパーカーとデニムのハーフパンツのミノルが少し驚いた様子でこちらに視線を向ける。
「ん? おー、おかえり。朝からジョギングとはね、さては健康マニアだな」
「健康が一番だろうが」
「まあ、そうだよねー」
ミノルが笑っていた。その手にもっているものの破壊力を一番よく理解をしているからだと思う。
「今、ダイチが考えていることを当ててあげようか?」
「そんなの誰でも当てられるわ」
「いやー、まさかあたしも告白を断った日にこんなものを買うとは思わなかったよ」
精神的に瀕死のおれをもてあそぶように、ミノルがレシートをひらつかせている。
「ひとおもいに軽蔑してくれ」
とりあえず、二次被害が発生しないように部屋の扉を閉めた。鍵をかけたほうが色々と万全なんだが女の子と二人きりだからな。
「オスとしての高みへようこそ」
「外道に落ちてないですか」
「しかも、あの女の泣き顔が見たいシリーズの最高傑作を買ってくるとは。やるねー」
「タイトルを朗読しないでくれ」
膝からくずれ落ちるようにカーペットの上に正座をしていた。秘宝はベッドの下に隠すべきではないとミノルに教えられる日がくるとは思わなかった。
「エッチな本の一冊や二冊……健全な高校生ならもっていてもおかしくないでしょう」
「シチュエーションが残酷すぎるような」
「こんな感じの導入ではじまるパターンも」
「あるのかもしれないけど。まだそこまでのオスとしての高みには行けてないです」
「まだまだだね。ダイチは」
おれの目の前の木製の長方形のテーブルの上に例のシリーズの本を置いて、ベッドからおりてきたミノルも右斜め前の位置に座る。
「別にあたしは怒ってないよ」
「自分に腹が立っているだけだ」
「言い訳しても良いと思うけどね。どうせ、あたしの泣き顔を忘れられなかったからこの本を買ったってところじゃないの?」
「ノーコメント」
理由はどうあれ、ミノルを告白を断った日にエッチな本を買ったのは事実。
「それじゃあ、もう一冊の」
「それもノーコメント」
「ふむ。オスとして成長したダイチとエッチな本のことで語り合えると思ったのに」
「ミノルも女の子だったような?」
「友達に性別は関係ないと思うけどね」
不機嫌そうにミノルが言っている。
「ミノルほど詳しくないから、そんなに語れないがそれでも良いのなら」
「いやいやいや……あの女の泣き顔が見たいシリーズと、彼氏がいる幼なじみを奪いたいシリーズを買ってくるダイチには勝てませんよ」
「やっぱり、やめませんか」
「それで昨夜はどっちを使ったの?」
聞く耳をもつ気はないようで目をきらきらとさせているミノルが笑みを浮かべていた。
罪悪感もあってか、昨夜はあの男前の店員さんにサービスでもらったDVDを利用したことを暴露。
「おおう、これはこれは」
まだ昼にもなってない時間帯に女の子には見せたくない類いの映像をヘッドホンをしているミノルに見せることになるとは。
女の子の告白を断るのはこれほどに罪深いものらしい。