やっとこさスタートライン
店を出て……おれとミノルは街灯で明るくなっている道を歩き。彼女の家のすぐ近くにある公園のブランコで遊んでいた。
ブランコに座っている女の子の背中を押すだけの作業を遊ぶというのかは少しあやしいけど。
「こわくないのか?」
「高いし、辺りが暗いから余計にこわい」
「それじゃあ止めようか」
「今は、ダイチと顔を合わせるほうがこわいからこのままで良い」
冗談っぽく言っているがミノルの本音なんだと思う。この公園に来るまでもできるだけ顔を合わせないようにしていたしな。
「かなり暗いし、帰らなくても良いのか」
「小学生じゃないんだから、そんなに心配をされることなんてないよ」
「お姉さんが泣くかもしれないぞ」
「それは考えたくないね。しょうがない……さっさとダイチとの話を終わらせよう」
台詞の後半は、ミノルがなにを言っていたのか聞こえなかったけど。ブランコを止めてほしい、と口にしているから家に帰るつもりになったか。
「返事は?」
ミノルの家のほうに移動をしようと、ブランコに背中を向けると同時に背後から女友達がそんな言葉を口にしていた。
くるりと身体を反転させて、ミノルの顔を真っすぐ見つめる。心もとない明かりのせいで分かりづらいが普段の彼女とは別人のような雰囲気で頬をうっすら赤く。
不謹慎、なことは理解しているが。ただの友達だったはずのミノルを女の子として意識してしまっている。
法律やら倫理的に許されているのなら……ミノルを。
「あ、いやー。やっぱり良い。ほらっ、ガラじゃないっていうか。あたしみたいなキャラクターがこういう告白とか」
「それ。本気で言っているんだったらミノルでも怒るぞ」
とは言ったもののおれにミノルを怒る資格は少しもないんだよな、だけど。
「おれが、えらそうに言えたことでもないんだけどさ」
「えらそうに言うつもりなんだね」
「ああ。えらそうに言ってやる」
「後輩から嫌われるタイプだな、それは」
「ミノルは中途半端な気持ちで好きでもない男にキスとかしない女の子だろう」
ミノルがおれから目を逸らす。
「ダイチは純粋だね。今時の女の子は男友達にキスをすることぐらいなんとも思ってないタイプばかりだよ」
「じゃあ、ミノルはステレオタイプなのか」
「人の話をちゃんと聞いて」
「こっちを見ろよ。それが礼儀なんだろう、ミノル」
数秒の間があいてから、目が合った。不安そうな表情のミノルがおれの顔を見上げる。
まだ肌寒いと感じるほどではないのに……ミノルが身体を震わせていた。
「へへっ、ダイチは意外とサディストだな」
「そうかもしれない」
「分かっているからさ。さっさと言ってよ」
「ごめん。ミノルとは付き合えない」
「うん。知ってた」
ミノルが両腕で顔を隠している……頬から伝わってきたのであろう涙が地面にいくつも落ちていく。
声をかけたり、抱きしめたくはなったが、黙ったままミノルのそんな姿を眺めていた。
ミノルの言っていたように自覚をしてないがサディストの可能性もありそうだな。
「ふう、泣いた泣いた」
目もとを赤くしているミノルが泣いたことをごまかそうとしているのか、身体を大きく動かしている。
「へへっ。まあ、今日の結果は分かっていたしさ……やっとこさスタートラインに立てた感じかな」
ミノルの言葉の意味が分からなくて思わず首を傾げてしまう。やっとスタートラインに立てた? 告白を断ったはずなのに。
「ミノルの告白を断ったよな」
「うん、振られちゃったよ。今日はね」
好きな人には一回しか告白をできないって誰かが法律で決めたの? とミノルがどこか力強く口にする。
「ダイチが、彼女のことを気にしているのは分かっているし。振られたんだから……応援をしてあげるほうが女の子らしいのかもしれないけど」
「その変な理屈はおいといたとしても、そこまでする必要なんて」
「あたしのほれた男の悪口はダイチ本人でも許さない」
「卑下したつもりはないんだがな。ミノルにそこまで思われるほどの行動をした記憶が」
「しょうがないでしょう。ダイチに一目ぼれだったんだから」
勢いとはいえ……言わなくて良いことまで口走ってしまったと後悔をしているようで、ミノルがうなり声をあげた。
「とにかく、これからダイチを口説きにいくから覚悟しといてよね」
「ああ。おう、完璧に分かった」
さっきの店でも言っていた……色々と覚悟しといてね、とはこういう意味だったのか。
「それにしても、女の子からキスまでさせておいて告白を断るとはダイチくんはかなりのプレイボーイなようで」
「ほれた男を罪悪感で殺すつもりか」
「そんなわけないじゃん……ばつの悪そうなダイチのためにわざと言ってあげているだけだよ」
「だったら良いんだけど」
「怒った?」
不安そうに確認する台詞を言いながらも、ミノルはどことなくうれしそう。
「おれにミノルを怒る資格はないよ」
「はじめてのキスを奪わせちゃったから?」
「それもあるが。こんな中途半端な」
「あたしが言っても説得力ないかもしれないけどさ。悩んでくれるってことは、それだけ相手の気持ちを考えてくれているんだと思いますよ」
なんで……こんな女の子の告白を断ったりするんだろうな。
「悪い」
「いえいえ。心配をしなくてもあたしに告白させるか、ダイチを口説き落としてみせますので」
「なんで、そこまで」
「ほれちゃったから。理由なんてそれだけで充分でしょう」
まあ、ダイチと付き合えなかったら罪悪感で殺してあげてミステリの真犯人にでもなるしかないね。と、けらけら笑いながらミノルがタチの悪い冗談を口にしていた。
「ミノル。一つだけ頼みがあるんだが」
「顔? みぞおち? どっちをあたしが思いきり殴れば良いのかな」
「顔。あとビンタにしといてくれ」
おおせのままに……という返事とほとんど同時にどことなく軽快な音が響いていく。
「こんなに可愛いあたしを振るなんて、最低だよね。ダイチくんは」
「ああ。ミノルさんの言うとおりだよ」
ミノルのビンタのおかげかほんの少しだけスッキリした気がする。
「もしかしてさ、ダイチってマゾヒスト?」
「ミノルには言われたくないな。振られるの分かっていながら告白をしてくるんだし」
「その理由は分かっているのでは」
「お互いにな」
とりあえずは昨日までと同じ友達関係には戻ったはず。お互いの腹の中にあった一部は見えたけれど、それでも今のところはそんな演技をしなければならない。
「罪悪感に殺されそうになったら、いつでもあたしに告白をしてくれて良いからね」
「それはミノルに失礼」
「あたしはそれでも良いよ」
「おれが嫌なんだよ……ミノルにそうしたくなった時は。メグミノダイチって一人の男がどんな手を使ってでもほしくなった時だ」
「へへっ。その時は、あたしがダイチを振るかもしれないね。ずーっと誰かを好きなままでいるのは疲れるからさ」
それもそうだよな。ついさっきその女の子の告白を断ったやつに、そんな虫のいい話があるわけ。
「うそ」
ビンタのダメージが思ったよりあったのかミノルにされるがままに、またキスをされてしまった。
「お、お前な」
のけぞりながら後ずさりし……ミノルからすばやく離れていく。
「あはは、油断したら駄目だよ。あたしは、ダイチのことをずーっと好きだからこういう行為とかもしたくなってくる」
それこそ、どんな手も使うよ。とミノルが自分のやわらかな唇をなぞるようにゆっくりと舌でなめる。
「やっぱり、さっきのうそ泣きだったんじゃないのか?」
「んーん。あれは本当だね」
「うそ泣きであってほしかったわ」
「楽になる方法を教えてあげようか?」
「聞きたくないな。苦しむほうがマシだ」
「マゾヒスト」
あきらかな悪口なんだと思うが、頬を赤くしている女の子に言われても照れ隠しにしか聞こえない。
というか今夜はミノルのことしか考えられそうにない。
「今夜はあたしとピロートークしちゃった時の妄想がはかどりそうだね」
「ミノルとの妄想でやるつもりはないよ」
「ふーん、そっか」
色々と攻めてきていたけど、そちらの話に関してはうぶなんだろう。これ以上深く聞くつもりはないようでミノルが自宅のほうへと歩いている。
その後ろをおれも追いかけていく。
「男子だからね。しょうがないよね」
「ムリにその話題を続けなくても」
「ここは、あたしが一肌脱ぐしかないな」
「今までの会話の流れだと……ヘンな意味に聞こえてしまうんですが」
「相手が好きだからやるんでしょう?」
「好きでもない女の子とでもできちゃうのが男だからな」
きちんと正しく今の台詞が女の子のミノルに伝わったのかどうか分からないが、黙ったままでおれの前を歩いている。
「それでも良いよ」
しばらくしてからぼそりとミノルが独り言のように口に。
「そんなこと冗談でも言うな」
ミノルの頭に軽くチョップをしていた。
おそらく……おれからミノルに触れたのはこのチョップがはじめてだったと思う。
無意識にミノルを心のどこかで女の子なんだと認識をしていたことにようやく気づいていた。
ミノルを家まで送り届け、さっきまで彼女と話していた公園のあるほうに戻っていく。今日ケーキバイキングをしていた店、ビザージュの前を横切って学校の近くをあてもなく散歩する。
夢のような出来事とまでは言わないが……先ほどのミノルとのやりとりは少し現実味がなかった。
明日は休みだから良いが、月曜日にミノルと顔を合わせた時……昨日までと同じようにできるだろうか。
ミノルのことを、気にしないようにすればするほど呪いをかけられたみたいに唇の感触のほうを思い出してしまう。
おそらくミノルとは違う解決方法は頭の中に浮かんできているがそれを実行すると。
「なにしているの?」
制服のスラックスのポケットに入れていたスマートフォンを起動させて時間を確認している最中に声をかけられた。
「ああ。ミズキか」
最近は、ほとんど幼なじみのことをそんな風に呼んでなかったのもあってか……彼女が驚いた顔をしている。
「見てのとおりだな」
「いやいや。見ても分からないから声をかけたんですけど」
「仮面店。えっと……いきつけの本屋がまだ開いているかどうかスマートフォンで時間を確認していたんだ」
「こんなところで?」
幼なじみにそう聞かれて、やっと気づいたが近くに彼女の家があった。色々とあって、無意識になっていたおれの歩きなれている道を移動した結果なんだけど。
そのへんの事情を知らない、幼なじみからすればそんな台詞も出てくるよな。
「実はミズキと話したいことがあったんだ。とか、うそをついたら騙されてくれるか?」
「詐欺師ならもっと上手く騙して」
「そうだよな。まあ、冗談はさておき。本当に、ここで時間を確認していたのはぐうぜんなんだよ」
「今日はぐうぜんが多い日みたいね」
なんのことか分からないが、そう言いたくなるような出来事が……幼なじみにあったんだろう。