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ミステリでは脇役にすらなれない

 ミノルに限らず女の子だからかもしれないが、これだけ幸せそうにケーキを食べられるのもある意味で才能だよな。

 ショートケーキにモンブラン……ミルクレープとガトーショコラだったっけ。それらが一つの皿の上に窮屈そうにのせられている。

「ダイチは食べないの?」

「ミノルの食べているところを見ているだけで腹がふくれてくる」

「ふーん」

 コーヒーをすすり……ミノルが口を大きく開けて半分ほどに切り分けたショートケーキをあっさりと片付けてしまった。

 頬をふくらませて、もごもごとそしゃくをしている。

「良い感じの店だな」

 なんとなくケーキを幸せそうに食べているミノルの顔を見ているのが恥ずかしくなってか店内に視線を向けて口走っていた。

「でしょう! さすがのダイチでもこの店の良さぐらいは分かるよね」

「言葉の暴力って知っているか。裁判になったらおれの圧勝になるぞ」

「訴えられるほど金をもってないでしょう」

「まあな」

 ミノルといつもの会話のあと、さっきこの窓際の席に案内をしてくれた店員さんを。

「あの店員さんさ、可愛いよね」

「んー、おう。そうだな」

「あたしと会話する時は目を合わせてよ」

「悪い悪い。それは失礼だったな」

 ツンデレというレベルでもないと思うが、ミノルがらしくない台詞を口にしているので目を合わせることに。

「ダイチはさ、ああいう大和撫子って感じの女の子が好きだったりするの?」

 ミノルが給仕をしているさっきの店員さんをちらりと見る。

「大半のやつは好きなんじゃないか。女の子らしい女の子って守ってあげたくなるみたいだし」

「ダイチは?」

「大人しすぎるのは苦手かもな。お付き合いするってことは会話とか色々とするんだし、リアクションが分かりやすいほうが助かる」

「いきなり告白されるとは」

「誘導尋問だろう。今のはあからさまに」

 ミノルの思っていた通りのやりとりだったようで、楽しそうに残りのガトーショコラを食べ終えると。空になった皿をもって色とりどりのケーキが並んでいる中央のほうに移動していた。

 身体が細いのにそんなに食べて平気なのか心配になるが、女の子には別腹があるらしいので考えるだけムダそう。

「今みたいに黙っている姿を眺めているだけだったら守ってあげたいと思うんだけどね」

「そういう愛のある言葉は、彼女さん本人に伝えてあげたほうが喜ぶかと」

 背後から聞こえてきたそんな台詞に驚き、椅子から落ちそうになりかけたが、なんとかもちこたえられた。

「びっくりさせて、すみません」

 後ろから声をかけてきたのはさっきの店員さんだったらしい。コーヒーサーバーを右手にもっているので、おかわりの確認でもしに来たんだと思う。

「いえ。お気になさらず……こちらこそすみません」

 空になっているカップにコーヒーを注いでもらったことにも返事をしてから。

「あの茶髪のちびっこは彼女ではなかったりします」

 なんとなく、店員さんにミノルと恋人関係ではないと口にしていた。

「そうですか。けど、ちびっこさんのほうはそう思ってないんじゃないですか? あんなに楽しそうにしてますし」

「ケーキが美味しくて、はしゃいでいるだけではないかと思われます」

「だと良いんですけどね」

 店に入った直後のリアクションで勘違いをしてしまったが男と会話することにそこまで抵抗はないらしい。

 さっき驚いていたのは、年齢が近い野郎にバーテンダーみたいな姿を見られたからかもしれないな。

「甘いものが苦手でしたらハンバーガーなどもありますが」

「それじゃあハンバーガーを一つ」

「かしこまりました」

 会釈をして離れた店員さんと交代するようにミノルが戻ってきた。皿の上にのっているケーキの量は見なかったことにしよう。

「こんなに可愛いあたしとデートをしている最中にさ、他の女の子を口説くとはやるじゃねーか」

「口説いてない。話をしていただけだ」

「年金についてとか?」

「そんなに難しい話はしてないよ」

「そう」

 山盛りになっているケーキを食べようとはせずに、ミノルがあっちこっちに視線を動かしている。

「食べすぎて腹でも痛いのか?」

「いや。今さらだけどさ、この店にむりやりに連れてきたみたいな感じだから」

「ミノルらしくねーな。おれの性格は知っているだろう、用事があったらちゃんと断っているよ」

「本当に?」

「本当だ」

 ミノルが大きく呼吸をととのえてから。

「じゃあ、あたしがダイチに告白をしても。嫌だったらさ……ちゃんと断ってくれるってことだよね」

 真っすぐにこちらの目を見つめながら彼女は真剣に言葉にしていた。

「ああ。それが礼儀だからな」

 周りからの視線が刺さっている気もするがそんなていどのことで、ミノルの本気の言葉にはぐらかすような答えを口にするわけにもいかないしな。

「そっか。へへ、そうだよねー。それじゃあこれから色々と覚悟しといてね」

「おう」

 なんだかよく分からないが、ミノルの悩みは解決したようでいつも通りの表情に戻っているはず。

 うぬぼれた考えだろうが、今のは。

「なんかさ、こういうオシャレな店で男友達とケーキとか食べていると。恋人っぽいことをしたくなるよね……告白とか」

「その気分はよく分からないけど、女の子にとってはそうらしいな」

 やっぱり勘違いだったようだな。ミノルもおれのことを男友達としか認識してない。

「ダイチにとって、あたしは女の子って認識なの?」

「そうだけど……当たり前じゃないのか? おれとは違う性別なんだしさ」

「なるほど。確かにね」

 今日のミノルはなんか変だよな。この店を選んだこともだけど普段ならコンビニとかでからあげをおごれ、とか言うていどなのに。

「今日はからあげとか食べないのか?」

「あたしは女の子だからね、小食だし」

 すでに四種類のケーキを食べている女の子を一般的に小食というのか疑問だけど、本人がそう言っているんだからつっこむのは野暮か。

「おまたせしました」

「すみません。ありがとうございます」

 注文したハンバーガーを目の前のテーブルの上に置いてくれた店員さんに。

「お姉ちゃん、お名前は?」

 なぜか……同性であるはずのミノルが声をかけている。店に来た直後の話だと、今さら名前を聞く必要なんて。

 いや、お互いに顔は認識しているけど名前を知らないってパターンもあるのか。

「ウミノ。ウミノスイです」

 名前を聞いてきた相手が女の子だからか、とくに警戒した様子もなくあっさりと答えていた。

「源氏名みたいだね」

「よく言われます」

 と笑いながら、異性であるこっちを横目でにらんでいる。店員さんの名前を言いふらしたりするつもりはないんだけどね。

 まあ……お互いに知らない間柄なんだし、それぐらい警戒をしてもおかしくないのか。

「あたしはモノハミノル。こっちの野郎はねメグミノダイチ」

「他人の個人情報を漏らすなよ」

「まあまあ、細かいことは気にしない。今の時代は名前なんて名刺みたいなものだし」

「そのままじゃねーか」

 漫才の面白さはさておき店員さんにとっては警戒したくなる野郎の名前を聞けたことでそれとなく安心したんだろう。さっきよりも顔つきがやわらかくなっている。

 制服で、どこの学校の野郎かも分かるし。

「これはあたしのためのハンバーガー?」

「小食な女の子じゃなかったのか」

「ハンバーガーって地球人以外の宇宙人からは飲みものって認識でね」

「うぬぼれているのかもしれないけど。おれはさ、小食だから女の子っぽいとか考えたりしないタイプ」

「確かに、うぬぼれていますね」

 おうおうおう、あたしを女の子として意識しているのか? んー? とでも言いたそうな顔をミノルがしていた。

「だよなー。恥をかいたついでに言っておくと……さっきみたいに幸せそうに食べるのはミノルの才能だと思っていたんだ」

「ほおう。才能」

 すでに話は終わっているのだがなにかしらのオチがあると思っているようで、ミノルと店員のウミノさんがこちらを見ている。

「ケーキを幸せそうに食べる才能」

「ふむ」

「だからハンバーガーを食べてもオッケー」

「ダイチが気に入った、幸せそうに食べる姿はケーキでしか発動しないスキルだから今回はやめておきます」

「そうか」

 そもそも自分で食べるために注文をしたんだからな、なんの遠慮もする必要はないはずなのに空気が重たいような。

「ごゆっくりどうぞ」

「ああ。すみません」

 軽く会釈をしてから、ウミノさんが離れていく。重かった空気がほんの少し軽くなった気がする。

「ダイチってさ。ミステリー小説の登場人物だったら、余計なことを言って事件とは全くかかわらないで幸せに暮らせそうだよね」

「悪口なのか、それ?」

「ある意味で悪口だね。あたしが真犯人とかだったら……なにを言い出すのか分からない予測不能なダイチを招待しない」

「ミステリー小説の脇役にもなれないのか」

「ラブコメの主人公にはなれるかも」

 ハーレムつくるのに失敗をして、真犯人がミノルのミステリーになりそうだな。なんて冗談を言うつもりだったのに。

「ヒロインはあたしのね」

「おれなんかじゃ釣り合わないと思うぞ」

「おい。こっちを見ろよ」

「ああ……悪いわる」

 ミノルにキスをされた。というよりも勢いよく一方的に唇を押しつけられた感覚。

 動揺をしているはずなのにむしろ冷静に。

 今、ミノルと……なにが起こって。

「こっちを見てよ。今、ダイチとデートしているのはさ。あたしのほうなんだよ」

 いつの間にか、そばに立っていたミノルが声を震わせる。

「そう、だよな。悪い、悪かった」

「ううん。こっちこそ色々とごめんね」

 たまっていたなにかが、あふれてきているのかミノルが透明な玉のような涙を少しずつこぼしていく。

 親指でどれだけ拭っても次から次へと。

「でも」

「とりあえず店を出よう。二人きりで話せるほうがミノルも」

「うん。そうだね」

 もったいない精神なのか、お互いに残っていたケーキとハンバーガーをさっさと食べてから店を出ることに。

 料金は全ておれが払わせてもらった。

 こんなていどのことでミノルの思いのようなものの埋め合わせになるとは考えてないがそれでも。

「あっ。ポイントカードお願いします」

「さっきのうそ泣きじゃないよな」

「ダイチとの……デートの思い出ポイントをためておきたかったり」

「ものは言いようだな」

 それと、もしかするとおれは自分で思っているよりも女の子に騙されやすいのかもしれないな。

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