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泣かせたいけど泣かせたくない

「自分で言うのもなんだが……あたしは魅力的な女だと自負している」

「そうですね」

 注文したサンドイッチを飲みこんでから、ジュンさんの言葉を肯定した。彼女が首を傾げる。

「見てのとおり、メグミノとは性別が違うからかもしれないけど。いまいち、あたしはきみの考えかたがよく分からない」

 おそらく本当に悩んでいるんだろうが、男としての本能のせいでジュンさんの胸のほうに目がいく。なまめかしいというか、もう少し自重してくれ。

「あたしを見て……いやらしい気持ちになったりはするんだろう?」

「否定はしませんが。これ、真面目な話につながるんですよね」

「どうだろうなー。実はメグミノの困っている姿をあたしが見たいだけの可能性もある」

 オムライスまでたいらげたのにまだお腹が空いているのかサンドイッチを見つめる。

「食べます?」

「食べさせてくれ」

 ジュンさんが口を開いた。相変わらず表情が変化しないので鳥のひなにエサをあげているような感覚に近く、ムードもなにもない。

「さて、なんの話だったかな?」

 わざとか、ボケたようにジュンさんが言う。

「多分、どうしてミノルさんを選ばなかったんだ。となじっていた最中かと」

「それは違うな」

 きっぱりとジュンさんに否定された。

「ほれたはれたに関しては本人たちの話。それこそ第三者のあたしがしゃしゃり出るところじゃない。ま、できることならメグミノと付き合って妹に貸し出ししてやろうとさっきは企んだが」

「すでにしゃしゃり出ていたのでは?」

「冗談だ。真に受けるなよ」

 普通だったら軽く笑いとばす場面なんだと思うがジュンさんの表情は固定されたままなので、なんとなく反応しづらい。

 それに、今の話の半分ぐらいは明らかに嘘だったしな。

「これは、あたしなりの愛情なんだが。今からでも付き合わないか? そのミズキちゃんやら妹よりも女として満足させてやる自信もあるし」

「相手はおれなんですけど」

「分かりづらいか。もう少し努力すれば、あたしの今の気持ちを表情にしてやれるんだがな」

「どっちにしても断りますよ」

「なんだ……ちゃんと自覚はしていたのか。自分が妹にほれちゃっていることに」

 つい、黙ってしまった。思っていたとおりの反応だったようでジュンさんがようやく笑った。

「わざわざそれを確かめるために二回も告白をしたんですか」

「いんや。風邪をひいている妹へのプレゼントでも用意してやろうと思ったんだが取り越し苦労だったようだな」

「あの」

「さっきも言ったが、ほれたはれたは本人たちの話だ。あたしのことは気にしないでくれ」

 気になるところがあるとすれば……どうして妹にほれているのにミズキちゃんと疑似恋愛をしているのか、ってところだな。そうジュンさんが続けた。

「答えたほうが良いですかね」

「ミズキちゃんに押し切られただけだろう」

「正確にはウミノさんですが」

「きみは優しいね。騙されてあげて」

 ジュンさんは笑ったままだった。機嫌が良いのか彼女がメロディーを口ずさんでいる。

「というか、きみにほれている女の子たちが優しいのか。自覚をしているだろうが、それだけ優柔不断なのに許してくれるのも珍しい」

「そうですね」

「あと、うぬぼれすぎるなよ。別にきみが選ばなくたって普通に生きていける。失恋なんて、誰にでもある話だ」

 思わず笑ってしまった。

「笑える場面じゃないと思うんだがね」

「それは分かっているんですが。おれが知っている異性の中でジュンさんが一番やさしいな、と思ってしまったので」

 ちゃんとなじってくれたのジュンさんだけだし。

「今からでも付き合えるぞ」

「自分で言いますよ。今からでも」

 てっきりジュンさんは苦い顔をすると思っていたのだが、さらにご機嫌っぽいような。

 シスコンだし、さっきの気にしないでくれ……もやせ我慢なんだと。

「ところで、ジュンさんはいつから気づいていたんですか。おれがミノルさんにほれていることに」

「ついさっき」

「いや……ボケとかじゃなくて」

「真面目にだよ。確か、今日は妹と遊園地でデートする予定だったんだろ。その場所はメグミノの行きつけの仮面店のあたり」

「ええ。そうですが」

「デートがおじゃんになれば、メグミノは仮面店でゲームでも買うはず。なのに、遠くのあたしと妹の家の近くをうろちょろしている」

「それだけでミノルさんにほれているかどうかは、さすがに分からないのでは」

 風邪をひいているのを知っていれば、それなりに遠くてもお見舞いに行くのが普通では。そうおれが続けるとジュンさんが変な顔をした。

「あたしは妹が風邪をひいているとは、電話でメグミノに伝えてなかったはずだがな」

「誘導尋問ですか、やりますね」

「メグミノが勝手に間違えただけだろう。それに、ほれたはれた関係なく妹と仲なおりしたいから家にお邪魔しようとしていたって可能性が」

「それは悪あがきにもほどがあるでしょう」

「で、妹のどこにほれたんだ?」

 ジュンさん的には、からかっているつもりはなくただただミノルのことを語り合いたいだけなんだと分かっていても上手く唇が動かない。

 重度のシスコンとはいえ、さすがに理解されないレベルの話だよな。

「多分、泣き顔かと」

 握手をされた。長年さがしていた同士と出会えたみたいな視線をジュンさんが向けてくる。この辺りには変態しか住んでないんだろうか。

「分かる。分かるぞ……妹の真価が発揮をするのは泣いている時だよな。うんうん、さすがメグミノ。あたしが見込んだだけのことはある」

 なんで評価が上がっているんだよ。

「おれはノーマルです。ジュンさんほどのシスコンになった覚えもありません」

「そうだよな。最初は誰だって戸惑うよな。でも、すぐに気づくんだ……それは進化だってさ」

 もう諦めるしかなさそうだな。ここまでの変態になりたいとは思わないが、ミノルと付き合いたいと願うならこのジュンさんとも関わらないといけなくなってくるんだし。

「あの、そんなにミノルさんを大好きなジュンさん的には彼氏ができるのは嫌じゃないんですか?」

「別にあたしはシスコンじゃないぞ。かわいすぎる妹を家族として愛しているだけだ」

 ボケ……ではないよな。目が真剣なままだし。

「かわいすぎる妹が変な男に引っかからないかどうか心配するのは普通だろう」

「確かに普通の姉妹の感情ですね」

「かわいすぎる妹が失恋して傷つけば、慰めようとするのも当たり前」

「ええ」

「だったら、そんな時には姉としては一肌脱いで、添い寝するのが家族というもの」

「うん?」

「まあ、今は失恋じゃなくて風邪をひいているだけだから普通に添い寝して、かわいすぎる妹がちゃんと育っているのか確かめようと」

「ジュンさん、アウトです」

 外道かどうかはともかく完全にシスコンだった。

「かわいすぎる妹を溺愛しすぎることが法に触れてしまうとは罪深い存在だなー。あたしの妹は」

「話を戻しますけど……本当におれが付き合っても良いんですか。ミノルさんと」

 告白が成功するしないは、また別問題として。

「あたしは姉だからな。もしも兄だったら反対していただろう。運が良かったな、メグミノ」

「本音は?」

「本音だよ。かわいすぎる妹がさらに可愛く、幸せそうな顔をするのはメグミノの話をしている時だけだからな」

 できることならその状態の妹を押し倒したいが、世の中は上手くいかないものだ。そうジュンさんが息をつく。

「それと失恋をさせるのならメグミノが一番だとも思っている。どこぞの知らない馬の骨よりは目の前の山羊の骨のほうがまだマシだし」

「仮に、その山羊の骨がミノルさんと付き合わないとか言いだしたら」

「あたしが口説き落とす」

「ぶれないですね」

 個人的にはその選択が一番、楽な気もするが。

「メグミノもそうだろう?」

「ぶれないというよりマゾヒストなだけかと」

「ごめん。あたしはノーマルなんだ」

「安心してください。おれもですよ」

 泣かせてしまった女の子を可愛いと思い、ほれてしまったんだから告白するしかない。幼なじみとの初恋はそうそう成就しないものなんだと、なんとか自分をだましつつ。

 本音をいえば、あの幼なじみが泣いているところを見たいだけなのかもしれない。

「家まで送りますよ」

 喫茶店から出ようとしているジュンさんにそんな提案をすると、にやりとされた。

「メグミノの本音は?」

「風邪で弱っているミノルさんが見たいのでついていっても良いですか」

「正直でよろしい」

 メグミノ半分もってくれ、と言われて手渡された買いもの袋は思っていたよりも軽かった。




 鍋がのっている木製の盆をジュンさんに運ぶように言われた。中身はお粥なので、風邪をひいているミノルのための食事なのは分かるが。

「一人で、ですか?」

「妹は二人きりのほうが喜ぶ、それだけの話だよ」

 それといやらしいことがしたくなったら、あたしが妹の代わりに相手をしてやるぞ、ともジュンさんに釘をさされた。

「まだ告白すらしてませんし」

「男の本能にそういう立場は関係ないだろう。頭の中がそうなったら誰にも止められない」

「詳しいですね」

「実体験だからな」

 かわいすぎるミノルに対しジュンさんがそういうことをしたくなった可能性もある話だと考えつつ、くだんの彼女の部屋に向かう。

 両手がふさがっているのでジュンさんにミノルの部屋のドアの開閉を手伝ってもらった。

「おそい」

 とりあえず小さめの白いテーブルの上に木製の盆を置くと背後から弱々しいミノルの声が。重そうにまぶたを閉じているので相手がおれだとは気づいてないらしい。

「もう……夕方ぐらい。さすがにお腹すいた」

 目をつぶったままの状態でミノルがベッドの上で寝返りをうつ。返事をしようかとも思ったがなんとなく黙っていた。

「プリンは?」

 さっきジュンさんが冷蔵庫に入れていたっけ。

「買ってあるよ。食後のデザートってことで」

「ん」

「起きられるか?」

「うん」

 こちらの手を借りず、彼女が上半身を起こした。

 細目ではあるけど、さすがにジュンさんじゃないと気づくと思ったのにミノルはとくに反応しない。

 顔は赤いが元気はありそうだな……食欲のほうもそれなりにあるみたいだし。

「電話は?」

「メグミノにか、ちゃんとしたよ」

 ジュンさんだと勘違いしていることを、わざわざ病人に指摘する必要もない。

「怒ってた?」

 風邪のことについて伝えないようにミノル本人が指示していたっぽいな、今の口ぶりだと。

「今のメグミノの立場的にはミノルに断られて当然だと考えてくれていたと思う」

「行きたかった」

「風邪が治ったら連れていってあげるよ」

「お姉ちゃんとじゃないから」

 しばらくの間ミノルはうなっていたが今さらどうしようもならないと諦めたようで大人しくなった。

「お姉ちゃん」

「なに」

「なんでダイチは誘ってくれたのかな?」

「遊園地のチケットとかが余っていたからじゃないのか」

「だよね」

 口を開けているミノルにお粥を食べさせた。まだ気づいてないようでゆるんだ表情をしている。

「そもそもの話なんだけど……今回は本当にデートだったのか? 他にも友達がいるとか」

「あー、そういえば。なんか小学生の女の子も一緒にいるとか言っていた気がする。ふらふらする」

 風邪の症状か、上半身を左右に揺り動かしているミノル。細めている彼女の目がこちらに向く。

「なんか……お姉ちゃん、胸が小さくなった?」

「寝ぼけているからそう見えるんじゃないか」

「そうかなー。本当に」

 顔を近づけてきたミノルが目を見開いた。適切な名称の表情がどれかは分からなかったけど、少なくとも彼女にとっては好ましくないシチュエーションだったようで青ざめていく。

「えっと、なにゆえ」

「お見舞い」

「うん。まあ、誰もが納得する答えだよね」

「帰ったほうがいいか?」

「ちょっとだけ考えさせて」

 お粥の味を変えている間に答えは決まったようで先ほどよりも恥ずかしそうにミノルはレンゲを口の中に入れさせてくれた。

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