特権というより
「で、なんでそのリンちゃんなりの落とし前とやらが……ダイチとミノルちゃんをデートさせることになるの?」
昼休み。ミノルに気でもつかってくれているのかそんなに人気のない屋上で幼なじみとパンをかじることに。天気こそ晴れているが、かなり肌寒い。
「リンちゃん的には、おれとミノルはただの友達で普通のケンカをしていると」
「それで合っているんじゃないの。ダイチとミノルちゃんはただの友達なんだから」
「なじるのやめてくれません」
「わざわざ、なじられに来ているダイチには言われたくない」
話さないほうが良かったかな。でも、あとでバレたら今よりも面倒だったろうし。
「なんで、なじられに来たの?」
「別に変でもないような。疑似恋愛とはいえお付き合いをしている相手にはできるだけ誠実であるべきかと」
「本当に誠実だったら小学生の女の子にも騙されてあげないんじゃない」
「どっちにしてもミノルとは決着をつけないといけなかったんだし、おれ的には良かったと思っているよ」
それにリンちゃんの気が済むようにしてあげないと悩んでしまいそうだったから、と続けたせいなのか幼なじみが不満そうな顔をした。
「振るの?」
「おれが好きなのはミズキさんなので」
「あんなに可愛いミノルちゃんを振ることができるの?」
「正直、自信はない」
前回の告白の時はミノルの作戦だったこともありスムーズに断れたが、今回はそう簡単にはいかせてくれない。
そもそも……リンちゃんが計画をしてくれている仲なおりデートとやらもできるかどうか。
「わたしとは疑似恋愛だよ」
「正確にはウミノさんとだがな」
「まだ恋人っぽいこともしてないし」
「正式なカップルだと思ってないので」
「そう。わたしと恋人っぽいことをしたら、正式なカップルだと認識してくれるんだ」
やっぱり、そう簡単に変われないよな。分かっていて女の子に騙されるのもそんなに悪くないみたいだし。
「今の、わざと?」
隣に立っている幼なじみが聞いてきた。
「結果は同じだし。そうやって騙してくれてるほうが安心する」
というよりミノルのほうが危なっかしいから相対的に幼なじみにそれを求めているのかもしれない。
「どんどん悪い男になってきてるね」
「これからミノルを振らないといけないんだから、仕方ないだろう」
「どうせなら、女の子をなん人もはべらせるぐらいの悪い男を目指してみては」
「そこまで焚きつけてくれなくてもさ……ちゃんとミノルを振ってくる。おれがほれているのはミズキなんだから」
「キュン」
「茶化さないでくれ」
屋上の扉が開閉する音が聞こえた。幼なじみも、誰もいなくなってしまったことを確認している。
「寒い」
「そろそろ時間だし、教室に戻るか」
「屋上で二人きり」
「疑似恋愛だったはずでは」
「女の子に騙されるのが得意なダイチが勝手にしてくれるだけでしょう」
幼なじみの身体にあまり密着をしないように後ろから抱きつき、お腹のほうに両腕をまわす。
髪からただよう甘い匂いがするせいか、少し妄想をしてしまう。幼なじみとは、まだ疑似恋愛という関係なんだ……それなのに男としての本能か。
「エッチなことでも考えている?」
「寒そうだから、あたためているだけ」
「保健室のベッドに行こうぜ的な」
「考えてない」
幼なじみが不満そうな声をだした。多分、保健室のベッドに行きたいと肯定していたら……そういうつもりじゃないとつっぱねていただろうに。
女の子はなにを考えているのかよく分からない。
「ミズキ」
「なに?」
「仮にだけどさ、おれがミズキと付き合いたくないと伝えたら」
「さっさと諦める。わたしのほれちゃった男の子の頼みはできるだけ叶えてあげたいし」
やっぱりミノルちゃんのほうが好きなの? と、幼なじみが言った。
「いや。ミズキのほうが好きだと思う」
「だったら、そんな質問しないでほしいかな。そういう可能性があることすら考えたくない」
「ごめん」
「謝らなくてもいいよ。あのダイチが甘えてくれるのはわたしだけの特権」
後ろから抱きつかれたままで幼なじみがおれの頭をなでる。いつも触っている自分の髪の毛とは違うからか、どことなくぎこちない。震えている。
「保健室のベッドに」
「却下します」
おそらく、まだ疑似恋愛の関係で手をだすつもりがないことを分かっていながらも幼なじみは力強く断ってくれた。なぜか、ほっとしていた。
ミノルとの仲なおりデートは実行されなかった。リンちゃんがまた落ちこむかもしれないと心配したのだが。
「人生には別れがつきものです。世界中のきれいな女の子とよろしくやりたいと願っても叶わないのが当たり前ですからね」
と半分ぐらいは納得できそうなことを言い、逆にこちらを慰めようとしてくれた。
埋め合わせでもないがリンちゃんと遊園地デートをすることに。
「あんまり子どもあつかいしないでください」
なんてつっこみながらも楽しんではくれたようでまんざらでもなさそうな顔で帰ってくれた。
仮面店で新しいゲームでも買おうかと思いつつ、そちらのほうに向かっている途中。ミノルと顔立ちが似ている女性と遭遇。
会いたくなかった、とまでは言わないが。できることなら寿命がきれるまで会わなくても全く問題がない人間ではある。
「お、お久しぶりです」
無視をしても、表情一つ変えないまま相手が動じないことは分かっているが……挨拶しないわけにもいかないよな。
「妹が風邪をひいてしまったんだ」
その情報はできれば、ついさっきの電話で伝えてほしかったような。
「えっと、それじゃあ今はそのミノルさんのための買いものをしている最中なんですね」
「絶望だ。このまま妹の風邪がなおらなかったら、そうなったら妹の着替えをこの先もずっと手伝えるのか。それも悪くない」
相変わらず会話が上手く成立しない。というか、ミノルが偉大なアメミヤを嫌いな理由って。世の中には知らないほうが良いこともあるか。
「あの、ジュンさん」
「んー。ああ……なんだ。さっきから視界に人間がはいっていると思ったらメグミノだったか。どうかしたのか? あたしは今、絶望しているんだ」
妹の着替えを手伝いつづけることにだろうか。
「それよりも聞いてくれ。かわいすぎる妹が風邪をひいてしまったんだ。まあ、最近。変だとは思っていたんだがな……あたしがやさしく抱きしめようとするとすぐに逃げてしまうし」
「そうなんですね」
「さっきもな。風邪をひいているのにどこかの馬の骨のところに行きたいとか言ってきたんだ。こんなに妹を愛している姉がいるのにだぞ。かわいすぎるとは思わないか?」
「可愛いというか立派ですね」
「そうなんだよ! さすがメグミノ、あたしの次に妹のことを分かっているな! 立ち話もなんだし、家に来い。お茶ぐらい出すぞ」
近いうちにそのかわいすぎるミノルさんと色々な決着をつけようとしている相手だと知っていたら、ジュンさんは……できることなら考えたくないな。
「いや、ちょっと待て。家はマズイな。妹の風邪が馬の骨に感染をしてしまう、それは姉であるあたしだけの特権だし」
「おかまいなく。多分、ミノルさんに頼まれた買いものの途中なんでしょうから」
ジュンさんが両手にもっているビニール袋を言いわけにその場をはなれようとしてみたが。
「おいおい、あんまり女に恥をかかせないでくれ。そこの喫茶店でコーヒーやらパフェをおごってやるから付き合え」
頬を赤らめてくれたら女性として魅力的に見えたかもしれないけど、相変わらずととのった顔は少しも変わらない。
そもそも、ジュンさんがミノルのこと以外でこの馬の骨を誘うなんてあるわけ。
「別にメグミノと妹が付き合うのを反対するつもりはさらさらない。それに相手がきみなら色々と把握しやすいしな」
向かいのソファーに座っているジュンさんが注文したグラタンを食べながら、そう言った。基本的にどんな姿勢でもかまわないが、テーブルの上に胸をのせないでほしい。
「えっと、まだミノルさんと付き合うとは」
「大体の事情は分かっている。妹からあの手この手で聞きださせてもらったから」
「そういうことをするから、ミノルさんから距離をおかれてしまうのでは」
「話を逸らすなよ。今日はメグミノが主役だ」
ガラスのコップの水をジュンさんが一気に飲む。
「話を聞きだしたのなら、おれがミノルさん以外の女の子と疑似恋愛していることも」
「把握してる」
「だったら、ジュンさんがしゃしゃり出てくることないのでは? ミノルさんが可愛いのは分かりますけど見守るのも」
「あははは……嘘をつくのが上手くなったんだな。そうかそうか。へー、あのメグミノがなー」
やっぱり苦手だな、この人。ミノルとはまた違う角度から自分のペースに巻きこむのが上手いし。
「オオカミミズキちゃんとやらの影響か?」
「関係ないかと。イメチェンの成果です」
「そう。あと視線には気をつけろよ……健全な男子高校生だと許してくれる寛容な女はレアだから」
ジュンさんの胸を見て、恥ずかしがっていたのがバレていたらしい。
「たぶらかすのやめてくれません」
「別にいいじゃないか。胸を見たぐらいで興奮する男を好む女もいるんだし、あたしの妹とか」
「もしかして……ミノルさんに変なアドバイスとかしてませんよね?」
ジュンさんは質問に答えず、くすくすと笑う。
その表情が答えなんだろう。最近やたらとミノルのスキンシップが多かったのは彼女が原因か。
「誰も不幸になってないんだから別に良いだろう」
「おれの寿命が縮んでいるんですが」
「あと百年も生きられるんだ、上等じゃないか」
「なんで、おれの寿命を把握しているんですか」
「神さまに聞いたからね」
「おれにチート能力をさずけてくれるように伝えておいてくれません。その神さまとやらに」
生返事をすると、ジュンさんは店員さんを呼んでオムライスを追加注文した。メグミノもなにか食べないか? と言いたそうな視線を向けてきたので、サンドイッチをおごってもらうことに。
「冗談はこれくらいにして。メグミノくん、あたしと付き合うつもりはある?」
店員さんが、こちらの声が聞こえないところまではなれたのを確認してからジュンさんは言った。
「本題に」
「いたって真面目だ。顔が良くて、話もそこそこに面白い。年齢も、大学生と高校生だったら非現実的なレベルではないし」
「ごめんなさい。付き合えません」
「なるほど。確かに……へこむな」
なんて言っているが、ジュンさんはほとんど普段と変わらない表情のままで水を飲んでいた。