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少女成長中

 ウミノさんに手を引っぱられビザージュの裏手、従業員が出入りをしているはずの扉の前に移動させられた。

「あの人とはどういう関係?」

 少なくともおれとウミノさんは恋人関係ではないのでそんな責められる筋合いはないと思うのだが。

「お客さんと店員さんの関係ですかね」

「主従関係ってこと?」

「曲解にもほどがあるような……そのまんまの意味です。本屋みたいなところで働いているのを知っているだけで」

「ダイくんと呼ばれていたかと」

「どうしてそう呼んでくれているのかこっちのほうが知りたいですよ」

 いつぞや幼なじみにアケビさんからそう呼ばれている経緯を話した時と同じように、ウミノさんにも同じ説明をした。

 不満そうな顔をしているが、ウミノさんも一応は納得をしてくれたんだろう。

「というか……そっちこそアケビさんとはどういう関係なんですか?」

 友達とまでは言いづらいが気心が知れた相手ではありそうだし。

「お客さんと店員さんの関係です」

「なるほど」

「ボケじゃなくて本当の話。メグミノくんも知っていると思うけれど、あの人は。仮面店ってところで働いているの」

「そのアケビさんとはヤングコーナーが初対面?」

 ウミノさんがうなずいている。ヤングコーナーを利用していることについてはこれ以上聞かないほうが良さそうか。

 性別や年齢に関係なく誰でもはっちゃけたい時はあるからな。

「さ、ちゃんと話したんですから。メグミノくんもあの人とはどういう関係なのかをきっちりと教えてください」

「きっちりもなにも」

 ウミノさんの後ろにある、従業員が出入りをしているはずの扉がわずかに開いていた。その隙間から中学生ぐらいの女の子がこちらを覗く。

「どうかしたの?」

 ウミノさんも扉のほうに視線を向ける。

「お取りこみしているところすみません。母がそろそろ戻ってきてほしいと」

「うん。分かった。ありがとうね」

 こちらをちらっと見てから、ウミノさんは中学生ぐらいの女の子の横を通り抜けて、店の中に戻っていった。

 あのミノルよりも、さらに背が低そうな女の子が近づいてきている。観察しているのかあっちこっちの角度から彼女に見上げられた。

「あのお姉ちゃんがほれてしまうのも分かるぐらいの男前さんですね」

「そうなんだ。ありがとう」

 目の前で立ち止まった、中学生ぐらいの女の子が黙ったままでいる。幼なじみやミノルやウミノさんとはまた違う緊張感があるような。

「その、名前はなんていうのかな?」

「リン……トモシビリンです。ウミノさんをはべらせているようにリンちゃんと呼んでくだされば」

「ウミノさんをはべらせてないよ。リンちゃん」

「ウミノさん以外の女の子をはべらせている、お兄ちゃんの名前はなんでしょうか?」

 やっぱり日本語って難しいな……とりあえずリンちゃんに名前を教えた。

「ダイチお兄ちゃんですか。ところでさっきのお姉ちゃんの名前はなんでしたっけ?」

 ウミノさんとはそれほど面識がないのか。

「ウミノスイさんだよ」

「ほう」

 リンちゃんの大きな黒い瞳があらぬ方向に動いている。なにかを考えているのか、小さくうなり声をだしていた。

「あっ。もしかすると、あのお姉ちゃんは恥ずかしがり屋だったりするんですか?」

「どちらかというと……誰とでも仲良くなれそうなタイプだと思うけど」

「ダイチお兄ちゃんとも仲良しですからね」

 なんとなく今の台詞にはリンちゃんなりのトゲがあった気がする。

「話が長くなりそうですし。中にどうぞ」

 少しマイペースなところがあるようで……こちらの都合も聞かないまま。リンちゃんが扉を開けて、おれのほうを見つめていた。

 女の子の願いをないがしろにするわけにいかないのでお邪魔させてもらうことに。

 扉を閉めて鍵をかけてから通用口のようなところを歩いていく。喫煙スペースも兼ねているのか円柱の灰皿が置いてあった。

 入ってきたところから、すぐ近くの左手にあった扉を横切り土足でゆるやかな階段をあがる。

「リンちゃん。もしかしてお家のほうに案内しようとしてくれているの?」

「違います。ダイチお兄ちゃんとは、まだ友達未満なのでお店の休憩スペースに案内をしようと思ってます」

 リンちゃんが中学生なのかどうかは分からないがきちんとそれなりの警戒心はあるらしい。

「えーっと……わたしはダイチお兄ちゃんを信じていますが。母がまだ」

「リンちゃんはいい子なんだね」

「あまり子どもあつかいをしないでください。これでももうすぐ中学生なんですから」

 むしろ、まだ小学生だったようだな。

「リンちゃんってまだ小学生だったんだね」

「わたしもはべらせるつもりで」

「単純にリンちゃんが中学生ぐらいかな、と思っていただけだよ」

「実年齢よりも老けて見えるんですね」

 言いかたはさておき……リンちゃん的にはうれしかったようで先ほどよりも軽やかに移動している。

 階段をあがり、一本道を歩く。どことなく無骨な感じで住居としてほとんど使ってなさそうだな。

「ここです」

 扉を開けてくれている、リンちゃんの真横を通りぬけて……あたたかい空気が漂っているのであろう部屋に入った。

 入り口から見て右端に、座敷のようなスペースがある。そこでリンちゃんは勉強をしていたらしく、こたつの上に筆記用具やらノートが置いてあった。

「さあ……ここであのお姉ちゃんが戻ってくるまでくつろいでいてください」

「ありがとう」

 とは言ったものの、座敷のこたつに足をつっこむわけにもいかないよな。

 かといって、立ちっぱなしだとリンちゃんが気をつかうだろうから。座敷の近くの木製の椅子に座らせてもらうことに。

「寒くないんですか?」

 座敷のこたつに両足をつっこんでいるリンちゃんが不思議そうに首を傾げる。

「暖房がきいているし。それにヘンテコなくつ下を履いているから、あんまり見られたくないんだ」

「ヘンテコなくつ下ですか」

 かたつむりみたいに、こたつを背負っているような姿のリンちゃんがスニーカーを見下ろす。

「勉強しなくていいのかい」

「ダイチお兄ちゃんがくつ下を見せてくれたなら、やるかもしれません」

 本当にヘンテコなくつ下を見たいだけなのか……勉強しなくてもいい理由を見つけてしまったのか。

 リンちゃんの勉強の邪魔をするわけにもいかないので、こたつにお邪魔させてもらう。

「そのかわいいくつ下はどこで買ったんですか?」

 性別による美的感覚の違いは、思っていたよりも大きいものらしい。

「プレゼントだよ」

「趣味のいい、男の子もいるんですね」

 いつぞや幼なじみからプレゼントされたものなんだが小学生のリンちゃんにはまだそういう考えかたは疎いようだった。

「リンちゃんも誕生日とかに友達からプレゼントをもらったりするの?」

「そうですね。ダイチお兄ちゃんみたいに異性からもらったりしませんけど」

「えっと……気づいていたのかな」

「はい。そのかわいいくつ下は、普通の男の子なら知らないブランドのものですから」

「なんか、ごめんね」

「いえ。女の子からプレゼントされたものを隠したがる男の子の気持ちはよく分かるので気にしないでください」

 想像以上にリンちゃんは大人びているようだな。それとも最近の小学生はこれくらい精神が成熟しているのかね。

「生意気ですか?」

 なぜかリンちゃんがそう聞いてきた。

「うーん、生意気というよりも。少し大人びすぎているって感じかな」

 友達とかにそういうことを言われたの? なんて質問は、他のちゃんとした大人たちから聞き飽きているだろう。

 そんな質問をされるのがある種パターン化をしていたのかリンちゃんが不思議そうな表情をこちらに向ける。

「ダイチお兄ちゃんは変な大人ですね」

「当の本人は大人だと思ってないから、ただの変人になっちゃうね」

「大人じゃなかったら、なんの変人なんですか?」

「高校生の変人かと」

 気づいているのかどうかは分からないが声をださないでリンちゃんが笑う。今の表情は年相応のものだったので少し安心した。

「まあ、リンちゃんのやりたいようにやれば良いんだと思うよ。別に悪いことをしているわけじゃないんだし」

「生意気でも?」

「そう言った人が、リンちゃんのどこを生意気だと思ったかは知らないけど。お兄ちゃん的には年相応の反応」

 もしかしたら……そう言ってきた人はリンちゃんのことが好きなのかもしれないね。と楽観的な考えかたも伝えておいた。

 他のまともな大人がそんなことを言うわけがないのでリンちゃんが気になっている男子にでも言われたんだろうしな。

「本当にわたしを好きなら悪口は言わないかと」

「悪口を言ってやろうとしたんじゃなくて……リンちゃんに興味をもって欲しかったんじゃないかな。悪い印象だとしても」

「でも、嫌われるだけでは?」

「大人の世界では、嫌いな人を好きになったりする場合があったりするんだよね。小さい頃に食べられなかった嫌いな食べものが好きになっちゃうとか」

「トマトをですか」

 リンちゃんはトマトが嫌いなようだ。

 もう相談は終わったようでリンちゃんがノートになにかを書きはじめた。邪魔をしないように黙っていると。

 立ち上がったリンちゃんが向かいに座ったままのおれのほうに近づいてきた。

「ダイチお兄ちゃんは、わたしが嫌いですか?」

「ぜんぜん。今日はじめて会ったけどリンちゃんのことは好きだよ」

「どれくらい」

「人並みかな」

「なるほど……小学生のわたしをはべらせたいとは思ってないんですね」

 今の台詞は聞こえなかったことにしよう。

「こたつに入ってもいいですか」

「ここはリンちゃんの家じゃなかったっけ」

「ダイチお兄ちゃんは鈍いですね」

 リンちゃんに左肩を軽く平手で叩かれた。

「わたしがこたつに入ってもいいですか……と聞くときはダイチお兄ちゃんの両足の間に座りたいからだと教えたはずなのに」

「そうだったね。ごめんごめん」

 初対面だったよね、なんてつっこみは野暮すぎるとしても。ほとんど知らないお兄ちゃんに触れても平気なのかね。

 おれが思っているよりも最近の小学生の距離感としては普通なのかもしれないな。色々と危ういが。

「ダイチお兄ちゃんは、女の子を甘やかしてしまうタイプなんですね」

 両足の間にすっぽりとおさまり、こちらにもたれかかってきているリンちゃんがそう口にした。

「お兄ちゃんはそう思ってないんだけど。周りからはリンちゃんと同じことを言われているかな」

「ふーん」

 もたれかかったままで、リンちゃんは全く動こうとしない。

「勉強しなくていいの?」

「今日の分はもう終わりました」

「そうなんだ。えらいね」

 会話が途切れてしまった。せめてもの幸いはリンちゃんが沈黙を楽しめるタイプだったことか。

 こたつと暖房であたたかいおかげかもしれないがにへーっとした表情のリンちゃんが見上げている。

 笑うというよりは心地よさを楽しんでいるという感じの顔つきなんだろう。

「わたしには母しかいません」

「ん? うん」

「だからこそ、たまにダイチお兄ちゃんみたいな人に甘えたくなったりします」

「お兄ちゃんは良いやつじゃないよ」

「今のがうそだと分かってて騙されてくれるんですから、わたしにとっては良い人ではないかと」

「うそは駄目だよ。お兄ちゃんみたいに、なんでもかんでも信じちゃう人もいるからさ」

「じゃあ……うそをついたことに対するおしおきをしてください」

 リンちゃんに言質をとられたような感覚。

「うーん。多分だけど、今のは全くのうそでもないんじゃないのかな」

「というと?」

「リンちゃんにはお父さんがちゃんといるんだけど仕事をがんばりすぎていてすぐには会えないとか」

「そうだったら、ダイチお兄ちゃんはわたしになにかしてくれ」

 扉から三回ノックをする音が聞こえた……それにリンちゃんが返事をしている。

 別にやましいことはしてないと思うのだが、扉を開けたままでかたまっているウミノさんを見てなのか心臓の音が大きくなっていた。

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