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質問の答えが分かっていても

 認識することは重要らしく、あの日からアメミヤがミノルに声をかけているところをよく見かける気がする。

 おそらく、これまでもアメミヤは同じような行動をしていたはずなんだが。おれはライバルの存在をはっきり認識してなかったから気づかないでいた。

 いつぞや、ミノルと一緒に歩いている時に特定の女子生徒から見られていたことに気づいてなかったのと同じように。

「おまたせしました」

 ミノルとのデートから一週間ほどが過ぎ。一応は仲なおりしたことをウミノさんにも報告しておこうとビザージュに来ていた。

 バイトのシフトを本人から聞いたわけじゃないが少なくとも金曜日は確実に出勤を。

「で、どうなりましたか?」

「ちびっこのミノルとは仲なおりできました」

「ほほう……幼なじみさんのほうとは険悪になってしまったんですね」

 銀製のトレイを抱きしめるようにもちつつウミノさんがにやりとしている。

「どうして分かったんですか?」

「女の勘。それにわざわざモノハさんと仲なおりをしたことだけをわたしに報告しに来るのも変かと」

「今は」

「店長もメグミノくんの恋愛の話が気になっているようなので心配無用です」

「店の心配を最優先するべきでは」

 カウンター越しにいる若そうな女性の店長さんがこちらに向かって親指を立てていた。

 とりあえず頭だけは下げておくことに。

「今日も相談にのってあげますよ」

「とても善人の顔つきには見えないような」

 とはいえ迷える子羊であろうおれには他に選択肢がない。それに、ウミノさんが本当にほれてくれているのかどうかも確認をしておきたかったりもするしな。

 あの日の昼休みの幼なじみとのやりとりをできるだけ細かく説明すると。

「好きだった女の子が告白してくれているのにどうして付き合ってないんですか」

 ウミノさんにきっぱり言われた。

「やっぱり告白されてましたか」

「告白じゃなかったら、わざわざ唇にキスをしないかと」

 せっかく、鈍感なメグミノくんのためにそこまで分かりやすくしてくれているのに……とウミノさんがぶーたれている。

「こわいんですか?」

 向かいの席に座っているウミノさんがなんの感情もなさそうに聞いてきた。

「というより、そういうないがしろな選択もできると自覚をしていることがこわかったりします」

 頭の悪そうな人が賢そうなことを言ってもボロがでちゃいますよ、とでも言いたそうな表情でウミノさんがこちらを見ている。

「頭の悪そうな人が賢そうなことを言ってもボロがでちゃいますよ」

 本当にそう思われていたらしい。

「学校の成績は良いほうなんですが」

「そうでしたか。全く意外じゃないですよ」

「えっとですね、つまり頭の悪いおれがなにを言いたいのかというと」

「女の子をないがしろにできる人間だったらいつか付き合っている方のことさえも、そうしてしまうんじゃないかと不安なんですね」

 淡々とウミノさんは口にしている。先ほどまでの相手をからかうような笑みはほんの少しも浮かべていない。

「まあまあ頭の悪いメグミノくんの気持ちは分からないでもないですが、そんなことは付き合ってから考えるべきかと」

「それでは遅いのでは」

「まずは頭が悪くないとつっこんでくれると助かります」

 どうやらボケてくれていたみたいだな。

 この前もだけど意外と会話に笑いを求めるタイプの女の子なのか、あの茶髪のちびっこのように。

「ものごとの取捨選択が下手なので、やっぱり頭は悪いですよ。おれは」

「だったら、いっそのこともっと頭の悪そうな選択をしても良いかもしれませんね」

「例えば?」

「わたしと付き合うとか」

 脳みその動きが止まる……また分かりにくいボケかとも思ったが、ウミノさんが照れくさそうにしていた。

「言葉が足りませんでしたね。本当の恋人ができた時のための練習として、わたしと一種の疑似恋愛をするのはどうかと」

「余計に問題が増えるような」

「わたし的には名案だと思うんですけどね。大好きなメグミノくんと出会えるきっかけがさらに増えるわけですし」

「からかわないでくれません」

 こちらは軽く笑ったが、ウミノさんは笑わない。

「本当にないがしろにしそうですね。あのメグミノくんでも」

 意地悪そうな笑みを浮かべるウミノさん。

「できればで良いんですけど。ほれてくれた理由を教えてくれると」

「顔」

「シンプルな答えをありがとうございます」

 まだ結婚を前提としない高校生同士の恋愛なんだからこれくらいシンプルなほうが普通なんだろう。

「疑似だったとしてもウミノさんと付き合えるのはうれしいん」

「ええ。メグミノくんの性格的にそんなことがムリなのはすでに分かっていますよ。でも今回はわたしからのお願いだったり」

「お願い?」

「メグミノくんとは別の男の子からの告白を断っているんですが、なかなか了承してくれなくて。その手伝いをしてほしいんです」

 なんとなく……ミノルとアメミヤの関係が頭の中に浮かんできた。あのライバルは女の子を困らせるまでしつこく誘ったりしないタイプだとは思うが。

「その男の子と疑似恋愛をするというのは、もしかしたら馬が合う可能性も」

「ふふっ、そんなことをメグミノくんから言われるとは思いませんでした。可愛い二人の女の子をはべらせているのに」

「一応、その可愛い二人にも悪いですし」

「本当にそう思っていても上手くいかないからメグミノくんは悩んでいるのでは?」

 付き合っても付き合わなくても、どちらの女の子のこともないがしろにしてしまうかもしれない、とウミノさんがそう続けた。

「だからといって……ウミノさんと疑似恋愛をするべきという話にはならないような」

「頭がかたすぎですね。メグミノくんは疑似恋愛ができて、わたしは男の子の告白を簡単に断ることができる。どちらもマイナスにならないならやるべきという話ですよ」

 上手く騙されている気がする。

「とりあえず、ウミノさんにほれている男の告白を断ることは手伝いますけど。疑似恋愛のほうは考えさせてください」

「わたしと本当の恋愛をしたいから?」

「そんなところですね」

 今のもボケなんだろうが……なんてつっこんだら良かったのやら。

 色々な疲れと緊張のせいか、のどが渇き。目の前にある注文をしたオレンジジュースを飲み干した。

「おかわり、いりますか?」

「お願いします」

「かしこまりました」

 返事とは裏腹に、ウミノさんはにこやかな表情でカウンターのほうに移動していく。

 ミノルが言っていたようにタチが悪いのかどうかは分からないが、他人を困らせるのが好きなタイプなのかね。

 それを悪くないと思っているんだから……おれも男なんだろうな。

「やっぱりダイくんじゃん」

 店の扉が開くたびに鳴る、あのベルの音とともにすばやく近づいてきた女性がそんな台詞を口にしている。

 全く見覚えがない、きれいな女性。

「どちら様でしょうか」

「ぼけ?」

「真面目な質問です」

「さて、わたしは誰でしょうか?」

 なぜか分からないがクイズみたいなので答えなければならないっぽい。

 ハイヒールを履いているが、身長的にミノルではない。幼なじみが化粧をしているのかと考えたりもしたがそれもありえないので。

「小学生の時にかなり遠くに引っ越しちゃったキノさん? きれいになったね」

「はずれ」

 知り合いらしい女性が笑う。そんなドラマチックなことは起こらないようだ。

「正解はアケビでした!」

「えっと、どちら様でしょうか」

 くり返しギャグでもなかったのだが……知り合いらしい女性が先ほどより楽しそうにしている。

「仮面店の美人さんだよ、ダイくん」

 あらためて言われてみれば、確かにそうだった。仮面店で働いている時とは違う化粧のしかたをしているので。

「おまたせしま」

 おかわりのオレンジジュースをもってきてくれたウミノさんがアケビさんを見て、かたまっている。

「んっ。んんっ……おまたせをしました。オレンジジュースです」

「どうも、ありがとうございます」

 かたわらに立っているアケビさんをスルーしつつウミノさんは同じようにおれの向かいの席に座る。

 アケビさんがおれとウミノさんの顔を交互に見ていた。なにを想像したのか、はっきりと分からないがにやついている。

 少なくともウミノさんにとってはあまり好ましくないことなんだとは思う。

「知り合いですか?」

「いいえ。違います」

 ウミノさんはきっぱりと否定した。

「実はわたし、座敷わらしだったのさ」

「ウミノさんにも見えているんですが」

「ほほう。ウミノさんねえ」

 アケビさんが視線を向けているが、ウミノさんは気づいてないふりをしているようだ。

「本名を教えているってことは、ダイくんを狙っていたりするのかな?」

「アケビさんには関係ない話かと」

「まあまあ、そう邪険にしないで。高校生の恋愛をめちゃくちゃにするほど……わたしは非道じゃないし」

 ウミノさんの後ろを通りすぎ、アケビさんが彼女の隣の椅子に座る。

「それで最近の高校生の男女はなんの話をしていたの?」

「老後についてとか、ですかね」

「未来の話を語りすぎじゃない」

 そんなジョークで満足をしてくれる気はないようでアケビさんの目がぎらつく。

 ウミノさんとの疑似恋愛の話をするわけにもいかないので、可愛い女の子を二人はべらせていることについて相談している最中だと伝えた。

「やっぱりモテるんだね、ダイくんって」

「顔ですか?」

「それもあるけどさ。女に騙されてくれそうだからかな」

「はあ」

「わたしも狙ってみようかな」

 どう考えても、アケビさんのジョークのはずなんだがウミノさんが横目でにらむ。

「めちゃくちゃにするつもりはないと言ってませんでしたか」

「立候補するぐらい良いでしょう。選ぶのはウミノちゃんじゃなくて、ダイくんなんだから」

「それが引っかきまわしているんですよ」

 ついさっき疑似恋愛をさせようとしていたウミノさんが言えたことでもないと思うが、ここは黙っておこう。

「ねえねえ……ダイくんは迷惑? わたしが恋人に立候補するの」

「迷惑じゃないですが高校生のおれ相手ではアケビさんのほうがもの足りないかと」

「相変わらず真面目だねー。わたしが聞きたいのはそういうことじゃなくてさ……もっとオスとしてのどろどろした部分なんだけどな」

「えっと、アケビさんの困っているところを見たいとは思ってません」

 そう答えると……アケビさんがきょとんとした。年上の女性で恋愛経験も豊富だからかすぐに言葉の意味を理解してくれたのか意地悪そうな顔になっている。

 ウミノさんは、ほうけたままだった。

「それ、女の子に教えてもらったの?」

「ええ。正確には女友達ですけど」

「ふーん、なるほどね」

 アケビさんが、まだほうけたままのウミノさんを横目で見る。

「ねえ、ダイくん。この可愛いウミノちゃんを困らせてみたいとは思っているの?」

 いきなり話題の中心になり驚いてか顔を赤くしているウミノさんがアケビさんになにかを言いたそうにしたが。

 返事は気になるのか、ウミノさんがこちらのほうを見つめる。

「ウミノさんに限らず、女の子を困らせるのは苦手だと考えてますよ。おれは」

「無意識に困らせることはあるんだね。今のウミノちゃんみたいに」

 おれが目を逸らしたからかアケビさんは満足そうに笑う。面白いおもちゃを見つけた子どもの表情と似ていた。

「ちなみに、その女友達の名前は?」

「ミノ……モノハミノルですね」

「モノハミノルちゃんかー。普段はミノルちゃんと呼んであげているの? ダイくん」

「呼び捨てです」

「わーお。かっこいいねー、男の子だねー。わたしもアケビって呼び捨てにしてもらおうかな」

 さすがに年上の女性を呼び捨てにするほどの度胸がないことを説明し、丁重に断らせてもらった。

 ミノルと呼び捨てにすることさえも、かなり時間がかかったしな。今から思えば、この呼ばせかたも彼女なりのアプローチだったわけか。

「それで幼なじみちゃんの名前は?」

 アケビさんが笑いつつ聞いてきた。名前を教えるだけなのに楽しそうだった。

「オオカミミズキ」

「その幼なじみって。この前、店に連れこんできた長い黒髪の女の子だよね」

「変な言いかたはやめてください」

「ごめんごめん。じゃあさ、ぶっちゃけ。どっちの女の子を手に入れようとしているのか教え」

「行こう」

 会話を遮るように立ち上がったウミノさんに左手を引っぱられて、店の出入り口のほうに移動をさせられていく。

「ジュースの代金とか」

「ジュース代はわたしが払っておくから安心して。ごめんね、色々と質問しちゃって」

「いや。別に……また仮面店で」

「はーい。またねー、ダイくん」

 なんとかアケビさんに別れの挨拶をできたところで扉が閉まってしまった。

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