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ひとおもいに嫌ってくれ

「おはよう。ダイチ」

 元気はつらつであろうミノルが今日もうれしそうに背中を軽く叩いた。

「おおっ。おはよう、ミノル」

 さすがにかなり寒くなってきたからか、昨日までブラウス姿だったミノルも黒のブレザーを羽織っている。

「今日だよね?」

「心配しなくても覚えているから」

「確か……ダイチが昼休みにあったかいコーヒーもおごってくれるとか」

「しれっと約束をねつぞうするなよ」

 今日は金曜日で放課後に隣をにまにまとした表情で歩いているミノルとデートをさせてもらう予定。

「そうだよね。今日も昼休みはミズキちゃんと遊ばないといけないもんね」

「コーヒーをおごらせてもらいます」

「いつ?」

「ミノルの都合の良い時間帯に」

「それじゃあ、昼休みにおごって」

「了解です。ミノルさん」

 そもそも毎日……幼なじみと昼飯を一緒に食べているわけではないしな。今日で連続記録は止まってしまったけど。

「ミズキちゃんも誘っていいよ」

「あっちにも都合があるからな。三人で一緒に食べられるかどうか」

「ん? 一緒に食事するのは二人だけだよ」

「おれが料理になるわけね。面食いだから」

「そうそう。へへっ……ダイチの顔以外を美味しくいただきます」

「せめて顔のほうを食べてくれ」

 同じく学校に向かう女子生徒が横切りつつこちらを見た。どことなくうらやましそうに微笑んでいる気がした。

 全く気にしてなかったそんな視線に敏感になってしまう。ただの友達と話しているだけなのに。

「ダイチさ、やっぱり成長したっぽいね」

「あん? ばかにしているのか」

「ぜんぜん。今、横切った女の子。あたしとダイチが楽しそうに話しているのを見かけたらいつもああいう表情していたんだよ」

「カップルに見えるからか」

「いんや。イケメンのダイチと仲良く話しているのがうらやましいんだよ」

 性別が違うとここまで見えかたが変わってしまうのか。それとも腹黒モードのミノルさん限定の考えかたなのやら。

「ダイチと話しているのが自分だったらいいなー、とか妄想していたのかもしれないね」

「想像で良くないですか」

「明らかな下心だし」

 おれが黙ってしまったせいなのかミノルが横目でこちらを見上げる。不安なんて全く感じてなさそうな顔つきを。

「ふへへ」

「そんなに面白い顔でもあるのか?」

「んーん。ダイチは真面目だなー、と思っただけ。人の嫌なところをこれだけ見ても受け入れてくれるからさ」

「それがミノルだろう。だったら、そこまで卑屈になる必要もないかと」

「自分のこともさ、それくらい棚にあげられない」

「真面目だからな。ムリじゃないか」

「一長一短だね。そうすることができればハーレムだってつくれそうなのに」

「ミノルさんが許してくれないのでは」

 ミノルの頭をなでるとびくつかれてしまった……普通にくっついていた落ち葉をとってあげたほうが良かったな。

「ね、寝癖でもあったの?」

「落ち葉がのっかってました」

「心臓に悪いので、朝は声をかけてから触ってほしかったりします」

「ちゃんと覚えていたらそうするよ」

 神さまにでもなったつもりなのかね。

 やっぱり、成長をしたり腹黒になったようにみえても本質はそのまま。人間はそう簡単に変われないと達観してしまっている。

 高校生の恋愛なんだからもっと楽にすれば良いのに、と考えられないやつなのに。

「ほっぺた、両手で触ってもいいか?」

「いきなり! ま、まあ。いいけど」

 やわらかくて赤くなっているミノルの頬を両手で触らせてもらう。目を逸らされた。

「ミノル。恥ずかしいかもしれないけどさ、できるだけこっちを見といてくれないか」

「サディスト」

「嫌ならいいよ」

 うぐぐ……とミノルがこっちを見つめてくれた。

「性格が悪くなってないですか?」

「自分もそういうことができるのをはっきりと自覚できただけだよ」

 その気になればこのままキスもできるが、それはミノルの気持ちを無視するのと同じ。

 ミノルが勇気を引きずり出されたのとは決定的に違う。そもそも比べることさえもおこがましい。

「心のブレーキ……どうやって壊せばいいんだ?」

「心のブレーキを壊せばいいだけだよ。そうすればあたしとキスができちゃう」

「シンプルな答えをありがとう」

 女の子にここまでしておいて、イタズラをしないのも失礼だと思ったからなのか、なんとなくミノルの頬を軽く引っぱっていた。

「ダイチって変なところがあるよね」

 ミノルが唇をとがらせている。

「今さらだな、すでに自覚している」

「自信満々に言うことでもないような」

 ミノルに深々と頭を下げて登校をしようとすると彼女に後ろから体当たりされた。

 さっきのイタズラの仕返しだったようで楽しそうにミノルが笑う。

「あたしも変だから、お似合いカップル」

「ミノルは普通の女の子だよ」

 ほれてしまった男にキスしたくなるのは普通だ。少なくとも、まだほれてもない女の子に手をだそうとする野郎なんかよりは。

「えっとさ、下心は誰にでもあるよ」

 後ろを追いかけてきてくれているミノルがかなり慌てながら口にしている。

「そうだな」

「あたしはダイチだったら、へーきへーき」

「本当にそう思ってくれているなら学校に着くまで悪口を言ってくれると助かる」

「そんなおねだりをあたしにするなんて、かわいいなダイチくん」

 へたれ、いくじなし、チキン……とミノルに言われて気分が高まっているので、実はマゾヒストなんじゃないかと心配になった。




「ミノルちゃんと仲なおりしたようで」

 昼休み。ミノルのつかいはしりで中庭のはしっこの自動販売機でコーヒーを買っているといつの間にか、かたわらに幼なじみが立っていた。

「そもそもケンカをしてないが」

「昨日まで会話もしてなかったのに?」

 幼なじみは、数日前から登校中におれとミノルが話しているのを知らないんだっけ。今日、久しぶりに教室で会話したんだから彼女にそう勘違いされてもおかしくないか。

「いや。会話自体はしていたよ、登校中に」

 幼なじみに、なにか買うのか? と質問をするとホットレモンティーと答えた。

「はいよ」

「払う」

「別にいいよ。ミノルの件でアドバイスをもらったようなものだし」

「教室?」

「そうそう。遠慮なくもらっとけ」

 不本意だと言わんばかりの顔つきをしていたが肌寒さには勝てなかったようで……ちびちびとホットレモンティーを飲んでいる。

「ミノルちゃんから聞いたんだけど、店員のウミノさんって女の子と知り合いになったとか?」

「一応は知り合いだな。ミノルのことで相談したりしなかったり」

「その女の子さ、可愛い?」

「最近の流行りなのか、それ」

 例のギャグは使うごとに寿命を削っていくというのに、しかも夢の中で出会った神さまに残り百年と言われたしな。

「ミノルちゃんには言えたのに」

「エスパーか。なんで分かったんだ?」

「今日のミノルちゃんの表情を見て、なんとなく。大好きな男の子にほめられちゃったんだろうな……と」

「おれの寿命が削れるんですが」

「わたしの寿命はのびるから平気だよ」

 さあさあさあ、と訴えかけてくるように幼なじみが目を輝かせている。やっぱり男はバカなんだなーと再確認した。

「ブレザー姿も似合うよ」

「だから?」

「き……きれいだと思いました」

「誰が?」

「ミズキさんが」

「さっきの台詞とまとめると」

「きれいだよ、ミズキ」

 ほんの一瞬の沈黙のあと。可愛くはないんだね、と幼なじみが少しだけ舌を出した。

 ミノルもだけど、女の子は自分のしぐさを色々と自覚しているのかね。心臓に悪すぎる……寿命まで削らされたし。

「さてと、冗談はこれくらいにして。ウミノさんが可愛かったか教えてもらおうかな」

「女の子はみんな可愛いような」

「ダイチの好みかどうか聞いています」

「ノーコメントで勘弁してくれ」

「言いたくないぐらい好みなんだ。中学の時は髪の長い女の子がタイプだったのに」

 ウミノさんの特徴についても、ミノルから聞いているみたいだな。

「まとめているだけでウミノさんも髪はそれなりに長いと思うぞ」

「だから、ダイチの好みなんでしょう」

「そうですね」

 あせっているのか? 幼なじみともミノルとも、まだ付き合えるとは決まってないのに。

「ウミノさんと連絡先とかは?」

「店員さんとただの客の関係でそんなことを普通はしないかと」

「あっちから聞かれたら」

「教えるだろうな。断る理由もないし」

「詐欺師かもしれないよ」

「女の子に騙されるなら本望。天罰とやらをさっさと与えてほしいね」

「ばか真面目」

 話が終わったようで幼なじみの背中が遠ざかり、こっちを振り向いた。

「うれしかった。ありがとう」

「ああ。おう、どういたしまして」

「それと、多分ね。その可愛いウミノさんもダイチのことが好きなんだと思うよ」

「イケメンだから?」

「そうそう……面食い面食い。ぱくんっと顔を食べられないように気をつけて」

「了解」

 幼なじみがじーっとこっちを見ている。

 なにかを訴えかけてくるような顔つき。

 幸い、今のところ周りにはおれと幼なじみ以外は誰もいないっぽい。

「空気を読めるようになるのも考えものだな」

 多少なりとも成長した自分を実感しつつ幼なじみにゆっくりと近づいていく。

「なに?」

「ミズキさんも可愛いよ」

「ふふっ、ダイチも詐欺師の仲間入りだ」

「リクエストに応えただけなのにな」

 思わず幼なじみにキスをしてしまいそうになったが泣いているミノルの顔が頭の中に浮かんできた。

「ミノルちゃんの呪いは強力だね」

「悪役にならなくて良いって……それに言いかたを変えれば、それだけ純粋にほしがっているってことだから」

「じゃあ、そういうことで」

 制服のネクタイを強く引っぱられて目をつぶっている幼なじみに唇を奪われた。

 顔が熱い。目の前の幼なじみと同じようにおれも頬が赤くなっているのかね。

「どんな呪いも王子さまがキスしちゃえば解除できちゃうようだね」

「おれはいつから女の子になったんだか」

「なんで受け入れてくれたの?」

「嫌いになってくれるかと思って」

「わたしは嫌いにならないよ。ダイチは我慢をしていたのにムリヤリしちゃったんだから」

 どういう反応をすれば良いのやら。

「ミノルちゃんに話すの?」

「ああ。おれがキスしちゃったんだからな」

「すぐにバレるかと」

「キスをしたことは事実。付き合ってないとはいえ教えるのがミノルに対する誠意だと思う」

 それにキスを受け入れている時点で心のどこかで望んでいるおれもいたんだろうし。

 純粋な下心だけなら話は簡単なんだが。

「一番の誠意はきちんと選ぶことでは?」

「そうだな」

「ミノルちゃんも嫌いになってくれないよ」

「うぬぼれだな。可能性が低いだけだ」

「わたしが好きだったんじゃないの?」

「だからって、ミノルの気持ちをないがしろにしてもいい理由にはならない」

 できることなら、二人から嫌われて振られるのが一番。

「ダイチのいくじなし」

 と罵倒をしてくれたあとに幼なじみが。

「自分のせいにばっかりするな。ばか」

 そう、かろうじて聞こえるぐらいの音量で言っていた気がした。

 遠くにはなれていく幼なじみがそんな台詞を口にしてくれたら良いな……とでも考えていたから空耳だったんだと思う。

 こうなる前に、幼なじみから告白をされていてもミノルは諦めて。

「うぬぼれだよな」

 どうやったら女の子に嫌われるだろうか、そんなことばかり考えてしまっていた。

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