頼みごとをする時は体当たりしない
どうして女友達のモノハミノルに女の子には見せたくない類いの映像を視聴させているのかは分かっている。
「おおう、これはこれは」
ミノルが例外なのも理解しているが昨日、告白を断った男の部屋で朝からこんな映像を見られるほどとは思わなかった。
もしかしたら……本当に昨日の出来事は夢だったのかもしれない。
そんな風に勘違いをしてしまいそうになるが、幼なじみと連絡先を交換していたことも現実だったのでありえない。
それにミノルの目もとが赤い。昨夜、公園でおれが泣かせてしまったから。
「ねえねえ、ダイチはどの子を選んだの?」
女の子には見せたくない類いの映像をひととおり視聴したようでヘッドホンを片耳だけ外したミノルが答えづらい質問をしてきた。
「それともさっきの話はうそで……やっぱりどっちかの本を」
「それはないから」
「隠さなくて良いよ。オスとして普通だし」
「ミノルの基準でだろうが。絶対に普通じゃないぞ、それは」
「そうかなー。それじゃあ、さっさと昨夜はどの子を選んだのか教えてほしいね」
なんで今の会話の流れから、ピロートークまがいをしなければならないのやら。と思いつつもミノルに言葉では勝てないのでさっさと降参する。
「おれは」
女友達にキスをされる数時間前。
「ケーキバイキングあるからさ、付き合ってくれない? ダイチ」
昼休み。購買部に焼きそばパンでも買いに行こうとすると女友達のミノルがぶつかってきた。
というより軽い攻撃。女の子だから体重はあってないようなレベルだがそれなりに勢いのある体当たりなので肋骨の辺りが痛い。
「誰かに教えられなかったのか。他人に頼みごとをする時は体当たりするなってさ」
「今日はじめて教えてもらった」
「だろうな。まさか、おれもこんな変な注意をする日が来るとは思わなかったよ」
とくに面白いことを言ったつもりはないのだが、なぜか最近のばしはじめた茶髪を揺らしながらミノルがけらけら笑っている。
「そんじゃあ、放課後。あたしのケーキバイキングに付き合ってね」
ミノルのコミュニケーション能力が異常なほどに高いからか、まだケーキバイキングに付き合うことを了承してなかったように思うんだけどな。
「まあ、良いか。どうせヒマだし」
別に誰かに聞こえるように言ったわけでもないのについ教室全体に目を向けてしまう。おれとミノルはただの友人関係だ……そんな言い訳をしているかのように。
教室でミノルに絡まれて出遅れてしまったのもあり購買部から目当ての焼きそばパンがなくなっていた。
「あげる」
今日はハンバーガーでも食べようと購買部の商品を見ている最中、透明な袋に包まれている焼きそばパンを目の前にぶら下げられ。
「払うよ」
「放課後にミノルちゃんとケーキバイキングするんでしょう。できるだけ節約しないと」
「払う」
「じゃあさ、その分のお金でハンバーガーを買って。それでおあいこになるかと」
どうして……最初からハンバーガーを買わなかったんだ。って幼なじみに聞くのは色々と野暮だよな。
「はいよー」
「へいよー」
お互いにおちょくったような声を出しつつハンバーガーと焼きそばパンを交換する。
てっきり誰かと昼飯の約束でもしていると思ったのだが、幼なじみは廊下の壁にもたれかかったままでいた。
「食べないのか?」
「食べるよ。買ってもらったハンバーガー」
日本語って難しいよな。他の女子と昼飯の約束をしてないのか? って意味だったんだけど上手く伝わってない。
ぺりぺりと透明な袋を開けて、幼なじみがハンバーガーにかぶりついている。
なんとなく、食べる場所を変えてみようと幼なじみに背中を向けると追いかけてきた。
ハンバーガーを手にもって、頬をもごもごさせている幼なじみが……どこまでもおれについてくる。
「歩きながらなにかを食べるのは行儀が悪いかと」
「ハンバーガーの利点」
「はいはい。飲みものを買うけどさ、なにかほしいやつはあるか?」
「コーラ」
「へーい」
中庭のはしっこのほうに設置をされている自動販売機できんきんに冷えているコーラを買い、幼なじみに渡した。
まだ暑いがそろそろ秋だし、お腹を。恋人でもないのにこんなことを考えるのも変か。
自動販売機の近くにあるベンチに座って、ペットボトルのお茶のキャップをひねる……隣に座っている幼なじみが小銭を小さな手のひらにのせている。
「お茶代」
幼なじみが念を押すように言った。
小銭を受け取り、しばらくの間。お互いにハンバーガーと焼きそばパンを食べすすめていく。
「ごちそうさま」
手を合わせたあと、幼なじみは飲み干したコーラの缶を自動販売機の横にあるゴミ箱に捨てていた。
じゃあね。
また明日。
みたいな言葉はお互いに出てこない。
幼なじみのほうも……もう慣れてしまっているようで。ちらりとこちらを見てから教室のほうに移動している。
別に、幼なじみと劇的な事件やすれ違いがあったわけではない。強いていうなら高校に入るまで、入ってからもだけど。
なにもなかったから、こんなことになっているんだろうな。
お互いにそれなりに好きではあるはず。
どちらかが勇気を出してしまえば、簡単に解決するていどの問題。だから、こうなっている。
互いに幼なじみのことを知りすぎていた。改まって気持ちを確認さえすれば。
「けど、そこまで求めてないんだよな」
思わず口にしていた。幼なじみという関係で充分なんだと思ってしまっている。
恋愛関係にまで発展をさせる必要性を感じない。少なくとも、おれのほうは。
うぬぼれているだけかもしれないけど。
「うぬぼれているというよりは、個人的には楽観的な考えかただと思うけどね。それは」
放課後。約束はしてなかったがヒマだったので、ミノルのケーキバイキングに付き合うことに。
その道中、おれと幼なじみの関係についてそれとなく聞いてみると……予想外の返事をされてしまった。
ミノルだし、てっきりうぬぼれていることを軽く笑ってくれると思っていたんだがな。
それなりの付き合いだから真剣な相談だと判断してくれたのかもしれない。
「具体的には?」
「幼なじみって関係にあぐらをかいている、で伝わるかな」
怒っている時と同じ口調で隣を歩くミノルが答えてくれた。
「ミズキちゃんがダイチのことをどう思っているのかは知らないけど。幼なじみってだけで、いつまでもそんな関係が続くと考えないほうが良いかと」
「耳が痛いが。まあ、そうだよな」
お互いに高校生だしな、なにかしらのきっかけでほれたりはれたりして。あっという間に今の関係がなくなってしまう可能性も。
「とりあえずダイチが告白をしても振られるのは確定として」
「おい。しれっと失礼だぞ」
「ミズキちゃんが告白をしてきたらどうするつもりなの?」
とりあえず付き合うのかな? と高校生の女の子的にはごくごく普通なのか、いらない五文字をくっつけてやがる。
「それもオオカミさんに失礼だ」
「へへっ、だよねー。ダイチくんはやっぱりそうじゃないと」
おれの今の幼なじみに対する呼びかたを、からかっているのかミノルが上機嫌に笑っていた。本当、良い性格しているよな。
「まあ、ミズキちゃんとの関係が完璧になくなっちゃったらさ。こんなに可愛いあたしが拾ってあげるから安心しなよ」
「おう。その時は頼むな」
相談はそこで終了をしたが。おしゃべりなミノルが次々と口にしてくる話題に答えつつケーキバイキングをやっている店にゆっくりと近づいていく。
くだんの店に着く頃には、辺りにある家やコンクリートに引かれている白線が少しだけ夕日で赤みをおびていた。
店の扉のかたわらに置かれているブラックボードには「ケーキバイキングデー」とカラフルにチョークで書かれている。
どこかしらで見たことのある筆跡のように思ったが、チョークを使えば大体こんな感じになるものかと自己解決。
「いらっしゃいませ」
扉を開け、ミノルの後ろに続くように入店をする。テーブルを拭いていた髪をまとめている店員さんが声を出しつつ近づいてきた。
店員さんと目が合った。まだ新入りさんだからか恥ずかしがり屋らしく、あからさまに目を逸らしている。
もしかしたら、店の雰囲気的に男子が来るタイプのところではないからバイトをさせてもらっているのに。と店員さんは考えているのかもしれない、そうだとしたら悪いことをしてしまったな。
「後ろの野郎と二名です」
ミノルも、おれと同じことを考えたようで店員さんに先に声をかけてくれている。
言いかたはさておき、一緒に来ている相手がミノルで助かった。
「あ……はい。では、こちらへどうぞ」
店員さんに案内をされた窓際の席にミノルと向かい合わせになるように座っていく。
「知っていたのか?」
注文をしたあと店員さんが軽く会釈をして声が聞こえないであろう位置まで離れたのを確認してからミノルに聞いた。
「あの店員さんが慌てているところが見たくてね、利用をさせてもらいました」
ミノルが楽しそうに笑みを浮かべる。
「本当、良い性格をしているよな」
「ダイチも男子なんだから、可愛い女の子が困っているところを見たくなっちゃう気持ちは分かるでしょう?」
「さっぱり分からないな」
というかミノルも女の子だったはずでは。
「そうだった。ダイチはまだオスとして覚醒してないんだったね」
「女の子の困っているところを見たくなるのがオスとしての覚醒だったら、一生このままで良いわ」
「それは少し困るな」
「なんでだ?」
「なんでも」
それ以上は答えてくれるつもりがないようで黙ったままミノルがうつむいていく。
相手が男友達だからそんなに警戒してないせいだと思うけど。お腹が空いているのか、ミノルが組んでいる両腕をお腹の辺りに押しつけている。着ている長袖のブラウスが薄いのもあり……胸が強調されていた。
「ミノルのほうこそ自分が女の子だってことを考えないといけないんじゃないか。とくに男友達と向かい合わせに座る時とかは」
「相手がダイチだからね」
こちらが心配するまでもなく自分の行動に自覚はあったようで、にやりとした顔つきでミノルがおれを見上げる。
「あんまり、おれを信じないでほしいな」
「それはムリな相談だね」
「友情を大切にするのは良いけどさ。ミノルも誰かに告白とかされる可能性だって充分にあるだろう」
「なんで?」
「おれに言わせるな。いつか出会うかもしれない、ミノルの彼氏さんに言ってもらえ」
可能性ならさ。そう普段と違って、随分とおとなしい口調でミノルが唇を。
「やっぱり良いや」
よく分からないが、ミノル本人的には納得をしているようで、うなずくのをくり返していた。