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4話 安堵の意味

「バカヤロウ!」


 怒声と、誰かの拳が硬いものを殴り付ける音に、ジルははっと目を覚ました。気付かれないよう、息を潜める。


「早とちりしやがったな!」

「リ、リーダー。そんな大声をだしちゃあ、居場所がヤツらにバレちまうよ」

「むっ」


 誰かに指摘され、リーダーと呼ばれた男性は押し黙った。

 ひそひそと話す誰かの声が聞こえてくる。

 目隠しをされている上に窓を隠しているのだろう、彼らの顔はおろか、光の筋一つ見えない。鼻が感じ取っているのは、檜と、鉄と、濃い獣臭。


「初めて見る顔で、弱そうに見えたからさらったって……こいつで合っているのか?」

「でもよ、この辺りの吸血鬼たちはパウル家に花嫁がやってきたって噂でもちきりなんだぜ? コイツがそうに違いないとおれぁ思うね」

「うーん」


 ふと、頭の近くでギシリと音が鳴った。


「髪が黒いぜ。弱すぎて使用人として売られた、弱小吸血鬼かもよ」

「あー。たしかに、怖がるだけで、なんの抵抗もしなかったなぁ。すぐ気絶しちまったし」

「だとしたら、見捨てられるかもしれねぇな」

「骨折り損かよぉ」

「オマエのミスだろ。ったく、これ以上警戒されたら、偵察すらできなくなるぞ」


(攻め込む? 誰なのかまったく見当がつかないけれど、彼らはパウル家を敵対視しているの?)


 次第に意識がハッキリとしてきたジルは、静かになった彼らの声に耳を澄ませた。

 そして気付いたのだが、ジルは今、両手両足に重い枷をはめられており、身体には鎖が何重にも巻かれていた。(恐らく男性である彼らよりは)非力な女性に対して行うには、いささか厳重すぎるように思う。

 これではまるで、人間ではなく、吸血鬼ではないか。


(お父様が、吸血鬼を捕まえる時は過剰なほどに重く、キツく拘束するように言っていたもの)


 しかし、あまりにも重すぎる。手首が耐えきれず圧迫され、痺れ始めているのだ。


「もう少しでカシラがくるだろうから、判断はあの方に任せるか」

「吸血鬼の何人かは見たことがあるんだったかね」

「だがよぉ」

「いっ……!」


 突然、誰かがジルの頬を掴んだ。鋭い爪がカリリと音をたてる。

 目隠しも落ちていったようだが、視界は相変わらず真っ暗だ。


「おっ。起きてたか。これだけの狼人間に囲まれて、気分はどうだ?」

「狼人間?」


 狼人間の存在は昔話で読んだことがあり、今もひっそりと交流が続いていると聞く。しかし、この目で見たことも、襲われたことも初めてだった。

 暗闇の中で、正面に座っているであろう存在に尋ねる。その時、ジルのお腹が唸り声を上げた。


「吸血鬼のくせに腹が鳴るなんて、珍しいな」

「オレも腹へったなー。吸血鬼の肉ってうまいのかね?」


 ただ純粋に疑問といった声色に、ジルの背中が震えた。

 耳元のすぐ近くから、スンスンと鼻を寄せる音が聞こえてくる。湿った熱い息が首筋にかかり、身体全身に悪寒となって走った。


(こ、このままじゃ、食べられる……!)


 ハァ、と一つ大きな息が零されたその時。扉が開く音が聞こえてきた。


「バカな考えはよせ」


 光に顔を上げると、真っ暗なフードの奥から満月のような金色の瞳だけを覗かせた人物が、ジルを見下ろしていた。


「頭! コイツに見覚えはありませんかね?」


 冷たい金色の瞳が、ジルへと向けられる。そして、すぐさま逸らされた。

 扉が閉められ、再び闇の世界が広がる。


「ないな」

「やっぱり使用人と間違えたか。いつも通り殺します?」

「むぐっ!?」


 弁明をする隙もなく、ジルの口に布が噛まされた。枷を外せる力はなく、後ろ手に繋がれて床の上に置かれているため、起き上がることもできない。

 必死に抵抗するうちにも、彼らが近付いてきている気配が襲ってくる。

 ふと、誰かがスンッと鼻を鳴らした。


「待て、もしかしてアンタ――」

「彼女から離れろ」


 突如、まばゆい光が差し込むと共に、自身の前に立っていたらしいカシラが蹴り飛ばされた。

 ゴキリと何かが折れる音と、重いものが壁に叩きつけられる音が響く。

 次の瞬間には、ジルはあの青年に引き寄せられていた。あまりの速さに鎖が遅れて音を鳴らす。

 ジルが見上げると、彼もまた、紅い瞳でジルを見つめていた。次いで眉を寄せ、憎しみのこもった瞳を部屋の奥へと向ける。ジルの背後からは、それこそ狼のような低い唸り声が絶えず発せられていた。

 殺伐とした雰囲気に、身体がビリビリと震えそうになる。


「二度はない」


 低く、重々しい声で青年が言い去る。

 鋭い爪がジルの髪を掠めたその時には、赤黒い光が目の奥までほとばしった。



「ジル様!」

「……うっ、ここ、は」


 多くの人数が駆けてくる足音と、ソフィアのひどく焦った声に、ジルは目を覚ました。揺れるような頭に手をやり、二、三度、瞬きをする。

 どうやら、ここは屋敷の広間らしい。救急箱を抱えたソフィアや、タオルやお湯の入った樽を抱えた使用人たちが、額に汗を滲ませてジルを囲んでいる。

 ふと、抱き上げられていたジルの身体がちり一つない床へと降ろされた。肩を支えたまま、青年がジルの顔を除き込んでくる。

 彼もまた、いや、誰よりもいっそう強く、心配するような表情を浮かべていた。母を亡くした時の父と変わらないほどに。


(指先が震えているじゃない……)


 肩を抱く彼の手に、力が入った。そして、離される。


「怪我は」

「な、ないです」

「何かされたか」

「えぇと……」


 直接的な害を加えられたわけではない。しかし、何もされていない、とは言えまい。

 ジルは視線を横へと逸らした。

 ふと、床に落ちている鎖に気付く。

 ジルの視線を追うように、彼の視線がジルの手へと、足へと向けられる。途端に、彼の瞳が怒りを帯びたようにカッと紅く光った。

 眉間に刻まれた皺は深く、あまりの圧にジルは肩を揺らす。


「ベルトルト様」


 宥めるようなソフィアの声に、青年がはっと目を見開いた。瞬きをした時には、彼の瞳はもう青色に戻っていて。

 ため息を落とした彼が枷に触れる。先ほど見たばかりの紅い光がぽう、と宿るも、何も起こらずに消えてしまった。


「……すまない。目を瞑っていてもらえないだろうか」

「え、えぇ。わかったわ」


 誘拐時に感じた恐怖心は消えないが、大人しく目を瞑る。

 冷たいものが触れたかと思うと、バキンッバキンッと大きな音を響かせながら、枷が次々と外れ出した。


「もういいよ。……跡にはならないと思う」


 青年の声に目を開ける。彼はどこかほっとした表情で、枷たちを使用人に渡した。


「そう、なのね」


 ほんの少し紫色に鬱血した足首を見つめ、呟く。


「……質問があるのだけれど、彼らは本当に狼――えっ?」


 突然、ジルの視界がぐにゃりと曲がった。

 気付けば、再び青年に背中を抱き支えられていて。船酔いをした時のような、ふわふわとした気持ち悪さと視界の揺れが、ジルを襲っている。


「……すまない。二日連続で転移魔法を使った影響だと思う。ソフィア夫人、彼女を寝室へ」

「ええ、ベッドは整えておりますよ」

「そうか」


 ソフィアの言葉に頷いたかと思うと、青年は軽々とジルを抱き上げた。羽が生えたようにふわりと身体が浮き上がる。


「手荒な真似をしてすまない。このまま部屋に運ばせてくれ」

「え、えぇ」

「無理に話さなくていい」


 彼の言葉に小さく頷く。かといって、頭を預ける気にもなれなかった。ただ視線を下に向けて揺られている。


(助けられたのは私なのに、謝ってばかりだわ、彼)


 今までさんざん恐れてきた吸血鬼に助けられ、心配され、介抱されて。

 また、彼が助けに来た瞬間に、ほんの少し安堵した自分がいた。


(……変な感じ)

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