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おまけ 共に生きるために

 ある昼下がり、ジルは、目の前で表情筋が硬いなりにも百面相を繰り広げているベルトルトを見つめていた。

 寝室にて二人でのんびり昼寝中だったのだが、彼が何やら唸り声を上げ始めたのだ。今はかなり落ち着いているが、それでもまだ苦しげだ。悪夢を見ているのなら、起こした方がいいだろう。


「ベルトルト」


 小さな声で呼びかけてみるも、耳をピクリともしない。いつもならば、この一声で起きるのに。よほど深い眠りについているか、うなされているらしい。

 次いで頬を突いてみる。やはり起きない。


「ベルトルト!」

「うっ」


 諦めたジルは、彼の額をペシリと叩いた。

 勢いよく起き上がったベルトルトは、眠そうな目で瞬きをしている。


「うなされていたけれど、悪夢を見ていたの?」

「ああ。最近は減っていたんだが……」


 彼は頭に手をやり、どこか寂しげに眉間に皺を寄せた。

 ベルトルトと結婚して、はや四年。今日も今日とて、ジルはあることに悩んでいた。

 その内の一つが、この悪夢である。聞くところによると、ジルと出会う前から再会するまでの期間を夢に見るらしい。詳細はうまく説明できないと言って聞けなかったが、彼にとってよくない思い出であることは明らかだった。

 とはいえ、記憶を消すことはできない。少しでも不安が和らぐようにと、ジルは彼を抱き締めた。悪夢の後はいつもしており、今では彼から頭を寄せてくることもある。

 ただゆっくりと彼の頭を撫でていると、ポツリと言葉が零された。


「……生きているんだな」

「あの時にベルトルトが庇ってくれて、魔女さんが助けてくれたおかげでね」

「すまなかった。死にかけていたとはいえ、君の血を飲んでしまった」

「飲んだというよりも、ほんの少し触れた程度でしょう。それに、私が望んで飲ませたんだもの、謝らないで」


 彼の自己嫌悪スイッチを押してしまったらしい。ベルトルトはベッドの上で縮こまって、頭を下げてきた。

 悩みごとの二つ目は、彼がいっこうに血を飲まないことである。永血えいけつの誓約を結んだ彼は、動物の血すら飲めなくなったのだ。ここ何ヶ月かは、寝込んだり、咳き込んだりする日が増えてきている。ジルが老衰で死ぬまでは生きられると言っていたが、ソフィアと医者いわく怪しいという。

 ジルはベルトルトの頬を掴み、頭を上げさせた。その顔は、四年前より覇気がない。


「さぁ、今日こそ私の血を飲んでもらうわよ。でないと、あと数年で寝たきりになって、意識もなくなるんでしょう? そんなの嫌だわ」

「でも……」

 そう短く呟いて、彼は押し黙ってしまった。

「あなたの事情は聞いているけれど、どうしてそんなにも嫌がるの? 触れることだって避けるし……」


 悩みごと三つ目。

 彼は非常に非常に奥手で、いつもハグ止まりなのである。キスは結婚式の日以来できていない。大切にしてくれているからこそだというのはわかっているが、キスくらいはさせてほしい。手を繋ぐことからハグまで進展したのは、三年目である。もしかして、長命種にとってはこの感覚が一般的なのだろうか。

「君に触れること自体が嫌なのではない」

 ジルが落ち込み出したことに気付いたのか、ベルトルトは首を横に振った。どこか熱を孕んだ刹那げな瞳が、黒い髪の隙間からこちらを覗く。


「愛しい人の血は、よりいっそう美味しく、甘美に感じられる。……止まらなくなりそうなんだ」


 苦しげな彼の声に、胸が高鳴った。

 彼がベッドに片手をつき、腰掛けていた二人の距離が縮まる。けれど、触れはしない。


「……だ、だから、少しずつ慣れさせていこうという話をしているのよ」


 そう言って見つめると、彼の指先が喉にとんと触れた。ツー、となぞるように首筋から鎖骨、そして下へと伸びていく。

 彼に触れられた初めての感覚と飢えた魔物のような眼差しに、背中がゾクゾクと震えだした。


「本当は、この首に触れて、噛み付いて、あなたのすべてを食べてしまいたい。血だけじゃなくて、あなた自身が欲しいんだ。触れたくて、抱きしめたくて……もっと深くまで知りたいと願ってしまう」


 なんとなく、彼が求めているものがわかった。途端に顔に熱が集まりだす。

 意を決して彼の背中を押そうかと口を開いたジルだったが、ベルトルトが先に言葉を発したのだった。彼の手が離れ、身体の熱が引いていく。


「……ペーターの二の舞にはなってほしくないんだ。もし子どもが産まれたなら、俺は心の底から喜ぶだろう。だが、その子どもは父親を殺せる身体を持つ上に、もし、彼のように……」


 ベルトルトの眉間に皺がより、苦しげに視線が逸らされた。

 人間であるペーターの母親は、出産時の出血によって我を失った彼の父親に血を吸い尽くされて死んでしまった。ベルトルトも同じように吸血衝動に駆られ、ジルを殺してしまうのではないかと不安に思っているのだろう。

 ちなみに、ペーターは幼い頃に、父に襲われたばかりの女性を見てしまい、その衝撃から死に際の(それも残酷な見た目の)女性の姿に興奮するようになってしまったらしい。吸血鬼による連続殺人事件の真犯人だが、ある意味、トラウマの被害者でもあったのだ。今は、パウル家の領地近くに位置する吸血鬼用の監獄に収監されている。

『君だけは、吸血鬼と結ばれてはいけない』

 その言葉の意味は、教えてもらえていない。フェルツが予想するには「ジルのことが好きだから『だけは』と言ったのかもしれない」ということらしい。フェルツの娘ということや、たまたまの可能性もあるが、今まで殺されずに済んだ理由もわからずじまいだ。いつか、お互いが落ち着いた頃に知ることができれば……と思っている。

 とにかく、今は目の前のことに向き合わなければ。


「悲しいことだけれど……多分その二人は、助けを求められる相手がいなかったんだと思うよ」


 ジルはベルトルトの手を包み込み、安心させるように微笑んだ。


「私達には、ベテラン吸血鬼のソフィアや料理長も、人間のフェルツお父様や仲間達もいるわ。出産は人間側だけで行ってもいいし、子育てだって、色んな人の助けを借りればいい。むしろ、両者に触れることが、吸血鬼と人間が共存する道に繋がると思うわ。私達が助け合えないで、人間と吸血鬼が仲良く共存できると思う?」

「……その発想はなかった。やはり君はすごいな」


 ねっ、と思いを込めるように力を強める。

 ベルトルトは瞬きをして、次いで、ふっと笑みをこぼした。納得してもらえたようで、なによりである。


「だから、そこまで遠慮しなくても大丈夫よ。血を吸うことに抵抗があることは、過去の話を聞いたからわかっているわ。でも、」


 ここまで言って、言葉を濁す。改まった態度で願うとなると、どうも恥ずかしくなるらしい。


「……私は飲んでほしいの。嫌々飲ませるんじゃないわ」


 耐えきれず、ジルは顔を下げた。拗ねた子どものように唇を尖らせる。


「……わかった」


 ほんの少し間を置いて、ベルトルトがジルの指を絡め取った。


「嫌だと感じたら、ナイフで突き刺してくれ」

「えっ? そんなことしな――」


 ベルトルトの唇が、掌に触れた。

 目を閉じた彼があまりにも美しく、官能的で、時間が止まってしまったかのような錯覚に陥ってしまう。

 今度は指先に軽く触れ、縋るように優しく手の甲に口付け……そして、ガリッと音を立てて噛み付いた。

 刹那、稲妻のような鋭い快感が、脳天を突き抜けた。


 遅れて、蕩けていくような恍惚とした感覚が広がっていく。手が、頭が、身体が、甘美な痺れに疼きだす。

 ジルは残された手で口を抑えて、ジッと耐えた。肩を震わせ、深く息を吐きだす。それでも、彼の舌が傷口に這うたびに、身体が震えて仕方がなかった。

 いっそのこと、噛みついたまま血を吸ってくれればよかったのに。吸い付くように、舐めるように飲むものだから、余計にこそばゆく感じられるのだろう。


 ただ静かに彼を眺めていると、熱い吐息が手の甲を撫でた。再び手を絡め取られ、ベッドへと沈むように押し倒される。

 微睡むような心地がする中、赤く染まった彼の瞳がジルを見下ろしていた。蕩けるようなその目つきに、先程の感覚が蘇ってくる。

 ジルの髪を撫でて、ベルトルトが首筋へと顔を寄せた。思わず目を瞑るも、痛みは来なくて。

 不思議に思ったジルは目を開けた。――と、その時、頬に柔らかいものが触れた。小さな音を立てて、彼が上体を起こす。


「……すまない、今日はここまでにしよう」

「えっ、う、うん」


 瞳の色は青に戻っていた。

 あのまま彼が止めていなかったのならジルは、いや、二人はどうなっていたのだろうか。ほんの少し落胆したような、それでいて止まってくれて安堵したような、複雑な感情がぐるぐると回っている。

 ふと、ベルトルトがジルを包み込んだ。


「今はまだ、こうして純粋にあなたを抱き締めるだけの時間を、大切にしたい」

「ベルトルト……わかったわ、このまま二度寝しましょう」


 彼の幸せそうな表情に、これはこれでよかったのか、と笑みをこぼす。

 まだまだ秘密の多い吸血鬼の彼との恋路は、ゆっくりと進んでいくようだ。……彼が言った心配事を解決する前に、ジルが死ななければいいのだが。


(まぁ、そうなる前に私が吸血鬼になってもいいけれど)


 興奮冷めやらずで眠れなかったジルは、眠るベルトルトの髪を撫でながら微笑んだのだった。


 二人が、吸血鬼と人間の共存のために戦い、時には狼人間ともぶつかり、協力し、夢見た未来を見事に叶える日は、先の話である。

お読みいただきありがとうございました(*´꒳`*)

 最初の最初は、狼人間との本格的な対立と共闘、過激派との戦い、中立派の裏切りなどを続きとして含めて20〜30万字ほどの長編で書くつもりでした。そのため、やや頭がちょい出しの割には存在感ありありです。とはいえ、本当に書きたかった内容は書くことができたためほぼ満足しています。

 心残りは、ベルトルトがおまけ以外で一度もジルの血をまともに吸っていないということ。

 吸血鬼ものは、「吸血衝動への抗い」と「吸血行為の描写」が個人的にポイント(美味しい部分)だと思っております。ですが、ベルトルトの理性が強すぎました。作中二回ほど摂取していますが、あくまで唇に触れた程度なので個人的にはノーカウント扱いです。いつかガッツリ吸血鬼ものを書きたいと思いました。

 改めて、お読み下さりありがとうございました!


名前の元は以下の通りです(性格や史実の内容は無関係)。他のキャラにもぼんやりとした由来があります。

ジル→ジル・ド・モンモランシ=ラヴァル

ベルトルト→アルノルト・パウル

ペーター→「デュッセルドルフの吸血鬼」ペーター・キュルテン

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