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過去話 助けてくれてありがとう

『ねぇ、伯父上、どうしてぼくたちは、にんげんにきらわれているの?』


 それが、ベルトルトが何度も口にした疑問だった。


 ベルトルトの生まれたパウル家は、代々過激派として人間を襲ってきた。理由は、更なる繁栄のためと、強さを極めて、吸血鬼の頂点にたつため。そう、ベルトルトは父に言い聞かされてきた。

 しかし、ベルトルトには父たちの考えが理解できなかった。まるでゴミを捨てるかのように足元へ落とされた、無惨な姿の人間。助けを求める彼らを目にしては、いつも泣いていた。

 ベルトルトは、パウル家にしては珍しく、優しくて温かな気質を持って生まれたのである。

 故に、幼い頃から人間の血を嫌々飲まされ、気持ち悪さに吐き出し、叱られてを繰り返してきた。確かに、味はいいように感じられたが。それでも、彼は血を飲むことを拒否し続けた。恐れる人間達に牙を立てることも、彼らから無理やり奪った血をワインのように飲むことも、ひどく恐ろしく感じられて出来なかったのである。

 家の者たちが人間や血を与えようとするほど、ベルトルトは余計に吸血行為を忌避するようになっていった。

 とはいえ、血を飲まずにいれば、弱って死んでしまう。故に、生命維持のため、時折りネズミなどの動物から血を少し頂いていた。そのような形でしか生きられない自分のことが、ベルトルトは次第に嫌いになっていった。それでも、いつか人間の血を飲む日がきてしまう。人間の血なくしては、吸血鬼は百年も生きることができないのだから。そのことに恐怖しながら、ベルトルトはこの家のすべてから逃げるように生きていた。


 そんなある日、見兼ねた父がベルトルトを伯父の家に連れて行った。というよりも、引きって押し込んだ。

 伯父は一族で最も変わり者と言われていた。愚かな彼の元に置くことで、自ずと屋敷に戻りたいと願い、当主となる覚悟を決めるだろうとベルトルトの父は考えたようだが、その読みは外れることとなる。父は、ベルトルトの性格を本当の意味で見ることができていなかったのだ。認めたくなかったのかもしれない。

 伯父はまさに、噂通りの人物であった。住む家は人間の村の近くに建っており、使用人たちの数は十人弱。

 しかし、ベルトルトにとってはまさに理想の家だった。

 というのも、伯父は人間に対して友好的だったのである。使用人たちもそうだ。血は、動物から注射器で分けてもらったものをたまに飲む程度。普段は人間の創った物語を読んで、気が向けば村を望遠鏡で眺めてみる。

 一問でも間違えれば剣で叩くような家庭教師も、小さな音一つ出すだけでフォークを刺してくるマナー講師も、人間を痛ぶり愉しむ家族や使用人たちも、どこにもいない。

 ベルトルトは伯父の家ですくすくと育っていった。

 しかし、人間に対する興味と申し訳なさ、互いに歩み寄ることができない現状が、悲しくてならなかった。自分に対する恐怖と嫌悪も、増していくばかりだった。


 ベルトルトが六歳を迎えたあたりのこと。

 どうしても人間と仲良くなってみたかった彼は、こっそり屋敷を抜け出した。

 そして、狼人間に襲われてしまった。人間に懐く彼等のことだ。人間の村の近くにいない方がおかしい。

 ただでさえも吸血鬼にしては不自然な生活によって弱っていたベルトルトは、瀕死の状態まで追い込まれてしまった。全身が燃やされているように熱く、血がダラダラと流れていく。あまりの激痛に涙を流すことさえできない。

 結果、ベルトルトは気絶した。

 そして彼を助けたのが、ジルと、ジルの母親である。


 ジルの家――ローゼンシルク家は、ベルトルトを温かく出迎えてくれた。傷の処置をし、薪で部屋を温め、フカフカのベッドで寝かせてくれた。食べやすいようにと、野菜を小さく切ったスープを飲ませてくれた。それと、ホットミルク。

 意識がはっきりとしてきたベルトルトは、人間の家だと気付き、逃げようとした。しかし、「大丈夫。怪我が治るまで休んで行きなさい」と両親に引き留められ、絆された結果、断念。ベルトルトは、ローゼンシルク家でしばらくの間過ごすこととなった。

 ジルはほぼ同い年らしかったが、性格は真逆。素直で外交的で、絶えずベルトルトに話しかけてくれた。人見知りの激しいベルトルトは言葉を返せず、ただ困った顔をして固まっていることが多々あったが、それでも楽しそうに笑顔を振り向いてくれた。毎日のように渡してくれる花は宝物で、彼女との時間はこの上なく幸せであった。……歩けずとも、回復し切らず定期的に熱を出そうと、血を吐こうとも、このまま息を引き取ってもいいとさえ思うほどに。

 彼女は様々なものに興味を示した。特に何度も見せてきたものがオルゴールである。あまりにも何度も聞かせてくれるものだから、彼女の嬉しそうな顔を眺めていたにも関わらず、最初から最後まで口ずさめるほどに音程を覚えてしまった。


 ローゼンシルク家への感謝と、この刹那的な時間を永遠にしたいという苦しみ。そして、ジルに対する、むず痒くて落ち着かないのに、ひどく温かな感情。それらは、日に日にベルトルトの中で積もっていった。

 しかし、自分は所詮、吸血鬼。彼等と共に過ごすことはできない。

 そんな不安からか、ベルトルトはつい、溢してしまった。

『ねぇ、もし、……もしぼくがきゅうけつきだったなら、やっぱりきみは……』

 ここまで言って、ベルトルトは怖くなって口をつぐんだ。

 震え出した手を温かく包み込んだのは、ジルである。


『わたしは、たとえあなたがきゅうけつきだとしても、気にしないわ。あなたのことがすきよ』


 花のように可憐で、太陽のように眩しい笑顔だった。

 この時は言葉を知らなかったが、あの時、確かにベルトルトは幼い恋心を抱いたのだろう。

 自然と涙が溢れたベルトルトの頭を、心配そうに撫で始めた彼女のことが、かわいくて、愛しくて、この腕に閉じ込めたかった。

 吸血鬼がなんたるかを知らない無知な子供だからこそ、あのように言えたのかもしれない。そうだとしても、嬉しくてたまらなかった。

 その三日後にくれた日記帳とスノードロップの栞は、今でも専用の部屋に置いてある。命に代えてでも守りたい、永遠の宝物だ。


 しかし、幸せな生活は長くは続かなかった。

 雪と結露のせいで窓が真っ白に染まるほど寒い、冬の日のことである。

 洗濯物を取りに出て行った、母親の帰りが遅いのだ。そこでベルトルトは、自分よりかなり弱いジルに部屋にいるように言って、彼女を迎えに外へ出た。

 しかし、出て行ってそうそう、風に当てられてコケてしまう。自分の弱りを甘くみていたらしい。それでもなんとか起き上がり、辺りを見渡してみれば、少し先で母親が倒れていた。

 コケながら、もたつきながら、なんとか辿り着いた時には、彼女は虫の息だった。手先は吸血鬼の自分より冷たく、氷のようで、瞼を開ける力さえ残されていないようだった。

 大切な人が、死の危機に瀕している。その恐怖に震えたその時、彼女が血を吐いた。ふと、小さく口を動かしたことに気付き、耳を寄せる。


『なにも残せないまま死ぬのは悔しい。せめて誰かの役にたってからがいい。……あなたは吸血鬼なんでしょう? あなただけでも、生きて』


 そう言い残して、彼女は息を引き取った。

 久しぶりに嗅いだ血の匂いと、対象が恐怖ではなく安堵を浮かべている状況に、限界に近い吸血鬼の本能が、ついに理性の手を離れた。

『……ありがとう……ごめんなさい』

 泣きながら、ベルトルトは彼女の首に噛み付いた。

 それからほんの数秒だろうか。ベルトルトは朦朧としながらも血を吸い続けていた。

 身体が回復するまで飲んだのか、ようやく意識が冴えて顔を弾きあげる。

 恐怖に震え、ひどく傷ついた表情で立ち尽くすジルに気付いたのは、その瞬間だった。

 一瞬にして絶望のどん底へ落ちたベルトルトは、ありとあらゆる感情で頭をグチャグチャにしながら、逃げ出した。

 自己嫌悪、後悔、罪悪感、絶望。自分が憎くて、おぞましくて、恐ろしくて、嫌で、嫌で、仕方がなかった。


 消えてしまいたい。そう願った刹那、鋭い爪がベルトルトに襲い掛かった。今までにない速さで避けた瞬間に聞こえたのは、小さな叫び声。ジルだと認識するより早く、ベルトルトの身体が動いた。

 狼人間がジルへ襲いかかる。止めなくてはいけない。彼女は、彼女だけは、守らなくてはいけない。――守るだけの、力が欲しい。

 そう願った刹那、全身の血がマグマのように湧き上がった。無象の力が駆け巡っていく。


 気が付けば、ベルトルトの周りには狼人間の死体が転がっていた。白へと変化した髪には、獣くさい血がベットリとついている。

 肩を上下させたベルトルトの元へ近付いてきたのは、ジルを抱き抱えた伯父だった。

『吸血鬼としての力が解放されたようだな。誰もが通る道であるが、それほど強い者はそういない。……理由が何かは察しがついている。この子は私が、家の近くに送り届けよう。最初に気絶したようだから、彼女のことは心配するな。だから、忘れなさい』

 叱らず、むしろ憐れむような伯父の目に、ベルトルトはただ涙を流すことしかできなかった。


 力の解放という吸血鬼の通過儀礼を終えたベルトルトは、伯父の没後すぐにパウル家の本邸を一掃した。思い入れなどないため、三十分とかからなかったはずだ。今は全員、吸血鬼の用の監獄の中だ。

 そして、ベルトルトは伯父の家で働いていた使用人たちを招き入れた。ソフィアや料理長がそのうちの二人である。ソフィアは乳母のような存在で、彼女には今も頭が上がらない。

 ベルトルトは人間に対して友好的、または中立的な吸血鬼のみを集め、穏健派として再出発を始めた。町も少しずつ変化させていき、人間の血を売る店は取り壊し、代わりに動物の血も売る精肉店を置いた。完全ではないが、血と似た効果を得ることのできる薔薇とワインも広く流通させた。


 しかし、自分への嫌悪は消えるはずがなく。


 ベルトルトは、毎夜自分を殺す方法を探るようになった。使用人たちがいることはわかっているが、それでも、止める理由にはなり得なかった。

 毒薬を作るつもりがたまたまできた薬はすべて、こっそり人間の病院に持っていった。ジルの母親がかかった病の治療薬も完成させた。しかし、死んだ人間に使っても意味がないため、一人で蘇生薬の開発を開始。

 また、ジルの好きだったオルゴールは買い占め、特別な部屋の隠し棚に並べた。それでも場所が足りなくなれば、新たな隠し棚や床下収納をつくって飾っていった。オルゴール博物館も建てさせ、定期的に入り浸るように。

 殺風景だった庭園には、彼女が渡してくれた花と同じものを植えていった。

 たいして美味しいと感じるわけではなくとも、彼女が好きだった料理を用意させては眺めながら泣いていた。

 空を飛びたいと言っていたことから、やけに浮遊魔法ばかりを極めていった。時折り、魔がさしてそのまま落下していったが、翌日には傷一つなく屋敷に戻ることに。

 伯父より自分のことを知っているかもしれないソフィアには、何度も励まされた。それでも、立ち直ることなどできなかった。


 こうして、なかなか来ないであろう死を待ち続けていたある日、吸血鬼連続殺人事件が起こっていることをいいことに、悪事を働こうとしている吸血鬼がいるとの情報が耳に届いた。

 そのようなことは見逃せないと、夜の見回りにぼーっと明け暮れていた夜、ついにその時がやってきた。

 成長していてもわかる彼女の姿を見て、胸が痛むと同時に愛おしさが込み上げてきたベルトルトは、つい、彼女の前に出て行ってしまった。

 結婚などと言ったが、せいぜい一週間共にに過ごすことができればそれで十分だ。忘れられていることをいいことに、ほんの少しだけ夢を見て、それからは永遠に人間と離れて当主の仕事を全うしよう。

 ベルトルトはそう、久しぶりにネガティブな希望を見出したのだった。

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