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13話 贖罪・下

 女性たちが集まっていたのは、先が深そうな森のすぐ前だった。ベルトルトは静かにその先を見据えている。


「……つまり、目を離した隙に息子がいなくなり、目撃証言を頼りに追いかけていったところ、この森に入った可能性が高い、と」

「そ、そうです。だから、あたし、探そうと思って」


 彼女はひどく震える手をギュッと握った。

 もし彼女の予想が当たっているのなら、早く見つけ出さなければならないだろう。ソフィアの翻訳によると、息子の年齢は人間でいう五、六歳だそうだ。かなり危ない状況といえよう。

 緊迫感が漂う空気の中で、一人の男性が首を振った。


「あの森は広い。町の奴ら総出で探したら見つけられるかもしれないが、だが……」

「それでもあたしは行くよ! 大切な息子なんだ。見殺しになんてできないよ!」


 悔しそうに唇を噛んだ男性の横を、女性が走り抜ける。しかし、ベルトルトがその肩を掴んだ。


「今探すから待て。無闇に動けば二人もろとも遭難しかねない」

「探すって、どうするの?」

「魔法を使う」


 そう言って、ベルトルトは目をきつく閉じた。次いで、長いまつ毛をふわりと浮かせ、赤い満月のような瞳を輝かせる。


「……見つけた」


 微かな魔法陣が浮かんだその瞳をただただ森へと向けて、数秒。彼が瞬きをすると、満月は青色に変わっていた。

 彼の言葉に歓声が上がる。しかし、彼の表情はどこか重々しい。


「何か問題があるの?」


 ジルはベルトルトへと寄り、そっと耳打ちをした。彼の瞳が微かに揺れる。


「……あまりにも深くまで行き過ぎた。人間が二人、彼に近付いてきている」


 嫌な予感がする。なぜ人間がいるのだろうか。ジルの元いた家から屋敷、屋敷から町への距離はかなりのものだ。この二人にとっても、子供がいる場所に着くまでかなりの時間を有するはずだ。

 それなのに、昼ではなく夕方に森にいるのはおかしい。


「……もしかして、この森の先にも人間の村がありますか?」

「ああ。レセーヴルという名前だ」


 ジルの背がヒヤリと冷えた。

 レセーヴルには、父と手を組んでいる対ヴァンパイア組織があるからだ。

 かなり活発な組織で、毎日のように村やその周囲を見回っていると聞く。

 彼女の子供がどれほど危険な状況にいるか、よく考えなくてもわかる話だ。


「下手に助けに行けば、近くに吸血鬼が住んでいると考え、町探しをされる可能性がある」

「えっ?」


 ベルトルトの言葉に反応したのは、他でもない子供の母親だった。安堵から一転。感情の抜け落ちたような顔に、ジルの胸がひどく痛んだ。


「つまり、じゃあ、」


 彼女は力なく頭を横に振り、次第に泣きそうな、それでいて怒るように顔を歪めていく。

 フラフラとベルトルトに近付き、縋るように襟を掴んだ。


「助けに……行けないんですか?」

「……いや、助ける」

「無茶な話ですよ!」


 苦しげなベルトルトの主張を、別の町民が否定した。

 あれほど憎んでいた彼等が、苦しんでいる。それも、人間を恐れて。当たり前だ。圧倒的な力の差があれど、人数が多かろうと少なかろうと、仲間を失うこと、大切な人を失うことの辛さ、恐ろしさ、悲しみはあるのだから。

 自分が吸血鬼を憎んでいる時にもまた、人間を憎んでいる吸血鬼がいたのだ。そのことに気付けず、一心不乱に、盲目的に吸血鬼だと一纏めにして。殺そうと意気込んでいた自分が恐ろしい。おぞましく思えてならない。

 目の前で、仲間を助けたいと、しかし被害を増やしたくないと、板挟みになって苦しむ彼等の姿に、胸が締め付けられる。


 放っておくなど、できるはずがない。


(考えなきゃ、考えないと、私は唯一の人間よ。なにか、何かできることがあるはず――そうだわ!)


「私に考えがあります!」


 ジルはバッと手を上げて、大きく深呼吸をした。

 黒いレース越しに、ベルトルトの青い瞳をまっすぐ捉えて。



◇◇◇



 小さな風が巻き起こり、木の葉が低い位置で跳ねた。ベルトルトの手を取り、音もなく降り立ったのはジルである。


 木の後ろに隠れて先を見る。段差になっている下に、一人の子供が泣いていた。

 茶色の短髪に、紫色の瞳。白いシャツと紺色のズボン、ガーターソックスと、白いソックス。靴はなくしたのか見つからないが、それ以外はあの女性から聞いた通りだ。落ちてしまい怪我をしたのか、膝がじんわりと濡れている。

 彼よりさらに先には、子どもを観察しながら少しずつ近づく中年男性二人の姿があった。銃を構えていないことは幸いだが、時間の問題だろう。泣いてしまったことで、予想より早く子供の存在に気付かれてしまったらしい。


 ジルは岩場にサッと足を乗せ、素早い手つきでスカートの中から銃を取り出した。


(さぁ、ベルトルト様……ん?)


 一度姿を消すはずの彼が、目を瞑っている。


(どうしたのかしら?)


 ツン、と彼の肩を小突く。

 すると、彼は細く目を開けた。そして閉じる。


「……すまない」


 そう言って、彼は予定通り姿を消した。

 時間がないため彼の不審な行動は気にせず、捲ったスカートを元に戻す。

 視線を前に向ければ、男性たちがコクリと頷いた。――と、同時に、ジルは空砲を空に向けて撃ち上げた。


「誰だ!」


 立ち上がって銃を構えた男性たちを、ジルは睨みつける。


「リーゲルの対ヴァンパイア組織の長、フェルツ・ローゼンシルクの娘、ジルよ。まさか、私の顔を忘れたの?」

「リーゲルの……あぁ! 言われてみれば、見覚えがある」

「わかったなら、銃を降ろしてくれないかしら?」

「ということは、そのヴァンパイアはまさか……」


 銃と視線が下りていく。

 「まさか」の先が何かわからないが、利用させてもらおう。


「ええ、そうなの。少し目を離したら、いなくなってしまって」


 ジルはゆっくりと下へ降りて、子供へと微笑みかけた。震えている彼の前にしゃがみ込み、母親から受け取った人形を渡す。


「あなたを見つけるよう頼まれたの」


 子供は無言で人形を受け取り、ジルを見上げた。

 ジルの考えた策は、最初に空砲で怯ませ、判断力を僅かながらに削ぐ。その後、仲間とここへ来たのだと言って逃げるというもの。

 彼等にはこの子供がヴァンパイアだということがバレてしまっていたため、後半は急遽話を合わせることになってしまったが。


「では、私はこれで。また報告会でお会いしましょう」


 社交辞令の微笑みを浮かべる。

 そして、子供の手を引いて歩き出した。しかし、カチャリと銃を構える音が聞こえて振り返る。……わざわざ背中を向けたというのに、警戒心が強いことだ。

 振り向けば、男性の一人が銃口をジルへと向けていた。


「今どき、吸血鬼が長の娘の名前を知っていてもおかしくないよな」

「お、おいやめろ! 本物だったら大問題だぞ!?」


 片方が、銃をおろすよう顔面蒼白で叫ぶ。しかし、彼の耳には届いていないようだ。


「黒い髪と目を持つ吸血鬼がいたっておかしくねぇ。なんなら、魔法なりなんなりで変えられるかもしれないしよ」

「やめろって!」


 狂気的な目にゾッとする。仲間に止められても、直接危害を加えられたわけでもないのに、こうも撃ち殺そうとしてくるとは。

 いつか自分もあのようになっていたかもしれない。そう考えると、あの時にベルトルトに、助けられて良かったと思えてくる。

 その時、二人の後ろでどこか見覚えのあるグレーヘアーの男性が現れた。歩いてきたのではない。急に、現れたのだ。


「あっ、レセーヴルの……」

「えっ?」

「うわっ!」


 後ろを振り向いた男性たちは、顔を真っ青にさせて振り向いた。止めようとしていた男性に至っては、今にも気絶しそうなほどである。

 なにせ、そこには彼等の長が、それはそれは怒れる獅子のような形相で仁王立ちしていたのだから。


「もっ、申し訳ございませんでした!」


 二人が同時にその場で土下座をした。あまりの勢いに目を見張る。


「お、おれ、初めて吸血鬼を見て、その、」


 ジルに銃口を向けていた男性は、長を恐る恐るといった様子で見上げた。

 長は何も言わず、顎を動かして帰るよう伝える。表情的に、命令したと言った方が正しいかもしれない。


「かっ、帰ったら反省文をかいておきますんでー!!」


 そう叫びながら、二人は去って行った。

 今思い出したことだが、レセーヴルの長は厳しいことで有名だった。聞くところによると、ジルの父の比ではないくらい、恐ろしいらしかった。ジルの父も母が亡くなってからは人が変わったように厳しくなったが、身内には優しいのである。


(まぁ、今ここにいるのは、その恐ろしい長ではないんでしょうけど)


 ジルは念のため子供を背中の後ろに隠し、長を見つめる。

 すると、ポンッと音を立てて白い煙が上がった。次いでジルの元へと黒い塊が飛んでくる。

 その塊を掴んだのはベルトルトだった。指の隙間から、コウモリのような黒い羽根がバタバタと苦しげにはためく。


「その子、あのお店にいた子よね?」


 ベルトルトは眉間に皺を寄せ、小さく頷いた。


「かわいそうだから離してあげてほしいの。私を助けてくれたし……だめ?」

「…………はぁ」


 彼の手から、彼の顔へと視線を移す。

 長い沈黙の後、ベルトルトの手からコウモリが飛び出した。長に化けていたのは、このコウモリだったらしい。

 人懐っこいことに、ジルの頬へ頭を擦り寄せてくる。


「うふふ、かわいいわね。ね、ベルトルト様」


 そう言って顔を上げて、ギョッとした。

 ベルトルトが、今まで見たことがないくらい苦悶に満ちた表情を浮かべていたからだ。ほんのりと殺気も感じる気がする。


「もしかして、コウモリが嫌いなの?」

「……そうじゃない」

「じゃあ、どうして――あら?」


 ジルは、コウモリの首に黒色のリボンが巻き付けられていることに気付いた。先端を引っ張ってみる。

 リボンの裏には白い文字が書かれていた。


「えーと、『なんでも占い券・一回分(この子を貰ってくれるお礼!)』……」


 ジルは隣でパタパタと飛んでいるコウモリを見た。目が合い、肩に乗ってくる。


「……ベルトルト様」

「…………わかった」


 ベルトルトは何故か悲しそうに眉を寄せた。対するジルは嬉々とした笑顔を浮かべる。


「ありがとう! 私、大切にするわ!」


 ベルトルトへと満面の笑みを向ける。


「……そうか、うん、あなたがいいなら、いい」

「あの、頼んだ私が言うのもなんだけれど、本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。だが、」


 突然、ベルトルトがコウモリの前に手を出した。どうやらジルの手を噛もうとしていたらしく、カポ、とベルトルトの指にコウモリが噛みつく。


「契約を結ぶのは、屋敷に帰ってからだ」


 ふと、ベルトルトが下を向いた。

 泣き止んで落ち着いてきたらしい。子供が不思議そうにこちらを見ていた。


「まずは、この子を母親の元に届けよう」

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