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12話 贖罪・上

「運命の岐路に立たされる……ねぇ」


 最後に引いたのは『愚者』だった。魔女は『皇帝』の解釈に悩んでいたが、おそらくこういう意味らしい。

 ジルにせがまれ、大人しく占いを受けているベルトルトの背中を眺めながら呟く。


「そう重く捉えないでくださいな。彼女も、占いは占いだとおっしゃられていたではありませんか」

「まぁ、そうよね」


 ソフィアの言葉に頷き、ジルは再び店の中を物色することにした。


(狭いのに、本当に色んなものが置いてあるね。ん?)


 床で何かが光った気がして、ジルはしゃがみ込んだ。

 気のせいではなかったらしい。そこには一枚のタロットカードが落ちていた。それを拾い、表面についた汚れを払う。


(さっき落ちたのね。これは……死神?)


 骸骨の絵の下に、「死」と直球に書かれている。


(どういう意味があったかしら……別れとか、再生があった気がするわ。でも、位置によって変わるのよね)


 位置がわからない上に、自分が選んだわけでもないため、ここは気にしない方がいいのかもしれない。

 ジルは立ち上がり、そっとタロットカードのケース上へとカードを置いた。――その時。横で何かがガタガタと動いた。

 びっくりしながらも顔を向けてみる。すると、そこには小さな檻がいくつか積まれていた。その中の、一番上の檻が動いている。


(今にも落ち――あっ!)


 ガタンッといっそう大きな音を鳴らして、檻が山上から落ちた。慌ててそれをキャッチする。


「よかった……ん?」


 指先に、モフモフとした感覚が。

 どうしたのだろうと檻を目の前に持ってくる。


「きゃっ!」


 指先に白い小さな小さな牙が当たりかけていた。

 よく見てみると、それは小さなコウモリで。

 ジルと目があった途端に、コウモリははっと口と目を開けて動きを止めた。ゆっくりと指から離れていく。

 つぶらな黒い瞳に、大きな三角耳、ちょんと小さな鼻と口。普通のコウモリにしてはモフモフとし過ぎている気がするが。


「意外とかわいい……」

「護身にも、ペットにもなるよ。気に入った?」

「えぇ、まぁ」


 コウモリを見つめながら答える。すると、魔女は安堵したように息をついた。


「よかった〜。実はその子、誰に対しても懐かないものだから困っていたんだ。その子もお嬢さんを気に入ったみたいだね。これは飼うしかないんじゃない?」

「だめだ」


 即答である。

 ジルが振り向くと、ベルトルトは目だけで人を殺せそうなほど険しい表情を浮かべていた。


「あれはコウモリ型の魔物だろう」

「えっ」


 ベルトルトの言葉に檻から離れる。コウモリを見てみるが、人間であるジルには普通のコウモリとの違いはハッキリとわからない。

 しかし、このコウモリ、とてもキラキラとした瞳でジルを見つめてくるのだ。瞳が黒いせいなのかもしれないが、無性に庇護欲を掻き立ててくる。


「色んなものに変化できるし、上手く教育すれば、錬金術の補佐もできる。便利だよ」

「だめだ」


 魔女がムスリと頬を膨らませる。


「君一人で彼女を守り切れるとは限らないんだから、念のために飼っておいてもいいでしょ。吸血鬼たちと、いや、人外側と関わっていくのなら、なおさら――」

「だめだ。売れ残りを処分したいだけだろう」

「あの、どうしてそこまで反対するの?」


 飼うかどうかはともかく、ここまで首を横に振る理由がわからない。

 ジルの質問に、ベルトルトがむっと唇を寄せた。魔女は彼にバレない位置に立ち、説得してくれと言わんばかりに頷いている。


「お供にすると言えばなんてことのないものに聞こえるが、それはつまり、契約をするということだ。血と名前を与えれば、死ぬまで自分に使えさせることができる」

「使い魔みたいね」

「うん。使い魔用だからね」

「ペットと言っていたじゃない」


 魔女はニコリと笑うだけだ。ベルトルトがため息をつく。


「……こういう性格だから、信用ならないんだ」

「嘘をついたことはないけどね」

「魔女は嘘をつけないからだろう。正直な性格だからじゃない」


 魔女にも弱点はあるらしい。この世は知らないことばかりだ。

 ベルトルトはもう一度ため息をこぼして、ジルへと真剣な眼差しを向けた。


「軽い気持ちで契約するものじゃない。飼うにしても、どのような種類があるのかじっくりと吟味してからにした方がいい」


 名残惜しいが、彼の言うことは一理ある。


「……そうね。一度家に帰って、じっくりと考えてみるわ」

「ちゃんと考えてね、絶対だよ。待ってるからね、ね!」

「キャー!?」


 突然ジルに魔女が抱きついた。引き止めるように首をギュッと締められる。


「そう言うなら離してくれるかしら!?」

「お願いお願い!」

「だから彼女に手を出すな」

「ありゃっ」


 魔女が間抜けな声を出したかと思うと、ジルの目の前が、怪しげな店内から街の景色へと変化した。



◇◇◇



 近場に転移する場合は大丈夫らしい。ジルは魔法酔いに苦しめられることなく、夕焼けの町を歩いていた。

 ふと、コロコロと変わる魔女の顔が浮かんで、笑みをこぼす。


「なかなかクセの強い人だったわね」

「……すまない。あなたが入る前に止めるべきだった」

「謝らないで」


 ジルは項垂れたベルトルトの腕を引いた。


「それに、実を言うと楽しかった。今まで周りにいなかったタイプだから、戸惑いはしたけれど面白かったわ。あなたもなんだかんだ言って気に入っているんじゃない?」

「まさか。……彼女がいい商品を時折り売ってくるから、許しているだけだ」

「そうなのね」


 しかし、嫌いには見えなかった。


(むしろ、私には隠し事ばかりするくせに、彼女にはズバズバと話していたじゃない)


 何故か唇が尖っていく。理由はわからないが、何かが面白くない……ような気がする。

 その理由が何か、わかりたいような、わかりたくないような、わかってはいけないような。


「ジル」

「きゃっ」


 突然、ベルトルトがジルに目隠しをした。


「どっ、どうしたの?」

「お願いだから、目を開けずに左を向いて」


 目を開けたところで何も見えないだろう。というツッコミはさておき、大人しく左を向く。

 そのまま、彼の言うまま数歩歩き、曲がり、また歩き、曲がり。


「もう大丈夫。ありがとう」


 ようやく視界が開けた時には、先程とはまったく異なった景色が広がっていた。店より住宅が多いだろうか。


(何があったんだろう? 獣臭のようなものがした気がするけど……)


 気のせいでもおかしくないほど微かだったが。

 しかし、何か理由があっとして、彼なりに隠す理由があるのだろう。

 気分を変えるために頭を振る。その時、小さなザワつきがジルの耳に届いた。

 音の先を追うと、四、五人が切羽詰まった表情で何かを話し合っている。そのうちの一人は女性で、今にも駆け出しそうなところを周りの人たちに止められていた。

 尋常ではない様子にベルトルトの手を引き、慌てて駆けていく。


「何があった」

「あっ! ベルトルト様! と、……」


 彼女を抑えている人達を見守っていたのは、あの花屋の青年だった。ベルトルトとの約束を思い出したのか、顔を大きく歪めて言葉を飲み込む。その横で、人々が一斉にベルトルトの名を呼んだ。


「ベルトルト様!」


 ベルトルトの腕を、女性が掴んだ。その目は涙に濡れ、真っ赤に腫れている。


「息子が、息子がいなくなったんです!」

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