11話 美しき魔女の館へようこそ
「やぁ、お嬢さん。はじめまして」
「は、はじめまして」
ジルへ薔薇を手渡したのは、金髪をふわりと靡かせた、アメジストのような瞳が煌めく美しい男性。
彼はパチンっとウインクをして、ジルへと艶やかな微笑みを向けた。
「君のような子がここに来るなんて、珍し……ああ、なるほど」
彼の目がベルトルトを捉えた。そして、つまらなさそうにジトリとした目で嘆息する。
ジルが薔薇を手に取って振り向くと、ベルトルトが明らかに不機嫌そうに両腕を組んでいた。
「今さら分かったような口だが、彼女が人間だとわかっていてその姿に化けたのだろう?」
ベルトルトが低い声で尋ねる。そして、いつのまにかジルの肩に触れていた男性の手から、ジルを引き寄せた。どうやら、彼はこの目の前の男性が好きではないらしい。
男性はベルトルトの顔をじっと見て、愉快そうに笑った。途端に紫色の煙が上がり、ジルの視界が覆われる。
「そうそう。人間は、いい材料にも顧客にもなるからね」
「ざっ、材料!? ぶっ」
誰かがフゥッと息を吐いた。シャンパンゴールド色の煌めきが空を舞い、煙を一気に晴らしていく。
開けた視界の先には、真っ黒なローブを目深に被った老女が椅子に座っていた。髪と瞳の色は先程の男性と同じである。
彼女はジルを見つめて、三日月のように目を細めた。
「ふぅん。仲はいいみたいだね」
「えっ? あっ」
彼女の視線が手に向けられていることに気づき、ジルは、ベルトルトの服の袖から手を離した。煙が上がった際、咄嗟に掴んでしまったのだ。
彼の隣に立ったまま、行き場のなくなった両手を握る。
「えぇと、あなたは?」
「時折りこの町で商売をしている魔女だ」
相変わらず不機嫌な声色でベルトルトが答えた。
「魔女……」
辺りを見渡してみると、確かにそれらしい内装をしていた。こじんまりとした店内には木製の棚が立ち並び、紫や緑の毒々しい液体が入った瓶や、様々な言語で書かれた魔導書の数々、何かの丸太や宝石、骨や毛皮などが乱雑に置かれている。よく嗅いでみれば、フローラル系の甘い香りに薬草臭が混ざっていた。
机の上には、これまたいかにもな水晶玉が置かれている。
なかなかに不気味なラインナップだ。しかし、恐怖心をあまり感じない。魔女の纏う雰囲気が煌びやかだからだろう。
ふと、魔女が自嘲気味に笑った。
「今となっては、自分の性別なんて忘れたけどね」
「美青年にも老婆にもなれるから?」
「美青年?」
どれだけ彼女(彼?)のことが嫌いなのだろうか。ベルトルトの声は今まで以上に低かった。
対する魔女は、気を良くしたのか、ベルトルトを無視して自慢げに「ふふん」と白い歯を見せた。
「そうだよ! 魔法使いは、美男子にも、美少女にも、幼女にも、妖婦にも、お爺さんにもお婆さんにもなれるのよ」
言葉の通り、儚げな美男子、麗しき美少女、いたいけな幼女、魅惑的な美女、手まで皺だらけのお爺さん、お婆さんへと、魔女はめくるめく姿を変化させた。
最後にまたキラキラと輝いて、魔女らしいナイスバディな女性の姿でウインクをキメる。
ジルはあまりの早技とクオリティーに、自ずと拍手をしていた。
「す、すごい……!」
「ありがとう。やっぱり人間は、反応が新鮮でいいね」
かわいらしい、と魔女がジルへと手を伸ばす。その手を払い除けたのは、他でもないベルトルトだった。
「彼女に手を出せば、商売を禁止する以上の措置を取らせてもらうぞ」
「こわぁい。手を出すって、どっちの意味?」
「両方だ」
(両方?……触るか、材料にするか、ということかしら)
クスクスと愉快げに笑う魔女を睨み付けるベルトルト。
程度によるが、触るくらいなら許すのに。と、ジルは心の中で頭を捻る。
諦めたのか、飽きたのか、魔女は「はいはい」と言って椅子に座り直した。
「それで? 彼女は君のお嫁さん?」
「お前は知らなくていい」
「ふーん……まぁ、言及しないでおくよ。聞いたら君、このまま出ていきそうだし」
「出て行かれたら困る理由でも?」
ベルトルトが睨みを効かせる。
「まぁそう睨まないでよ。ね、君」
魔女はその鋭い視線を躱し、身を乗り出してジルに微笑んだ。怪しげな瞳にドキリとしてしまう。それほどまでに、美しいのだ。
「えぇと、」
まごつくジル。その手を取り、ベルトルトが外へ踵を向けた。
「彼女を揶揄うな。失礼する」
「あぁ、待って待って! 占いはどう?」
「占い!?」
ジルはパァッと目を輝かせた。魔女は頷き、ほくそ笑む。
「そういえば、あなたは占星術の類いに興味があったな」
「あら、どうしてわかったの?」
ベルトルトが棚へと目を逸らす。視線の先には棚があり、占星術の本が置かれていた。星空の絵が綺麗である。
「図書室でああいった本を見ていたから」
「言われてみれば、あったわね」
彼の言った通り、信じるか信じないかはともかく、ジルは占星術を含む占いが好きだった。浮世離れした不思議な世界観、考え方が面白かったのだ。
ふと思う。魔女がする占いとは、どのようなものなのだろうか。
「もしかして、未来が見通せたりするの?」
「それはできないよ。見通すことができるのは過去だけさ。仮に未来を見れたとして、それは数ある可能性の一つに過ぎない」
魔女はそっと水晶玉を撫でた。透明だったはずの中身が淡い紫色の渦を巻き始める。
「だから、占いは占いとして捉えてね。予言じゃないから」
「わかったわ。ねぇ、ベルトルト様、占いをしてもいい?」
彼へと振り向く。心はすでにワクワクでいっぱいだ。
ベルトルトは仕方がないとでも言うように、慈悲を感じさせる表情で苦笑した。
「……もちろん、あなたが望むなら。あまりいい加減なことは言わないでくれ、いいな?」
「はーい。そこは魔女のプライドがあるからね」
ジルが魔女の前に座ると、机の上にタロットカードが広げられた。
「さて、何を占いたい? 未来? それとも運命の相手とか?」
魔女の視線がジルの後ろ……恐らく、ベルトルトの方へと向けられる。途端に恥ずかしくなったジルはあわあわと両手を振った。
「未来! 未来がいいわ」
「照れ屋さんだね〜。はい、一枚選んで」
生暖かい視線を前と後ろから感じて、ジルはすばやくカードを引いた。
そこには、女性が二頭の馬を率いている絵が描かれている。
「戦車?」
「の、逆位置だね。あと二枚引いてみて」
一枚引いてみる。皇帝だ。
最後の一枚に触れ、ジルはゴクリと喉を鳴らした。




