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初速から全力の求愛

ググるほど、唐って先進的だったんだと思う今日この頃です

 夢華 (モンファ)が優雅に立ち去り、授業が始まって、考える間もなく時間が過ぎた。


 もちろん、夢華 (モンファ)明玉(ミンユー)に話しかけたことなどそれまでなく、明玉(ミンユー)から話しかけるほど明玉(ミンユー)も流石に無謀ではないため、突然のことにしばらくは心臓がばくばくと音を立てていた。



「…あれは、なんだったの…」



 とアンドリューに言えたのは、翌日の昼休みのこと。


 食事は家が近いものは帰って食べるが、明玉(ミンユー)もアンドリューも行って帰って来るには少し遠いということで、一緒に校舎近くの飲食店に入った。飲食店と言っても、雨除けの襤褸屋に椅子と机が置かれただけの場所である。もちろん、 明玉(ミンユー)もアンドリューも全く気にならないが、同じ高校の学生たちでこの店を選ぶのは少数派だろう。


 というわけで、さっそく明玉(ミンユー)は、昨日の話をアンドリューへと振り向けたのである。


「何って、口笛を”囃し立てた”って思われただけだよ。僕たちの会話も聞こえていなかっただろうし」


 転入していきなり、後ろ盾がなさそうな女の子に粉をかけていると思われたのはアンドリューも心外である。しかし、幻唐国の名門貴族たちが、周辺国を蛮族とみなしているのは有名な話だ。特に北や西は騎馬民族も多く、勇猛果敢とみる向きもあるが、人攫いもあるので、印象が悪い。華奢な明玉(ミンユー)にアンドリューが声をかけているのは、遠目から見れば悪い連想をさせたのだろう。


「なんかごめん」

 と明玉(ミンユー)は肩を落とした。


「気にしてないよ。それに、明玉(ミンユー)があの学級で認められてるんだなぁって思って嬉しかったし」

「はい?」


「危ないと思ったから慌てて助けにきたんでしょ? あのお姫様…か、その取り巻きか知らないけど」

 アンドリューの口元は上がっていた。


 餃子の入った汁を口元に運ぶ。一口飲みこんで、


「それに、あの学級は貴族の多い場だから、実際、僕のあの行動は不適切だった。みんなとうまくやろうと思ったらね…父さんに言われてたのにうっかりしてたよ。一応それらしく振舞える自信はあったんだけどなぁ」


「それって疲れない?」

「疲れるから明玉(ミンユー)にご飯付き合ってもらってる」


 明玉(ミンユー)相手にはザ・庶民の話し方しかしないアンドリューである。


明玉(ミンユー)こそ疲れない? 任官したら毎日あんな感じだよね」

 明玉(ミンユー)は首を傾げた。


「意外に大丈夫。透明人間みたいな感じ」

「鋼のメンタル……」

 と、アンドリューが呟くので、メンタルの言葉の意味を察して明玉(ミンユー)は彼を睨み付けた。身長差があるので、上目遣いにしかならないが。


 アンドリューの口元が緩んだ。なんといっても、彼にとっては明玉(ミンユー)が世界一可愛いのだ。


「もう…まあいいや。アンドリューは卒業したらどうするの? また西にお仕事?」

 彼は両親と商売のために都市を転々としていた。


 明玉(ミンユー)と出会ったのは10にもならない齢の時だったが、すでに近隣の都市への行き来があって、数か月ほどしか一緒にいなかった記憶がある。その後も戻ってきてはいなくなり、手紙だけが残されては遂に西まで行ったんかいとなり、明玉(ミンユー)は彼がどこかに腰を落ち着けるとは想像していなかった。


 もう彼も18だ。

 詩文より、絹や工芸の目利きの方が得意だという。大人の交渉に混じって丁々発止やってきたというから、そろそろ両親から任せられる仕事も多くなるのだろう。


「うーん、それもいいかなと思っていたけど」

 と言いながら、彼は明玉(ミンユー)を見つめた。


「洛陽で店を開こうかと思ってる」

 明玉(ミンユー)は瞬いた。それは意外だ。


「え、なんで?」

「その方が長く明玉(ミンユー)と一緒に居られそうだから」

 明玉(ミンユー)もそこまで鈍くはないので、流石にアンドリューの意図を察した。


「私、好かれてる?」

「いやもう、滅茶苦茶好き」


 文通はずっと続けていたし、来るたびに会っていた。会える時には会っておこう! と思うぐらいには、好感を抱き続けた相手だ。


「旅先で新しい出会いもあったよ? でも、やっぱり手紙が来るたびにこの子だなぁ…って思うのやっぱり明玉(ミンユー)なんだよ」


 そもそも、明玉(ミンユー)ほど面白く、つい一気に読んでしまうがよく考えたらこの量を……? というほどの手紙を頻繁に書いてしまう子供は珍しい。過酷な旅や、異文化の中で苦労することもあった彼にとって、明玉(ミンユー)の手紙は心休まり、また心躍る時間の一つだった。今もすべての手紙はアンドリューの部屋で木箱に収められているが、その厚さは、きちんと重ねれば、指の長さ程。子供には抱えるほどの量なのである。


 そう言われれば、明玉(ミンユー)も納得した。

 そして、そんなにたくさん手紙が書けたのは、やはり相手が好意を抱いた相手だからだ。


「…私も、好き、だな」

 と少し小さくなった声で、明玉(ミンユー)は言った。


 アンドリューの笑みが深くなる。

 流石に、周囲が聞き耳を立て始めていた。


「さ、食べ終わったし行こうか」

 と彼は明玉(ミンユー)を促した。


 店を出た途端、どっと中で声が湧く。


 明玉(ミンユー)は顔に血が集まるのを感じたが、アンドリューは全く気にしていないようである。当たり前のように明玉(ミンユー)に手を差し出してくる。


 こいつ、結構女慣れしてるのではないか、と明玉(ミンユー)の脳裏を疑いがよぎった。しかし、慣れない明玉(ミンユー)がそれを言葉にする前に、手が捕まえられた。


「いいよな、この国、手をつなぎやすい」


 並んで歩き始めたが、アンドリューと明玉(ミンユー)を気にする者はいない。


 この国では親子や親しい男女が手を繋いで歩くのはごく普通のことだ。しかしアンドリューが訪れた国には、そもそも女性が外を出歩くことを良しとしない国も多く、男女が混じって騎馬の上から玉を追いかける打毬など想像の埒外と思われる。


「えっ、そうなの?」


 普通に打毬もこなす明玉(ミンユー)としては意外というしかない。打毬は皇室から庶民まで馬に乗る程度の教養がある家なら、誰でも親しむ幻唐国の国技のようなものだ。そして正直、馬との相性に男女差はなく、むしろ馬が身の軽い乗り手を好むこともあるため、他のどんな競技より、女性有利だと思うのだが。


「まず、男女混合競技の発想から離れようか…」


 南西の国々と異なり、西方は男女関係なく競技を観覧できる文化であるが、それでもなお競技自体は男のものであるのが普通だ。


「なんか、窮屈そう」

 と明玉(ミンユー)は眉を顰めた。


明玉(ミンユー)にはそうかもしれない」

 アンドリューも、当初は、明玉(ミンユー)に「付いてきてほしい」と言うつもりで、洛陽にやってきた。


 だが、数年ぶりに会った明玉(ミンユー)は、文章から想像していた以上に自由闊達に生きていて、想像もしていなかった挑戦の真っ最中であった。これを遮ってまで求愛したところで、応えてはもらえまい、と商人の勘が言っている。


 欲しいものは彼女の愛だ。


 それ以外については、いくらでも譲歩の余地がある。東西を行き来することで得られる利益は確かにあるが、商売自体は洛陽なら十分できる。容姿のせいで多少衆目を集める鬱陶しさはあるが、久しぶりにやってきた洛陽が思った以上に暮らしやすいこともあり、西方への移動に拘る気はアンドリューにもなかった。


 というか、西の国が明玉(ミンユー)に合っている気がまったくしない。

 思い出したら、最高神の浮気が多い西の国の物語も、反応が良くなかったような…


「行くなら東の方がいいな」

 と言われ、アンドリューは明玉(ミンユー)を見下ろした。


「東って」

 もう、海しかないよね?


「でも日ノ本の国はあるよ」

 留学生も来ることがある。


「竹取物語っていうのはよかった」

 明玉(ミンユー)は勉強もするが、物語を読むのも好きな子なのだ。


 新しい本を送ったら喜びそうだな、とアンドリューは心の中の欲しい物帳に竹取物語の名を書き留めた。本は高価なものだが、科挙合格の祝いとしてはささやかなものだろう。


 そんなことを話したり考えているうちに、二人は校舎の近くまで戻ってきていた。流石に学友に見られるのは気恥ずかしく、明玉(ミンユー)は半ば振りほどくように、アンドリューの手を離した。手を離してからちょっと申し訳ないとおもってアンドリューを伺う。明玉(ミンユー)のわたわた感に当のアンドリューは気を悪くするどころか、くつくつと笑っていた。


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