お妃様はツンデレ
「晃」
と息子を咎めようとした武恵妃を止めたのは皇帝だった。
「よい。これはこの子らを楽しませるために作らせたのだ」
そういって、3つになる息子を抱き上げる。
羨ましそうな表情を隠せない、他の子らにも、皇帝は側に来るようにと促した。
「瑛も気に入ったか?」
と一人一人声をかけていく。
顔を見れば、気に入ったことぐらい一目瞭然なのだが、皇帝としてではなく、父親に声をかけられることそのものが、皇子、公主たちにとっては久しぶりのことなのだ。皆、全力で首を振る。
「婕妤、この通り、そなたの舞は成功だ。あとで褒美をとらせるが、今日は下がれ」
その言葉に、麗霞は楽師たちと共に舞台袖の闇へと消えていく。
「よろしいのですか?」
と言ったのは、麗霞を自分の宮に入れている王徳妃だ。
「あれは弁えておる。それに今日は、この子たちが寝るのを見守ろうと思うてな。市井では父親がそうするというであろう」
父親と久しぶりに寝られると悟った晃皇子が飛びつき、他の子どもたちも期待に目を輝かせる。
「そなたらも来ると良い」
「晃ずるい」
と5歳の公主がぐずるものだから、皇帝は息子を母親である武恵妃へと渡す。
「今日はみな一緒だ」
と公主を諭し、皇帝は麗霞たちに協力していた、李美人とその世話役たちの案内を受けて、歩き始めた。
特別な場所とは、皇后の宮の一室である。皇后の宮の広い部屋を、即席の寝室とするために、様々なものが運び込まれていた。
なにか特別な日なのだと悟った子供たちはみな興奮して、父親にまとわりつき、そして睡魔に負けて夢の世界へとあえなく旅立っていった。もちろん、添い寝していた皇帝も、少々の音では起きぬほど、すっかり寝入っている。
(そうなんだよなぁ…)
とその様子を既に見慣れてしまった武恵妃は、諦めの視線で眺め、その様子を見た皇后、王徳妃も事情を悟った。
* * *
日を改めて、皇后が主催した茶会は、武恵妃と王徳妃に、楊婕妤が招かれるものであった。
夜の宴に参加した者たちだけの内輪話である。
内輪といっても、妙な噂など経たぬよう、いずれも世話役たちは側に控えさせた状況だ。
「一昨日は実に見事な舞だったわ」
と皇后も武恵妃も王徳妃も、その点は余すことなく麗霞を褒めた。闇夜に炎と絵の演出と言い、機転が利いている以上の出来だった。
「ありがとうございます」
と麗霞も誇らしげな笑顔である。
常に舞っている、と言われるほどの舞姫は、己が舞いを褒められるのは本当に好きだった。
「皇下も皇太子も、あの後は久しぶりに話が弾んだようで、本当に楽しまれていた」
庶民のような家族団欒は、後宮の規則としては褒められたものではないが、夜の特別な宴の一日のことである。
「それに、久しぶりに兄弟でも話が弾んだようで」
と王徳妃は、思い出し笑いをかみ殺した。
皇太子と徳妃の息子は1歳違いで年が近いので行き来も多いのだが、まだ3つの晃は兄たちに混じれず寂しい思いをしていた。たった一人女である、太華も兄たちに遠慮していたのだが、今は兄たちに猫かわいがりされてお姫様生活を満喫している。
寝起きする宮は離れているが、歩いて行ける距離なのである。
それぞれの学ぶ時間が終わったあとは、子供たちは今、好きに宮を行き来しては、一緒に遊ぶようになっていた。
「恵妃には悪かったわ。太華も晃も寂しい思いをしていることに、わたくしも皇太子ももっと気を付けるべきだった。皇下のお気持ちも……お疲れにも」
何をそこまで、武恵妃の宮に通うことがあるのか、と思っていたことは事実だった。
武恵妃が実際やや、寵愛を多くもっていることは事実で、子供も彼女だけ二人いる。
やはり、嫉妬で目が曇っていたのだと、皇后は緩く首を振った。
「わたしも、皇下がお渡りになる理由をわかっていなかったのね…恵妃と婕妤のところに皇下がいかれる理由がやっとわかったわ。二人には、よくやってくれた、と言うべきだったのね」
と王徳妃の表情も穏やかなものだった。
「皇后、徳妃…」
と武恵妃は呟き…そしておもむろに一粒の涙を流した。
(え、そこ泣くところ!?)
とちょうどそれが見える位置に立っていた明玉はぎょっとするが、誰も動じていない。
後宮、怖い。
「わたくしはただ、仲の良いお二人が羨ましくて…一緒に皇下にお仕えする仲のはずなのに、なかなかお話しする機会もない。疎まれていると思うと、とても苦しかったのです」
自分の孤立が、我が子の宮廷内での孤立を招いているのではという不安もあった。
「わたくしの心が伝わらなかったのはわたくしが至らぬ故ですわ」
そういった恵妃はいつもと異なり、迫力が身を潜めている。
「わたくしは、おふたりとももっと仲良く…したいと思っておりますの」
高貴な妃たちは顔を見合わせ合う。
もう、青空集会の時のような、険悪な空気は欠片もなかった。
* * *
「ねえ、明玉」
部屋に戻ったあと、麗霞に話しかけられ、
「なんですか?」
と明玉は応じた。
「どう? 後宮ってところは」
と問われて、明玉は少し考えてから答えた。
「わたし、後宮ってもっとドロドロしているというか…陰謀、策謀、危ないところって印象を持ってたんですが、結構平和ですね」
色欲におぼれた皇帝もいなければ、権力闘争に明け暮れるお妃もおらず、皇子も公主も父親として皇帝を慕って日々研鑽に励んでいる。
明玉の言葉に、麗霞は微笑んだ。
「そうね、平和だわ」
やっと、あらすじで書きたかった顛末まで話が進みましたので、あらすじを先行して修正しました。
この話までが、一旦は、明玉の後宮観察話エピソード1となります。
長恨歌が着想のもとになっているこの話、まだこの後に事件が続く予定で、ただいまエピソード2を作成中です。
少し時間がかかりそうなので、一旦完結としまして、ペースを落として連載を続けたいと思っています。
少しでも皆様に楽しんでいただけたら幸いです。
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