第四話
王宮に戻ってきた私たちは殿下がやってくるまで学生時代の友人たちと話をして過ごした。
あれから何をしていただの、誰々に子供ができただの、誰々が浮気をしただの。
そう言った話が耳に入ってこないほど、竜との出会いは私にとってとても衝撃的なものだった。
それも、竜が私の名前を知っていたのだ。
友人たちの話に適当に相槌を打ち、竜の姿を思い出していると、ぼんやりしていたのがバレたのか、テュレラ・ニュクスがテラスに出て王家の誇る庭園でも見に行かないかと提案してきた。
「ええ、是非」
正直、今は感動を静かな場所で味わっていたかった。
だから、テュレラ・ニュクスの提案は私にとってとてもありがたいものだったので一も二もなく頷いた。
慣れた様子で庭園までエスコートしてくれ、静かな声でゆっくりとあの花はなんていう名前で、どういう歴史を辿ったと語ってくれる。
返事が欲しいという感じではなく、ただ言いたいから言っているのだという雰囲気を出してくれている。
黙っているのも変だからと配慮してくれているのだろう。
「片目しかない理由、聞かないのですか」
一通り説明を終えたテュレラ・ニュクスが問いかける。
「え」
まさか、テュレラ・ニュクスから話を振られるとは思っていなかったので目を大きく見開いて彼のことをまじまじと見てしまった。
「もしかして、私が答えないだろうからと質問せずにいるのですか」
「まあ、そうですね」
確かに、片目の竜のことは気になっていた。もう片方、なくなってしまった方の目はどこにあるのか気になったが、それは聞いてはいけない事だろうと思って聞かないでおいたのだ。
「これまで、貴女が尋ねたことにきちんと返事をしなかったことはありますか」
「竜帝の石についてはきちんとした返事をもらったことがありません」
「……それ以外で」
「はないですね」
「でしょう。だから、貴女は私に疑問をとりあえずぶつけてくれれば良いのです。もし、私が答えなければその話は竜帝の石関連のことだと思って下さい」
つまり、これは聞いてくれと言っているのだろうか。
「では、問います。竜の片目はどこに?」
「貴女の胸元に」
私は首にかけているダイヤのネックレスを手に取って見る。
しかし、テュレラ・ニュクスは首を横に振ってそれではないと言った。
「そろそろ頃合いでしょうから言ってしまいます。竜帝の石こそ、あの竜の片目です」
「それはありえないでしょう。だって、私が生まれた時に一緒に出てきたものです。どうやって竜の片目が母のお腹に入るのですか。まさか、母が竜の目を飲み込んだなんて言わないでしょう」
「それは生まれる前から貴女と一緒にあったものです。だから、それは貴女と一緒に出てきたのです」
「そんな馬鹿な」
懐に入れている石を出して光に透かす。
どの角度から見ても、目には見えない。ただの綺麗な石だ。
「あれです。信じるも信じないも貴女次第、というやつです。私としては、事実をお話ししただけですので」
そろそろ殿下のお出ましになる時間ですし、ホールに戻りましょうか、と言われ、悶々とした気持ちで庭園を離れた。
ホールに戻ると一歩遅かったようで、既に殿下がホールにいた。
たくさんの貴族が彼の前に列を作り、挨拶をしてどうにか良い印象を持ってもらおうと奮闘していた。
次期竜帝エディアム殿下。
彼は生まれてから一度も話していない、寡黙殿下として有名だ。
しかし、阿呆なのかと言われるとそうでもない。
彼は多才であり、なんでも簡単にこなしてしまうのだ。
テュレラ・ニュクスの一個上であり、彼も学校を主席卒業している。
加えて、野性味のあふれる、テュレラ・ニュクスとは違った方向性の美貌を持っており、婚約者は無し。
未だに婚約者を決められていない令嬢たちは彼を仕留めるべく躍起になっているのだ。
「では、そろそろ私たちも殿下に挨拶をしに行きましょうか」
腕を取られ、慌ててテュレラ・ニュクスについていく。
手に握りしめている石を落とさないようにしながら殿下の立っているところへと向かった。
周りにいた貴族たちはテュレラ・ニュクスの姿を認めるとさっと道を譲る。
「皆さん、ありがとう」
テュレラ・ニュクスは当然のようにその行動を受け取り、ワインを手に持ってぼうっとしている殿下へと声をかけた。
「エディアム殿下、本日もご機嫌麗しゅう」