第三話
「綺麗ですよ」
私は緊張のあまり、テュレラ・ニュクスの腕にしっかりとしがみついていたようだ。
タキシードを着た彼はいつにも増して美しく、周りの女性たちがちらちらとテュレラ・ニュクスを見ているのに気づく。
それに対して私はどういう事だ。
服はとても綺麗なものだのに、中身がこんなである。顔も良いとは言い難い。
「私の緊張をほぐそうとして下さっているのですね。ありがとうございます」
「いいえ、服も美しいですが、貴女自身も綺麗です」
今,私が参加しているのは年に一度、フェーヤ国初代竜帝の誕生日に合わせて行われる竜帝祭である。
この日から一週間、町では竜帝にまつわるお菓子や料理が売られ夜までどんちゃん騒ぎをするのだ。
外国からもたくさんの観光客が訪れ、竜がもたらす自然の恵みに感謝をする。
貴族たちは王宮に呼ばれ、パーティーを開くのだが、それには十九歳にならないと参加できないのだ。
何故十九歳からなのかは謎であるが、二十歳からではいけなかったのだろうか。
つまり、私は初めて王宮にて竜帝祭を過ごすことになる。
「そう言えば、竜に会ったことがないとぼやいていましたね」
「ええ、まあ」
魔術を持つフェーヤ国の人々は学校の行事の一環で竜との対話というものがあるのだが、私は魔力がないという理由から竜との対面は叶わなかった。
魔力が凝縮して作られている竜と魔力のない私が対面して変なことが起きてはいけないと危惧してのことだというが、私はちょっぴり寂しかった。
竜の瞳と同じ色の石を持って生まれた私としては、その竜の瞳を見てみたかった。
「この竜帝祭には、初代竜帝と契約をした竜がこっそりやって来ます」
王宮近くには流石に来れないみたいですが、どうですか、一目見に行きますか、と問いかけられ、頷く。
「是非、竜の姿を見てみたいです。私と会って、竜に変な影響はないですか」
「ありませんよ、そんなもの」
断言され、ほっと息を吐く。
「では、今から向かいましょうか。殿下がいらっしゃるまでには戻りたいので転移魔法を使います。しっかりと私に掴まっていて下さいね」
真正面から抱きつかれ、私は声を上げる間もなかった。
ぶわりと空気が抜けていく感じに襲われはくはくと口を開閉する。
「もうすぐ着きますので、申し訳ないですがもう少し我慢していて下さい」
テュレラ・ニュクスは眉を下げて申し訳なさそうに謝った。
「魔力がないとこういう弊害があるんですね。貴女でも快適に転移できるように改良をしなければ」
息苦しさが最高潮に達し、ぎゅっとテュレラ・ニュクスの胸元を掴むと彼はグハッと変な声を出した。
その瞬間、ふっと空気の濃度が濃くなり、大きく息を吸った。
「着きました。ここが竜の住処のはずれです。普段竜たちは棲家の中央にいるのでなかなかその姿を見ることが叶いませんが、一年に一度ここまでやって来るのです。そろそろやって来るはずですが」
テュレラ・ニュクスの胸に押し付けていた顔をあげて辺りを見回し、私は思わず歓声を上げた。
見渡す限り、緑に覆われた大地。
風で波紋を落とすかのように揺れる草に神秘さを感じた。
「綺麗」
テュレラ・ニュクスから離れて楽しそうに揺れる草をずっと見つめた。
ふと、草に大きな黒い影が落ち、空を見上げて絶句した。
『おやおや、これは珍しいお客様だ』
白い体躯に青い瞳。
私の持っている石よりももっと透明で綺麗な瞳が一つ、私を見つめていた。
透明な翼をばさばさと上下に動かして私とテュレラ・ニュクスの隣に降り立つ。
「独眼竜だ」
そんな幼稚な感想しか出てこなかった私を楽しそうに笑う。
『十九歳のシェーナに会うのは何回目だったか』
「初めてです。竜に会うのは。とても嬉しい」
『そうか、これが初めてか』
まるで孫の成長を喜ぶかのようなことをいう竜。私を大きな翼でわさわさ撫でると、一歩私から離れてこそこそとテュレラ・ニュクスと話し始めた。
『テュレラよ、これは何回目だ』
「私の知る限り、九回目です」
『九回か。実は、竜とはいえ全能ではないのであと出来て一回だ。あれに任せて前回はあの結果だ。今回、うまくできると言えるのか』
「はい、勿論です」
こそこそ話しているが、なんせ竜の体は大きい。
竜の小声は私たち人間の普通の声の大きさと変わらず、ばっちりと聞こえていた。
「あの、九回目、というのは?」
戸惑いながら問いかけると竜は目を細めてゆっくりと言った。
『シェーナは知らなくて良い事だ』