第一話
ふと思いついたので書きました。
最愛の人が昨日この世を去った。
あの人のいない世界はどうしようもなく苦しくて破壊したくなる。
魂が浄化され、再びこの世にあの人が生を受けるかもしれない、と言われなければきっと俺は感情の赴くまま魔力をこの世にぶつけていただろう。
「そろそろお戻りになられては……」
従者がそっと声をかけてくる。俺は手をひらりと振って従者を城に返した。
この場には俺と彼女がいれば良い。
彼女が埋められた地面に手を当てがい、止まった鼓動が再度動いてくれないかを願った。しかし、そんなことは俺なんかにはできない。それは神の所業。竜帝と言われ、この世で恐れられていても彼女を復活させることはできない。
いくら魔力があってもそれは出来ないのだ。
彼女を守れなかったのだ。
乾いた笑いが喉から漏れた。
「シェーナ」
勿論、その名を聞いて返事をするものはもういない。
でも、何かに縋るように呼んでしまう。
「シェーナ」
何度も何度も。
何回その名を口にしただろうか。喉も涙も枯れた頃、ふと空気が揺らぎ、背後に気配を感じた。
「何だ」
従者か、それとも刺客か。
背後を振り返ることなく問えば、気遣うような言葉が返ってきた。
「いつまでそちらで泣いているのですか」
俺は弾かれたように立ち上がり、後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、最愛の人だった。
「シェーナ」
はい、何ですか。
そういつものように返事を返してくれるものだと思っていた。
だのに。
「ええと、シェーナ、とは一体どなたのことですか……?」
きっと、俺が狂い出したのはこの時だった。
「そもそも、貴方はどなたですか?」
何故か実体のあった彼女。
そして自分のことも俺のことも忘れた彼女。
他人に接するように丁寧な物腰の彼女にどうしようもなく苦しい気持ち、そして怒りの気持ちを覚え。
俺は自分の手で彼女を殺め、息絶えた彼女を抱き抱えて致死量の毒を煽った。目を瞑れば腕の中の彼女の温もりが徐々に消えていく。
そして、このまま天に向かい、そこで彼女を閉じ込めて暮らすつもりだったのに。
無理矢理開かれた瞳には豪華絢爛な広間が映り、手にはワインを持っていた。
俺はいつしかのパーティーの中にほっぽり出されていたのだった。
「エディアム殿下、本日もご機嫌麗しゅう」
「ああ」
見覚えのある風景。聞き覚えのある台詞。
「シェーナ、それは何だい?」
そして、憎き声。
「これは石です」
心臓をぎゅっと握りしめる、愛おしい声、姿。
シェーナは俺とは別の男の隣で笑っていた。性格も声も姿も歴史も何もかも変わっていないのに、ただ一点、シェーナの隣にいる人物だけが変わっていた。
「シェーナ嬢。それは何に使う石なんだ?」
シェーナの隣にいる男に殺意を向けながら問えば、一瞬目を瞬かせた後シェーナは言った。
「それが分からないんです。生まれた時に私と一緒に出てきたという石なんです」
そうして手のひらに乗せられたのは真っ青な石だった。深い青色は俺の瞳の色だ。そして竜族の色。禁忌の色とも言われる。
その石に己の瞳が映り込んだ瞬間、ぐいんと脳に記憶が流れ込んできた。
その記憶は俺の知っているものであり、知らないものだった。
目を上げてシェーナの隣の男、シェーナの婚約者を見やればそいつは赤い瞳で俺を見ていた。
『貴方では彼女を幸せに出来ない。貴方は疫病神だ。大人しく私に彼女を譲りなさい』
前回も言われた言葉が今度は頭の中で告げられる。
『貴方のせいで前回、彼女は不幸になった。竜帝の妻などという立場に置かれたせいで』
男は石を取り上げて笑った。
「では、御前を失礼致します」
優雅に礼をしてシェーナを連れて去っていく。
優越感に浸った瞳が、シェーナの腰に添えられた腕が、ふわふわと揺れるシェーナの髪が、とても恨めしかった。