第8話 略してJOT!
――まったく、今日は何なのよ!
今日は朝から色々なことがありすぎて、盛り沢山すぎて、頭がついていかない。もうパニック状態だ。これ以上トラブルが起こったら溜まったものじゃない。……と言うことで私たちは足早に学校に向かったのでした。
そして、やっとのことで教室に到着。
「あかねちゃん、つかれたにぇー。てへぺろ」
「あなたが疲れる訳ないでしょ!」
「え? みかんちゃんだって、色々と私のこと助けてくれたし疲れたよね。本当にありがとう。みかんちゃん、あかねちゃん。」
萌ちゃんは私たちに深々とお辞儀をする。
いやいや、萌ちゃん違うんだよ。こいつはロボだから疲れなんて感じる訳がないんだってば。しかもこいつは萌ちゃんのことを実験材料として助けてる一面もあるのだよ。そんな怒ってもお礼をする筋合いなんて全く無い。本当に。
……なんて、言える訳もなく。
「いやいや、萌ちゃん。良きにはからってちょ。てへぺろ」
心の狭い私は、ドヤ顔のみかんをイライラしながら睨むことしかできなかった。それにしても、みかんが現れた途端にトラブル続発とか、こいつ絶対何か持ってるな。
もしかして:疫病神
とは言え、今回の件に関しては、みかんのお陰で萌ちゃんが救われたことも否めない。だから、みかんの存在は、認めたくは無いけれどマイナス面ばかりでは無い、プラス面もあると言うことだ。
だけれど、あんな簡単に呪文をボンボン使われてしまうのは考え物。だって、呪文を唱えているところを誰かに見られたら大パニックになる。それこそ萌ちゃんに見られてしまう可能性だってあるのだ。呪文、ダメ、絶対。
そんな裏事情があることなんて夢にも思わない律儀な萌ちゃんは、再びみかんに向かって深々とお辞儀をする。
「みかんちゃん、本当に助けてくれてありがとう。みかんちゃんが居なかったら私、どうなっていたかわからないよー」
「ふっふっふー。これくらい御安い御用! 正義の味方、女子高生お悩み相談ツインズにお任せあれー。てへぺろ」
「え、じょし……おなやみ……?」
みかんの意味不明な言葉を聞いて、萌ちゃんの頭にはてなマークが何個も浮かんでいるようだ。みかんの発した単語女子高生お悩み相談ツインズが何のことかさっぱりわからなくて理解に苦しんでいる。
もっと言えば、萌ちゃんの脳が女子高生お悩み相談ツインズと言うクソダサくて時代遅れなワードを拒否しているに違いない。
そりゃそうだ。
私だって理解したくない。
むしろ関わりたくない。
「しょーがないなあ。もう一回言うよ! 女子高生お悩み相談ツインズ。略してJOT! あかねちゃんと一緒に女子高生の悩みを解決するために結成した正義の味方集団なのだ!」
「は、はあ。」
2人しかいないのに集団とか言うな。あーあ。萌ちゃんが対応に困って、私にアイコンタクトを送ってきているじゃない。どうやら私に助け舟を出して欲しいようだ。気持ちはわかる。ごめんね。萌ちゃん。
私は萌ちゃんに向かって、女子高生お悩み相談ツインズについて不本意ながら肯定的に説明をする。
「えーーーと。まあ、名前はともかくとして、多感な時期の女子高生みんなの悩みを聞けたらいいなって、みかんと話していたの。」
「へえ! そうなんだー。確かに、あかねちゃんとみかんちゃんだったら何でも解決できそうだね!」
……そうかあ?
なんて、当事者の私が否定的な言葉を口には出せないけれど、そもそも女子高生がポンポン悩みを見ず知らずの他人に話すとは思えない。だいたい、人に相談できないから悩んでいるのでは無いだろうか。
だから、悩める女子高生の本音を私たちでどうやって聞き出すかが一番の課題なのだ。私一人の力では、この問題はクリアできる自信がない。
気は進まないけれど、生徒会長に相談してみようかな。みかんに任せたら大声で宣伝活動をして、逆に皆をドン引きさせるに違いない。
その点、生徒会長だったら効率の良い宣伝方法についてアドバイスをしてくれるかもしれないし、あわよくば協力してくれるかもしれない。
そうなんですよ。
それくらい生徒会長は頼りになる憧れの存在なのだ。私も学校に入ってから生徒会に携わっているけれど、私自身が生徒会長に悩みを相談することも少なくない。
あ、もちろん私が腐女子なのは生徒会長にも秘密。
まだ授業まで時間があるな。今だったら、まだ生徒会長……生徒会室にいるかな。善は急げ。今行ってみちゃおうかな。
「みかん、ちょっと行ってくるから、ここで待ってて。」
「えー、どこに行くのー? 僕もいくよー」
「トイレ! すぐ戻ってくる!」
「大きい方? わかったー。たくさん出しトイレー!」
まったくデリカシーの欠片もないんだから。こんなんだから生徒会長に会わせたくないのよ。
とりあえず最初は私一人で生徒会長に相談しよう。教室から生徒会室まで、あまり離れていない。簡単に要点だけ伝えれば、一時限目までには余裕で戻って来れるだろう。生徒会長も私もおしゃべりではないし、むしろ効率的に物事を進めたいタイプだからだ。
私はバタバタと早足で生徒会室に向かう。廊下は走っちゃいけない。生徒会役員がルールを破る訳にはいかない。あくまでも早足だ。
――待ちな!
階段を上っていると後ろから、どこかで聞いたような声で引きとめられた。
誰だっけ?
このガラの悪い声。
怖々と振り返る。
「はい? ……あっ!!」
こ、こいつらは朝、トイレで萌ちゃんのことを襲おうとしていた先輩3人組では無いか!
な、何でここにいるの?
「ようやく1人になったな。ずっと1人になるのを待ってたのさ。さっきは、あの怪力小娘に邪魔されたけれど、お前1人だったら余裕だよな。こっちに来な!」
「や、やめて!」
私は、先輩たちから両腕を掴まれ羽交い締めにされて外に連れ出される。暴れて逃げようとするけれど身動きが取れない。動けない。
チャラ男の時もそうだけれど、こういう時に自分の非力さを痛感する。みかんに出会ってから、その思いは更に加速する。もっと強くなりたい。
そして、先輩達に引きずられて校舎裏の人気のないところまで連れてこられた。私は依然として、2人からガッシリと拘束されたままだ。
リーダー格の先輩がカッターナイフの刃を出して、私の方に差し向ける。
「お前、さっきは良くも邪魔してくれたね。いつも善人面しやがって、生意気なんだよ。ちょっと痛い目にあってもらうから覚悟しな!」
――カチカチカチカチ
カッターナイフの刃を出す音が冷たく辺りに鳴り響き、更に私に向けて恐怖心を煽る。
でも、ここで屈する訳にはいかない。
逃げる訳にはいかない。
萌ちゃんのためにも、みかんのためにも。
震え声で私は言うのだった。バレバレの震え声で。
「や、やるならやればいいじゃない! こんなことしたって、どうにもならないんだから!」
「うるさい! おや、足が震えてるよ? 金を出してくれたら勘弁してやってもいいんだよ?」
そうか。目的はお金か。
でも、ここでお金を渡してしまったら、これからもずっと繰り返し彼女たちに、お金をたかられることは言うまでもない。
もう、覚悟を決めるしかないか。
でも、さすがに怖いな……目から涙が次々と流れて止まらない。
我慢しなきゃ……
我慢しなきゃ……
うん。我慢なら今までもしてきたことだから、何でもないよね。思い通りになんてしてやるもんか。
「いやよ! あなた達に払うお金なんて一銭もない!」
私は悲鳴に近い声で叫んだ。
流石に今回は、みかん……助けに来てくれないよね。みかんは私のことトイレに行っていると思っているし。
みかんが朝助けてくれたのは、私が男に連れ去られるところを見ていたからだし、そもそも今みかんは教室にいるはずだ。
ああ。
私、死んじゃうかもな……
みかん、私が死んだら鍵付きクローゼットの中のBLワールド、皆に分からないように処分してくれるかな。
あんなの家族に見つかったら死ぬに死にきれないよ……
――シュタタタタタタッ!
突然砂ぼこりが舞い上がる。砂ぼこりの中、もの凄いスピードで黒い影が私たちの方に向かってやってくる。
みかんの瞬間移動か……?
いや、そんな訳がない。みかんの瞬間移動は影さえも見えない。だとしたら、この影は何だ?
――シュタッ!
その影は、先輩と私の間でピタっと止まる。そして、砂ぼこりが少しずつ収まっていく。少しずつ現れるシルエットから細身の女の子のように見えた、けれど、残念ながら後ろ姿で顔が見えない。
みかんでは無いな。
……誰?
「にゃりーん! 正義の味方参上にゃん!」
私の前に立った女の子は上半身を捻って後ろに振りかえり、私に向かってピースした。




