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第7話 おっぱい大きい子か。

 みかん、萌ちゃんと三人で学校を目指す。駅から学校までは商店街を抜けて10分くらいだから、近いと言えば近いかな。


 ――おはよう!

 ――ちょっといいかなー?


 こっちに向かって背後から声がする。それにしても朝から元気だな。


 ――ねぇ。キミだよキミ!


 軽いなー。

 その軽率な呼びかけは水素よりも軽そうだ。まるでナンパだな。彼から話しかけられている娘は可哀そうだなと心から同情する。


 ――キミ達だってば!

 ――そこの三人組の女の子!


 お?

 周りを見渡してみるが、三人組は、私、みかん、萌ちゃんしか居なかった。どうやら可哀そうな女の子は私たちだったようだ。はあ、朝から面倒くさい。


 仕方なく振り向くと、そこには二十歳くらい、長身細身、ブランド服に身を包んだ男が立っていた。まあまあ整った顔立ちで、まあイケメンの部類に入るのかな。とは言え全く男に興味がない私にとってはどうでも良い話だ。


 彼の声の掛け方。

 声自体は優しいのだけれど、彼の言うことには絶対逆らえない、逆らってはいけない、逆らったら何をされるかわからない。身体中から滲み出る圧迫感。


 こいつ絶対女慣れしている。私の脳内で彼が要注意人物だとカンカンカンと警報を鳴らしていた。


 こう言う男、私の一番嫌いなタイプだ。素人童貞クソニート博士の方がまだ良い……いや、どっちも良くないか。


 今まで隣に居た萌ちゃんが、私の隣から居なくなっていることに気づく。どうやら彼に声を掛けられた瞬間、私の背後に隠れたらしい。


 そう、さっき私がトイレで先輩と萌ちゃんに会った時と同じように、私の後ろでブレザーの袖をギュッと握りブルブルと小動物のように震えていた。


「あ、あかねちゃん。その人、私に告白してきた人……」

「えっ?!」


 こいつかっ!

 萌ちゃんのことを悩ませた諸悪の根源は!


 って、萌ちゃんが彼から告られたって言ってたのつい最近の話よね。舌の根も乾かないうちに別の女にちょっかい出してくるとか、軽薄にも程がある。


 こいつ、いわゆる女の敵ってヤツだな。


 ――許せない。


 とりあえず、話を聞いてみよう。道を聞かれるとか普通の用件かもしれない。人のことを風貌だけで決めつけるのは良くないよね。


 落ち着いて、落ち着いて、落ち着け私……


 ――深呼吸。


 今にも罵声を浴びせそうになっている私の心を落ち着かせ、大げさなほどに穏やかに彼に応えた。


「なんでしょうか?」

「キミ、可愛いね~。モデルとかやってる? 俺は、慶蘭大学法学部に通っている学生なんだけどさ、学校終わったら遊ぼうよ!」

「はあっ?!」


 チャラい!

 慶蘭大の法学部と言ったら、この一流ランクの大学で、その中でも偏差値はトップクラスだ。だけれど、こいつの精神年齢は小学生以下だな。


 ブランド服に身を包んでいるけれど、見たところ全て親の金って感じ。素人童貞クソニートと言い、こんな男しかいないのが世の現実ってやつか。


「ねーえ! 行こうよ! 良いもの食べさせてあげるからさ。何なら欲しいもの何でもプレゼントするよ! 何が良い?」


 うざい。

 まともに相手にするのもバカらしいから、私は彼の質問を全てスルーした。


「えっと。あの、最近、私の学校の子に告白しませんでしたか?」

「え? ああ……()()()()()()()()か。前から目をつけていて、試しに声を掛けたら逃げられちゃったんだけど、まあいいや。頭悪い分、脳みそが全部胸にいっちゃってるんじゃないかな~。その点キミは賢そうだし俺と同じ世界の人間だねぇ。あはははは……!」


 それはもう嬉しそうに高笑いする男。一体、自分のことを何様だと思っているのだ。


 ――お前と私を一緒にするな。


 心の中に沸々と怒りが満ち溢れてくる。その怒りが身体に現れたのか、顔面が痙攣けいれんしてピクピクしだした。


 そして私の後ろに隠れている萌ちゃんが、彼に気づかれないように細かく震えて声を抑えて泣いている。


 ……うん。そうだ。

 この場から一刻も早く立ち去ろう。


「興味ないので。では。さっ、行こっ! 萌ちゃん、みかん!」

「う、うん。」

「お? おう。」


 こんなヤツ相手にしても時間の無駄。こんなヤツと話して同類と思われるのも(しゃく)だ。一刻も早く立ち去ろう。


 私は彼に背を向けて、萌ちゃんとみかんの手を握り足早に立ち去ろうとした。


「おい! ちょっと待てよ!」


 だがしかし、男は後ろから私の肩を乱暴にグッと掴み引き止めた。


 痛い!

 なんてことしてくれるんだ?!


「やめてください!」


 私の肩をギュッと握る男の手を思いっきり払いのける。


 ――気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 ――私に触れるな触れるな。

 ――汚らわしい!


「いいから! こっちに来いよ!」


 男は私の手首をキツく掴み引っ張って、人気のない路地裏に入り、ビルの間の細い路地に入って行く。通学時間帯とはいえ、こんな奥まで入ってしまたら流石に人目にもつかない。


「何をするの?! やめてよ!」

「甘い顔をしたら良い気になりやがって! 俺に逆らったら、どうなるか思い知らせてやるよ。」


 男の表情は鬼のように赤く急変し、私のことをビルの壁に強く押し付けた。


 ――ドンッ!


「いたいっ!」

「さてさて、どう料理してやろうかな。ふふふ。」


 男は手を私の顎に当て、クイッと上げた。


「ほーんと綺麗な顔してるよなあ。さて、身体のほうはどうなっているかな?」

「やめてくださいっ!」

「だから、もう遅いって言ってるんだよ!」


 男の手が私の胸元まで伸びる。


「や、やめて……」

「あははっ! キミは僕に逆らったんだ。その報いを受けなければならない。……こんな風にね。」


 そして男は私のブラウスのボタンに両手を掛けた。


「な、なにをする気っ?!」


 ――パァーーーンッ!


 男は思い切りブラウスを両手で引きちぎり、その反動でボタンが弾け跳ぶ。私の意志に反して、脆くもブラウスはズタボロに破れ、純白のブラジャーがあらわになった。そして、男は間髪入れずにブラジャーを外しにかかる。


 ――怖い!

 ――目が血走っている。

 ――こいつ、本気だ!


「きゃああっ! やめてー! み、みかん! みかん! 助けてー!」


 助けて、みかん!


 どこ?!

 どこにいるの?!


 早く助けて!


「ほいほーい! おまたせー! せーの……」


 緊張感無く軽やかに颯爽さっそうと走ってきたみかんは、男の前で立ち止まる。


「なんだ? お前。こいつと一緒に犯されたいか? あははははっ!」

「ごめんね。ボクはアホの話す日本語良くわからないんだ。」

「なんだとっ?!」

「だから、これをキミにプレゼントするね!」


 みかんは、サラッと辛辣な言葉を男に投げかけると同時に、左腕を大きくバックスイングし左足の後ろに体重をかけ右足を前に上げた。


 そして、一気に右足を前に踏み込み男を……思いきりぶん殴った。


 ――ドガーーーンッ!


 「ぐはあっ!!」


 男は殴られた勢いで吹っ飛び、突き当りにある分厚いコンクリートの壁に勢い良くぶち当たった。


 ――ドゴオーッ!


 「ぐほぉぉ!!」


 壁にめり込んだ男は、ゆっくりとがれ落ちて地面にパタリと倒れこんだ。


「本日2回目のー()()()()()()()!、あーんど、これは初めて()()()()()()()()()()()!」


 みかんは手慣れた様子で立て続けに呪文を唱えた。すると、粉々になった壁が青い光に包まれ宙に浮かび上がり、元の場所に次々と戻っていく。


 れぱらとぅーあ。

 これは、さっきのトイレと同じ修復の呪文だろう。


 続けて、金色の光がチャラ男を包み込む。もうひとつ呪文を唱えていた効果なのだろうか。一体、この光は何だ?


「あははっ! プレゼントのお返しはいらないよ! ……あかねちーん。大丈夫かい?」

「……うん、ありがとう」


 私の肩を、そっと抱いて慰めるみかん。

 みかんの姿を見てホッとしたのか、ぼろぼろと私の目から涙が流れ出した。


 みかんが居なかったら、今頃どうなっていたのだろうか。想像しただけでも怖い。震える。


「あ、あかねちんのブラウスも直さなくちゃね。本日3回目の()()()()()()()っと」


 みかんが私のブラウスに向けて呪文を掛けると、散らばっていたブラウスの欠片達が青白い光に包まれて次々と戻り、ブラウスが瞬く間に元通りになった。


 そしてみかんは私にウィンクして手を握る。


「あいつが起きる前に逃げよーぜー。てへぺろ」

「うん……でも大丈夫かな?」


「どうかなあ……とりま僕が殴りかかった時点から先、男の記憶をサクッと消しといたから、たぶん大丈夫だよ。彼的には、『いたいいたい。僕、ケガしているけれど、何でだろう。あれれー?』って感じかな。ざまあ」

「み、みかん……あなたって子は。でもあの人、凄い血が出てるけど死なないよね?」


 恐ろしい奴だ。男を見るとあらゆる部位から、だらだらと血が流れているのが見える。


 ――本当に死なないよね?


「あー。生かさず殺さず程度に加減しているからだいじょうぶさー。万一、警察沙汰になっても僕の内蔵機能で、今の出来事一部始終録画してあるから、そいつを使えば正当防衛になるよー。えへん」

「え?! 録画していたと言うことは、私が襲われているところ一部始終を黙って見ていたの?」


「……てへぺろ」


 みかんは、ヤバいと言う顔をして、おどけて右頬に向け舌をペロッとだした。てへぺろじゃないわよ。まったくもう。


 私からボロボロと流れていた涙が一気に引っ込んだ。私の涙を返せ。


 男に連れてこられた路地裏から戻ると、萌ちゃんが心配そうにビルの陰から様子を伺っていた。


 萌ちゃん的には、「私たちのことが心配だが怖くて入ってこれない。」と言う感じだろう。


 まあ、仮に入ってきて一部始終見られてしまうよりは、離れたところで待っていてくれて助かったかな。


 萌ちゃんは私たちの姿を見て駆け寄ってくる。


 今にも泣きそうな表情で。いや、もう泣いているな……


「あかねちゃん! みかんちゃん! 大丈夫?!」

「萌ちゃん。心配することは無いよ。大丈夫。全部終わったから」

「僕の大活躍でね! えっへん」


 両手を腰に当て胸を張って威張るみかんの姿に、私と萌ちゃんはシャボン玉が弾けたように大笑い。


 何年ぶりだろう。

 こんなに笑ったのは。


 最近、心から笑うことなんてなかったな。


 「よし、今度こそ学校に行こう!」


 私は、みかんを右手、萌ちゃんを左手で手を繋ぎ、小走りに学校へ向かった。


 ――――


『にゃ、にゃんだ……? 今の……? 呪文にゃ?』


 物陰から女子高生が、あかね達を見守っていた。

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