第5話 百合好き博士の譲れないところ
「ってことでぇ~。あかねちゃん一緒に寝ようか。ぐふふ」
みかんは私に向かって両手を前に出し、胸を揉むジェスチャーを見せた。不敵な微笑みを浮かべて指をワキワキ動かして本当に気持ち悪い。博士が乗り移ったと思うくらいにはキモい。
「『ってことで』の意味がわからないわよっ! 変質者か! そのポーズやめて!」
「あははははっ……!」
今は夜中の1時。昨日に比べたら大分早いが、それでも遅い時間だ。
女子高生お悩みツインズ……略してJOTとベロチュー充電の二択。どちらかは絶対に選ばなくてはいけなかったとは言え、嫌々ながらもJOTを了承したのだ。今更胸揉み充電を断る訳にもいかない。
ブラしたら、少しはマシになるかな。胸が窮屈で寝苦しくなるかもしれないけれど、ダイレクトに胸を揉まれることに比べたらマシだよね。それに毎日下着を汚すわけにもいかないし。
「ちょっと待って? ブラつける。」
「ええー? ブラ着けたら充電できないよう。ノーブラじゃないとダメだよう」
「……え? そうなの?」
「そうそう。百合好き博士の譲れないところだよ。てへぺろ」
あのおっさん。
何てことしてくれるんだ。
「ああ、もうっ……!」
ホントに嫌なんですけど。
とは言え、満充電できなければ、あの変態博士が何やってくるかわからないし。仕方ないなと渋々とブラを外した。
何で私がこんなことをしなければならないのだ。三年前、浴衣なんて着なければ、お祭りになんて行かなければ良かった。
それでもみかんは、しれっと言ってのける。
「でもさあ。べろちゅー勘弁してもらっただけ良かったじゃない。ヘタしたらベロチューと胸揉み充電、両方ともムリヤリ通されちゃう可能性だってあったからね。あかねちゃんラッキーだったよ。てへぺろ」
「え、そうなの?!」
そんなん言われたところで私には何の慰めにもなっていない。だってまだ私、高校1年生だよ?
毎日胸を揉まれる高校1年生ってなかなかいないよね。揉まれるのも嫌だけれど、毎朝、汚れたパンツを自分で洗濯しなければならないと思うと憂鬱でしかない。だって、汚れたパンツを母に洗ってもらう訳にもいかないし。
「さーっ! あかねちゃん! 寝よう寝ようっ!」
「わかったわよ。そんなに張り切らないでよ。もう」
私は観念してベッドに横になる。待ってましたと言わんばかりに、みかんは私の後ろに張り付いて両手でガシッと胸を掴んだ。
「あかねちゃーん……お、や、す……ぱたり。もみもみ」
昨日と同じように、もみもみと胸を揉み始めた瞬間、みかんは話さなくなった。どうやらスリープモードに移行したようだ。みかんの手は私の胸にガッチリとホールドされていて、全く身動きが取れない。
――これ、もし私がトイレに行きたくなったらどうすれば良いの?
この年になってお漏らしなんてシャレにならない。寝る前にトイレに行っておいて良かった。
「はぁん……!」
みかんの微妙な手の動きに思わず声が出てしまう。しかも豊満なみかんの胸が背中を刺激して、更に変な気持ちになってしまうのだ。なんだこのモヤモヤとした感情は。体が熱く火照っていくのがわかる。
「あーーーっ! もう!」
私は雑念を追い払うべく大声を出した。
よし。みかんの手をブラジャーだと思えば良いのだ。ブラジャーだと思えば何てことはない。
……って、ムニムニ胸を揉むブラジャー。絶対に嫌だ。
――あさだぉー!
――起きてーー!!
ん、んん……。
目を開けると、みかんが私の肩を揺さぶっている。
……ん? なに?
充電おわったの?
「あさだよーおきてー! おはろー! あっかねちゃん!」
「あ、うん。おはよう」
もう朝か。昨日に比べたら深く眠れたような気がする。昨日は徹夜で疲れていたこともあって、いつの間にか眠りに就いていたようだ。
そう、あくまでも昨日と比べてだけれど。
「よっしゃ! じゃあ、萌ちゃん救出大作戦の作戦会議をしよー! えいえいおー!」
「え? ああ、そうね。そうだったよね」
そうだった。
ディープキス充電を取り下げる条件が、女子高生お悩み相談何とかだっけ。あと、博士のつけたチーム名なんだっけ……バカらしくて忘れてしまったな。
はあ。萌ちゃんかあ。
確かに友達だし仲良しだし助けてあげたいのは山々だけれど、あまり他人のプライバシーに介入するのは好きではないのだよな。
そうだ。
萌ちゃんの気持ちを聞いてみよう。それで、本人が本当に助けて欲しいと思っているようだったら相談に乗るようにしよう。
博士の目的は、女子高生の悩みデータを収集することだ。解決の有無はあまり重要では無いと思っている。
「ねえねえ。どうするどうする? てへぺろ!」
みかんってば、テンション上がってるなあ。ロボのくせに色恋沙汰が好きなのかな。
こう言うところに限っては、私より女子高生っぽい。まるでブンブンと尻尾を振る子犬みたい。
「あーうん。まずは萌ちゃんの気持ちを聞くところからかな」
「ええー? そんなのわかりきってるし。もう先輩をぶっ飛ばしちゃおうよ! みかんパンチどっかーん! しゅっしゅ」
みかんはパンチを繰り出すポーズをする。いやもう拳が残像で見えないじゃない。私の髪が、みかんの拳の風圧で舞い上がっている。
こわいこわいこわい。
こんな勢いで殴られたら流石の先輩死んじゃうってば。即死だってば。速攻ネットニュースのトップに載ってしまう。
「だめだめ! もっと平和的な解決方法にしないと警察沙汰になるでしょ? 私、この歳で犯罪者になりたくないわよ」
「えーつまんないなー……しゅん」
今度は捨てられた子犬のような顔をして落ち込んでいる。この娘、子犬と言いながらも、ネコのように表情がコロコロ変わる。
――可愛い
最初は無表情だったのに、これも高性能AIの効果ってやつなのかな。乾いた砂に注ぐ水のように、どんどん吸収していく。
さて、まずは朝ご飯食べて学校だ。二人一緒にキッチンで朝ご飯を食べて、部屋に戻り通学の用意をする。
ところで昨日、みかんが着ていた制服は、やはり私の予備の制服だったみたいだ。
少し考えたらわかることだ。いくら呪文を使ってたところで制服は作れない。……と思ったけれど、みかんだったら作れるかもしれないな。
「みかんさー? 制服って呪文で作れるの?」
「もちのろん! 複写元の制服があればコピーして作ることができるのだ! 僕すごい! でも、お母さんが週末に買ってくれるって言ってたし、作らなくてもいっかなーってね。てへぺろ」
そうだった。
母から週末、みかんの制服と生活用品を買いに行こうって誘われたのだった。
それは、そうだ。
今は制服どころか下着だって私のものを使ってるからな。
私のを貸してあげてるのに、みかんから胸がキツいと言われた時は、殺意が芽生えたけれど。
「あかねちゃん、はやくはやくーっ!」
先に制服に着替え終わったみかんは、一足先に玄関に行って待っていた。学校に行くことが楽しみみたい。
無邪気だなあ。
かわいい。
「ちょっと待ってよー!」
私は慌てて玄関に向かった。
えっと。
忘れ物は無いよな……おっけ。
「いってきまーす!」
「いってくるよー!」
『いってらっしゃーい。気を付けてね』
遠くから、お母さんの声が聞こえる。
私とみかんは元気よく走って家を出た。




